投資一任契約と議決権保有者
Aファンド(例えばケイマン法人)が、多数の投資家から資金を集めて株式等で運用する(株式等を売り買いして利益を上げる)場合、B社(運用会社)と投資一任契約を締結して、運用をB社に一任するとします。
投資一任契約とは、金商法2条8項(金融商品取引業の定義規定)の12号ロで、
「当事者の一方〔B社〕が、
相手方〔Aファンド〕から、
金融商品の価値等の分析に基づく投資判断の全部又は一部を一任されるとともに、
当該投資判断に基づき当該相手方のため投資を行うのに必要な権限を委任されること
を内容とする契約」
と定義されています。
(なお、かかる「投資一任契約」に基づいて、有価証券に対する投資として金銭等の財産を業として運用すると、「金融商品取引業」になります。金商法2条8項。)
このような場合、投資家から集めた資金で購入した株式の議決権の行使も、(本来はAファンドが議決権を行使できるはずですが)B社に任せてしまう、ということもあるようです。
この場合、株式取得の届出との関係で運用先の議決権を保有しているのは、Aファンドでしょうか。それともB社でしょうか。
より具体的には、Aファンドが、投資資金の運用として、P社の議決権を20%を超えて取得した場合、届出義務があるのはP社の株主であるAファンドでしょうか、それとも、P社の議決権行使を委任されているB社でしょうか。
(なお、アメリカと違って、日本には投資目的の株式取得の届出を免除する例外規定はありませんから、投資目的の取得だというだけの理由で届出が免除になることはありません。)
正解は、Aファンドです。
以下、条文を確認してみましょう。
独禁法10条2項では、
「会社・・・は、他の会社・・・の株式の取得をしようとする場合・・・は、公正取引委員会規則で定めるところにより、あらかじめ当該株式の取得に関する計画を公正取引委員会に届け出なければならない。」
と、届出義務があるのは他の会社の株式の取得をしようとする者、すなわちAファンドであることが明らかです。
議決権を実際に行使するのが誰であるかに関わりません。
この点、EUでは、届出すべき「集中(concentration)」は実質的なコントロールが誰にあるのかをみる概念であるために、「集中」にあたるか否かの判断に際して、関係者間で締結されている議決権行使に関する契約の存在が考慮されることがあり得ます。
しかし、日本では、届出をすべき人は、あくまで「株式の取得」をしようとする者なので、契約上議決権が株主以外に与えられていても、届出との関係では考慮されません。
ちょっと誤解しやすいのが、株式を信託に入れている場合です。
つまり、独禁法10条2項では、
「・・・〔株式取得会社が〕株式の取得をしようとする場合
(金銭又は有価証券の信託に係る株式〔→ちょっと分かりにくいですが、信託財産として受託した金銭または有価証券の運用として取得した(する)株式ですね〕について、
自己〔=株式取得会社に相当する信託委託者または信託受益者のこと〕が、
①委託者若しくは受益者となり議決権を行使することができる場合
又は
②議決権の行使について受託者〔通常は、信託銀行ですね。〕に指図を行うことができる場合において、
受託者に株式発行会社の株式の取得をさせようとする場合を含む。)において、・・・」
となっており、信託銀行が信託財産として株式を取得する場合には、実質をみて、
委託者または受益者が、
自ら議決権を行使できる場合(①)
および
信託銀行に議決権行使の指図をできる場合(②)
については、当該「自己」(=委託者または受益者)が株式を取得したものとみなす、と取り扱われます。
さらに独禁法10条3項では、
「前項の場合において、
当該株式取得会社が当該取得の後において所有することとなる当該株式発行会社の株式に係る議決権には、
金銭又は有価証券の信託に係る株式に係る議決権
(委託者又は受益者が行使し〔上記①に相当〕、又はその行使について受託者に指図を行うことができるもの〔上記②に相当〕に限る。)
・・・を含まないものとし、【以上、前半】
金銭又は有価証券の信託に係る株式に係る議決権で、自己が、委託者若しくは受益者として行使し、又はその行使について指図を行うことができるもの
・・・を含むものとする。【以上、後半】」
と、【前半】では、
委託者または受益者が、
自ら議決権を行使できる場合(①)
および
信託銀行に議決権行使の指図をできる場合(②)
については、法律上の株式取得者である信託銀行の議決権にはカウントしないこととし、
【後半】では反対に、
委託者もしくは受益者が自ら議決権を行使できる株式(①)
および
委託者もしくは受益者が信託銀行に指図権を有する株式(②)
については、当該委託者または受益者の保有する議決権としてカウントすることとされています。
つまり、対象会社(ターゲット)の株式が信託に入っている場合には、実質を見て、議決権を行使できる者(必ずしも法律上の株主とは限らない)が、株式(議決権)を取得する(よって届出義務を負う)、という建て付けになっているのです。
しかし、信託においてこのような実質的な解決がなされているのは、まさに以上のような明文の規定があるからです。
投資一任契約に付随した議決権行使の委任、その他、契約上議決権行使の決定が第三者に委ねられているに過ぎない場合には、そのような明文の規定はありませんから、形式どおり(条文どおり)、法律上の株主が誰かによって、届出の有無を判定することになります。
なお、金銭又は有価証券の信託に係る株式の取得については、一定の場合(ざっくりいえば、取得したとみなされる者自身が取得の意思決定をしていない場合)に届出不要とされているので、一応注意です(届出規則2条の7第6項、7項)。
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