ラムバス(Rambus)事件米国高裁判決の疑問
知的財産権にかかわる標準化と独禁法の関係について判断した有名なアメリカの判決に、ラムバス事件判決(2008年)というのがあります。
Rambus Inc. v. FTC, 522 F. 3d 456 (D.C. Cir. 2008)
どういう事件かと言うと、ラムバス社が、JEDECという標準化団体に参加しながら、当時JEDECで議論されていたDRAMに関する標準に含まれる技術に関して自社が特許権を持っていた(あるいは出願中であった)のを隠して、まんまと自社の特許技術を標準に採用させ、その後高額なライセンスを請求した、というものです。
いわゆる特許の待ち伏せ(patent ambush)というものです。
これに対して米国FTCが、FTC法5条違反(独占化)で訴追しました。
ワシントンDCの控訴審は、ラムバス社の行為によって同社の技術が標準に採用されたとの立証がなされていない、という理由で、ラムバス社勝訴の判決を下しました。
要するに、ラムバス社の行為と結果の間に因果関係がない、ということですね。
別の言い方をすれば、もしラムバス社が自社の特許の存在を知らせていても標準に採用されたんじゃないか、それくらいラムバス社の技術は優れたものだったんじゃないか、ということです。
しかし、この判断はおかしいと、私は思います。
確かに、ラムバス社の行為が無くても、同社の特許が標準に採用されたかもしれません。
しかし、もしラムバス社が特許を開示していれば、少なくとも、JEDECでの交渉でロイヤリティがもっと安くなった可能性があるのは明らかです。
少なくとも、まったく交渉の余地がなかった(その原因は、たぶんラムバス社の行為があったため)場合と、交渉した場合とで、結論が多少なりとも異なった可能性があることは、経験則上明らかだと思います。
さらに標準化の文脈で言えば、標準に採用された後は、採用された技術の所有者は明らかに交渉上有利に立つので、この経験則はより一層明らかだと思います。
それにもかかわらず、「ラムバスの行為が無くても標準に採用された可能性がある」という理由で、因果関係を否定して責任を否定する、というのは、おかしな議論だと思います。
「あれなければこれなし」という因果関係の問題を考える場合には、常に、反事実的条件(counterfactuals)といいますか、ベンチマークが何なのかを見極めないと、議論が混乱します。
高裁は、因果関係の問題を
ラムバスの行為がなければ同社の特許が標準に採用されなかった
と捉えていますが(その結果、因果関係を否定)、
もし因果関係の問題を、
ラムバスの行為がなければ同社のロイヤリティはもっと安くなった、
と捉えれば、因果関係は認められたのではないか、ということです。
しかし、このような判断を高裁がしてしまったのは、突き詰めると、アメリカでは、欧州型のいわゆる搾取的濫用が規制されていないことが影響しているのではないかと思われます。
つまり、アメリカでは、適法に独占的地位を取得した者は、いくら高いロイヤリティを請求しても良い、ということになっています。
(ただ、いくら独占者でも無制限に高額なロイヤリティを請求すればだれもライセンスを受けなくなるので、一定の限度(=限界費用と限界収入の等しくなる水準)に価格は収まることには注意が必要です。そういう割り切りがあると、高いロイヤリティへの嫌悪感もちょっと和らぎます。)
ですので、独占化(シャーマン法2条)で違法となるためには、
ラムバスの欺瞞行為がなければ、(適切な交渉の結果)ロイヤリティがもっと安かったはず、
というのではなくて、
ラムバスの欺瞞行為がなければ、他の技術が標準になっていた、
ことを立証しなければならなくなるのです。
搾取的濫用を認めないと論理必然に他技術の排除の立証が必要になるのかはよく分かりませんが(個人的には、必ずしも論理必然ではない気がします)、単純な発想としては分からないではありません。
この論点に限りませんが、米国の反トラスト法は、このような、「ゼロか100か」みたな発想が強くて、中庸の50あたりを探る発想が乏しいように思います。
しかし、アメリカのような、「いったん適法に独占的地位を取得した以上は、いくら高額のロイヤリティを請求しても構わない」という立場に立ったとしても、ラムバスの高裁判決はおかしいと思います。
というのは、そもそも標準化手続に参加しながら自社の特許を隠して自らの特許を標準に採用させてしまうのは、独占的地位の「適法」な取得とはいえない、と構成すれば足りるからです。
標準化の文脈において、ライセンシーが埋没費用を負担してしまった後に(事後的に)ロイヤリティの交渉を認めるといかにライセンサーに不当なマーケットパワーが生じるかということは、
Farrell, Hayes, Shapiro, and Sullivan, "Standard Setting, Patents, and Hold-up"
という論文を読むとよく分かります。この論文も、ラムバス判決を強く批判しています。
それから、事実上の標準の場合を見ても分かるように、ある技術が標準に採用されるか否かは、どの技術が優れているかという点以外の事情(場合によっ
ては政治的な理由)で決まることも多いので、「ラムバスの欺瞞行為がなければ他の技術が標準になっていた」という立証は、実は結構大変で、この点もこの判
決も問題点です(ただ、上述の、埋没費用支出後の交渉という点に比べれば、本質的な問題では無いと思います)。
また、ラムバスはそもそもJEDECのパテントポリシーに違反していない、ともこの判決は述べています。
しかし、この点も非常におかしくて、そもそもパテントポリシー違反を独占化の要件と考える必然性は無いと思います(独占化の要素の一つくらいにはなるでしょうが)。パテントポリシーは基本的には民法上の契約の話なので、特許の待ち伏せのような独禁法上の問題(反競争的効果)はまた別に評価すべきです。
そうしないと、なんとかポリシーの抜け穴を探してやろうという企業が出てきかねません。
アメリカでは契約書を文言に忠実に解釈する傾向が強いですが、この高裁判決も、そういう発想に影響を受けているような気がします。
ちなみにその後欧州では、2009年にラムバス社がロイヤリティの減額に応じる内容で、欧州委員会決定がなされています。
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