« HHIによる寡占度のイメージ | トップページ | 銀行による金利のカルテルと課徴金の基礎 »

2011年4月13日 (水)

いわゆる"Pay-for-Delay" Settlementについて

欧米では、薬の特許権をもつ製薬会社(ブランド医薬品メーカー)が、特許を侵害したジェネリック医薬品メーカーに対して、特許侵害訴訟を起こし、その和解として、原告のブランド医薬品の方が被告のジェネリック医薬品メーカーに対して、被告が原告の競合品市場に参入しないことを条件に、和解金を支払う、ということがあります。

これを、"pay-for-delay settlement"(参入を遅らせることに対する和解金なので)とか、"reverse payment"(本来、特許侵害訴訟での和解金は被告から原告に支払われるものなので)とか呼んでいます。

このような和解は競争制限的であるとして、米国のFTCがとくに積極的に取り締まっています。

そもそも、なぜこのような和解が成り立つのでしょうか。

一般的に、市場における供給者の総利潤は、競争者の数が増えるほど減っていきます。

そして、1社独占の場合の総利潤と比べて、2社複占の場合の総利潤は2分の1になるのではなくて、もっと少なくなります。

同質的な商品市場において生産能力に制限が無い場合、供給者が1社から2社になるだけで、利潤はゼロになる、という経済学のモデルもあるほどです(ベルトラン複占)。

ブランド医薬品とジェネリック医薬品は、薬効成分は同じですから同質的な商品といえますし(実際には、ブランド医薬品にはネームバリューがあって、まったく同質ではないのですが)、医薬品というのは供給能力にそれほど制限がないことが多いでしょうから(インフルエンザのワクチンのように、培養するための生卵が足りなくて供給量を増やせない、という例はあるかもしれませんが)、ベルトラン複占が比較的よく当てはまるのではないかと思います。

(ベルトラン複占の理屈はそれほど難しいものではなく、たとえば既存の独占者Aが独占価格pmを付けている場合に、新規参入者Bは、pmより少しでも安い値段をつければ市場の全需要を獲得できるので、pmよりわずかに安い値段を付けることを考え、それを見越したA社はさらにそれより少しだけ安い値段を付けることを考え・・・というように、思考実験を繰り返していくと、何もしなくても競争価格まで価格が下落する、ということです。)

具体的な数字で考えてみましょう。

(数字は適当ですから、余り深く考えないで下さい。)

供給者がA社1社の場合、A社は独占価格1錠あたり100円を付けて、100錠売れるとします。

これがA社とB社の2社になると、複占価格は20円で、合計200錠売れるとします。

簡単にするために、両者とも限界費用はゼロとします。

すると、A社独占の場合の利潤は、100円×100錠=1万円となります。

これに対して、A社とB社の複占の場合の各社の利潤は、20円×(200錠÷2)=2000円となります(シェアは50%ずつで市場を分け合うと仮定)。

ですので、B社の立場からすると、参入したときの利潤は2000円(固定費がある場合には、もっと少なくなります)、参入しなかったときの利潤は0円となります(参入しないから当然です)。

そうすると、B社としては、参入しない対価として2000円以上の和解金の支払いを受けられるなら、参入しないでおこうというのが合理的です(参入しても、利潤は2000円どまりなので)。

一方、A社の立場からすると、もしB社が参入してくれば、利潤は2000円となります(上記のB社と同様)。

これに対して、もしB社が参入しなければ、独占利潤1万円を得ることができます。

とすると、A社としては、独占利潤と複占利潤の差額8000円までならB社に和解金として支払ってでも、B社を参入させないのが合理的となります。

このような両社の思惑から、A社からB社に、2000円~8000円の範囲内で和解金が支払われる可能性が出てきます。

しかし、これは要するに、新規参入者(ジェネリック医薬品メーカー)と既存の独占者(ブランド医薬品メーカー)が、カルテルを行っているのにほかなりません。

日本では、カルテルが成立するためには、A社とB社が相互拘束をしていることが必要で、相互に、とは、同じ種類の拘束をしあっていることを指すと言われるので、

「参入しない」というB社の拘束と、

「和解金を払う」というA社の拘束が、

「相互拘束」に該当するのか、論点にはなり得ますが、結論としては、まあ相互拘束と考えて間違いないでしょう。

なので、1度きりの入札談合で、1社が落札し、他社はその背後に隠れて、独占利潤を山分けする、というのも、立派な(?)カルテルです。

日本では、様々な事情から、そもそもブランド医薬品の特許が切れても値段が暴落するということがないので、以上のような和解がなされること自体まれでしょう。

上述の例で言えば、複占におけるブランド医薬品メーカーの利潤が、独占時の1万円から9000円までにしか下落しないイメージです。

そうすると、ブランド医薬品メーカーは1000円までしか和解金として支払うインセンティブがありませんが、そうすると、ジェネリックメーカーとしては、参入した方が得である、ということになりがちです。

というわけで、ジェネリック医薬品の文脈では、日本では以上のような問題は多分起きないと思いますが、他の産業ではあり得るかも知れません。

« HHIによる寡占度のイメージ | トップページ | 銀行による金利のカルテルと課徴金の基礎 »

外国独禁法」カテゴリの記事

コメント

中高生の「実際の社会問題を考える社会科」(未来問題解決プログラム)の運営をしております。今年の学習トピックの1つが「医薬品産業」であり、子どものための情報収集をしています。
今日のProPublica にファイザーのPay for Delay の記事があり、検索によって知った植村さんのブログに来ました。
たくさん参考になる記事があります。参考にさせていただきます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: いわゆる"Pay-for-Delay" Settlementについて:

« HHIによる寡占度のイメージ | トップページ | 銀行による金利のカルテルと課徴金の基礎 »

フォト
無料ブログはココログ