ABA 2日目
2日目の午前中は、インターネットとプライバシー保護についてのパネルを聞いてきました。
日本でもヤフーとグーグルの提携で話題になった論点です。
昨年11月にFTCのレポートのドラフトが出たそうで、今年中には最終版が出るそうですので、読んでみたいと思います。
ポイントを挙げると、個人を特定できる情報(personal identified information。略してPII)と、個人特定できない情報は区別して考えるべきとされています。
これは当然といえば当然ですが、ちょっと考えると、ユーザーIDなどを通じて個人が特定できてしまう類の情報もある、ということに注意が必要ですし、反面、個人が特定できない情報でもプライバシーの保護として明示的に意識されている、ということが大事かと思います。
日本の個人情報保護法だと、個人を特定できない情報は同法の対象外ですが、アメリカの反トラスト法とプライバシー保護の文脈では、そのような割り切った考え方は採られていないようです。
また、どのような情報が取得されているのかを消費者が分かるようにする、という意味での透明性の重要性が強調されていました。
privacy by design(ハードやソフトをプライバシー保護ができるように設計すること)の考え方が紹介されていました。
後半のパネルでは、マイクロソフトの方が、「自分たちは業界のリーダーとしてエコ・システムの考え方を採るべきだと学んだ」といっていたのが印象的でした。
競争法の中でも、共存共栄という考え方は必要だと思います。
というとどこでバランスを取るのかが難しいですが、たとえば、業界全体のパイを小さくするような戦略は、仮にそれが支配的事業者の利益の最大化になるとしても、反競争的だと考えることはできないものでしょうか。
パネリストのSalop氏(Shapiro氏の代役!)のコメントは、エコノミストらしくて面白かったです。
例えば、プライバシーの保護とコストとは、価格差別(穏やかな表現を使えば、顧客のセグメント化)を行わない限り、常にトレードオフの関係にある、というのは、問題点を一言で言い表しており、聞いていて気持ちよかったです。
また、消費者が本当にプライバシーを望んでいるのか(むしろターゲット広告を歓迎しているのではないか)ということを知るためには、アンケートなどの調査によるべきではなく(なぜなら、アンケートでは消費者の意見ではなく「消費者活動家」の意見が反映されてしまいがちだから)、自然実験的なデータによるべき、というのも、経済学者らしくて面白かったです。
なお、米国では、金融分野では独自の機関ができてFTC法とは異なる法律を運用しているため、金融という限られた分野(それでも実際には相当広い)ではあるものの、インターネットとプライバシーの問題はかなり広く規制されている、とのことでした。
ABAという最先端の場だからこれが米国の法律実務のスタンダードといえるのかは疑問ではありますが、どうやらプライバシー保護という消費者保護の問題と競争法とを一体的に考える考え方が、米国では優勢になりつつあるような印象を受けました。
午後の1つめは、イノベーションと合併についてのセッションに参加しました。
FTCの方が、イノベーションの評価は構造的な推定基準(マーケットシェアなど)に基づく評価になじまず、具体的事実関係に基づくべきであると言っていたのは、そのとおりだと思いました。
とはいいながらも、具体的事実関係に基づいて、新商品の導入やイノベーションをするインセンティブが失われるか否かを予測することは可能であり、またそうすべきと強調されていました。
欧州委員会の方からは、Tモバイルのオレンジ買収、インテルのマカフィ買収、オラクルのサン買収のケースが紹介されました。
午後の2つめは、水平合併ガイドラインの1年を振り返るセッションに参加しました。
パネリストの方が、ガイドラインには、①弁護士を含むビジネス界、②当局自身、③裁判所、④外国当局などの部外者が読者として想定されていて、どの層を想定するかによって影響は随分異なる、という整理が興味深かったです。
ただ、その方によれば、①の専門家にとってはガイドラインは既存の実務を確認するもので大きな驚きはないとのことでしたが、経済分析まで理解できる一部の本当の専門家はそうかもしれないけれど、アメリカの独禁法弁護士の多くが同様の受け止め方をしているかは疑わしいのではないかという気がしました。
欧州委員会からはエコノミストの方が来ていましたが、エコノミストだけあって、新ガイドラインには非常に好意的でした。
ただ、「自分はエコノミストなので、欧州委員会の法律家は違った意見かもしれない」としきりにいっていたのは、エコノミストと法律家の関係というのはどこでも同じようなものなんだなぁと妙に納得しました。
UPP(upward pricing pressure)に基づく分析では、合併は常に競争制限的と判断されてしまうという批判に対して、そのエコノミストの方は、「合併シミュレーションを使えば、どの合併でも競争制限的と判断されるので、そのこと自体は驚かない」といっていたのは、そんなもんなんだなと思いました。
しかし、やはり新ガイドラインは、有能なエコノミストがいたり、必要な調査をするリソースが十分にある当局だけが使いこなせるものなのではないのか、との批判は根強くありました。
これに対するエコノミストの方の反論は、「ほとんどの合併は経済分析なしで判断できる」ということでした。
議論の中でもやはり、競争制限効果と市場画定というのは同じことをしているのではないか、ということは指摘されていました。
« ABA Spring Meeting初日 | トップページ | ABA 3日目 »
「外国独禁法」カテゴリの記事
- 公正取引に米国反トラスト法コンプライアンスについて寄稿しました。(2024.04.21)
- ABA Antitrust Spring Meeting 2024 に行ってきました。(2024.04.15)
- ネオ・ブランダイス学派の問題点(2022.11.09)
- ABA Spring Meeting 2018(2018.04.14)
- トリンコ判決の位置づけ(2016.05.07)
コメント