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2011年12月26日 (月)

アメリカンニードル事件(米国判例)

今年のABA春季大会でも話題になっていたアメリカの事件に、アメリカンニードル事件というのがあり、プロスポーツリーグの共同行為がどのような場合に独禁法違反になるのか、という点が議論されていて、とても興味深いです。

(American Needle, Inc. v. National Football League, 130 S.Ct. 2201 (2010))

アメリカンニードル社というのは、NFLから商標のライセンスを受けてNFLのチームの帽子などのグッズを製造していた会社なのですが、2000年に、NFL側が、それまでの複数社(アメリカンニードル社を含む)へのライセンスをやめて、リーボック社に独占的ライセンスをすることにしました。

(なお、NFLは以前からNational Football League Properties (NFLP)という団体を作って、NFLPを通じて各チームの商標をライセンスしていました。)

そこで、ライセンスを切られたアメリカンニードル社が、

「NFLの各チームがNFLPを通じて共同で商標のライセンスをしているのは、シャーマン法1条(共同行為)に違反する」

などとして訴えたのが本件です。

この件でNFL側の議論が面白かったのですが、NFLは、NFLという団体と、各チームと、NFLPは、全体として一つの企業なのだから、相互に独禁法違反の合意の当事者にはなり得ない、と主張しました。

しかも一審と控訴審はNFL側の主張を認めました。

しかし、最高裁は、NFLの各チームはそれぞれ独自の意思決定主体であり、全体で一つの企業とは認められないから、NFL側の主張は失当である、として原判決を破棄しました。

ぱっとみると何が問題の本質なのか分かりにくいですが、まず形式論としては、本件における独禁法の競争として、

①各チームによる商標のライセンスの競争がなされているとみるのか、

それとも、

②NFL全体の商標ライセンスが、他の商標(プロ野球とか、プロバスケットボールとか)のライセンスと競争しているのか、

という問題と思われます。

そして、本件で一審、控訴審と最高裁の間で判断が分かれるほど微妙であった(私は、本件はどう見ても最高裁が正しいと思いますが)理由は、プロスポーツリーグというのは、リーグ全体で一つの企業として機能しているという面がある、もっと言えば、リーグ全体で一つの企業として機能する場面がむしろメインである、という事情があると思われます。

つまり、独禁法に馴染みのない人に、プロ野球における「競争」というのは何かと問えば、おそらく、

「阪神と巨人が甲子園球場で対戦しているのが『競争』である」

という答えが返ってくると想像されますが、これは間違いです。

明らかに、独禁法上の「競争」というのは、「試合」というプロダクト(あるいはサービス)を、お客さんに見せて、対価として入場料をもらう、というものです。

この場合、阪神と巨人は、「試合」というプロダクトを共に作っているのであり、さらには、セリーグ全6球団が「ペナントレース」というプロダクトを共に作っているという関係にあります。

アメリカンニードル事件のNFLも、確かに、このように共同して「フットボールの試合」というプロダクトを作っているという関係にあるのですね。

一審も控訴審も、おそらく、このようなプロスポーツリーグの特殊性に引っ張られて、本件での商標ライセンスもNFL全体による単独の行為と考えたのでしょう。

しかし、本件で問題になった商標のライセンスを見てみると、別に各チームで商標を共同してライセンスしないとライセンス事業が成り立たないということはありません。

そこで、最高裁は、問題となる行為に各チームがどのように関わっているのか、という「機能的考慮」(functional consideration)を重視する、と言いました。

これを簡単に言うと、プロスポーツリーグの活動のには様々な活動、様々な面があり、それらはまだら模様で、それぞれの活動ごとに、各チームが独立の競争主体として「競争」しているのか、リーグ全体として(他の類似サービスと)「競争」しているのか、を判断すべき、ということなのだと思います。

その中で最高裁は、各チームの行為が独立の意思決定主体(independent centers of decision making)を市場から奪うことになる場合には、独禁法違反の共同行為である、としています。

そこで本件で問題になった商標のライセンスですが、商標のライセンスなんて、各チームがいくらでも単独でできますよね。

(全チームで共同しないとライセンスができない、あるいは、全チーム共同でライセンスした方が消費者の利益になる、という事情でもあれば、結論は違っていたかも知れませんね。)

なので、最高裁の判断は、当然だと思います。

さて、もう少し微妙な問題として、日本のプロ野球のドラフト制度があります。

つまり、ドラフト制度を独禁法違反と考える見解は、各チームが自由に競争して(例えば、高額の契約金を提示して)選手を獲得するのが本来の競争の姿なのに、ドラフト制度はそのような競争を各チームが共同で制限している、と考えます。

しかし、この見解は間違っていると私は思います。

確かに、「選手」は、各チームが提供する「試合」というプロダクトの投入要素(インプット)である、という面はありますので、単純に見れば、ドラフト制度は買手カルテルのように見えなくもありません。

阪神巨人戦の例でいえば、もし、阪神と巨人が甲子園で対戦して勝ち負けを争うこと自体が独禁法の「競争」なら、ドラフト制度は、その投入要素たる選手についての購入カルテルということになるでしょう。

しかし、そもそもそこでの「試合」というのは、チーム間の戦力の均衡とか、諸々の取り決めの上に成り立っている、いわばフィクションの上に成り立っているものです。

そいういう「フィクション」がなければ、プロ野球というエンターテインメント自体が成り立たないか、あるいは、著しく魅力が乏しいものになってしまうでしょう。

ドラフト制度を独禁法違反という見解は、このような「フィクション」の上に成り立っているエンターテインメントと、商品市場で本当に競争している企業活動との区別がついていないのではないかと思います。

前述のように、この手の問題は、まだら模様の行為をどのように色づけるかという問題なので、クリアーに答えが出にくいこともあり得ます。

しかし、ことドラフト制度に関しては、明らかに市場の競争を保護する独禁法の問題ではないと考えます(独禁法以外の考慮要素で、ドラフトを止めるべき、という議論はあるかもしれません)。

ところで、本件については、同僚である青柳良則弁護士が「判例 米国・EU競争法」という本の中で解説を書いているので、ご興味の湧かれた方はぜひご覧下さい。

日本での議論が簡潔に紹介されているのも、大変興味深いです。

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