競争者間で行う包括的相互ライセンス
競争者間で、現在保有している特許と、将来取得する特許を含めて、全ての特許を包括的に無償でライセンスし合う、ということをすると、独禁法上何か問題になるでしょうか。
こういう契約が結ばれる場合としては、相互に相手方の特許をブロックしあう特許を持っていて、その数が余りに多くてクロスライセンスでいちいち対応するのが面倒だから、という場合が考えられます。
とくに、その業界が2社寡占(複占)の場合で、相手方と包括的クロスライセンスを結んでしまえば特許侵害で訴えられる危険が(ほぼ)なくなる、というような場合にメリットがありそうです。
その反面、このような包括的クロスライセンスをすると、双方に研究開発のインセンティブがなくなってしまうことが心配されます。
そこで独禁法上どう考えるかですが、かなり微妙な問題ですが、不当な取引制限(独禁法2条6項)に該当する可能性があると思われます。
「別に値段をつり上げようというわけでも無いんだし、『カルテル』というのには馴染まないんじゃないか?」
とか、
「クロスライセンスをするっていうことは、要するに自己の特許権を行使しないということであり、特許権を行使しようとしまいと本人の勝手ではないか?」
という感想が聞こえてきそうですが、困ったときはまず条文を見てみましょう。
不当な取引制限は、
「事業者が、・・・他の事業者と共同して
・・・技術・・・を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、
公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」
と定義されています(独禁法2条6項)。
「技術」を敢えて省略せずに引用したのは、包括的クロスライセンスが、「技術・・・を制限する」というのに一番近そうなので残しただけで、「等」があるので、実は制限の対象は何でも構いません。
でも、包括的クロスライセンスが「技術の制限」そのものかというと、そうとは言えないでしょう。
「技術の制限」とは、「この新技術は、(コストや手間がかかるから、お互い採用しないことにしよう」というものがイメージされます。
では、包括的クロスライセンスは研究開発のインセンティブを相互に失わせるので(当事者の真の目的がそこにあるかどうかはさておき)、実質的には研究開発をしないことを相互に拘束しているのと変わらないのではないか?と考えることはできないでしょうか。
でもやはり、契約書にそういうことが書いているのでもない限り、経済的効果がそうなんだから当事者の真意としてもそういう拘束をするつもりがあったんだ、と認定するのは、かなり苦しい気がします。
やはり文言上は、クロスライセンス(相互に、ライセンスを義務付ける)ということだけで、端的に、「相互にその事業活動を拘束し」には該当すると言わざるを得ないのではないかと思います。
そうすると問題は、
「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」
という要件を満たすかどうか、です。
この、競争の実質的制限の要件は、競争者間で協調して値段を上げるとか、産出量を減らすとかいうのが典型で、この場合、直ちに競争が制限されるのが一般的です。
次に、他社を排除する、というのも含まれます(共同ボイコットなど、いわゆる他者排除)。この場合、価格や数量への影響が実際に出るにはちょっと時間がかかるのが一般的です(被排除者が市場にとどまる限り、値段への影響は限定的なはず)。
さらに、研究開発のインセンティブが削がれる、という長期的な競争への影響も、「競争の実質的な制限」の内容に含まれると考えていいでしょう。
日本では、研究開発のインセンティブについては、例えばマイクロソフト非係争条項(NAP)事件のように、不公正な取引方法の「公正競争阻害性」で議論がされるイメージがありますが、公正競争阻害性と競争の実質的制限は競争制限の程度の差の問題ですから、研究開発のインセンティブのが失われることを競争の実質的制限の内容に加えても問題ないでしょう。
では、包括的クロスライセンスで、競争の実質的制限が生じるといえるのでしょうか。あるいは、生じることがあるとすれば、どのような場合でしょうか。
この点、研究開発がゼロサムゲームだと考えると(つまり、研究開発をしても市場全体のパイは大きくならず、競争者からの需要を奪えるだけだとすると)、例えば複占業界でこのような包括的ライセンスを結べば、研究開発の意欲はかなり無くなってしまうように思います。
いくら良い研究をしても、その研究成果をライバルも無償で使えるなら、自分にとって何のメリットもないからです。
しかし、研究開発をすることによって、市場全体のパイが大きくなるということは、商品によっては十分にあり得ます。
つまり、研究開発の成果を独り占めはできなくても、山分けくらいはできるわけです。
「パイが大きくなることも考えれば、独り占めでなくて山分けで十分研究開発をやる気になる」
というような市場なら、研究開発の意欲が削がれる程度は「競争の実質的制限」にまでは至らない、ということもあるのではないでしょうか。
でも、そんなにパイが大きくなっていくような景気の良い業界というのも余り無さそうですから、一般的には、やっぱり競争の実質的制限が認められるという可能性は否定できないように思います。
反対に、このような包括的ライセンスの競争促進的効果としては、最初に述べた、個別のクロスライセンスの煩わしさを避けることができること、というのが考えられます。
さらに、両社の特許を合わせれば、とてつもなく良い商品ができて消費者へのメリットが極めて大きい、という夢のような場合もあるかもしれません。
このように、諸々の事情を考慮して判断されるので、結論としては、「違反になることもあるし、ならないこともある」ということになります。
さて、競争者間でのクロスライセンスを議論していたので、以上では不当な取引制限の可能性を探りましたが、不公正な取引方法(独禁法2条9項)についてはどうでしょうか。
マイクロソフト非係争条項事件も拘束条件付取引(一般指定12項)として処理されていたので、非係争条項と本質的には似ているクロスライセンスも、拘束条件付取引で処理される可能性があります。
でも、拘束条件付取引の「拘束」というのは、文字通り一方が他方を拘束している(押さえつけている)という意味であると考えられるので(多くの実務家の感覚でしょう)、対等な二当事者間のクロスライセンスを「拘束」と捉えるのは、かなり無理があるように思います。
最後に、私的独占についてはどうでしょう。
私的独占は、
「事業者が、
単独に、又は他の事業者と結合し・・・その他いかなる方法をもつてするかを問わず、
他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、
公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」
と定義されています(独禁法2条5項)。
このように、私的独占は他の事業者と結合して行っても良いので、主体は複数でも構いません。
したがって、このような包括的クロスライセンスにより、例えば既存の2社が強くなりすぎて新規参入が困難になるというような事情があれば、私的独占が成立する可能性がある、という意見もあるかも知れません。
(個人的には、実際には、そのような場合はなかなか考えにくいですし、そもそも既存の2社が強くなるということは、より良い商品をより安く提供できるということなのだから、独禁法上は問題にすべきではないと考えます。)
いずれにせよ当事者のシェアが相当高いことが大前提で、そうでない限り、私的独占はまず成立しないと考えて良いでしょう。
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