« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月30日 (土)

IBA・KBA共催競争法カンファレンス

水曜日から金曜日まで、IBAとKBA(Korean Bar Association)の共催の競争法カンファレンスで、企業結合規制のパネルでセッションチェアーを務めるために、ソウルに行ってきました。

ソウルでのカンファレンスではありますが、やはり参加者も海外からのスピーカーの話に関心が強いようで、私も、とくにアメリカからのスピーカーのお話を興味深く聞きました。

この、元司法省の弁護士さんは、新水平合併ガイドラインは、裁判所が実務からかけはなれた旧ガイドラインに忠実な判断をしたために当局が敗訴するというケースが相次いだため、この流れを断ち切るためにできたものだ、と明言されていました。

また、ガイドライン改正前も、HHIなどの数値はガイドラインに書いてあるためにクライアントが求めるから計算したけれども、実務上は余り重視されていなかった、とのことでした。

また企業結合の当事者も、当局と折衝している間は、市場画定を絶対視しない当局の判断枠組みに従って主張を展開するけれど、裁判所に行ったとたんに、HHIとか市場画定とかがにわかに争点になる傾向があった、とのことでした。

私も、旧ガイドラインが当局の実務の実態からかけ離れていたという論評はよく目にしたことがあり、いくつかの国際会議でも同様の(とくに当局担当者による)指摘があったものの、今回、そのような実態がさらにはっきりと感じられたように思います。

現行の日本の企業結合ガイドラインに慣れ親しんでいる日本の独禁法実務家の目から見れば、このような指摘はかなり驚くべきものですが、どうやらそれが事実であるようです。

なお、例の「グッピー」(GUPPI, gross upward pricing pressure)についても言及があり、デフォルトで10%の効率性向上(要するにコスト削減)を認めることで実務的には落ち着きそうです。

ところで韓国の弁護士さんとお食事などをする機会があったのですが、日本の若者が海外に行きたがらないというNHKのニュースをとても興味深く話しておられました。

その弁護士さんによると、韓国はまったく逆で、韓国内にとどまっていたのでは世界の最先端から取り残されることが分かっているので若者がどんどん海外に出て行く、とのことでした。

それも、生活環境が悪い国にでも、経験を積むために積極的に志願していく、とのことでした。

また別の弁護士さんによると、韓国の公正取引委員会と欧州委員会は非常に良い関係を保っているとのことでした。

これは多分公知の事実で、私も仕事を通じて、欧州委員会がKFTC(Korean Fair Trade Commission)の見解を知りたがっているという場面には接したことがありますが(それだけKFTCが欧州委員会に重視されているということでしょう)、欧州委員会が日本の公取委の見解を知りたがっているという場面には、残念ながら、まだ接したことがありません。

でも、現状を嘆いても仕方ありません。

私も、日本の独禁法実務の一翼を担う者としての責任を感じ、日本の独禁法の国際的なプレゼンスの向上に少しでも貢献したいと思います。

2011年4月26日 (火)

事業譲受届出書の「譲受け後の総資産」の記載

事業譲受の届出書の記載要領によると、届出書式(書式12)の

「1 届出の概要」

「(1)譲受会社に関する事項の概要」

「〔譲受会社の〕譲受け後の総資産」

のところについて、

「①事業の全部の譲受け・・・の場合は,譲受会社及び譲渡会社の確定した最終の貸借対照表による総資産の金額をそれぞれ合計した額を,

②事業の重要部分の譲受け・・・の場合は,当該部分の総資産の金額を合計した額を記載してください。」

と記載されています(丸数字は私の加筆)。

これを素直に読むと、

①事業の全部譲渡の場合は、譲渡会社と譲受会社の総資産の合計額、

②事業の一部譲渡の場合は、当該譲渡対象部分の総資産の額、

をそれぞれ記載する、という意味みたいです。

でも、②の一部譲渡の場合は、ちょっとおかしいと思います。

届出書の書式での記載項目は、

「〔譲受会社の〕譲受け後の総資産」

となっています。

なので素直に、譲受後の譲受会社の総資産(つまり、①の全部譲渡の場合と同様、譲受前の譲受会社の総資産に譲渡対象部分の総資産を加えた合計額)を書く、と考えるべきでしょう。

ちなみに、全部譲渡の場合の「総資産」は、確定した最終の貸借対照表上の総資産を書く、とされています。負債は控除しません。

2011年4月25日 (月)

IMSヘルス事件

欧州に、IMSヘルス事件(2004年)という、不可欠施設(エッセンシャルファシリティ)について欧州司法裁判所が判断した重要な判決があるのですが、昨年のIPBAで同じパネルを務めて以来の知り合いで、原告代理人を務めた弁護士さんが、今回のIPBAでこの事件について話されていました。

それで知ったのですが、この事件にはやや特殊な背景があります。

事件の概要を簡単に説明します(和久井理子「技術標準をめぐる法システム」p233に概要が紹介されています)。

ドイツで医薬品販売に関する情報提供についてトップの地位にあった被告IMS社が、ドイツを1860のブロックに分けた構造に従って医薬品販売に関する情報を提供していたところ(「1860ブロック構造」)、同社と競合する医薬品情報提供業者2社が、その「1860ブロック構造」に基づいて、医薬品販売データの提供を開始しました。

これに対して、IMSヘルス社が、「1860ブロック構造」にかかる著作権違反を理由に2社を訴えました。

2社のうち1社が、IMSヘルスが「1860ブロック構造」のライセンスを拒絶することは支配的地位濫用(日本での私的独占に相当)であるとして、欧州委員会に異議申立をし、紆余曲折を経て、欧州裁判所に係属した、というものです。

この事件について知ってからずっと疑問だったのが、そもそも「1860ブロック構造」に著作権が発生するのか?ということでした。

日本では、著作権は表現について発生するものであり、表現された思想・内容については発生しない、と考えられています。

「1860ブロック構造」の実物を見たことはないですが、おそらく、たんにドイツを1860個のブロックに分けただけで、分け方という情報の内容に特徴はあっても、分けた結果をどう表現するかについては、とくに独自性はないのではないか、という気がしていました。

なので、そもそも著作権が発生するのか?というのが疑問でした。

しかし今回聞いたところによると、本件では、手続上の理由で、欧州司法裁判所は著作権発生の有無について判断する権限を有さず、もっぱら競争法の論点についてしか判断する権限を有していなかった、とのことでした(著作権の問題は、各加盟国の裁判所が判断する)。

たしかに、知財の論点、競争法の論点、というように、縦割りに分析していくのもあながち不合理とはいえないとは思います。

論理的には、著作権が発生するか否かと支配的地位濫用にあたるかとは、まったく別個の問題であり、「著作権法の問題はさておいて」競争法の判断ができるといえるでしょう。

しかし、私はどちらかというと、法分野ごとに事案を切り刻んで分析するだけでは事件の本質は見えてこず(あるいは実務的に妥当な解決は図れず)、全体的なアプローチを採るべきと考えているほうなので、「著作権」の発生の有無だけで片付いたかもしれない事件について、競争法の判断がなされても、あまり価値はないのではないか、という気がしてなりません。

少なくとも、これを堂々とエッセンシャルファシリティ(あるいは、必須知的財産権のライセンス拒絶)の代表判例というのは、ある種の気恥ずかしさを覚えます。

また、必須知的財産権の利用許諾を拒否することが、こういう形(制度上の理由で著作権と離れて競争法だけで争われる形)で事件になるということは、その反面で、こういう形でもなければ「知的財産権」が「必須」であること自体珍しい、ということを裏付けているような気もします。

判決には書かれないちょっとした背景で結論が変わったのではないかと疑われることは、実務ではよくあることなので、少なくとも、この事件にはそういう背景があったということは、押さえておくべきと思います。

2011年4月23日 (土)

IPBA京都2011

今日は、IPBA(Inter-Pacific Bar Association)大会に出席するために京都に来ています。

去年のシンガポールに続いての出席です。

午前中、ES細胞の山中伸弥京都大学教授、ジョン・ルース米国大使、松本紘京都大学総長、長谷川閑史武田薬品工業社長の、「Innovation - Key to the Development of the Asia-Pacific Region, for Science, Business and the Legal Professions」というセッションに参加してきました。

人生の視界が開けるような、ものすごく、すばらしいセッションでした。

どんなにすばらしい内容だったか、私の文章力では到底伝えられないのですが、備忘のために簡単にまとめておくと、山中教授は、アメリカでは助手がいたのに日本に帰国したら自分でマウスを育てなきゃいけなくなったこととか、ES細胞の開発の苦労話を話して下さいました。

興味深かったのは、奈良先端科学技術大学院で新入生をリクルートするのにES細胞の夢を語ったけれどそれがどんなに困難かは話さなかった、ていうところですね。

やっぱり、何にも悩みも雑用もなく本業に没頭できるよりも、本業とは違うところで負荷がかかっているほうが、いい仕事ができるのかもしれません(私も思い当たるところがあります)。

ルース大使は、大使になる前は、ウィルソン・ソンシーニというシリコンバレーのトップファームのパートナーであった経験を踏まえ、YouTubeの例なども引きながら、イノベーションの大切さを説かれていました。

(お話のなかでも触れられていましたが、福島の原発の状況次第で、わりと直前まで今日来られるか分からなかったそうです。)

ベンチャー起業家は、お金のために努力するのではなく、自分の実現したい夢のために努力するんだ、ベンチャーを支える弁護士もそれに共感しているんだ、というのが心に響きましたね。

松本総長は、人口爆発時代に入って、人類が考え方を変えないといけない、現代の学問は専門化しすぎてて枝葉に入り込みすぎて、幹を理解している人材が足りない、このままでは人類は衰退していく、という内容でした。

長谷川社長は、見事に松本総長のお話をデータで裏付けてさらに発展させるような内容で、とても納得できるものでした。

以上があらすじですが、みなさんのお話を聞きながら、「自分は弁護士をやっていていいんだろうか、世の中のためになっているのだろうか」、って考えました。

「山中教授ほどでなくても、科学者や技術者になっていれば、もっと幅広く世の中の役に立てたんじゃないか(所詮、弁護士は個別の案件だけが勝負だし)」、「弁護士をやるにしても、ルース大使みたいにベンチャー起業家を支えるとか、もっと社会的に弱い立場に寄り添う弁護士のほうが、世の中の役に立てるんじゃないか」、とか、松本総長の話を聞きながら、「やっぱり専門バカはだめだ」とか。

でも、山中教授のような業績の陰で、日の目を見ない研究者もきっとたくさんいるんですよね。ではそういう研究者が社会に役に立っていないかというと、決してそんなことはないと思うのです。

とくに科学はそうでしょうが、科学以外でも、人間の営みというのはどこかで繋がっているのだと思います。

ひとにはそれぞれ与えられた役割があって、みんなが支え合って、社会ができているのだと思います。

「競争」という物差しで何でも見るのは、本質をみていない見方で、競争はあくまでルール、仕組みなんであって、根本的には、みんながみんなを支え合って生きているのです。

なので、結論としては、もうしばらくは独禁法の専門性を極めていこうと思うとともに、このようなすばらしい方々のお話を聞けてなお、「今の道でいいんだ」と思えたことで、自信がついたというか、覚悟が固まった気がします。

でも、それとともに、何ものにもとらわれず、常に自分の活躍の可能性を広げていきたいとも思います。

あと、山中教授の、「企業は技術を独占するために特許をとるが、大学などの研究機関は技術をみんなに使ってもらうために特許を取る」という言葉が、とても印象に残りました。

文字にしても、何が良かったのか、きっと読む人には分からないと思いますが(笑)、これがライブの醍醐味ですかね。

2011年4月19日 (火)

対抗的価格設定の問題点

流通取引慣行ガイドライン第1部の

「第六 継続的な取引関係を背景とするその他の競争阻害行為」

では、

「・・・継続的な取引関係を背景として、例えば次のような行為をすることは、独占禁止法上問題となる。」

とした上で、

「対抗的価格設定による競争者との取引の制限」

という見出しのもと、

「①市場における有力な事業者が〔有力事業者〕、

②継続的な取引関係にある取引の相手方に対し〔継続的取引〕、

③その取引関係を維持するための手段として〔手段性〕、

④自己の競争者から取引の申込みを受けたときには必ずその内容を自己に通知し、自己が対抗的に販売価格を当該競争者の提示する価格と同一の価格又はこれよりも有利な価格に引き下げれば、相手方は当該競争者とは取引しないこと又は自己との従来の取引数量を維持することを約束させて取引し〔対抗的価格〕、

⑤これによって当該競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合には〔代替取引先困難〕、

当該行為は不公正な取引方法に該当し、違法となる(一般指定一一項(排他条件付取引)又は一二項(拘束条件付取引))。」

とされています(番号と〔カッコ書き〕は、私が追加しました)。

しかし、この規定は実務上はほとんど無視して構いません。

なぜなら、このような行為が独禁法違反とされる可能性は、ほぼ皆無だからです。

⑤の要件(代替的取引先開拓の困難性)が満たされること自体、世の中ではまれだと思われますが、それ以上に、理念的な問題としても、このような対抗的価格設定を独禁法違反とすることは、極めて問題です。

つまり、新規参入者が安い価格を提示してきたときに、このような対抗価格条項に基づいて、継続的取引をしている既存事業者が取引の相手方(買主)により安い価格を提示して引き留めを図ろうとした場合、合理的な買主であれば、再度、新規参入者に対して当該対抗価格を示し、これによって新規参入者からさらに安い値段を引き出すことができるのです。

それにもかかわらず、新規参入者が既存事業者の対抗価格に対抗できないとすれば、それは新規参入者が効率性において既存事業者に劣るということに他ならず、そのような新規参入者が取引先を見つけることができないのは、競争社会において当たり前のことです。

このように、ガイドラインのこの部分は、独禁法の理念上も大きな問題があります。

あまりに問題が大きくて、学者も実務家もこのガイドラインの記述は事実上無視している(なので、まともに論じた文献もない)というのが実情だと思います。

しかし、ガイドラインにこのような行為類型が載っているだけで、独禁法上否定的な評価を受けるのではないかと思うのが人情というものですので、対抗価格は問題とすべきでないとはっきり言うことも大事と思い、この記事を書いている次第です。

なお、公取委の担当官による「流通・取引慣行に関する独占禁止法ガイドライン」p105では、この条項ができた背景として、外資系企業にアンケートをしたら、「対応が困難と感じている具体的な流通構造・取引慣行等」として、

「低価格を提示しても競争者が直ちに追随して取引先に同一価格を提示すること」

というのを挙げたものが多かった、と書かれています。

アンケートを真に受けてガイドラインに書き込んでしまうのもどうかしていると思いますが、私は、公取委がこのような解説をすることで、「政治的な事情でこの条項は入れざるを得なかったんですよ(だから、本気で取り締まるつもりはありませんよ)」というメッセージを送っているように思えてなりませんし、実際そうなのでしょう。

次回の流通取引慣行ガイドラインでは、この条項は削除すべきでしょう。

2011年4月18日 (月)

「市場における有力なメーカー」基準の合理性

流通取引慣行ガイドラインでは、拘束条件付取引を、

1.再販売価格維持

2.競争品取扱制限

3.販売地域の制限

4.取引先の制限

5.販売方法の制限

に分類しています。

これを、若干の組み替えをした上で、ガイドラインに従って違法性の高い順に並べると、以下のようになります。

①原則違法:

再販売価格拘束、安売り業者への販売禁止、広告に価格を明示することの禁止、

②「価格維持のおそれ」で違法:

地域外顧客への販売制限、帳合い取引の義務づけ、仲間取引の禁止

③「有力メーカー」+「価格維持のおそれ」で違法:

競争品取扱制限、厳格な地域制限、地域外顧客への販売制限、

(なお、競争品取扱制限については、ガイドラインの文言上は、

「有力メーカー」+「代替流通経路確保困難」で違法、

ということになっていますが、

「代替流通経路確保困難」というのは、「価格維持のおそれ」という、より抽象度の高い基準が、競争品取扱制限という個別の場面において、より具体的に(抽象度を下げて)述べられたものに過ぎないというべきで、「価格維持のおそれ」というのと本質的な違いはないというべきでしょう。

少なくとも実務上は、当てはめをするときに「代替的流通経路確保困難」というほうが競争制限の仕組みをイメージしやすいというメリットがあるとは言えますが、競争品取扱制限の場面で「価格維持のおそれ」を基準として用いても、結論にはほとんど差は無いと思います。

例えば、何らかの事情で、高コストの参入者は代替流通経路を確保できるような場合には、「代替流通経路確保困難」は文言上満たされない可能性がありますが、低コストの参入者が代替流通経路を確保できない以上、「価格維持のおそれ」はあるというべきであり、そのような場合は、やはり違法と考えるべきでしょう。)

④適法:

責任地域制・販売拠点制、

以上、①~④と細かく基準が分かれていますが、②と③の違いには、あまりたいそうな意味はありません。

というより、「有力メーカー」であるか否かを、違法性の独立の要件であるかのような書き方をするのは、誤解を招くと思います。

むしろ、「有力メーカー」であるか否かは、「価格維持のおそれ」の有無を判断するに際しての一要素であり、しかも、かなり重要な要素であると考えるべきです。

つまり、②の類型(「価格維持のおそれ」で違法)であっても、「有力メーカー」であるか否かは当然考慮の対象になるというべきであり、③の類型(「有力メーカー」+「価格維持のおそれ」で違法)であっても、有力メーカーでなくても価格維持のおそれがあるケースが出てきたら、違法になるのだと思います。

公取委担当官による、「流通・取引慣行に関する独占禁止法ガイドライン」(商事法務・平成3年)p178では、

「・・・帳合取引の義務づけは・・・市場において有力な事業者が行うか否かを問わず、当該商品の価格が維持されるおそれがある場合には、不公正な取引方法に該当し違法となる」

と堂々と書かれていますが、有力な事業者か否かは考慮されないというのは、はっきりいって間違いです。

問題の本質は、

「有力な事業者でないのに価格が維持されるおそれがある場合というのが現実にどれほどあるのか」

ということであり、そのことを正面から議論すべきでしょう。

現行の流通取引慣行ガイドラインのように、行為類型ごとに違法性の認定基準を変えるという考え(form-based approach)というのは、最近は流行りません。

世界の主流は、競争制限効果で違法性を判断する考え(effect-based approach)です。

経済分析のリテラシーが一般的に低かった20年前ならいざ知らず、独禁法での経済分析がこれほど一般的になってきた今日において、行為類型ごとに違法性基準を細かく分けるのには、物事の本質論としてはいうまでもなく、実務の羅針盤としてすら、余り合理性はないと思われます。

とくに、独禁法の専門家ではない法律家は、どうしても細かい文言の違いにこだわりがちなので、余り本質的な違いがないところで要件を変えるのは誤解の元です。

2011年4月15日 (金)

銀行による金利のカルテルと課徴金の基礎

銀行が貸出金利についてカルテルを行った場合の課徴金の算定の基礎は、貸出額でしょうか、それとも受け取った利息の額でしょうか。

結論としては、受け取った利息の額が基準になります。貸出額ではありません。

たとえて言えば、レンタカー会社が、時価100万円の自動車を、1日1万円で3日間貸し出した場合のレンタカー会社の売上は、3万円です。

課徴金は、この売上額の10%なので、3000円となります。

自動車の時価100万円の10%(=10万円)ではありません。

同様に、銀行が、時価100万円の現金(つまり、100万円)を、年利3%で1年間貸し付けた場合の銀行の売上は、3万円です。

課徴金は、この売上額(受取利息額)の10%なので、3000円です。

念のため条文で確認してみましょう。

独禁法7条の2第1項によると、不当な取引制限の場合の課徴金の額は、

「当該商品又は役務の・・・売上額・・・に百分の十・・・を乗じて得た額に相当する額」

です。

銀行の提供する役務というのは、借入人に貸付金を使用させてあげる役務(要するに融資のこと)であり、その対価として利息を受け取るわけです。

なので、「当該・・・役務」というのが、融資という役務の提供、その「売上額」というのは、受取利息額となります。

なお、銀行の融資実務では、金利とは別に、コミットメントフィーとか、ファシリティフィーとかいう名前の手数料が取られることがあります。

これらの手数料は、利率のカルテルをしていただけでは、課徴金の基礎にはならないと考えられます。

もちろん、これらの手数料自体についてもカルテルをしていれば、課徴金の基礎になります。

なお、課徴金算定の基礎たる売上の計算方法は、独禁法施行令5条で、

「実行期間において引き渡した商品又は提供した役務の対価の額を合計する」

とされています。

「実行期間」というのは、カルテルをしていた期間です。

ちょっと難しいのは、

「提供した役務の対価」

です。

たぶんこの施行規則5条の条文は、役務を単発で提供することを想定しているのだと思いますが、融資のような継続してする役務の提供にはややそぐわないように思われます。

ですがやはり常識的に、融資の場合なら、違反期間が3ヶ月ならその3ヶ月の間の利息相当額が、「提供した役務の対価」と考えるべきでしょう。

お金を貸し付けている期間中、日々、「役務」を提供している、というイメージです。

さすがに、返済期間1年で貸し付ければ貸し付けた瞬間に1年分の役務の提供があったとみて1年分の利息を基礎にするというのは、行き過ぎでしょう。

実際に銀行が利息を受け取ったかとか、受け取ったのが違反期間中か否かは関係ないというべきでしょう。

ですので、例えば100万円を年利3%で1年間貸し付ける契約をした場合、トータルの金利は3万円になりますが、最初の4ヶ月(3分の1年)経過後に公取の調査が入ってカルテルが中断した場合は、最初の4ヶ月分の利息の1万円だけが、課徴金の基礎になる、と理屈の上では言えそうです。

しかし、公取の立入検査後も同じ利息で貸し続けられれば、カルテルが継続しているとみることもでき、そうすると、利息をカルテル価格でない価格に交渉し直す必要が出てきそうです(そうしないと、延々と課徴金がかかり続ける)。

でも、それは実務的ではないですね。。。悩ましいところです。

「もうカルテルはしません」と宣言することで、許してもらえないかなぁと思いますが、無理でしょうね。

やっぱり、借換の契約をして、その利率は自由競争で決める、という方法しか無さそうです。

自由競争で決めてもやっぱり同じ利率だった・・・というのでは、本当に自由競争だったか疑われるので、アリバイのために、ちょっとでも利率を安くするのでしょうね。

理屈の上では、借換の時点で審査し直したら、市場金利にも鑑みて利息が上がる、ということはあり得ますが、例えば旧契約が「プライムレート+3%」という利率だったなら、自由競争の結果、「プライムレート+2%」という利率になったのなら、仮に借換後の利率の方が(プライムレートが上がったために)高くなっても、カルテルは消滅したと言えるのではないかと思います。

2011年4月13日 (水)

いわゆる"Pay-for-Delay" Settlementについて

欧米では、薬の特許権をもつ製薬会社(ブランド医薬品メーカー)が、特許を侵害したジェネリック医薬品メーカーに対して、特許侵害訴訟を起こし、その和解として、原告のブランド医薬品の方が被告のジェネリック医薬品メーカーに対して、被告が原告の競合品市場に参入しないことを条件に、和解金を支払う、ということがあります。

これを、"pay-for-delay settlement"(参入を遅らせることに対する和解金なので)とか、"reverse payment"(本来、特許侵害訴訟での和解金は被告から原告に支払われるものなので)とか呼んでいます。

このような和解は競争制限的であるとして、米国のFTCがとくに積極的に取り締まっています。

そもそも、なぜこのような和解が成り立つのでしょうか。

一般的に、市場における供給者の総利潤は、競争者の数が増えるほど減っていきます。

そして、1社独占の場合の総利潤と比べて、2社複占の場合の総利潤は2分の1になるのではなくて、もっと少なくなります。

同質的な商品市場において生産能力に制限が無い場合、供給者が1社から2社になるだけで、利潤はゼロになる、という経済学のモデルもあるほどです(ベルトラン複占)。

ブランド医薬品とジェネリック医薬品は、薬効成分は同じですから同質的な商品といえますし(実際には、ブランド医薬品にはネームバリューがあって、まったく同質ではないのですが)、医薬品というのは供給能力にそれほど制限がないことが多いでしょうから(インフルエンザのワクチンのように、培養するための生卵が足りなくて供給量を増やせない、という例はあるかもしれませんが)、ベルトラン複占が比較的よく当てはまるのではないかと思います。

(ベルトラン複占の理屈はそれほど難しいものではなく、たとえば既存の独占者Aが独占価格pmを付けている場合に、新規参入者Bは、pmより少しでも安い値段をつければ市場の全需要を獲得できるので、pmよりわずかに安い値段を付けることを考え、それを見越したA社はさらにそれより少しだけ安い値段を付けることを考え・・・というように、思考実験を繰り返していくと、何もしなくても競争価格まで価格が下落する、ということです。)

具体的な数字で考えてみましょう。

(数字は適当ですから、余り深く考えないで下さい。)

供給者がA社1社の場合、A社は独占価格1錠あたり100円を付けて、100錠売れるとします。

これがA社とB社の2社になると、複占価格は20円で、合計200錠売れるとします。

簡単にするために、両者とも限界費用はゼロとします。

すると、A社独占の場合の利潤は、100円×100錠=1万円となります。

これに対して、A社とB社の複占の場合の各社の利潤は、20円×(200錠÷2)=2000円となります(シェアは50%ずつで市場を分け合うと仮定)。

ですので、B社の立場からすると、参入したときの利潤は2000円(固定費がある場合には、もっと少なくなります)、参入しなかったときの利潤は0円となります(参入しないから当然です)。

そうすると、B社としては、参入しない対価として2000円以上の和解金の支払いを受けられるなら、参入しないでおこうというのが合理的です(参入しても、利潤は2000円どまりなので)。

一方、A社の立場からすると、もしB社が参入してくれば、利潤は2000円となります(上記のB社と同様)。

これに対して、もしB社が参入しなければ、独占利潤1万円を得ることができます。

とすると、A社としては、独占利潤と複占利潤の差額8000円までならB社に和解金として支払ってでも、B社を参入させないのが合理的となります。

このような両社の思惑から、A社からB社に、2000円~8000円の範囲内で和解金が支払われる可能性が出てきます。

しかし、これは要するに、新規参入者(ジェネリック医薬品メーカー)と既存の独占者(ブランド医薬品メーカー)が、カルテルを行っているのにほかなりません。

日本では、カルテルが成立するためには、A社とB社が相互拘束をしていることが必要で、相互に、とは、同じ種類の拘束をしあっていることを指すと言われるので、

「参入しない」というB社の拘束と、

「和解金を払う」というA社の拘束が、

「相互拘束」に該当するのか、論点にはなり得ますが、結論としては、まあ相互拘束と考えて間違いないでしょう。

なので、1度きりの入札談合で、1社が落札し、他社はその背後に隠れて、独占利潤を山分けする、というのも、立派な(?)カルテルです。

日本では、様々な事情から、そもそもブランド医薬品の特許が切れても値段が暴落するということがないので、以上のような和解がなされること自体まれでしょう。

上述の例で言えば、複占におけるブランド医薬品メーカーの利潤が、独占時の1万円から9000円までにしか下落しないイメージです。

そうすると、ブランド医薬品メーカーは1000円までしか和解金として支払うインセンティブがありませんが、そうすると、ジェネリックメーカーとしては、参入した方が得である、ということになりがちです。

というわけで、ジェネリック医薬品の文脈では、日本では以上のような問題は多分起きないと思いますが、他の産業ではあり得るかも知れません。

2011年4月12日 (火)

HHIによる寡占度のイメージ

企業結合ガイドラインで用いられているハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス(HHI)については、市場全体の寡占度(1500とか2500)よりも、HHIの増分の方が実務上大事だ、という趣旨のことを、だいぶ以前にこのブログで書きました。

要は、微妙な判断が迫られる場合というのはHHIが2500を超えていることが多いし、HHI増分は両社のシェア×2で簡単に出る(他社のシェアは不要)というのが理由です。

とはいっても、HHIの1800とか2500とかいう数値がどの程度の市場全体の寡占度を意味しているのかをイメージしておくことも大事だと思います。

最初にガイドラインを整理しておくと、結合後のHHIが1500以下(寡占度低)の場合、それだけで、セーフハーバーに該当(つまり、違反にならない)となります。

HHIが1500~2500(寡占度中)だと、HHI増分が250までなら、OKです。

HHIが2500超(寡占度高)の場合、HHI増分が150までなら、OKです。

そこでまず、HHI2500超のイメージですが、分かりやすいのは、シェア50%超の企業が1社(+その他無数に小さな会社)が存在する市場です(50^2=2500なので)。

逆に、できるだけたくさんの会社で2500を満たす場合、つまり各社のシェアのばらつきが最も小さい場合(=各社のシェアが同じ場合)は、25%のシェアの会社が4社ある場合です。

(式で書けば、シェアの等しいn社が存在するとして、

n(100/n)^2=2500

を満たすnを解くことになります。)

まとめると、HHI2500というのは、

1社で50%

という場合と

4社で25%ずつ

という場合を両極端に、その間のどこかにある、といえます。

次にHHI1500については、これを1社で満たす場合は、シェア約39%の会社が1社(+その他無数に小さな会社)ある場合です。

(式で書くと、

s^2=1500

を満たすsを解くことになります。

s=√1500≒38.73)

なので、40%の会社が1社でもあったら、即、1500は満たさないことになります。

逆に、できるだけたくさんの会社でHHI1500を満たす場合(=各社のシェアが同じ場合)は、同じシェアの会社が7社(+その他無数に小さな会社)ある場合です(この場合、各社のシェアは100÷7≒14.3%、HHIは約1429)。

(式で書けば、シェアの等しいn社が存在するとして、

n(100/n)^2=1500

を満たす最小の整数nを求めることになります。)

まとめると、

HHI1500というのは、

1社で約40%

という場合と

7社社で約14.3%ずつ

という場合を両極端に、その間のどこかにある、といえます。

最小の会社数でHHIを満たす場合(≒シェア格差が最大の場合)と最大の会社数でHHIを満たす場合(≒シェア格差が最小の場合)を意識することは、HHIのイメージを膨らますためには、いずれもそれなりに大事ではないかと思います。

2011年4月11日 (月)

逆三角合併と届出

公取委の届出書式は、株式取得、合併、事業譲渡などがありますが、逆三角合併(reverse triangular merger)の独禁法上の届出はどのようにすれば良いのでしょうか。

まず逆三角合併というのは、買収者(A社)が、ターゲット(T社)を100%買収したい(かつ、許認可とかの関係でT社の法人格を温存したい)場合に、A社の完全子会社S社(もっぱら買収に使う目的で設立したSPCであることが多い)とT社を合併させるけれど、その際にS社が消滅会社、T社が存続会社となって、だけれども存続会社であるT社株主にA社株式を交付して、最終的にはT社がA社の100%子会社となる、というものです。

日本でこれに相当する制度はありません(存続会社の株主に合併対価を交付する制度がない)。

しかし、同じ結果は、

①S社とT社で、S社を完全親会社とする株式交換をA社株式を対価として行い(これにより、T社株主はA社株式を受け取り、T社はS社の完全子会社(=A社の完全孫会社)になる。三角株式交換)、

②その後、S社を消滅会社、T社を存続会社とする合併(これにより、A社は合併対価としてT社株式を受け取り、T社がA社の完全子会社となる)を行う、

というステップを踏むことにより、得られます。

で、本題ですが、結論をいうと、公取委の実務では、逆三角合併は、A社がT社の株式を取得する株式取得として届け出れば良いことになっています(公取委に電話で聞けばすぐ教えてくれます)。

逆三角合併の実質は、A社によるT社の買収であり、最終形ではT社はA社の完全子会社になるのだし、途中のS社の設立とかS社との合併とかは技術的なステップに過ぎないので、結論としてはこれで良いんだろうと思います。

公正取引723号(2011年1月号)の「公正取引委員会の将来像 - 畏敬される存在となるための具体的提言」という座談会でも、SPCを使った株式取得は株式取得として届け出ることが実務的に固まった、という趣旨の発言をされています。

これは主に逆三角合併の場合を念頭に置いているのでしょう。

ところで、この座談会は内容自体私も共感を覚える点が多いですし、非常に面白いので、手に入る方はぜひ一読をおすすめいたします。

2011年4月 8日 (金)

並行輸入品の修理拒絶

流通取引慣行ガイドラインでは、並行輸入品の修理拒絶について、

「・・・総代理店もしくは販売業者以外の者では並行輸入品の修理が著しく困難であり、

又は

これら以外の者から修理に必要な補修部品を入手することが著しく困難である場合において、

自己の取扱商品でないことのみを理由に修理若しくは補修部品の供給を拒否し、

又は

販売業者に修理若しくは補修部品の供給を拒否するようにさせることは、

それらが契約対象商品の価格を維持するために行われる場合には、

不公正な取引方法に該当し、違法となる(一般指定一四項)」

としています。

しかし、これを額面どおり受け取るのは間違いだと、私は考えています。

なぜなら、これを文字通りに受け取れば、総代理店に並行輸入品の修理義務、つまり取引義務を課すことになり、誰と取引するかは本来自由であるべきという、取引相手選択の自由に真っ向から反するからです。

おそらく、実務もこの部分はガイドラインを厳密に適用してはいないのではないかと思います。

単独の取引拒絶の場面では、取引相手の選択の自由を強調して違法となる範囲を限定する解釈論が通常であるのに、どうして並行輸入品の修理の場合だけ、取引義務を課すかのようなガイドラインがまかり通っているのか、正直、理解に苦しみます。

総代理店でも、取引先選択の自由はあるはずです。

(ちなみに、私が法務部の方を含む企業の方と接した印象では、とくに日本企業には、お客さんが来ているのに断るということが商道徳に反するという発想があるのか、特定の相手方に売らないことが独禁法違反になるのではないかという懸念を持たれることが多いような気がしますが、商道徳の問題としてはともかく、独禁法の問題としては、基本的に誰と取引するかは各企業が自由に決めて良いことだと思います。)

ですので、「自己の取扱商品でないことのみを理由に」修理を拒否することも認められるべきで、断った理由が「自己の商品でないこと」というのを違法要件にするべきではないと思います。

ガイドラインの立場からすると、「それらが契約対象商品の価格を維持するために行われる場合」という要件で絞っているので構わない(公正競争阻害性は認められる)ということかもしれません。

しかし、「維持するため」というような、行為者の主観的意図・目的のような絞りでは、実務上、危なっかしくって機能しません。

というのは、(ガイドラインには書いていませんが)こういうときの「維持するため」というのは、純粋な主観的意図(内心)で決まるのではなくて、客観的事情から総合的に判断されるものだ、という解釈になるのだと思われますが、並行輸入が起きるのは大幅な内外価格差があって国内価格の方が高いからであって、客観的な効果からみれば価格維持のおそれがあることは容易に認定できてしまう場合が多いからです。

ちなみに、上記引用部分の前の部分では、

「例えば、総代理店が修理に対応できない客観的事情がある場合に並行輸入品の修理を拒否したり、自己が取り扱う商品と並行輸入品との間で修理等の条件に差異を設けても、そのこと自体が独占禁止法上問題となるものではない。」

というのが問題ない場合の例として挙げられていますが、前半の、

「総代理店が修理に対応できない客観的事情がある場合」

に修理拒否が独禁法違反にならないのは当然なので、この部分にはガイドラインとして何の価値も無いと言わざるを得ず、後半の、

「自己が取り扱う商品と並行輸入品との間で修理等の条件に差異を設け(ること)」

が独禁法上問題ないとするのは、拒否なら違法(しかも、上述のとおり文字通り読めばほぼ例外なく違法)だけれど条件の差異なら例外なく適法というように、結論が正反対になり、拒否と条件差別の区別が微妙なこともあることを考えると、中庸が存在しない極端なルールだと言わざるを得ません。

取引拒絶が違法になるのは、例えばエレベータ会社が修理部品の供給を拒絶するような、需要者がロックインされている状況ならまだ理解できますが、並行輸入一般の場合にガイドラインのような取引義務を課す根拠はないと思います。

百歩譲ってガイドラインのように価格維持の目的だけで違法となる立場を是とするとしても、そのような目的は、修理(より広くメンテナンスサービス)が需要者の商品選択にとって重要な商品、例えば自動車などに限って認められると考えるべきでしょう。

使い捨てにするような商品ならアフターサービスがなくてもいくらでも並行輸入品は売れるので、翻って価格維持の効果が無く、よって価格維持の目的も認定できないからです。

また、アフターサービスがそこそこ重要な商品なら、アフターサービス重視の需要者は正規輸入品を買い、重視しない人は並行輸入品を買って、両者併存するので、修理拒否に目くじらを立てることもないと思います。

このようなアフターサービスの重要性こそが問題の本質だと私は思うのですが、「価格維持の目的」というだけでは、何が本質なのか見えてきません。

ガイドラインでは、価格維持の目的さえあれば価格維持の効果の有無にかかわらず例外なく違法とするように読め、問題です。

想像ですが、ガイドラインは、「並行輸入品だから修理しないというのは商道徳にもとる」というナマの法感情を、そのまま独禁法の解釈論に持ち込んでしまったのでないでしょうか。

でも、独禁法は経済的効果(効率性)を中心に、できるだけ客観的に解釈するべきです。

しかも、国際的な市場分割(国ごとの価格差別)を認めた方が、貧しい国にも商品が供給されることになって消費者厚生は増す(逆に、国ごとの価格差別を認めないと、メーカーは、豊かな国の人だけが買える値段をつけてしまい、却って貧しい国の人の手に入らないことになる)というモデルもあります(メーカーが価格差別禁止の前提で利益最大化行動を取ったときにどういう価格戦略を採るかは、貧しい国と豊かな国の市場規模によります。つまり、小さな貧しい国は、メーカーに無視されます)。

ですので、国ごとの価格差別が必ずしも悪というわけではないのです。

最後に、ガイドラインでは修理拒絶は14項違反(取引妨害)とされていますが、これも文言解釈として疑問です。

一般指定14項では、

「自己・・・と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもつてするかを問わず、その取引を不当に妨害すること。」

とされています。

確かに、「その他いかなる方法をもつてするかを問わず」なので、文言上妨害方法に制限は無いのですが、修理を拒絶しただけで、「取引を・・・妨害する」と言えるのでしょうか?

妨害方法として例示されている、「契約の成立の阻止」、「契約の不履行の誘引」というのと比べても、単なる修理拒否は性質がまったくことなり、文言解釈の限界を超えていると思います。

そのうちなされるガイドラインの改正では、この部分はぜひ、合理的に改正してもらいたいものです。

2011年4月 7日 (木)

カルテルの相互拘束の合意と民法上の合意

カルテルの相互拘束の合意は、例えば民法の契約(合意)と比べて、非常に緩やかに認められるのが通常です。

例えば、カルテルの相互拘束の合意には、これに違反した場合の制裁(違約金など)を定める必要もありません。

民法上の契約の場合には、違約金の定めが明記されることもありますが、仮にされなくても、民法上当然に相当因果関係のある範囲での損害賠償が認められるので、ある意味、「制裁」がビルトインされているといえます。

でもカルテルの場合、カルテルの合意の違反者に対して他の参加者が「カルテル破りで損害を被った」といって損害賠償請求をしても、認められるわけがありません。カルテルの合意は公序良俗に反して無効だからです(民法90条)。

わざわざ裁判所にこのような損害賠償請求をすることはあり得ないにしても、カルテルの合意には、違反した場合の制裁が当事者間で定められることもありますが、そのような制裁がなくとも、カルテルは認められます。

なぜカルテルの合意は緩やかに認められるのでしょうか。

「そう考えないと独禁法逃れが横行して不当だから」というのでは、説明になっていません。

思うに、カルテルというのは、

「みんながず~っと守っている限り、自分もず~っと守り続ける方が得だ」

という点で、参加者全員の利害が一致しているので、はっきりと合意しなくても維持されるという性質があるからではないか、と思います。

ですから、本来は、各参加者に、

①「他の参加者はカルテルを守り続けるはずだ」

という期待と、

②「でも、もし自分がカルテルを破ったら、価格競争になって自分も損をする」

という認識さえあれば、合意はそもそも不要ではないか、という気すらします(①にも、②にも、「合意」は出てこない)。

でもそれだと、何ら合意が無くても長年の経験と付き合いで協調的行動が採られるに過ぎない場合(暗黙的協調)にまで独禁法違反となってしまい、それでは処罰の範囲が広すぎるということで、「合意」ということで線を引いた、というのが実際ではないかと思います。

またある意味、カルテルの参加者は利害が共通していると言えます。

誰も本気で価格競争をしたいとは思っていません。

できれば、価格競争は避けたいというのがみんなの本音のはずです。

これに対して民法上の契約の場合は、普通、合意の当事者の利害は相反します。

売買で、もし買い主がお金を払わなくても商品を手に入れられるなら、誰もお金を払わないでしょう。

なので法律が契約に強制力を与えて、違反した場合には制裁を加えるなりすることが必要になります。

さらに、カルテルの場合は、ずっとお付き合いの続く当事者だけを想定するのが実態に合うので、それを前提に解釈論を組み立てていけば足ります。

(いわゆる「囚人のジレンマ」というのがゲーム理論にあって、1回きりのカルテルは放っておいても崩壊するといわれますが、市場で二度と出会わない競争者なんてそもそも競争者といえないような気がしますし、もしそのような1回きりのカルテルが問題になる場合だったら、確かに崩壊しやすいので相互拘束は慎重に認定すべきかもしれません。)

ずっとお付き合いを続けていく競争者が協調するためには、違反に対する制裁は不要であるだけでなく、そもそも合意すら無くても同じ結果になるのです。

これに対して、民法上の契約の場合、ずっとお付き合いの続く当事者間であれば、「自分が契約違反すると、次から取引してもらえない」というのが「制裁」になって、相互に契約を守ろうという気になるということが、確かにあるかもしれません。

でも通常は、他に代わりうる取引先というのはいくらでもいるはずなので、「次から取引してもらえない」という不利益は、大して意味がありません。

それに、民法の契約の場合には、二度と出会わない当事者同士の契約というのは世の中にいくらでもありますし、そのような契約も、法律上当然に守られるべきです。

まとめると、

①民法上の契約は、当事者の利益が相反するために損害賠償などの制裁によって履行を確保する必要がある(そうしないと、両当事者にメリットのある契約が締結されなくなってしまう)、

のに対して、

②カルテルは、(長いお付き合いを前提にすれば)当事者の利益が一致するので、制裁によって履行を確保しなくても同じ結果が確保される、

ということでしょうか。

でも見方を変えれば、「もし自分がカルテルを破ったら、価格競争になって自分も損をする」というのが「制裁」(しかも極めて有効な制裁)とも言えるので、きちんと取り決めた「制裁」が必要か否かを議論するのは、そもそも的を外した議論かもしれません。

2011年4月 4日 (月)

【お知らせ】一橋大学ロースクールの講師を務めます。

この4月から、一橋大学法科大学院ビジネスロー・コースで、「実践独占禁止法」の講師を務めることになりました。

もともと人に教えることは好きなほうですが、優秀な学生さんたちに独禁法についてのお話をできるのは、きっと私自身にとっても刺激的で良い経験になるのではないかと期待しています。

2011年4月 2日 (土)

ABA 3日目

3日午前中の1コマめは、新水平合併ガイドラインについてのセッションに出席しました。

モデレーターがNew York UniversityのOrdover、スピーカーの一人がPrinceton UniversityのRobert Willigという、独禁法と経済学に関心のある者なら必見のセッションでした。

まずDOJの方がこの1年を振り返り、新ガイドラインはまさにDOJの実務を反映したものなので、実務自体は変わっていない、とのことでした。

新ガイドラインで当局が合併に異議を述べる手段が増えたのではないか、という批判があることに対しては、HSRの申立て件数に占める正式審査に至った件数の割合からみると、むしろ正式審査の割合は減っている、との説明がありました。

また証拠としては、win-lossレポートなどは極めて重要と考えている、とのことでした。

また、証拠の中でも、合併申請のために作成した文書ではなく、contemporaneousな証拠を重視している、とのことでした。

また、仮想独占者テストは市場画定のスタートポイントに過ぎない、とも述べられていました。

Willig氏からは、新ガイドラインで、合併の対価が割高な場合には市場支配力の存在が疑われるとされているのは、以前の実務でもそのように考えられていたもので特に目新しいものではなく、むしろ、商品の多様性やイノベーションに着目した点が目新しい、との評価がなされました。

また、GUPPI(gross upward pricing pressure index)については、エコノミストらしく、とくにその中心的な概念であるdiversion ratioについて、簡便で有益だと、非常に高い評価をしているのが印象的でした。

なお、商品差別化された市場ではGUPPIは効率性が無い限り常に正となるので厳しすぎるとの批判に対してカール・シャピーロは様々なスピーチなどで、5%をセーフハーバーとするべきと述べている、とのことでした。

ところでGUPPIは、英語のグッピー(guppi, 発音は「ガッピー」)と同じなんですね。スピーカーのみなさん、「ガッピー」、「ガッピー」と呼んでました(もちろん、小魚をネタにした駄洒落もちりばめられていました)。

ECの弁護士の方からは、UPPに対してモデル内で反論しようとするとかなり困難である、との評価が述べられました。

たしかに、仮に5%とか10%のセーフハーバーがあるにしても、いったんこれを超えてしまうと、それでもUPPがマイナスであることを立証しようとすると、効率性を立証するか、マージンとdiversion ratioの数値がおかしいと主張するしかないので、そのとおりであろうと思います。

なので、例えば過去のケースで合併でUPPが正であったけれども実際には競争制限効果がなかったケースなどを反証として用いることができると述べられていました。

ただイギリスのOFTでは、UPPはあくまでinitial screenであると考えられている、とのことでした。

OFTのケースとして、LovefilmとAmazon.comのケースと、ZipcarとStreetcarのケースが紹介されました。

午前の2コマ目は、各国の当局トップによるラウンドテーブルに参加しました。

DOJからはAssistant Attorney GeneralのChristine Varney、FTCからは委員長のJon Leibowitz、欧州委員会からは競争法総局トップのAlmuniaが来ていました。

バーニー氏からは、DOJは最近HSR法での申請基準に満たないために既に申請なしで既に実行済みの合併に対する執行が活発であるとの紹介がなされました。

このようなケースの場合、事前に当局に相談すればHSR法と似たような手続きで調査をしてくれるそうです。

最近の大きな事件としてはNBCとコムキャストの合併が紹介され、同事件ではFederal Communications Commission (FCC)と密接な協力がなされたとのことでした。

カルテルについては、地方債に関するカルテル事件(リニエンシーで発覚)、自動車部品の事件、エアカーゴの事件などが紹介されました。

次にLeibowitz氏は、FTCでは最近消費者問題に力を入れている、とのことでした。

とくに、詐欺的なスキームに対する活動や、データプライバシーの問題に力を入れており、つい最近和解が成立したGoogle Buzzのケースが紹介されました。

主な事件としては、GoogleによるAdmobの買収、インテルのケースなどが紹介されました。

DOJとFTCの話を聞いていると、お互いに特徴を出そうとしているように見られ、それがFTCによる消費者問題への活発な執行に繋がっているような印象を持ちました。

日本では景表法が公取委から消費者庁に持っていかれてしまったのと対照的です。

一般的には、似たような機関が複数あるのは無駄だと思いますが、微妙なバランスの上にうまくいくこともある例ではないかと感じます。

アルムニア氏からは、長らく使われることの無かったカルテルの和解制度で、2件の和解が成立したことが紹介されました。

また、航空、金融、インターネットなどの業界での企業結合に関する活動が紹介されました。

さらに、新しい水平的協定ガイドラインと垂直的協定ガイドラインとが紹介されました。

水平的協定ガイドラインについては、できたのが今年の1月1日でまだ日も浅いので当然かもしれませんが、垂直的協定ガイドラインについても、同ガイドラインに基づいて欧州委員会が判断を下した事例はまだないとのことでした。

水平的協定ガイドラインについては、情報交換と標準化についての部分が重要であるとのことでした。

とくに、標準化の部分については、支配的地位の濫用を防止することを意図しているとのコメントがなされました。

今年でABAに来るのは2回目ですが、充実した3日間でした。また来年も来ようと思います。

2011年4月 1日 (金)

ABA 2日目

2日目の午前中は、インターネットとプライバシー保護についてのパネルを聞いてきました。

日本でもヤフーとグーグルの提携で話題になった論点です。

昨年11月にFTCのレポートのドラフトが出たそうで、今年中には最終版が出るそうですので、読んでみたいと思います。

ポイントを挙げると、個人を特定できる情報(personal identified information。略してPII)と、個人特定できない情報は区別して考えるべきとされています。

これは当然といえば当然ですが、ちょっと考えると、ユーザーIDなどを通じて個人が特定できてしまう類の情報もある、ということに注意が必要ですし、反面、個人が特定できない情報でもプライバシーの保護として明示的に意識されている、ということが大事かと思います。

日本の個人情報保護法だと、個人を特定できない情報は同法の対象外ですが、アメリカの反トラスト法とプライバシー保護の文脈では、そのような割り切った考え方は採られていないようです。

また、どのような情報が取得されているのかを消費者が分かるようにする、という意味での透明性の重要性が強調されていました。

privacy by design(ハードやソフトをプライバシー保護ができるように設計すること)の考え方が紹介されていました。

後半のパネルでは、マイクロソフトの方が、「自分たちは業界のリーダーとしてエコ・システムの考え方を採るべきだと学んだ」といっていたのが印象的でした。

競争法の中でも、共存共栄という考え方は必要だと思います。

というとどこでバランスを取るのかが難しいですが、たとえば、業界全体のパイを小さくするような戦略は、仮にそれが支配的事業者の利益の最大化になるとしても、反競争的だと考えることはできないものでしょうか。

パネリストのSalop氏(Shapiro氏の代役!)のコメントは、エコノミストらしくて面白かったです。

例えば、プライバシーの保護とコストとは、価格差別(穏やかな表現を使えば、顧客のセグメント化)を行わない限り、常にトレードオフの関係にある、というのは、問題点を一言で言い表しており、聞いていて気持ちよかったです。

また、消費者が本当にプライバシーを望んでいるのか(むしろターゲット広告を歓迎しているのではないか)ということを知るためには、アンケートなどの調査によるべきではなく(なぜなら、アンケートでは消費者の意見ではなく「消費者活動家」の意見が反映されてしまいがちだから)、自然実験的なデータによるべき、というのも、経済学者らしくて面白かったです。

なお、米国では、金融分野では独自の機関ができてFTC法とは異なる法律を運用しているため、金融という限られた分野(それでも実際には相当広い)ではあるものの、インターネットとプライバシーの問題はかなり広く規制されている、とのことでした。

ABAという最先端の場だからこれが米国の法律実務のスタンダードといえるのかは疑問ではありますが、どうやらプライバシー保護という消費者保護の問題と競争法とを一体的に考える考え方が、米国では優勢になりつつあるような印象を受けました。

午後の1つめは、イノベーションと合併についてのセッションに参加しました。

FTCの方が、イノベーションの評価は構造的な推定基準(マーケットシェアなど)に基づく評価になじまず、具体的事実関係に基づくべきであると言っていたのは、そのとおりだと思いました。

とはいいながらも、具体的事実関係に基づいて、新商品の導入やイノベーションをするインセンティブが失われるか否かを予測することは可能であり、またそうすべきと強調されていました。

欧州委員会の方からは、Tモバイルのオレンジ買収、インテルのマカフィ買収、オラクルのサン買収のケースが紹介されました。

午後の2つめは、水平合併ガイドラインの1年を振り返るセッションに参加しました。

パネリストの方が、ガイドラインには、①弁護士を含むビジネス界、②当局自身、③裁判所、④外国当局などの部外者が読者として想定されていて、どの層を想定するかによって影響は随分異なる、という整理が興味深かったです。

ただ、その方によれば、①の専門家にとってはガイドラインは既存の実務を確認するもので大きな驚きはないとのことでしたが、経済分析まで理解できる一部の本当の専門家はそうかもしれないけれど、アメリカの独禁法弁護士の多くが同様の受け止め方をしているかは疑わしいのではないかという気がしました。

欧州委員会からはエコノミストの方が来ていましたが、エコノミストだけあって、新ガイドラインには非常に好意的でした。

ただ、「自分はエコノミストなので、欧州委員会の法律家は違った意見かもしれない」としきりにいっていたのは、エコノミストと法律家の関係というのはどこでも同じようなものなんだなぁと妙に納得しました。

UPP(upward pricing pressure)に基づく分析では、合併は常に競争制限的と判断されてしまうという批判に対して、そのエコノミストの方は、「合併シミュレーションを使えば、どの合併でも競争制限的と判断されるので、そのこと自体は驚かない」といっていたのは、そんなもんなんだなと思いました。

しかし、やはり新ガイドラインは、有能なエコノミストがいたり、必要な調査をするリソースが十分にある当局だけが使いこなせるものなのではないのか、との批判は根強くありました。

これに対するエコノミストの方の反論は、「ほとんどの合併は経済分析なしで判断できる」ということでした。

議論の中でもやはり、競争制限効果と市場画定というのは同じことをしているのではないか、ということは指摘されていました。

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »