「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(「知財ガイドライン」)では、
「ライセンサーがライセンシーに対して、技術に係る権利が消滅した後においても、当該技術を利用することを制限する行為、又はライセンス料の支払義務を課す行為は、一般に技術の自由な利用を阻害するものであり、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。」
とされています。
この規定、特許の場合は良いのですが、ノウハウの場合にはちょっと問題があります。
つまり、ライセンシーが故意にノウハウを公知にしてしまった場合にまでこの規定を文字通り適用するのはおかしいと思います。
現に、知財ガイドラインによって廃止された「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(「旧ガイドライン」)では、
「ノウハウライセンス契約において、ライセンサーがライセンシーに対して、ライセンシーの責によらず契約対象ノウハウが公知となった後においても当該技術の使用を制限し、又は当該技術の実施に対して実施料の支払義務を課すことについての考え方も、(ア)〔注:特許の場合〕の本文と同様である。」
と、ノウハウがライセンシーの責に帰すべき事由により公知となったために権利が消滅した場合には、権利消滅後の制限も問題ない(とまで言い切って良いかは若干疑義があり得ますが)と明記されていました。
現行ガイドラインに改正するときに、特許とノウハウを書き分けない体裁にしたため、このような漏れが生じてしまったのでしょう。意図的な改正とは思えません。
異なるものを一緒くたに書くときは、本当に一緒くたにしていいかどうか、慎重に吟味しないといけません。
さて、では現行ガイドラインではどう解釈すべきでしょうか。
まず、そもそも論として、ノウハウは公知になっても(誰との関係でも絶対的に、あるいは故意・過失で公知にしたライセンシーとの関係で相対的に)消滅しない、という解釈が考えられます。
しかし、私の理解では、民法や不競法の世界ではノウハウが公知になった場合は消滅することが当然のように考えられていますので、独禁法の世界でだけ消滅しないというのは無理でしょう。
そうすると、ラインセンシーの故意の漏洩によって公知になった場合でも、ノウハウは消滅する、ガイドラインの文言に引き直して正確にいえば、
「技術に係る権利が消滅(する)」
と解すべきでしょう。
ですので、やはり旧ガイドラインと同様、現行ガイドラインの下でも、ライセンシーの責によってノウハウが公知になった場合には、当該技術の使用を制限したり、実施料の支払義務を課しても、独禁法上問題ない、と解釈すべきでしょう。
具体的な文脈に即していえば、例えばノウハウライセンス契約書に、
「ライセンシーが故意・過失により当該技術を公知にした場合には、ライセンシーは当該技術を使用できない、あるいは実施料を支払う義務を負う。」
という条項を入れても独禁法違反にはならない、ということです。
これに対しては、故意過失の漏洩の場合は法定解除事由に該当するのは明らかだし、損害賠償請求で解決すれば良いのではないか、という反論もあり得ます。
しかし、「Aという方法もある」という指摘と、「A以外は独禁法違反」というのとは別問題ですし、そもそも具体的な文脈に即して考えるべきでしょう。
まず、ライセンシーによる故意過失の漏洩について契約書に何ら定めがない場合は、契約は解除できるでしょう。
しかし、解除したら契約が無くなるだけですので、ライセンシーが引き続き当該技術を使用し続けることは止めようがありません(そもそも権利は公知となって消滅していますし)。
しかしそれでは余りにひどいので、いわば制裁的に(あるいは公平の観点から)、使用の差し止めを(契約の条項がなくても)認めても良いと思いますし、そのような使用差止を契約で定めれば有効と解すべきでしょう(つまり、ノウハウは公知となって消滅するけれどもそのような差止条項が「消滅した権利の行使を認めるもの」として独禁法違反になる、ということはない、ということです)。
次に損害賠償については、そもそも1社からのロイヤリティ収入より、権利が公知となって無くなってしまったことの損害のほうが大きいのが通常でしょうが、問題は、権利が無くなった場合の損害額の立証が難しいということです。
そういうことも考えると、ロイヤリティ相当額を、いわば実質的な損害賠償として支払う、ということにも合理性があり、当事者の合意を覆してまでそれを独禁法違反という必要はないと思います。
以上のような解釈を現行ガイドラインの文言からどのように導くか、悩むと難しい問題ですが、この際文言には目をつむりましょう。
民法を度外視した純粋に独禁法的な観点からあえて実質論をいえば、
「ライセンシーの故意過失による漏洩後のライセンシーによる無償使用を独禁法が防止できないとすればそもそもライセンサーがライセンスをしなくなるのでむしろ競争を阻害する、なのでこういう制限は公正競争阻害性がない」
と言えるかな、と思います(こういう、取引前のインセンティブにまで遡って公正競争阻害性の解釈論がどこまで普遍性を持つか分かりませんが)。
ちなみに、現行ガイドラインでは、ノウハウは、秘密保持や漏洩防止の観点から特許とは別途の考慮を要する場合があちこちに散りばめられていますが、今回指摘したような、特許と一緒くたにされて起こる問題が他にないか、一度総チェックしてみる必要がありそうです。