« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

2011年10月29日 (土)

M&Aの良いPR、ダメなPR

とくに上場企業では、企業結合を行う際に、プレスリリースをしたり、記者会見をしたりすることも多いですが、結合後のシェアが高くなって独禁法上の懸念が生じる可能性がある、あるいは公取委の審査の対象になる可能性があるような場合には、独禁法の観点からも、これらの広報(Public Relations)に関して注意が必要です。

要するに、統合によって業界の競争が弱まることを印象づけるような広報は、独禁法の観点からは望ましくありません。

なぜなら、独禁法というのはまさに市場での競争を確保しようというところにその目的があるのであって、競争が弱まるというのは、自ら問題があると自白しているようなものだからです。

例えば、

「統合によって業界から過当競争がなって、安定的な収益が見込めるようになる」

というようなものが一例です。

その他、

「統合後、生産量は、(統合前の両社合計分よりも)削減するつもりである」

とか、

「工場をいくつか閉鎖する予定である」

とかいうのも、あまり好ましくありません。

なぜなら、一般的に、生産量が減ることは価格の上昇に繋がるので、競争制限的であるという発想があるからです。

もちろん、赤字部門であったりして生産量を減らすことが合理的である(利益の最大化に繋がる)という場合もありますから、一律に生産調整がいけないわけではないですが、表現には注意すべきということです。

反対に、良い広報というのは、

「コスト削減、規模の経済の追及、シナジー、豊富な資金力、金融市場へのアクセス等を通じて、より競争力のある企業となる」

というものです。

「世界市場での競争力を増す」

というのも、良いです(ただ、その場合には「そのために国内市場が犠牲(反競争的)になっていないか」という点が問題視されうるので、配慮が必要ですが)。

上場会社の広報というのは基本的に投資家向けであるわけですから、統合のメリットを分かりやすくアピールしたい気持ちは分かりますが、独禁法の観点から一定の配慮が必要なことがあることは、心に留めて置いた方が良いでしょう。

気の利いた弁護士なら、きっとその辺りもアドバイスしてくれると思います。

とくに、例えば買収の正当性を大株主に説得したい経営陣としては、

「あそこと一緒になれば他に有力な競争者もいないので、我が社は安泰です。」

とか言いたくなるのですが、こういうのは、独禁法の観点からは最悪です。

実際、アメリカでは、客観的な経済データによれば競争制限が生じるかどうか専門家でも意見が分かれるようなケースで、買収側の社長の「あそこを買収すれば我が社は安泰」みたいな、かなり誇張の入った発言を裁判所が重視して、予備的差し止めがなされた例があります(Whole FoodsによるWild Oatsの買収)。

もちろん、プレスリリースでウソをいってはいけないわけですが、経営陣が買収のメリットを分かりやすく説明するために、過度に競争の減少を強調してしまう(実際には、それほど競争は無くならないにも関わらず!)ということは、避けなければなりません。

2011年10月28日 (金)

情報遮断措置の設計方法

企業結合の問題解消措置として、情報遮断措置が採られることがよくあります。

例えば、共同生産会社を設立した後も販売は別々にするというような場合に、共同生産会社を通じて両社の販売部門の情報が相互に漏れたりしないようにする、というものです。

しかし、公取委の報道発表資料を見ても「適切な情報遮断措置を採る」という程度にしか書いておらず、具体的な内容が分かりません。

情報遮断措置をどのように設計するかは各社の業務のあり方により様々でしょうが、こんな方法があるというものを思いつくままに並べてみます。

-情報遮断についての社内規程をつくる(対象となるセンシティブ情報の定義が重要)。

-就業規則に、当該秘密情報の漏洩を具体的に懲戒事由として明記する。

-作った社内規程を周知徹底する。

-定期的に研修もする(研修の際には、単に情報交換についてだけでなく、独禁法一般について教える方が効果的)。

-従業員に誓約書を書かせる。具体的な内容であるほどよい(入社の際に書かせるような、一般的な守秘義務に関する誓約書では意味が乏しい)。

-生産部門と販売部門の人事交流(出向、転籍を含む)はしない。

-担当役員の兼任も認めない(過去に担当だった者も含む)。

-生産部門と販売部門は同じ建物に入れない。最低限、階は分ける(さらに、高層階と低層階に分けてエレベータで顔を合わさないようすると、より効果的)。

-販売部門が生産部門の情報(コスト情報など)にアクセスできないよう、システム上のアクセス制限を設ける。

-競争上重要な情報(コスト情報など)は、生産部門でも一部の者しかアクセスできないようにする。

-生産部門が販売部門の情報(顧客への販売価格など)にアクセスできないようにする。

-情報のパスワード管理、施錠を徹底する。

情報遮断措置を設計する際には、組織の仕組みや、その仕組みの中で情報がどのように伝達・共有されるのかを十分に理解することが重要です。

そうすると、具体的にどういう措置を採れば効果的かがだんだん見えてきますし、想像力もはたらきます。

ですので、弁護士あるいは法務部の方は、現場の担当者によく話を聞いて、できれば現場にも足を運んで、どの辺りから情報が漏れそうかを把握するるのが効果的です。

2011年10月27日 (木)

優越的地位濫用への課徴金と継続性の要件

平成21年改正によって優越的地位の濫用に対して課徴金が課されることになりましたが、すべての優越的地位の濫用に対して課せられるわけではなく、

「継続してするもの」(独禁法20条の6)

に限って課せられることになっています。

では、この「継続性」とは、具体的にはどのようなことを指すのでしょうか。

立案担当者の解説では、

「どのような場合が『継続してするもの』に該当するかは、

事案の態様に応じて個別に判断することになるが、

例えば、一定期間従業員等を派遣させたり、

定期的断続的に協賛金を収受したりすることや

恒常的に返品を繰り返す場合には、

それぞれ継続的な行為に該当しうるものと考えられる。」

と説明されています(藤井他編著「逐条解説平成21年改正独占禁止法」p89)。

どうやら、「一定期間」、「定期的」、「断続的」、「恒常的」というあたりの修飾語がポイントになりそうです。

ただ、ここで挙げられている事例は、いずれも、継続的に行われているか否かの判断が比較的容易なものばかりだと思います。

でも、例えば、発注者(優越している側。甲)が、製造委託先(優越されている側。乙)との契約内容を、一方的に乙に不利に変更したとします。例えば、納入価格を著しく低額に設定するような契約です(優越的地位ガイドラインでは、「取引の対価の一方的決定」といわれる類型です)。

このような契約を締結するのは1回きりだけれど、その後、そのような低額の価格で継続的に納入させ続けたような場合、「継続性」の要件は満たされるのでしょうか。

これはかなり微妙ですね。

「取引の対価の一方的決定」という、「決定」行為が優越的地位濫用の実行行為だとみれば、決定したのは1回だけですので、「継続性」は満たさないようにみえます。

これに対して、決定後の、個別の納入を受ける行為(各取引)を実行行為とみれば、「継続性」あり、ということになりそうです。

(もっとも、こんなに「かっちりした」議論の枠組みが分析手法としてそもそもふさわしいのか、議論はあり得るでしょう。)

他の行為類型とのバランスを考えると、「継続性」あり、とされる可能性が高そうですし、おそらく公取委はそのような見解に立つだろうと想像されます。

ただ、私は、このような場合は、決定したことは1回きりなので、継続性はないと考えるべきだと思います。

というのは、「継続性」の要件は、事業者を過度に萎縮させないようにという趣旨で加えられたもので、とすると、その都度意思決定をして、何度も濫用行為があったのなら「継続性」ありとされても過度な萎縮効果はないといえるでしょうが、一度決めたものを何度も実行しただけで「継続性」ありとされたのでは、萎縮効果はかなりあると思われるからです(決めるのは1回きりなのに、それでもダメだと言われるのですから)。

実際、契約内容の一方的な不利益変更が優越的地位濫用に該当しないかという相談は、実務ではけっこう多く、(そういうことを気にして弁護士に相談に来るクライアントはきちんとした会社が多いですから、多くの場合、問題ないと回答するのですが、それはさてき)もし不利益変更は1度きりでも契約が続くのであれば「継続性」ありで課徴金リスクもある(つまり、いわゆる継続的契約の変更だと常に課徴金リスクありとなる)、ということになると、それなりにリスクとしては無視できないということになると思います。

ただ、上記立案担当者の解説で、従業員派遣や協賛金収受、返品といった行為が例示されているのは、やはり公取委が想定している課徴金事例というのはそういった行為類型なのであって、契約の不利益変更などはそもそも優越的地位濫用として摘発するつもりはないのではないか、ということが伺えて、興味深いものがあります。

ちなみに公取委の英訳では、「継続してするもの」とうのは、

「performed on a regular basis」

となっています。直訳すれば、「定期的に」ですし、

"regular"の意味を辞書で調べると

"following a pattern, especially with the same time and space in between each thing and the next"(パターンに従うこと。とくに、各事柄とその次との間に、同じ時間および空間を伴う。)

なので、こっちのほうが、立案担当者解説の具体例にしっくりと馴染むような気がしますね。「継続的」というのは、どうも漠然としすぎている気がします。

2011年10月26日 (水)

ライセンス契約と製造数量の制限

ある特許権を有するライセンサーが、ライセンシーに対して、当該特許権を用いた製品の製造数量の上限を定めることは、独禁法上問題でしょうか。

この点について、公取委の知財ガイドラインでは、

「・・・製造数量又は使用回数の上限を定めることは、

市場全体の供給量を制限する効果がある場合には権利の行使とは認められず、

公正競争阻害性を有する場合には、

不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。」

とされています。

相変わらず、「公正競争阻害性を有する場合には違法」という、循環論法のようなガイドラインですが、それはさておいても、私は、このガイドラインは理屈として間違っていると考えています。

これは、何も私が特殊な考え方に立っているわけではなくて、神戸大学経済学部の柳川隆教授も、公正取引731号(2011年9月)の「経済学者からみた日本における知的財産法と独占禁止法」で、知財ガイドラインは過剰規制であると述べられています。

では、知財ガイドラインのどこがいけないのでしょうか。

まず、知財ガイドラインの背景には、市場における供給量を減らす行為は反競争的である、という発想があると思われます。

これは、ミクロ経済学の初歩で、市場全体の需要曲線は右下がりで、供給量を増やすと値段は下がる(逆に、供給量を減らすと値段は上がる)、だから供給量を減らすのは反競争的だ、という理屈とマッチしており、この発想自体は分からないではありません。

しかし、まず、ガイドラインの

「市場全体の供給量を制限する効果がある場合」

というのが、実際には極めて稀なケースであることを押さえておくべきです(金井・川濱編「独占禁止法(第3版)」(弘文堂)p392にも、同様の指摘があります)。

というのは、普通は、ある権利を有するラインセンサーがライセンシーの製造数量を制限すれば(当然、その数量制限は、値崩れを防ぐためにやるわけですが)、他のメーカーが生産を増やしてシェアを伸ばすため、市場全体の供給量は減らないからです。

市場全体の供給量が減るとすれば、分かりやすいのは、ライセンサーが、当該製品を製造するのに必須な特許を独占している場合、いわば、もともと市場を独占できる場合です。

しかし、この場合も、単にその独占者が生産数量を制限した(他に供給者がいないので、当然、市場全体の供給量も減ります)というだけで、独禁法違反になるというのはおかしいです。

独占企業であっても、競争価格で商品を提供すべき義務はなく、自己の利益を最大化する権利はあるはずだからです。

仮に、価格が競争価格よりも上がるという対市場効果が発生するとしても、「権利者は、自ら競争を生むことを要求されるべきではない」(「経済法判例・審決百選」p194)のです。

次に、

「市場全体の供給量を制限する効果」

があるというだけで、特許権の

「権利の行使と認められず」

となるというのは、明らかに論理の飛躍があります。

特許権の本質は権利の利用を拒否する点にあります。

ところがガイドラインの考え方では、例えば、そのまさにコアな部分の権利を全面的に行使して、権利の使用を一切認めない(つまり、誰にもライセンスしない)でいると、(供給量がゼロになるので)

「市場全体の供給量を制限する効果」

が生じ、特許権の権利行使とは認められない、ということにならざるを得ません。

このような矛盾を回避するために、ライセンスをしない自由は認めるけれど、ライセンスした以上は製造量の上限は設定できない、と解釈すると、ライセンサーのライセンスのインセンティブが下がってしまうような気がします。

例えば、ライセンサーは、変にライセンスするよりも、特許権を買い取ってくれる企業を探すようになるのではないでしょうか。

ですので、ライセンサーによる製造数量の上限の設定自体は、独禁法違反にはならないと考えるべきです。

前記金井・川濱「独占禁止法」p392にも書いてありますが、ライセンサーによる数量制限は、原材料供給メーカー(ライセンサーに相当)が、原材料を何個完成品メーカー(ライセンシーに相当)に売るかの決定を通じて完成品の個数を調整できるのと同様に考えれば良い話です。

ただ、製造数量の上限の設定をするだけでなく、独占的地位を獲得するためにいろいろな排除行為を行っていた場合には、そちらの方を私的独占で捕まえることはあり得るでしょう。

善意に解釈すれば、ガイドラインも、製造数量の上限設定が違法になる場合はそのような排除行為があった場合を無意識に念頭に置いている(なので、実際に摘発されるのはそのような排除行為があった場合に限られる)のかも知れません。

しかし、ガイドラインの文言を読む限り、そのような気配はまったくなく、

市場全体の供給量の減少→即違法、

と読めます。

これでは、革新的な技術を開発した企業がその努力の成果に与れない、ということになりかねません。

もちろん、ライセンサーは高額のロイヤリティを設定することで投下資本を回収することも可能でしょう。

しかし、高額なロイヤリティを設定するのは構わないのに、製造数量の上限の設定はダメだというのは、あまり合理的ではありません。

ビジネス上、その他諸々の理由で、高額のロイヤリティを設定できない、あるいは、製造数量の上限設定の方が高額なロイヤリティの設定よりも大きな利益が見込める、ということはあり得るように思いますし、そもそもどちらを選ぶのかはライセンサーのビジネス判断の問題とすべきです。

2011年10月22日 (土)

電子書籍と再販売価格維持

電子書籍と再販売価格維持との関係について、公取委のHPに以下のようなQ&Aがあります。

「Q14 電子書籍は,著作物再販適用除外制度の対象となりますか。

A. 著作物再販適用除外制度は,昭和28年の独占禁止法改正により導入された制度ですが,制度導入当時の書籍,雑誌,新聞及びレコード盤の定価販売の慣行を追認する趣旨で導入されたものです。そして,その後,音楽用テープ及び音楽用CDについては,レコード盤とその機能・効用が同一であることからレコード盤に準ずるものとして取り扱い,これら6品目に限定して著作物再販適用除外制度の対象とすることとしているところです。

また,著作物再販適用除外制度は,独占禁止法の規定上,「物」を対象としています。一方,ネットワークを通じて配信される電子書籍は,「物」ではなく,情報として流通します。

したがって,電子書籍は,著作物再販適用除外制度の対象とはなりません。 」

電子書籍に著作物再販適用除外制度(独禁法23条4項。以下、長いので「著作物再販制度」といいます))の適用が無いという結論自体には、おそらく争いはないと思われます。

ただ、上記のQ&Aの理由付けは、ちょっと疑問です。

具体的には、Q&Aの

「著作物再販適用除外制度は,独占禁止法の規定上,「物」を対象としています。一方,ネットワークを通じて配信される電子書籍は,「物」ではなく,情報として流通します。」

という部分です。

まず、著作物再販制度に関する独禁法23条4項をみると、

「著作を発行する事業者又はその発行するを販売する事業者が、

そのの販売の相手方たる事業者と

そのの再販売価格を決定し、これを維持するためにする正当な行為

についても、第一項と同様とする。」

とされています。

「第1項と同様」ということなので、23条1項をみると、

この法律の規定は、

公正取引委員会の指定する商品であつて、その品質が一様であることを容易に識別することができるものを生産し、又は販売する事業者が、

当該商品の販売の相手方たる事業者とその商品の再販売価格・・・を決定し、これを維持するためにする正当な行為

については、これを適用しない。・・・」

とされています。

つまり、著作物の再販売価格維持行為については、

「この法律の規定・・・を適用しない。」

ということです。

以上のように条文を眺めると、公取委のQ&Aの「物」というのは、23条4項の「物」(上記引用で太字下線を付した部分)を指していることが分かります。

しかし、そもそも著作物再販制度自体が、再販売価格拘束(独禁法2条9項4号)の適用のある行為であることを前提に、その適用を除外する、という制度であるはずです。

とすれば、電子書籍に著作物再販制度の適用があるか否かは、

①再販売価格拘束(独禁法2条9項4号)に該当するか、

②(①に該当するとして)著作物再販制度(独禁法23条4項)の対象となるか、

という、2段階の判断になるはずです。

しかし、電子書籍は「商品」(独禁法2条9項4号)ではないので、②を検討する前に、①の段階で2条9項4号に該当しないことになります。

つまり、電子書籍に著作物再販制度の適用があるか否かを論じるのはそもそも無意味で、むしろ拘束条件付取引(一般指定13項)を論じるべきであって、結論としては13項の適用はある、というふうに整理するのが正しいのだと思います。

それに、Q&A自体、著作物再販制度は上記「6品目」に限るといっているのだから、「物」であろうがなかろうが、「6品目」以外は著作物再販制度の対象ではない理由として充分な気もします(ただ、この部分は、「電子書籍も『書籍』だ」という議論を先手を打って封じる意図かもしれません)。

ちなみに電子書籍の先進国アメリカでも、電子書籍はモノではないので再販売価格維持(Resale Price Maintenance)の適用はない、という議論になっています。

簡単に論点を整理しておくと、電子書籍の流通形態には、

①アマゾンなどの配信業者が小売価格を決定するホールセール・モデル(wholesale model)

と、

②出版社が小売価格を決めるエージェンシー・モデル(agency model)

がありますが、いずれのモデルであっても、電子書籍はモノではないので、再販売価格維持の適用はありません。

つまり、「出版社が小売価格を決めると再販売価格維持になるので、配信業者を出版社の代理人(エージェント)のような位置づけとするエージェンシー・モデルを採用する必要がある」と整理するのは性格ではなく、そもそも電子書籍には再販売価格維持の適用がないとだけ言えば充分です。

なので、配信業者を「代理人」と位置付けずに、「ライセンシー」と位置付けても、出版社は小売価格を決めることができます。実際、取引の実態をみれば、配信業者を「代理人」というのは無理があり、「ライセンシー」でしょう。

つまり、ホールセール・モデルとエージェンシー・モデルの区別は、モノとしての書籍の場合には意味があったけれど、電子書籍では意味がない、ということになります。

このように、モノか否かで再販売価格維持の対象となるか否かを決めると、サービスの場合に適用がなくて困ってしまわないかと思いますが、実は米国では、例えば映画などの(商品とは言えない)サービスについて価格拘束すると、映画館同士の価格カルテルを助長したものとして違法とされます(United States v. Paramount Pictures, Inc., 334 U.S. 131 (1948))。

モノかサービスかで区別をするのは、理屈を言えばナンセンスですが、まだ日本のようにサービス価格の拘束を、(再販売価格拘束と並列関係にある)拘束条件付取引で捕まえるほうが、体系的にはすっきりしているように思います。

その反面、再販売価格拘束の本質はメーカーを通じての流通業者間の競争停止だという本質論に照らせば、米国の整理のほうが、図らずも本質を突いている、とも言えます。

また米国では、著作権法では、著作物の複製物(copy)を適法に譲り受けた複製物の所有者は、その複製物を著作権者の同意無く譲渡できることになっており(いわゆる消尽論。109(a)条)、判例は、価格も複製物の所有者が自由に決められる、と解釈しています。

書籍の場合は、これが理由で書店が自由に書籍の価格を決められるわけです。

これに対して電子書籍の場合、複製物の譲渡ではなくラインセンスなので、この規定の適用はないと解されています(つまり、この規定を根拠に配信業者が自由に価格を決めると考えることはできない)。

あと、電子書籍に関する出版社と配信業者との契約については、いわゆる最恵国待遇(MFN)条項が反競争的効果を有するのではないかという問題がありますが、だいぶ長くなってきたので、またの機会に取り上げたいと思います。

【2012年12月10日追記】

参考文献

Ali M. Stoeppelwerth, "Antitrust Issues Associated with the Sale of e-Books and Other Digital Cotent", Antitrust Volume 25 Number 2

2011年10月19日 (水)

外国から見た日本の独禁法の特徴

私は外国のお客さんに独禁法のアドバイスをすることも多いですが、そういうときに、外国人が日本の独禁法について特徴的と感じる点を、思いつくままに挙げてみます。

①ハードコアカルテルが当然違法ではないこと

欧米はじめ多くの国では、ハードコアカルテルは、競争制限効果の程度を問わず、当然に違法とされています。

これに対して日本では、競争の実質的制限が必要であると明文で書かれているので、当然違法でないことは明白です。

日本でも、ハードコアカルテルが競争制限効果が無かったから違法でないという弁解は、実際にはなかなか通りにくいので、ある意味では理屈の上の話かも知れないのですが、それでも、欧米人からみると特徴的に映るようです。

②届出義務の無い売上規模の小さな企業結合も違法となりうること

欧州や、その他のいくつかの国では、届出義務がなければ、実体法上も違法とならない、という制度になっています。

でも日本では、届出義務が無くても、競争を実質的に制限することとなる場合には、企業結合は認められないことは明文上明らかです。

届出義務の無いような小さな企業結合で競争が実質的に制限されるようなことは少ないのではないか、と思われる方もいるかも知れませんが、実際に、売上は小さくても、隣接業種を含め業界の首根っこ(インフラ)を掴んでいるような会社というのはあり得るのであり、これは現実的な問題です。

③優越的地位の濫用があること

優越的地位濫用は、とくにアメリカ人には理解不能なようです。

優越的地位濫用の中でも、契約に違反して一方的に代金を減額するとかは、契約違反でありいけないことだという認識は、日本人よりもアメリカ人の方が強いようです。

これに対して、契約書をきちんとつくって合意までしたのにそれが独禁法違反だというのは、なかなか理解してもらえません。

これは、独禁法に対する考え方の違いというより、契約に対する考え方の違いかもしれません(アメリカ人は、合意した以上は契約は守られるべきものと考えている)。

④公取委の事情聴取に弁護士が立ち会えないこと

最近は、日本では公取委の取調に弁護士が立ち会えないことも世界中でだいぶ有名になったみたいで(苦笑)、以前ほど露骨な拒否反応を示されることは少なくなったみたいですが、それでも最近あるアメリカの弁護士にこのことを話したところ、

"That's illegal!"

といわれました。

「日本の法律を知らないのにillegalとか言うなよ」と内心思いましたが、これが素直な反応なのでしょう。

だいたいアメリカ人弁護士は、自分の国の法律が世界中で適用されると考えているフシがあります(半分以上冗談です)。

⑤100%兄弟会社間でもカルテルが成立しうること

例の、天然ガスエコステーション事件(公取委平成19年5月11日)です。

この事件は、入札参加者が全て100%兄弟会社であった場合に、入札談合が不当な取引制限とされた事例です。

判断自体おかしいと思いますが、こういう先例がある以上、正面切って質問されれば、「日本ではこういう先例がある」と言わざるを得ません。

でも、できるだけ一般化されないよう、合理的に適用範囲を限定するアドバイスを私は心掛けています。

⑥企業結合において当事会社間の情報交換が重視されること

これは、「(平成21年度:事例3)三井金属鉱業㈱と住友金属鉱山㈱による伸銅品事業の統合」の件ですね。

この件は、統合対象事業のシェアは小さいのに、隣接市場における当事者のシェアが大きく、情報交換により反競争的行動が取られることを公取委が懸念して、問題解消措置が採られたものです。

外国でこういう議論は聞いたことがないので、日本の特徴として指摘できると思います。

⑦域外適用の範囲が異様に広いこと

日本の公取委は、日本企業の海外子会社(なので事業活動の範囲はもっぱらその所在国である外国)がカルテルの被害者になった場合、日本市場へのカルテルに基づく売上がなくても、日本の独禁法が適用されることがある、という立場に立っているようです。

何人かの欧米の弁護士に雑談でこのことを話したところ、一様に、「あり得ない」と言っていました。

将来裁判所で争われたら判断は変わると思いますが、現状、このようにアドバイスせざるを得ません。

あと最後に、今年の6月までは、

「日本のmerger filingには事前相談という制度があるけど、1次審査が始まるまでに1年以上かかることもまれにある。」

と説明しなければなりませんでしたが、7月に事前相談が廃止されたので、これは説明しないで済むようになりました。

2011年10月13日 (木)

ICNカルテル・ワークショップ(於ブルージュ)

今週は、International Competition Network (ICN)のカルテルワークショップでパネリストを務めるために、ベルギーのブルージュという街に来ています。

ICNというのは、主に各国の競争法執行当局によって構成される組織で、競争法の国際的エンフォースメントを語る上では欠くことのできない存在になっています。

ICNは基本的に政府のための組織なので、私のような民間の弁護士(ICNではnon-governmental advisor、略してNGAと呼ばれています)は当局から呼ばれるか推薦がないと参加できないので、スピーカーに呼ばれたのは名誉なことなんです。

今日そのパネルの勤めも終わり、ほっと一息つけました。

テーマは国際カルテルにおける各国のリーニエンシーの矛盾点を議論して弁護士の立場から当局に改善点を提案するというもので、各国の考え方の違いが知的に面白く、かつ実務的に有意義なセッションだったのではないかと思います。

別のセッションでは、リーニエンシーのために必要な企業側の協力の内容として、例えば会社を辞めた元従業員が社内調査に協力しない場合に、年金の支払いを中断してでも供述を取らないと企業として当局に十分な協力をしたことにならないのか、とかが真剣に議論されてて、日本の感覚ではありえない議論にびっくりしたりしました。

ともかく、各国当局のものの考え方がわかって大変ためになりましたし、こういう国際会議でいろいろな国の人と交流するたびに、独禁法を専門にしてて良かったなぁと思います。

あと一日楽しんでこようと思います。

2011年10月 4日 (火)

公取委の海外での調査

公正取引委員会がカルテルなどの違反被疑事件の調査を、強制力をもって海外で行うことは、相手国の主権の問題があるので、できないと思われます。

では、任意の調査もできないのか、というと、そんなことはないと思います。

カルテルの事案ではなくて企業結合の事案ですが、私自身、ある案件で、公取委から「当事会社の事業所(海外)を見たい」といわれて、こちらも是非見て欲しかったので、行ってもらう準備をしたことがあります(結局、その件は諸般の事情で実現しませんでしたが)。

ですので、任意のものである限りは、公取委も海外で活動を行うことができるという前提で実務は運用されていると想像されます。

(カルテルの場合だと、部署が審査局であったり、正式事件として立件すると事件番号が振られたりと、内部手続的な問題はありますが、企業結合審査の場合と区別して考える法律上の理由は無いように思います。)

しかも、最近あるところで聞いた話なのですが、日本の国税庁は、日本企業の海外子会社の事務所に赴いて質問したり、書類の提出を求めたりすることがあるそうです。

もちろん、任意だとは思いますが、とくに日本人だと、日本の国税庁の職員が来たら、調査を拒否するのは心理的に難しいのではないでしょうか。

日本の公取委が、カルテルの調査で日本企業の海外子会社に対して同じようなことをしたら、(任意調査であっても)かなり驚きですが、理屈の上では、同じようなことは起こりうるのだろうと思います。

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

フォト
無料ブログはココログ