独禁法25条の損害賠償請求権を排除する合意の有効性
独禁法25条では、独禁法違反をして他人に損害を与えると、違反者は無過失損害賠償責任を負うと定められています。
さらに26条1項では、この請求は排除措置命令や審決が確定してからでないとできないこととされ、同条2項では、排除措置命令や審決が確定してから3年で時効になることが定められています。
さて、この独禁法25条の請求を排除する旨の合意(特約)を締結した場合、その合意は有効でしょうか。
被害者と加害者との間に「特約」があるということは、当然、何らかの契約関係がある場合でしょうから、例えば優越的地位濫用のような場合を考えると良いと思います。
また、正面切って「独禁法25条の請求はしない。」というような特約を結ぶことは考えにくいので、もっと一般的に、例えば、
「本契約に基づく損害賠償請求の額は、取引額の○○%を上限とする。」
というようなものを想定して下さい。
なぜこのような問題を考えるのかというと、
「独禁法25条の請求は、独禁法という公法に根拠を置くものなので強行法規であり、当事者の合意で排除することはできないのではないか」
という問題意識があり得るからです。
しかし、結論としては、かかる合意も、一応有効と考えてよいと思います。
(「一応」と書いたのは、かかる損害賠償の制限が一方当事者に著しく不利であるために、かかる制限そのものが優越的地位の濫用で無効となることがあり得るからです。
ただし、優越的地位濫用を根拠にする独禁法25条の損害賠償請求権の制限自体が一律に優越的地位濫用となるわけではなく(制限された範囲内での補償でも被害者救済に支障がないということはあり得ます)、ケースバーケースで判断すべきものと思われます。)
なぜなら、独禁法25条の請求権を一般の不法行為(民法709条)の請求権よりも格上なものと扱う理由は何ら無いからです(独禁法25条は強行法規ではない)。
したがって、民法709条の場合と同一の要件の下で、当事者間が独禁法25条を排除する特約を結ぶことも可能であると考えます。
若干根拠らしきものを挙げると、独禁法25条の請求権は、民法709条の「特別規定」であると考えられており(根岸編「注釈独占禁止法」p587)、「特別規定」ということは、法的性質としては独禁法25条の請求権は民法709条と同じものである(公法だから、という「色付け」や「格上げ」はない)ということだと思います。
ただし、注意が必要なのは、民法709条の請求権ですら、これを排除する特約は、加害者に故意・重過失があるときには無効である、とするのが判例の傾向であるという点です(民法415条の債務不履行責任を排除する特約も、同様です)。
例えば、最高裁平成15年2月28日判決(判例時報1829号151頁)では、宿泊客がフロントに預けなかった場合にはホテルは15万円を超えて滅失棄損の責任を負わないという宿泊約款は、ホテルに故意重過失がある場合には無効であるとされています。
約款ではなくて明示的な契約の場合でも、例えば東京地裁平成15年5月17日判決(判例時報1849号59頁。確定)では、地中に障害物があった場合に要する費用は買主負担とするという特約が、売主に故意重過失があったとして無効とされています。
ということは、独禁法25条の請求権を排除する特約も、加害者(違反者)に故意重過失がある場合には無効とされるであろうと予想されます。
(何についての故意重過失かが一応問題ですが、不法行為の故意過失の対象が権利侵害その他違法と評価される事実についての故意過失と考えられていることから、独禁法25条での故意重過失も、被害者の権利侵害その他違法と評価される事実についての故意・重過失と考えられます。
つまり、「加害行為が(民法だけでなく)独禁法に違反すること」は、たんなる法的評価の問題であり、故意・重過失の対象ではないので、「民法上の不法行為になるかもしれないとは思っていたが、まさか独禁法違反になるとは思わなかった」という弁解は通じない、ということです。)
ということは、当事者間に契約関係がある典型例である優越的地位の濫用を例に取っても、加害者(違反者)には故意がある場合が多いでしょうから、独禁法25条の請求権を排除する特約は、結果としてほとんどの場合無効になる、ということになります。
いずれにしても、「独禁法25条を排除する特約は有効か」という問題には、独禁法独自の問題はなく、民法の解釈論だけで答えが出るものだと思います。
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私も、故意または重過失という基準が公序良俗違反になるか否かを決定付けると思います。
少し話がずれますが、強行法規違反の私法上の効力について、独占禁止法の判例と民法の判例が異なるのが納得できなかったりします。
具体的に独占禁止法の判例では、強行法規違反では足りなく、公序良俗違反があってはじめて私法上の効力が無効となるとしています。ただ、通説は、強行法規違反で私法上の効力を無効としますが。他方、民法の判例は、強行法規違反で私法上の効力が無効となるとしています。
投稿: ネコマサ | 2012年5月10日 (木) 11時56分