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2011年1月

2011年1月26日 (水)

企業結合の届出と委任状

企業結合の届出を代理人が行う場合には、委任状が必要です。

届出規則には書いていないのですが、例えば「株式取得に関する計画届出書記載要領」には、添付書類として、

「⑥委任状(代理人名で届出をする場合に提出してください)」

と書いてあります。

委任状に特に決まった書式はありません。

代理人名で届出をする場合に限って委任状が必要なのであって、例えば、会社名で届出をして(=届出書の提出者のところに会社のハンコを押して)、届出書の「事務上の連絡先」だけを法律事務所にするような場合には、委任状は要らないことになります。

ちなみに、法律上の届出ではなく、事前相談の場合には、私は委任状を出したことはありませんが、出すように言われても文句は言えないのでしょう(どうしても委任状を出したくない事情があれば、会社名で書面を出せばよいでしょう)。

2011年1月23日 (日)

子会社まとめ買いと株式取得の届出

経済的には同じような企業結合でも、片や独禁法の届出が必要で片や不要である、ということは時々ありますが、その例を1つ。

T社(Target)に、t1~t10までの10社の100%子会社があるとします。

これら子会社の株式を、A社(Aquirer)が同時に譲り受けるとします。

A社の国内売上高は優に200億円を超えているとします。

t1~t10の、それぞれの国内売上高は、いずれも10億円とします。

この場合、株式取得の届出は必要でしょうか。

結論としては、不要です。

なぜなら、株式取得の届出に関する独禁法10条2項は、株式発行会社(t1~t10)と、その子会社の国内売上高の合計が、50億円を超えるかどうかで届出の要否を判定しているところ、本設例においては、t1~t10の国内売上高は、おのおの10億円にとどまり、50億円を下回るからです。

この結論は、10条2項が、株式発行会社ごとに50億円を超えるかどうかで届出の要否を判定する建て付けになっている以上、しかたありません。

例えば、一定期間(例えば6ヶ月以内)に同じ企業結合集団(本設例ではT社の属する集団)から譲り受ける株式取得については発行会社の国内売上高を合算するという規定でもあれば話は別ですが、現行法はそうなっていません。

さて、では設例を少し変えて、T社とt1~t10の間に、中間持株会社(H社)が存在し、H社がT社の100%子会社、t1~t10がH社の下にぶら下がっている、という例で、A社がH社の全株式を譲り受ける場合はどうでしょう。

この場合は、届出が必要です。

なぜなら、この場合の発行会社(H社)側の売上要件は、H社自身とその子会社を合算した額で判定するところ、H社は持株会社なので売上ゼロとしても、傘下の子会社t1~t10の国内売上高が合算されて、合計100億円となり、50億円を超えてしまうからです。

このように、競争に与えるインパクトとしては、最初の例でも、次の中間持株会社の例でも同じはずですが、届出の要否は異なります。

ただ、これは法の不備というほど大げさなものというべきではないでしょう。

むしろ、一つの割り切りというべきです。

むしろ気をつけないといけないのは、ストラクチャを組む上で、何らかの理由で中間持株会社(H社)を株式交換などで設立してからH社の株式を譲渡する、というアドバイスをしてしまったために、子会社株式を直接まとめ買いしていれば不要であった独禁法の届出が必要になってしまった、というようなミスが生じないようにすることでしょうか。

2011年1月20日 (木)

企業結合の完了報告書

株式取得などの企業結合が完了したときには、公取委所定の書式に従って、「完了報告書」というのを出さないといけないことになっています。

つまり、企業結合届出規則7条5項で、

「届出会社は、株式の取得をした日又は合併、分割、株式移転若しくは事業等の譲受けの効力が生じたときは、様式第二十五号、様式第二十六号、様式第二十七号、様式第二十八号、様式第二十九号又は様式第三十号による完了報告書一通を公正取引委員会に提出しなければならない。」

とされています。

と、公取委の書式へのリンクを貼ろうと思ったら、完了報告書の書式はアップロードされてないんですね。なぜなんでしょう。。。

書式が必要な方は、公取委の平成21年10月23日の報道発表資料の別紙を見て下さい。そこに載っています。

報告する内容は、例えば株式取得完了報告書(様式25号)の場合だと、

「平成 年 月 日付け公 株第 号をもって受理された標記会社の株式取得は,平成  年  月  日効力が生じました。」

「なお,届出後株式取得の効力が生じた日までに届出書類の記載に重要な変更はありません。」

という1枚だけの簡単なものです。

ただ、あえて言わせてもらうと、この完了報告書には、法律の根拠がありません。

報告書の書式にも

「昭和28 年公正取引委員会規則第1号第7条第5項の規定により,下記のとおり報告します。」

と、根拠条文としては届出規則7条5項が引用されているだけです。

ですので、この報告書は法律の委任の範囲を超えた無効な規則ではないかと思います。

裁判所で「無効だ」と争えば、恐らく勝てるでしょう。

もちろん、出し忘れても罰則はありません。

とはいえ、簡単な1枚ものの報告書ですので、出すようにしましょう。

2011年1月18日 (火)

知財ガイドライン「第4」の体系

知財ガイドラインの第4(不公正な取引方法の観点からの考え方)の体系を整理しておきます。

1は総論ですし、2の「技術を利用させないようにする行為」というのはちょっと特殊だし、5の「その他の制限を課す行為」は雑多なものが混じっていて体系的整理に馴染まないので(といいますか、そもそも「4 技術の利用に関し制限を課す行為」と「5 その他の制限を課す行為」が明確に分けられるのか、分ける意味があるのか疑問(ただ、それを言い出すと3と4,5を分ける整理が妥当なのか、というもっと大きな問題があるのですが・・・))なので、3と4だけを整理しておきます。

○は原則適法、△は公正競争阻害性を個別に判断、×は原則違法、です。ページ番号は「独占禁止法関係法令集(平成22年)」(公正取引協会)のです。

3 ラインセンスの範囲の制限(p785)

(1)部分許諾

 a.生産・使用・譲渡・輸出等のいずれかに限定・・・○

 b.期間制限・・・○

 c.利用分野(例:特定商品の製造目的に限定)・・・○

(2)製造にまつわるライセンス範囲の制限

 a.製造地域の制限・・・○

 b.最低製造数量の定め・・・○(ただし他技術の排除に配慮)

 c.最低使用回数の定め・・・○(ただし他技術の排除に配慮)

 d.最高製造数量の定め・・・△(市場全体の供給量を制限する効果の有無による)

 e.最高使用回数の定め・・・△(市場全体の供給量を制限する効果の有無による)

(3)(日本からの)輸出にまつわるライセンス範囲の制限(p786)

 a.製品の輸出禁止・・・○

 b.輸出地域の制限・・・○

 c.輸出数量の制限・・・国内市場への還流防止効果があれば△

 d.指定輸出業者を利用する義務・・・△

 e.輸出価格の制限・・・国内市場の競争に影響がある場合は×

(4)サブライセンス先の制限・・・○

4 ライセンスに伴う制限(p787)

(1)原材料の品質・購入先の指定・・・必要な限度を超えれば△

(2)販売にまるわる制限(価格の制限を除く)

 a.販売地域の制限・・・○

 b.最低販売数量の定め・・・○(ただし他技術の排除に配慮)

 c.最高販売数量の定め・・・△(市場全体の供給量を制限する効果の有無による)

 d.権利消尽後の販売地域・数量の制限・・・△

 e.ノウハウライセンスにおける販売地域・数量の制限・・・△

 f.販売の相手方の制限・・・△

 g. 商標使用の義務づけ・・・○(ただし、①商標が重要な競争手段であり、かつ、②ライセンシーが他の商標を併用することを禁止する場合は△)

(3)販売価格・再販売価格の制限・・・×

(4)競争品の製造・販売、競争者との取引の制限・・・△

(5)最善実施努力義務・・・○

(6)ノウハウの秘密保持義務・・・○

(7)不争義務・・・○ or △

2011年1月14日 (金)

事前相談と法定の届出手続の違い

日本では、企業結合は、正式な法律上の届出に基づく審査ではなく、いわゆる事前相談で処理されるのが通常です。

しかし、最近事前相談が長期化する傾向があることや、公取委も事前相談はあくまで任意であることを強調していることなどから、今後は、事前相談をせずに法律上の届出をいきなりするケースが増えるかもしれません。

そこで、事前相談をするか、法律上の届出をいきなりするか迷ったときのために、事前相談と法律上の届出制度の違いを整理しておきます。

まず、開始できるタイミングに違いがあります。

法律上の届出の場合、例えば株式取得を例に取ると、届出書の添付書類として、株式取得の契約書の写しか、取得の意思決定を証する書面を提出する必要があります(届出規則2条の6第2項)。

そこから逆に考えると、取得の正式な内部的意思決定をしていないと届出ができないということになります(譲渡人との契約までは不要)。

そうすると、場合によっては、意思決定をしたために証券取引所の適時開示が必要になったりします。

これに対して事前相談の場合、事前相談を始めるのに企業結合の具体的な計画内容を示すことは要求されているものの(事前相談対応指針)、正式な内部的意思決定をすることまでは要求されていません。

ですので、事前相談のほうが、法律上の届出よりも早く行うことができると言えます。

ちなみに、法律上の届出については、「届出制度Q&A」で、

「特段の事情がない限り,行為予定日からさかのぼって6か月を超えない期間内に届出を受け付けます。」

とされています。あんまり遠い将来に行う企業結合については届出を受け付けてもらえないということですね。

誰が相談・届出を行うのかも違います。

事前相談は、企業結合計画を実施しようとする当事会社からの申し出であることが必要とされているので(事前相談対応指針)、例えば株式取得の場合であれば発行会社と株式取得者、事業譲渡だと譲渡人と譲受人が相談にいくことになります。

これに対して、法律上の届出の場合は、例えば株式譲渡なら、届出をするのは譲受人のみ、事業譲渡なら譲受人のみです。(ただ、事前相談はあくまで任意の制度ですから、例えば敵対的買収の場合など、株式譲受人が株式発行会社と一緒に事前相談に行けない事情がある場合には、譲受人だけでの事前相談を認めるとか、公取委に柔軟な対応をしてくれるよう協議すべきでしょう。)

秘密保持の点についても若干違います。

事前相談の場合には、基本的に第1次審査の段階では取引先に対する聞き取り調査などは行わないので(ただし、既に公表されている事案であれば、第1次審査中でもむしろ関係者のほうから公取委に意見を述べてくることもあるでしょうし、公取委から関係者に聴き取りをすることもあるでしょう)、ある程度秘密は保たれるものの、第2次審査に進む際には当事者が企業結合を計画している旨を公表しなければなりません(事前相談対応指針)。

これに対して法律上の届出制度の場合は、当事者にそのような公表義務はありません。

ただ、このことは、法律上の届出制度では公取委が関係者に聴き取り等を行うことができないということを意味するわけでは決して無く、むしろ原則的に行うはずです。

その際、できるだけ秘密が漏れないように、例えば取引先への質問の仕方を工夫してもらう等の協議をすることは可能ですが、それでも、公取委からの質問の内容を見る人が見れば、「あそことあそこが企業結合しそうだな」というくらいのことは察しがつくかもしれません。

要する時間(スケジュール)の点では、両者概ね同じような感じですが、ちょっと違います。

法律上の届出の場合には、届出書が受理されてから30日以内に公取委が問題があるか否かを通知しなければなりません(独禁法10条9項)。

これに対して、事前相談の場合には、事前相談の申し出をした後に公取委が追加資料リストの提示をするまでの期間(20日内)があり、追加資料の提出が完了して初めて30日間の第1次審査がスタートすることになります。

そういう意味で、第1次審査については法律上の届出のほうが早く終わることになります(日本では、「第1次審査」、「第2次審査」という言葉は事前相談のそれを指すことが通常ですが、外国ではむしろ、法律上の届出に基づく審査を「第1次審査」、「第2次審査」といっており、これが誤解の元になることが多いです。)

ちなみに、報告命令など、強制的な調査手段が用いられるかどうかということは、事前相談の場合と法定の届出の場合とでさほど違いはありません。

といいますか、どちらの場合でも、基本的には、強制的な調査手段は用いられません。

任意の調査に協力しないと報告命令が出されることがあり得ますし、実際そのような例もありますが、基本的には、企業結合の審査は任意です。

報告命令を出そうとすると担当が経済取引局企業結合課から審査局に変わる(というか審査局も加わる)ので、組織内の敷居も高いようです。

2011年1月12日 (水)

【閑話休題】「セブン・イヤーズ・イン・チベット」

週末、久しぶりに「セブン・イヤーズ・イン・チベット」を借りて観ました(以前観たはずだけど、いつだったか忘れてしまった)。

オーストリアの登山家(ブラッド・ピット)がイギリス軍の捕虜になったけれど脱走してチベットに辿り着き、若き日のダライ・ラマ14世と交流する、というお話です。

その中でチベット人の仕立屋の女性がブラッド・ピットに対して、

「あなた達は、一番になること、目立つことが大事だと考える。

でも私たちチベット人にとっては、いかに自分を捨てられるかが大事だ。」

と言うシーンがありました。

これを見てなぜか思い出したのが、昔流行ったSMAPの「世界に一つだけの花」という歌でした。

この歌が流行ったころ私はシカゴに留学してたので、どんな曲か知らなかったのですが、初めて聴いたときには、

「こういう曲が流行るようでは、日本の行く末も暗いなぁ」

と思いました(SMAPファンのみなさん、ごめんなさい)。

当時の日本の雰囲気が、外国にいたので分からないのですが、いかにも競争疲れしている雰囲気が想像できました。

でも、この曲のメッセージって、「一番でなくてもいいじゃん、競争しなくってもいいじゃん」ということで、あくまで競争至上主義に対するアンチ・テーゼに過ぎないんだと思います。

つまり、「競争するか、しないか」という二者択一の枠組みの中で、「競争しない」を選んでいる、という構図です。

別の言い方をすると、「競争する」というのと、「オンリー・ワンになる」というのとは、どちらも、「自分が、自分が」と、自分に執着している点では同じなのですね。

これに対して、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」のセリフは、

「競争すること」

「自分を捨てること」

という、まったく違う枠組みを対比しています。

これはけっこう衝撃的でした。さすが、仏教の国。

「世界に~」が、

オンリー・ワンになる→競争しない→努力しない

という構図に対して、

「セブン~」は、

自分を捨てる→自分を超えた存在のために努力する

という構図です。

「競争」というのは、実は本質的には、社会的的協業ではないか、と最近思います。

でも談合は問題ですから、自分を超えた存在のために努力していたらそれが結果的に「競争」しているように見える、というのが理想ではないでしょうか。

また、そうやって抽象度を一段上げてアメリカ流の競争観から離れると、独禁法の競争観にも国ごとにいろいろなものがあり得て当然という気がしてきます。

2011年1月11日 (火)

ノウハウが公知になった後の利用制限・実施料支払

「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(「知財ガイドライン」)では、

「ライセンサーがライセンシーに対して、技術に係る権利が消滅した後においても、当該技術を利用することを制限する行為、又はライセンス料の支払義務を課す行為は、一般に技術の自由な利用を阻害するものであり、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。」

とされています。

この規定、特許の場合は良いのですが、ノウハウの場合にはちょっと問題があります。

つまり、ライセンシーが故意にノウハウを公知にしてしまった場合にまでこの規定を文字通り適用するのはおかしいと思います。

現に、知財ガイドラインによって廃止された「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(「旧ガイドライン」)では、

「ノウハウライセンス契約において、ライセンサーがライセンシーに対して、ライセンシーの責によらず契約対象ノウハウが公知となった後においても当該技術の使用を制限し、又は当該技術の実施に対して実施料の支払義務を課すことについての考え方も、(ア)〔注:特許の場合〕の本文と同様である。」

と、ノウハウがライセンシーの責に帰すべき事由により公知となったために権利が消滅した場合には、権利消滅後の制限も問題ない(とまで言い切って良いかは若干疑義があり得ますが)と明記されていました。

現行ガイドラインに改正するときに、特許とノウハウを書き分けない体裁にしたため、このような漏れが生じてしまったのでしょう。意図的な改正とは思えません。

異なるものを一緒くたに書くときは、本当に一緒くたにしていいかどうか、慎重に吟味しないといけません。

さて、では現行ガイドラインではどう解釈すべきでしょうか。

まず、そもそも論として、ノウハウは公知になっても(誰との関係でも絶対的に、あるいは故意・過失で公知にしたライセンシーとの関係で相対的に)消滅しない、という解釈が考えられます。

しかし、私の理解では、民法や不競法の世界ではノウハウが公知になった場合は消滅することが当然のように考えられていますので、独禁法の世界でだけ消滅しないというのは無理でしょう。

そうすると、ラインセンシーの故意の漏洩によって公知になった場合でも、ノウハウは消滅する、ガイドラインの文言に引き直して正確にいえば、

「技術に係る権利が消滅(する)」

と解すべきでしょう。

ですので、やはり旧ガイドラインと同様、現行ガイドラインの下でも、ライセンシーの責によってノウハウが公知になった場合には、当該技術の使用を制限したり、実施料の支払義務を課しても、独禁法上問題ない、と解釈すべきでしょう。

具体的な文脈に即していえば、例えばノウハウライセンス契約書に、

「ライセンシーが故意・過失により当該技術を公知にした場合には、ライセンシーは当該技術を使用できない、あるいは実施料を支払う義務を負う。」

という条項を入れても独禁法違反にはならない、ということです。

これに対しては、故意過失の漏洩の場合は法定解除事由に該当するのは明らかだし、損害賠償請求で解決すれば良いのではないか、という反論もあり得ます。

しかし、「Aという方法もある」という指摘と、「A以外は独禁法違反」というのとは別問題ですし、そもそも具体的な文脈に即して考えるべきでしょう。

まず、ライセンシーによる故意過失の漏洩について契約書に何ら定めがない場合は、契約は解除できるでしょう。

しかし、解除したら契約が無くなるだけですので、ライセンシーが引き続き当該技術を使用し続けることは止めようがありません(そもそも権利は公知となって消滅していますし)。

しかしそれでは余りにひどいので、いわば制裁的に(あるいは公平の観点から)、使用の差し止めを(契約の条項がなくても)認めても良いと思いますし、そのような使用差止を契約で定めれば有効と解すべきでしょう(つまり、ノウハウは公知となって消滅するけれどもそのような差止条項が「消滅した権利の行使を認めるもの」として独禁法違反になる、ということはない、ということです)。

次に損害賠償については、そもそも1社からのロイヤリティ収入より、権利が公知となって無くなってしまったことの損害のほうが大きいのが通常でしょうが、問題は、権利が無くなった場合の損害額の立証が難しいということです。

そういうことも考えると、ロイヤリティ相当額を、いわば実質的な損害賠償として支払う、ということにも合理性があり、当事者の合意を覆してまでそれを独禁法違反という必要はないと思います。

以上のような解釈を現行ガイドラインの文言からどのように導くか、悩むと難しい問題ですが、この際文言には目をつむりましょう。

民法を度外視した純粋に独禁法的な観点からあえて実質論をいえば、

「ライセンシーの故意過失による漏洩後のライセンシーによる無償使用を独禁法が防止できないとすればそもそもライセンサーがライセンスをしなくなるのでむしろ競争を阻害する、なのでこういう制限は公正競争阻害性がない」

と言えるかな、と思います(こういう、取引前のインセンティブにまで遡って公正競争阻害性の解釈論がどこまで普遍性を持つか分かりませんが)。

ちなみに、現行ガイドラインでは、ノウハウは、秘密保持や漏洩防止の観点から特許とは別途の考慮を要する場合があちこちに散りばめられていますが、今回指摘したような、特許と一緒くたにされて起こる問題が他にないか、一度総チェックしてみる必要がありそうです。

2011年1月10日 (月)

信託銀行の「国内売上高」

平成21年改正で、企業結合の届出基準が従来の総資産基準から国内売上高基準に変わりました。

そして、銀行については、「売上高」は「経常収益」とする、とされています(届出規則2条)。

(なお、

「経常利益

という言葉は普通の事業会社の損益計算書に表れますが、

「経常収益

という言葉は銀行業や保険業に独特の項目ですので、注意が必要です。)

(一応、財務諸表規則の体系に従って整理をしておくと、

「経常利益」または「経常損失」(財務諸表規則95条参照)

というのは「営業外収益及び営業外費用」(同規則第3章第4節参照)に位置付けられますが、

「経常収益

というのは、財務諸表規則2条に基づく業種別会計基準の1つとしての別記3「銀行・信託業」を受けて定められた銀行法施行規則内の会計関連規定中の用語である、ということになります。)

(ちなみに、会計の世界では、「収益費用対応の原則」(principle of matching expenses with revenues)という言葉もあるように、

「収益」(revenue)

の反対が

「費用」(expense)

で、その差額が

「利益」(profit, income)または「損失」(loss)

ということになっています。)

「『売上高』は『経常収益』とする」というだけではよく分からなくなりそうですが、要するに、モノを売るわけではない銀行の場合は、「売上高」という言葉が似つかわしくないので、事業会社でまさに売上高に相当するものを「経常収益」と呼んでいる、と考えた方が分かり易いです。

理屈をつけて「売上高」と「経常収益」をつなげると、どちらも、その会社の経常的な事業活動による収益である、ということができます(ただ、「売上」は商品役務の提供による収益なので、経常的な事業活動一般による収益よりは狭い)。

それでは、信託銀行の「売上高」はどのように考えればいいのでしょうか。

まず、信託銀行というのは、その名前が示すとおり、

「金融機関の信託業務の兼営等に関する法律」(「兼営法」)

に基づき信託業務を兼営する銀行ですから(兼営法1条)、当然、届出規則2条の、

「銀行業・・・を営む会社等」

に該当すると言えます。

このように、信託銀行も銀行である以上、信託銀行の「売上高」は、独禁法上、「経常収益」とされることになります。

ちなみに「経常収益」の定義は銀行法施行規則にもなく、会計の世界の用語のようです。

ネットで見られる某銀行の損益計算書では、「経常収益」はさらに、

①資金運用収益

②信託報酬

③役務取引等収益

④特定取引収益

⑤その他業務収益

⑥その他経常収益

の6つに分かれています。

(それぞれの詳しい意味については、例えば神戸大学会計学研究室編「会計学辞典」(同文館出版)などをご覧下さい。このブログは無料媒体ですので、批評や検討目的でない単なる情報提供目的での引用(表現のみならず内容も)は、著者の労力に敬意を表して差し控える方針です。)

「②信託報酬」は、文字通り信託業務の報酬ですからとくに問題はないでしょう。

「①資金運用収益」は、さらに、「貸出金利息」、「有価証券利息配当金」、「コールローン利息及び買入手形利息」、「債券貸借取引受入利息」、「その他の受入利息」からなっています。銀行の利息収入はここに入るわけですね。

(念のためですが、貸出の元本額は売上高とは何の関係もありません。レンタカー会社が時価200万円の自動車を1日1万円で1日貸し出したときの売上がレンタル料1万円であるのと同じく、銀行が時価200万円の現金(つまり現金200万円)を年利3%で1年貸し出したときの「売上」は6万円です。)

信託銀行の場合も、銀行ですから、同じ分類になっています。

ですので、例えば信託銀行が稼いだ信託報酬については、「②信託報酬」として、経常収益に計上されることになり、独禁法の届出を考える上での「国内売上高」にカウントされることになります。

さて、ここでふと、届出規則2条のかっこ書きの、

「銀行業及び保険業を営む会社等については経常収益、第一種金融商品取引業を営む会社等については営業収益とする。」

というのはどういう性質の規定なのか(創設的規定なのか、確認的規定なのか)という疑問が頭に浮かびました。

私は、確認的規定と考えるべきだと思います。

つまり、このかっこ書きが仮になくても銀行の場合は経常収益を売上と考えるべき(それに従って独禁法上の届出の要否も判断すべき)ところ、銀行の損益計算書を見て、

「『売上高』という項目が存在しないので売上高はゼロであり独禁法上の届出は要しない」

というとんでもない誤解(曲解)を避けるために、念のために規定された、と見るべきでしょう。

したがって、例えば銀行ではない信託会社(外国にはたくさんありそう)の場合も、「売上」がないから「国内売上高」はゼロとみるのではなく、「売上」に相当するもの、例えば信託手数料(これは信託受託サービスという役務の対価なので「売上」と呼んでもそもそも違和感無さそうですが、言葉の問題でしょう)を「売上」と見て、売上高を算定するのが正しいと思います。

2011年1月 9日 (日)

持株会社の受取配当金は「売上」か。

平成21年改正で、企業結合の届出基準が国内売上高を基準とすることに改められました。

それでは、純粋持株会社の国内売上高はどのように計算するのでしょうか。

純粋持株会社はその子会社を持株関係を通じて支配することが仕事であり、通常の意味での「売上」というのは基本的には存在しないはずです。

それでは、純粋持株会社の「本職」であるところの、子会社から受け取った利益配当は、「国内売上高」としてカウントされるのでしょうか。

本職からの収益なので一瞬カウントされるのかなと思ってしまうかも知れませんが、結論からいえば、受取配当は「国内売上高」にはなりません。

実は、独禁法やそれに関係する規則には、「売上」という用語そのものの定義はありません。

わずかに、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第九条から第十六条までの規定による認可の申請、報告及び届出等に関する規則」(「届出規則」)の2条に、

「〔国内売上高〕は、会社等の最終事業年度における売上高(銀行業及び保険業を営む会社等については経常収益、第一種金融商品取引業を営む会社等については営業収益とする・・・)のうち次に掲げる額の合計額・・・とする。

(以下省略)」

とあるだけです。

ですので、「売上高」というのが、銀行の場合は経常収益、証券会社の場合は営業収益を意味する、ということは分かるのですが、独禁法の届出手続上、そもそも「売上高」というのが何を意味するのかは、明確には定義されていません。

したがって、「売上高」というのは、世の中で常識的な意味で通用している言葉としての売上高のことである、と考えて良いでしょう。

つまり、独禁法上の届出においても、商品役務の提供の対価としての収益が、「売上」である、と考えてよいでしょう。

純粋持株会社の場合には、子会社から配当を受け取ることがいわば本業なので、「営業収益」に計上されますが、だからといって受取配当金が「売上高」に化けるわけではありません。

ですので、純粋持株会社の場合は、通常は、「国内売上高」はゼロのはずです。

つまり、会社に入ってくるお金には、例えば銀行預金の利息とか、社宅の賃貸料とかもありますし、さらにいえば、「売上高」以外にも経常収益に該当する収益はあり得るわけですが、独禁法の届出は、世の中で通常「売上高」といわれるものだけに注目して届出の要否を判断するようにできているわけです。

2011年1月 7日 (金)

実態より高い値段で広告して行う二重価格表示

「最大90%OFF」などと、通常の価格と比較してそれより安い価格であることをアピールする表示を「二重価格表示」といいますが、基準となる価格(定価など)は実態のあるものであることが当然必要です。

二重価格表示がどのような場合に景表法違反になるのかについては、公取委の「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」(通称、「価格表示ガイドライン」)に定められています。

同ガイドラインには、基準となる価格(「通常価格」など)がどのようなものであれば良いか細かく規定されていますが、大雑把に言えば、二重価格表示を開始する直前の8週間のうち当該基準価格で販売した期間が半分を超えていることが必要です。

もちろん、実際に販売された実績があることが必要です。

ところが世の中では、

「雑誌とかに広告を出しておけば、基準価格と認められる」

と誤解して、例えばお店に行けば4000円で買える物を雑誌で「6000円」と広告し、「通常価格6000円のところ、50%OFFの3000円で提供」みたいな表示をするケースがあるそうです。

しかし、これは明らかに景表法違反です。

こういうケースが実際にあると聞くと、「世の中の大多数の人は弁護士に相談しないんだなぁ」と思うし、誤った理解がまかりとおっているんだなぁと思います。

弁護士の言うことより大事な取引先や怪しげなコンサルタント・業界通の話を信じる人たちのケースを私も何度か耳にしたことがあります(私に相談する人は、私の言うことを信じるから相談してくれているのでしょうけれど)。

弁護士にとっては当たり前のことでも、繰り返し、繰り返し、世の中に伝えていくことの必要性を改めて感じました。

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