電子書籍と再販売価格維持との関係について、公取委のHPに以下のようなQ&Aがあります。
「Q14 電子書籍は,著作物再販適用除外制度の対象となりますか。
A. 著作物再販適用除外制度は,昭和28年の独占禁止法改正により導入された制度ですが,制度導入当時の書籍,雑誌,新聞及びレコード盤の定価販売の慣行を追認する趣旨で導入されたものです。そして,その後,音楽用テープ及び音楽用CDについては,レコード盤とその機能・効用が同一であることからレコード盤に準ずるものとして取り扱い,これら6品目に限定して著作物再販適用除外制度の対象とすることとしているところです。
また,著作物再販適用除外制度は,独占禁止法の規定上,「物」を対象としています。一方,ネットワークを通じて配信される電子書籍は,「物」ではなく,情報として流通します。
したがって,電子書籍は,著作物再販適用除外制度の対象とはなりません。 」
電子書籍に著作物再販適用除外制度(独禁法23条4項。以下、長いので「著作物再販制度」といいます))の適用が無いという結論自体には、おそらく争いはないと思われます。
ただ、上記のQ&Aの理由付けは、ちょっと疑問です。
具体的には、Q&Aの
「著作物再販適用除外制度は,独占禁止法の規定上,「物」を対象としています。一方,ネットワークを通じて配信される電子書籍は,「物」ではなく,情報として流通します。」
という部分です。
まず、著作物再販制度に関する独禁法23条4項をみると、
「著作物を発行する事業者又はその発行する物を販売する事業者が、
その物の販売の相手方たる事業者と
その物の再販売価格を決定し、これを維持するためにする正当な行為
についても、第一項と同様とする。」
とされています。
「第1項と同様」ということなので、23条1項をみると、
「この法律の規定は、
公正取引委員会の指定する商品であつて、その品質が一様であることを容易に識別することができるものを生産し、又は販売する事業者が、
当該商品の販売の相手方たる事業者とその商品の再販売価格・・・を決定し、これを維持するためにする正当な行為
については、これを適用しない。・・・」
とされています。
つまり、著作物の再販売価格維持行為については、
「この法律の規定・・・を適用しない。」
ということです。
以上のように条文を眺めると、公取委のQ&Aの「物」というのは、23条4項の「物」(上記引用で太字下線を付した部分)を指していることが分かります。
しかし、そもそも著作物再販制度自体が、再販売価格拘束(独禁法2条9項4号)の適用のある行為であることを前提に、その適用を除外する、という制度であるはずです。
とすれば、電子書籍に著作物再販制度の適用があるか否かは、
①再販売価格拘束(独禁法2条9項4号)に該当するか、
②(①に該当するとして)著作物再販制度(独禁法23条4項)の対象となるか、
という、2段階の判断になるはずです。
しかし、電子書籍は「商品」(独禁法2条9項4号)ではないので、②を検討する前に、①の段階で2条9項4号に該当しないことになります。
つまり、電子書籍に著作物再販制度の適用があるか否かを論じるのはそもそも無意味で、むしろ拘束条件付取引(一般指定13項)を論じるべきであって、結論としては13項の適用はある、というふうに整理するのが正しいのだと思います。
それに、Q&A自体、著作物再販制度は上記「6品目」に限るといっているのだから、「物」であろうがなかろうが、「6品目」以外は著作物再販制度の対象ではない理由として充分な気もします(ただ、この部分は、「電子書籍も『書籍』だ」という議論を先手を打って封じる意図かもしれません)。
ちなみに電子書籍の先進国アメリカでも、電子書籍はモノではないので再販売価格維持(Resale Price Maintenance)の適用はない、という議論になっています。
簡単に論点を整理しておくと、電子書籍の流通形態には、
①アマゾンなどの配信業者が小売価格を決定するホールセール・モデル(wholesale model)
と、
②出版社が小売価格を決めるエージェンシー・モデル(agency model)
がありますが、いずれのモデルであっても、電子書籍はモノではないので、再販売価格維持の適用はありません。
つまり、「出版社が小売価格を決めると再販売価格維持になるので、配信業者を出版社の代理人(エージェント)のような位置づけとするエージェンシー・モデルを採用する必要がある」と整理するのは性格ではなく、そもそも電子書籍には再販売価格維持の適用がないとだけ言えば充分です。
なので、配信業者を「代理人」と位置付けずに、「ライセンシー」と位置付けても、出版社は小売価格を決めることができます。実際、取引の実態をみれば、配信業者を「代理人」というのは無理があり、「ライセンシー」でしょう。
つまり、ホールセール・モデルとエージェンシー・モデルの区別は、モノとしての書籍の場合には意味があったけれど、電子書籍では意味がない、ということになります。
このように、モノか否かで再販売価格維持の対象となるか否かを決めると、サービスの場合に適用がなくて困ってしまわないかと思いますが、実は米国では、例えば映画などの(商品とは言えない)サービスについて価格拘束すると、映画館同士の価格カルテルを助長したものとして違法とされます(United States v. Paramount Pictures, Inc., 334 U.S. 131 (1948))。
モノかサービスかで区別をするのは、理屈を言えばナンセンスですが、まだ日本のようにサービス価格の拘束を、(再販売価格拘束と並列関係にある)拘束条件付取引で捕まえるほうが、体系的にはすっきりしているように思います。
その反面、再販売価格拘束の本質はメーカーを通じての流通業者間の競争停止だという本質論に照らせば、米国の整理のほうが、図らずも本質を突いている、とも言えます。
また米国では、著作権法では、著作物の複製物(copy)を適法に譲り受けた複製物の所有者は、その複製物を著作権者の同意無く譲渡できることになっており(いわゆる消尽論。109(a)条)、判例は、価格も複製物の所有者が自由に決められる、と解釈しています。
書籍の場合は、これが理由で書店が自由に書籍の価格を決められるわけです。
これに対して電子書籍の場合、複製物の譲渡ではなくラインセンスなので、この規定の適用はないと解されています(つまり、この規定を根拠に配信業者が自由に価格を決めると考えることはできない)。
あと、電子書籍に関する出版社と配信業者との契約については、いわゆる最恵国待遇(MFN)条項が反競争的効果を有するのではないかという問題がありますが、だいぶ長くなってきたので、またの機会に取り上げたいと思います。
【2012年12月10日追記】
参考文献
Ali M. Stoeppelwerth, "Antitrust Issues Associated with the Sale of e-Books and Other Digital Cotent", Antitrust Volume 25 Number 2