流通ガイドラインの「価格が維持されるおそれ」の意味
流通取引慣行ガイドラインには、いくつかの行為類型が違法となるかどうかの基準として、「価格が維持されるおそれ」というのを用いています。
例えば、厳格な地域制限について、
「市場における有力なメーカー・・・が流通業者に対し厳格な地域制限を行い、これによって当該商品の価格が維持されるおそれがある場合・・・には、不公正な取引方法に該当し、違法となる」
とされています。
その他には、地域外顧客への販売制限、帳合い取引の義務づけ、仲間取引の禁止、安売り業者への販売禁止、一定の広告表示の禁止などに、同様の表現があります。
では、そもそも「当該商品の価格が維持されるおそれ」とは、何なのでしょう。
まず、「当該商品」というのは、(同一市場を構成する商品全てと解する余地もなくはないのですが)文字通り、当該行為を行っている事業者(メーカーなど)の商品のことである、と考えられます。
山田昭雄他編「流通・取引慣行に関する独占禁止法ガイドライン」p172でも、
「『当該商品の価格が維持されるおそれがある場合』とは、すなわち、厳格な地域制限により、当該ブランドについて競争圧力が減少し、流通業者がある程度当該商品の価格を維持できるようになっている場合である。」
と、「当該商品」というのが、当該ブランドの商品であることを念頭に置いたと思われる解説がなされています。
注意すべきなのは、
「当該ブランド(=自分のブランド)の小売価格なんて、(例えば、卸売価格を上げたり、あるいは端的に再販売価格維持をするなどして)自分である程度どうにでもできるのだから、当該ブランドの価格維持のおそれなんて、ほとんど全ての場合に認められるのではないか?」
と疑問に思ったら、それは間違いだということです。
上記山田他の解説からも理解できるとおり、もしあるブランドの価格を維持しようとしてテリトリー制や再販売価格維持を導入した結果、小売店の店頭価格が高止まりして、その結果そのメーカーの売上が落ちて利益が減少するような場合には、他のブランドからの競争圧力が働いているのであって、そういう場合は、「当該商品の価格が維持されるおそれ」はない、というべきです。
つまり、あるブランドについて競争的価格を上回る価格を付けたために消費者からそっぽを向かれてそのブランドが消えていく場合は、まさに競争が働いているのであって、競争に任せておけばよいのです。
さらに論理的に考えれば、小売価格が高止まりしていても、商品が売れなくなっていく場合は、仮に小売店が絶対に値引をしないでも(つまり、見た目は価格が「維持」されていても)、「価格が維持されるおそれ」には該当しない、ということです。
そこで疑問が湧いてくるのは、「価格が維持されるおそれ」というのは、本当に価格だけを問題にしているのか(品質や量や品揃えは問題にしていないのか)、ということです。
独禁法に親しんでいる者としては、価格だけを取り上げて違法かどうかを論じるのはナンセンスに思えます。
なぜなら、価格と、その他の要素(品質、数量、付加サービス)は、一体的に評価されるものであって、価格だけが問題ということはあり得ないからです。
もし価格だけを問題にするなら、上記の例のように、あくまで高値にこだわって売上(量)を減らしてしまう場合も、「価格」は「維持」されているのだから(その「価格」以外では市場で手に入らないのだから)、「価格が維持されるおそれ」あり、となるはずです。
公取委は比較的ガイドラインを文言どおりに運用する傾向があるように思われるので、ひょっとしたら、「価格」と書いてあるのだから、あくまで価格に注目する、という立場かもしれません。
そして、流通ガイドラインが扱うテリトリー制とかの場合は、価格だけに注目すれば反競争性が概ね判断できるので、価格だけに注目しても、結果が不都合ということはないのかもしれません。
しかしやはり、理論的に「価格」だけに注目するのはおかしいわけで、「価格」というのは、あくまで様々な競争変数の代理変数に過ぎない、くらいに考えておくべきです。
例えば欧州の非水平合併ガイドラインの8個目の注では、
「In this document, the expression ‘increased prices’ is often used as shorthand for these various ways in which a merger may result in competitive harm.」
という具合に、価格の上昇というのはあくまで様々な競争阻害の生じるルートを手短にまとめていったに過ぎない、と明記しています。
日本の流通慣行ガイドラインの「価格が維持されるおそれ」も、同様に解すべきだと思います。
なので、「なぜ価格だけに注目するのか」といって目くじら立てるのは筋のよい議論ではなくて、「そんなことは独禁法を知っている人なら分かるでしょう」というくらいに、大らかに構えておけばよいと思います。
いずれにせよ、ガイドラインを文字通りに読んで、「『価格』と書いてあるのだから問題になるのは価格だけだ」という議論をする人が出てこないとは限らないので、不親切なガイドラインであることは確かです。
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