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2011年8月 3日 (水)

ドル建て決済と下請法(と優越的地位濫用)

これだけ円高ドル安が進むと、為替差損の回避のために、サプライヤーからの購入代金をドル建てで決済したいと考える輸出企業も出てきそうです。

例えば、以前の為替レートが1ドル100円だったとして、部品1個100円(=1ドル)だったとします。

その後、円高で為替レートが1ドル70円になったとします。

この部品を使用した完成品を米国に輸出する完成品メーカーが、円建てで部品を調達し続けると、ドル・ベースでの当該部品のコストは、以前は1ドルだったのが、今は(1個100円で仕入れているとしたら)、1.43ドルとなり、大幅なコストアップとなります。

これに対して、部品の代金をドル建てで合意していれば(例えば、「1個1ドル」)、米国に輸出された完成品に占める当該部品のドル・ベースでのコストは、1ドル100円の時代も1ドル、1ドル70円の時代も1ドルで変わらない、ということで、完成品メーカーにしてみると、円高による損失をある程度回避できるわけです。

反面、円ベースで考えると、サプライヤーにとっては、以前は100円で売れた部品が、今は70円ということになり、3割も安くなってしまいます。

そこで、このようなドル建て決済が、下請法違反や優越的地位濫用にならないのか、検討する必要があるように思われます。

下請法で関係しそうなのは、下請代金の不当減額(下請法4条1項3号)で、同条では、親事業者は、

「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること」

をしてはならないとされています。

そこで、円高という下請業者の責めに帰すことが出来ない理由により代金額を一方的に減額(上記の例では、100円→70円)することになるので、ドル建て決済は下請法違反だ、という議論があり得るかもしれません。

しかし、私は下請法には反しないと考えます。

理由はいろいろ考えられますが、まず、金銭債務を外貨建てで合意することは、民法上も可能です。

そればかりか、民法403条では、

「外国の通貨で債権額を指定したときは、債務者は、履行地における為替相場により、日本の通貨で弁済をすることができる。」

とされており、債務者の側(=親事業者)が、外国通貨で決済するか円で決済するのかの選択権を有するのが、民法のデフォルトルールになっています(もちろん、民法403条は任意規定なので、債務者に選択権がない、必ず外貨で決済する、という合意をするのも有効です)。

このように、民法上、金銭債務の決済に外貨を指定することも認められており、さらに、デフォルトルールでは、外貨での決済を合意したときですら、債務者(=親事業者)に円で払うかドルで払うかの選択権まで与えられている(=為替リスクを債権者(下請業者)に負わせることができる)以上、下請法上でだけ、ドルでの決済を認めないという解釈は、かなり無理があるといえるでしょう。

(なお、民法のルールがこうなっているから、というのは、確かに絶対的な理由ではなく、例えば、まともに円との交換が成立しないようなマイナー通貨で決済するような場合は、民法上はそれで良くても、下請法上本当にそれで良いのか?という疑問はあります。ですが、少なくとも、米ドルとか、ユーロとか、豪ドルとか、中国元とかいった、まともな通貨で決済している限りは、下請法上も民法と同じように考えて良いと思います。)

文言解釈としては、下請法4条1項3号の

「額を減ずる」

というのは、

円建てで合意したときにはその円建ての額を減額(100円→70円)すること、

ドル建て合意したときにはそのドル建ての額を減額(1ドル→70セント)すること、

を意味するのであり、

ドル建てで合意したときに円に換算した額が減ったとしても、ドル建てでは何ら変わっていない(1ドル→1ドル)場合には、

「額を減」

じていない、という解釈になるのだと思います。

別の理由は、ドル建てで合意した場合に、円高が進めば、下請業者の円の受取額が減りますが(70円→60円)、逆に円安に振れることもあるのであり(70円→80円)、それは誰にも分からないことです。

さらに政策論としても、このようなドル建ての決済を下請法で禁止すれば、ますます国内産業の空洞化が進んでしまうのであり、公取委としても、そのような政策は取れないでしょう。

ちなみに、外資系法律事務所に勤める私の友人に、給料をドル建てで受け取っている人がいます。

それはそれで気の毒な話ですが、外国企業が日本で商品役務を購入する際に、為替リスクを避けるために自国通貨で決済したいと考えるのは自然なことです。

それを下請法違反、あるいは優越的地位濫用というのは、相当無理があると言えるでしょう。

にもかかわらず、同じこと(外貨での決済)を日本企業がやった途端に、下請法違反あるいは優越的地位濫用になる、というのでは、いかにも具合が悪いですし、日本企業が対等に外国企業と競争することができなくなってしまうでしょう。

このように、経済がグローバル化した今日において、海外で競争している企業の足を引っ張るような解釈を、競争法が取って良いはずはないと思います。

なので、競争法の一部と捉えるべき優越的地位濫用につては、ドル建ての決済も日本企業が海外で競争する上で必要なのであれば、優越的地位濫用の要件である、

「正常な商慣習に照らして不当に」(独禁法2条9項5号柱書き)

に該当しない、と考えるべきです。

逆に言うと、「日本国内での取引は円で決済するのが『正常な商慣習』だ」という理屈は成り立たない、ということです。

民法が外貨建て決済を認めていることも、外貨決済が「正常な商慣習に照らして不当」とはいえない理由になりうるでしょう。

なお、競争法と言うよりは弱者保護の法律である下請法については、下請いじめというだけで少なくとも立法趣旨には反すると言えなくもないですが、上述のとおり、

「額を減ずる」

という形式要件に該当しない以上、やはり違法とは言えないでしょう。

(その点、行為の外形での縛りが基本的に存在しない優越的地位濫用の場合と違うところです。)

なお、以上の考え方は、新規に下請業者と取引を開始するときのみならず、従来は円で決済していた下請との取引をドル建て決済に変更する場合でも、基本的に同様であろうと考えます。

もちろん、円建て決済の旧契約時に発注していた商品代金を、ドル建ての契約に変更した後に遡ってドル建てで決済したら、不当減額で下請法違反になることはあり得ます。

たとえば、6月1日に1個100円で発注した商品代金の支払いが残っている状態で、7月1日にドル建ての契約に変更したとします。

この場合に、7月1日時点の為替レートが1ドル80円だとすると、商品代金の変更をしない(1個100円)ことを前提とすれば、1個あたり1.25ドル、という代金で合意するのが自然でしょう。

しかし、その後、代金支払時点(例えば8月1日)で、1ドル70円まで円高が進んでいたとすると、ドル建ての合意単価である1.25ドルを支払ったのでは、円換算では、87.5円(=1.25×70)しか支払っていないことになります。

この場合には、1個100円で合意したのに、結果的に、87.5円しか支払っていないわけですから、不当減額といわれても仕方ないでしょう。

逆に円安(例えば1ドル90円)になったとすると、1.25ドル払えば、円換算では112.5円払ったことになるので、不当減額にはなりません。

ですが、円高に振れたか円安に振れたかで、円決済にするかドル決済にするかを区別するというのも面倒で現実的ではないので、円建て決済の契約時点での注文については、ドル建て契約に変更した後も、一律円で支払うのが良いでしょう。

その他注意すべき点としては、下請法4条1項5号の、

「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること

というのも一応問題になり得ますが、円建てをドル建てにするときに、その変更時の為替レートを適用する限りは、結果的に急激な円高が進んでも、

「通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」

に該当するとは言えないと思います。

これも理由は色々あり得ますが、急激に円高が進んだ場合には、円建てで「通常支払われる対価」のほうも競争圧力で下がっているはずであり、「著しく低い」には通常当たらないだろう、ということが挙げられます。

あと注意すべき点は、ドル建て決済をするときに、「為替手数料」とか、根拠のよく分からない金額を下請代金から差し引いたりすると、下請代金の不当減額に該当するおそれが大いにあります。

というのは、公取委の運用では、実質的に説明がつく減額か否かはさておき、こういう一律かつ形式的な代金の減額が、最も狙われやすいからです。気をつけましょう。

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