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2010年12月18日 (土)

株式譲渡はなぜ譲受人だけが違反者なのか?

独禁法10条1項では、

「会社は、他の会社の株式を取得し、又は所有することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を取得し、又は所有してはならず、及び不公正な取引方法により他の会社の株式を取得し、又は所有してはならない」

とされています。

つまり、株式譲渡には常に譲渡側と譲受側がいるにもかかわらず、10条1項違反となるのは譲受側だけです。

条文にはっきりそう書いてあるので解釈論としては違反者は譲受人だけですが、本当にそれで良いのでしょうか。

「株式を譲渡する側は株式発行会社の支配権を手放すのだから違反になるわけないじゃないか」、という意見もあるかも知れませんが、必ずしもそうとは言えません。

というのは、株式譲渡によって競争制限が生じるのは、会社に対する支配の移転が生じる場合に限られず、譲渡によって株式所有会社の行動のインセンティブが変化することが問題である場合もあるからです(川濱他著「企業結合ガイドラインの解説と分析」p54)。

例えば、A社とB社がジョイントベンチャーを設立することによって、利害が一部共通化する結果、一生懸命競争しようというインセンティブが減るかもしれません。

株式譲渡の例でいえば、A社が、その100%子会社のa社株式のうち、50%をB社に譲渡するような場合です。

この場合、10条1項では、譲受人であるB社だけが違反者となります(これは解釈論)。

でも、それでいいのか?というのがここでの問題意識です(これは立法論)。

上の株式譲渡の例では、A社とB社が競争を止めてしまうことが問題なのですし、例えばA社が株の取得をB社に持ちかけたような場合を考えると、ますますB社だけが違反者となるのが辻褄が合わないような気がします。

実際問題として、もしA社も違反者とすることができると、排除措置命令をA社に出すことも可能となるメリットがあると思います。

B社にだけ排除措置命令を出すとすると、「公取委の認めた者に譲渡せよ」という内容にしかできませんが、A社にも命令を出せると、

「A社はa社の株を●●円で買い戻せ」

という命令も可能なように思います(B社には同じ値段で売る命令を出す)。

ま、値段を公取委が決める必要はありませんが、当事者双方に命令を出せるなら、問題がスムーズに解消できるでしょう。

ちなみに他の企業結合ではどうなっているかというと、役員兼任(13条)では、兼任によって競争を実質的に制限することとなっていはいけない、というだけなので、そもそも名宛人は役員個人ですし、その役員が支配側の出身であるのか支配される側の出身であるのかは問題ではありません。

合併(15条)では、消滅会社でも存続会社でも区別無く、名宛人となっています。

共同新設分割(15条の2第1項)では、共同新設分割の全当事者が名宛人となります。

ちょっと要注意は、吸収分割の場合で、15条の2第1項では、

「会社は・・・吸収分割をしてはならない。」

とされています。

ここで、吸収分割を「する」会社(=15条の2第1項の名宛人)とは、会社法の用例にしたがえば、事業を切り出して他に譲渡する側の会社(会社法の用語でいえば、吸収分割会社。会社法757条)をさすと考えるほか無いのですが(会社法2条29号も参照)、公取委の吸収分割届出書の書式は両当事者名で出すことになっている問題点は以前このブログでも指摘したとおりですし、会社法の用語法に慣れていない人、ないしは、「独禁法の解釈は会社法に従う必要はない」というほとんど暴論に近い立論をする人(会社法の概念を独禁法が借用しているにもかかわらず!)は、吸収分割の場合の15条の2第1項の名宛人は両当事者であると言うかも知れません。

このように、現行法の正しい解釈では、吸収分割の場合には事業を手放す側だけが排除措置命令の名宛人ということになってしまっています(つまり「暴論」のほうが結論は妥当)。

次に共同株式移転(15条の3第1項)では、全当事者が名宛人です。

事業譲渡の場合(16条)は、譲受人が名宛人です。

事業の賃貸(16条1項3号)では、賃借人が名宛人です。

経営の委任(16条1項4号)では、経営の受任者が名宛人です。

損益全部の共通契約(16条1項5号)では、全当事者が名宛人です。

こうしてみると、企業結合の実体規定の名宛人(排除措置命令の対象者)は、事業に対する支配の取得者という形で統一的に説明できるわけではありません。

であれば、株式取得の場合に譲渡人が名宛人となっても、別におかしくないような気がします(ちょっとこじつけですが)。

会社法になってから現金を対価とする合併等が認められるようになり、合併等の企業結合と支配権の移転というのが必ずしも論理的に繋がっているわけではないことが、より一層明確になりました。

つまり、合併して現金を受け取る株主(消滅会社の株主)は、消滅会社の支配を失うのであり、実は株式の取得こそが支配の移転において決定的に重要であることがはっきり見えてきました。

ただ独禁法の世界では、上述のように、インセンティブの共通化による競争制限というシナリオもあるので、支配の取得の有無にかかわらず、競争制限を排除できるような仕組みにしておいた方がいいような気がします。

(その点、controlの移転を届出基準とするECや中国はどうなっているのでしょうか。インセンティブの共通化というのはあまり議論されていないのでしょうか。歴史の浅い中国はさておき、ECについてはそのうち調べてみたいと思います。)

と、ここまできてもう一度10条1項を読むと、

「会社は、他の会社の株式を・・・所有することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を・・・所有してはなら(ない)」

となっています。

この「所有」を根拠に、上記の例で、A社がa社の株式50%を所有し続けていることが競争制限につながるという理屈で、A社(譲渡人)を違反者とすることはできないでしょうか。

やっぱり無理でしょうね。

というのは、(そもそも10条1項はそんな事態を想定していないでしょうし)

「所有することにより

競争制限が生じることが必要なのであって、上記の例で競争制限が生じたのはあくまで譲渡した50%の方が原因なのであって、引き続き持ち続けている50%の方が原因ではないからです。

でも、A社が名宛人にならないとしても、A社が任意で残りの株50%をまったく関係のない第三者に譲渡することにより、進んでA社とB社のインセンティブの統一化を解消すれば、結果的にB社に対する排除措置命令が出ることも免れる、という解決を図ることは可能でしょう。

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