「○○を認めないと、そもそも取引が起こらなくなる」という議論の危うさ
今回は良いタイトルが思いつかないのですが、言いたいことはこういうことです。
例えば特許権のライセンス契約において、改良技術をライセンシーからライセンサーにライセンスする条項(グラントバック条項)が競争法上問題ないかを議論するときに、グラントバック条項を養護する立場から、
「グラントバックを認めないと、ライセンシーが最も有力な競争者になることを恐れて、そもそもラインセンサーがライセンスをする気がなくなる。だからグラントバックはむしろ競争促進的だ。」
とか、
「グラントバックを認めることで、元のライセンスのロイヤリティが割安になる。だからグラントバックを認めることはライセンシーにもメリットがある。」
という主張がなされることがあります。
このような議論は知的財産権のライセンスに関係してなされることが多いですが(例えば、非係争条項(NAP)など)、別にそれに限ったことではありません。
例えば、独占的な代理店契約(代理店は当該メーカーの製品だけを売り、他のメーカーの競合商品を売ってはいけない)を養護する立場から、
「独占的契約を認めないと、代理店が営業秘密(販売ノウハウや顧客リストを含む)を他メーカーの商品販売に流用するのを恐れるメーカーは、そもそも代理店契約を結ばなくなってしまう。
→そうすると、自分で売れるメーカーはいいが、そうでない(販売能力のない)メーカーは、そもそも商品を売ることを諦めてしまう。
→よって独占的代理店契約は競争促進的である。」
という議論がなされることがあります。
このような、ある意味で当事者が合理的であることを前提とした議論は、とくにアメリカで有力であるように思われます。
私も、基本的にはこのような考え方に賛成です(というか、このような議論の立て方自体がおかしいという人はいないでしょう)。
しかし、現実の世界では、そのように割り切れない場合も多いことにも注意が必要だと思います。
例えば、上記のグラントバック賛成論では、グラントバックが競争法上禁止されると、
①そもそもラインセンスが行われなくなる、
または、
②ライセンスが行われたとしても、ロイヤリティが高くなるなど、ライセンシーに不利な内容になる、
ことが当然の前提とされます。
しかし、果たしてそうでしょうか。
現実の契約交渉では、実は、
「○○の条項は独禁法違反です。」
という主張は、かなり有力です。
契約交渉の結果は当事者の露骨な力関係で決まったり、交渉能力や情報量の差で決まったりすることが多いですが、「独禁法違反」という主張は、そういうのとはちょっと違います。
少なくとも、いくら力の強い会社でも、「独禁法違反」と言われれば、耳を貸さないわけにはいかないのが通常です。
では、そのような力の強い会社(例えばライセンサー)が、不利な条件(例えば、グラントバック条項の削除)を受け入れる対価としてロイヤリティの増額を要求するかといえば、必ずしもそうではないという気がします。
むしろライセンサーにとっては、グラントバックによって得られる利益というのは金銭で計れないものである可能性が高く、増額の根拠を説得的に示すことはかなり大変です(説得的な交渉には、常に合理的な理由付けが必要です、というと言い過ぎですが、合理的な理由はあった方が良いに決まってます)。
実際には、ライセンサーはグラントバックによって得られる利益を金銭に換算する発想すらなく、ロイヤリティを増額しようと言うことを思いつきさえしないかもしれません。
「○○を認めないと、そもそも取引をしなくなってしまう。」という議論にしても、必ずしもそうではありません。
企業は、既存のルールを前提にビジネスを行います。
例えば、もしグラントバックが認められるルールから、認められないルールに変更された場合には、変更後のルールを前提にビジネスを行います。
その時、新ルールに対応する企業の柔軟性というか、創造性というのは、実は結構なものです。
新しいルールになったら「取引をやめてしまう」という企業もあるかもしれませんが、多くの企業は、
「新しいルールの下で(例えば、グラントバックが認められない前提で)、どのような取引をするのが最も有利か。」
を、一生懸命考えるのです。
いわば、法律には、企業のインセンティブを誘導していく機能があるのです(というようなことを、経産省のお役人さんが産業政策の文脈で言っていたのを思い出しました)。
競争法も同じです。
要するに、「○○を認めないと取引が起こらなくなる」という議論は、一面の(それもかなり強力な)真理を含むものの、絶対ではないということです。
競争法の実務に携わる者の役割は、あるルールが存在する場合としない場合とで、企業の行動がどう変わるのか(また、変わった結果が競争促進的なのか、競争制限的なのか)を、緻密に分析することではないでしょうか(自戒の念も込めて)。
そのような分析には経済学が有用だと思います。
形式的なモデル上の議論ではありますが、どのパラメーターをいじれば結果のどの部分に効いてくるのかが、はっきりと見えるからです。
あるいは、クライアントの相談を受けているときも、どうしてこのような(競争制限のおそれのある)条項が必要なのかを色々聞くと、本当に競争制限的な動機でその条項を入れようとしているのか、合理的なビジネス上の理由があるのかが、ある程度分かったりもします。
いずれにせよ、何事も具体的に、緻密に考えることが必要です。
「公正な競争を阻害する場合には違法」
とか、
「~の条件を受け容れることを余儀なくさせたので違法」
というだけでは、議論が深まりません。