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2011年4月25日 (月)

IMSヘルス事件

欧州に、IMSヘルス事件(2004年)という、不可欠施設(エッセンシャルファシリティ)について欧州司法裁判所が判断した重要な判決があるのですが、昨年のIPBAで同じパネルを務めて以来の知り合いで、原告代理人を務めた弁護士さんが、今回のIPBAでこの事件について話されていました。

それで知ったのですが、この事件にはやや特殊な背景があります。

事件の概要を簡単に説明します(和久井理子「技術標準をめぐる法システム」p233に概要が紹介されています)。

ドイツで医薬品販売に関する情報提供についてトップの地位にあった被告IMS社が、ドイツを1860のブロックに分けた構造に従って医薬品販売に関する情報を提供していたところ(「1860ブロック構造」)、同社と競合する医薬品情報提供業者2社が、その「1860ブロック構造」に基づいて、医薬品販売データの提供を開始しました。

これに対して、IMSヘルス社が、「1860ブロック構造」にかかる著作権違反を理由に2社を訴えました。

2社のうち1社が、IMSヘルスが「1860ブロック構造」のライセンスを拒絶することは支配的地位濫用(日本での私的独占に相当)であるとして、欧州委員会に異議申立をし、紆余曲折を経て、欧州裁判所に係属した、というものです。

この事件について知ってからずっと疑問だったのが、そもそも「1860ブロック構造」に著作権が発生するのか?ということでした。

日本では、著作権は表現について発生するものであり、表現された思想・内容については発生しない、と考えられています。

「1860ブロック構造」の実物を見たことはないですが、おそらく、たんにドイツを1860個のブロックに分けただけで、分け方という情報の内容に特徴はあっても、分けた結果をどう表現するかについては、とくに独自性はないのではないか、という気がしていました。

なので、そもそも著作権が発生するのか?というのが疑問でした。

しかし今回聞いたところによると、本件では、手続上の理由で、欧州司法裁判所は著作権発生の有無について判断する権限を有さず、もっぱら競争法の論点についてしか判断する権限を有していなかった、とのことでした(著作権の問題は、各加盟国の裁判所が判断する)。

たしかに、知財の論点、競争法の論点、というように、縦割りに分析していくのもあながち不合理とはいえないとは思います。

論理的には、著作権が発生するか否かと支配的地位濫用にあたるかとは、まったく別個の問題であり、「著作権法の問題はさておいて」競争法の判断ができるといえるでしょう。

しかし、私はどちらかというと、法分野ごとに事案を切り刻んで分析するだけでは事件の本質は見えてこず(あるいは実務的に妥当な解決は図れず)、全体的なアプローチを採るべきと考えているほうなので、「著作権」の発生の有無だけで片付いたかもしれない事件について、競争法の判断がなされても、あまり価値はないのではないか、という気がしてなりません。

少なくとも、これを堂々とエッセンシャルファシリティ(あるいは、必須知的財産権のライセンス拒絶)の代表判例というのは、ある種の気恥ずかしさを覚えます。

また、必須知的財産権の利用許諾を拒否することが、こういう形(制度上の理由で著作権と離れて競争法だけで争われる形)で事件になるということは、その反面で、こういう形でもなければ「知的財産権」が「必須」であること自体珍しい、ということを裏付けているような気もします。

判決には書かれないちょっとした背景で結論が変わったのではないかと疑われることは、実務ではよくあることなので、少なくとも、この事件にはそういう背景があったということは、押さえておくべきと思います。

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