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2010年12月 2日 (木)

不当廉売しない旨の合意

競争者間で、「不当廉売を行わないこと」という合意をすることは許されるでしょうか。

理屈の上では、独禁法上違法なこと(不当廉売)をしないでおこう、という合意なので、やっても良さそうですが、実務的には、このような合意はカルテルにつながる恐れ(しかも、その恐れはかなり強いと思われます)があるので、避けるべきです。

なぜ避けるべきかというと、安く売ることは本来競争そのものなので、それを禁じる不当廉売というのは本来独禁法上例外的な自体であることと、違法な不当廉売かそうでないかの区別があいまいなため、かかる合意は、結果的にどうしても適法な行為まで禁じてしまうことになるからです。

そもそも、事業者が他の事業者の販売価格を「不当廉売ではないか」と考えるケースのうち、本当に独禁法上違法な不当廉売に該当するのは、一部に過ぎないと思われます。

平成21年度には、公取委に1万2000件弱の不当廉売の申告があったそうですが、そのうち公取委が注意を行ったのが3000件余りに過ぎません(公正取引718号30頁)。

排除措置命令に至っては、しばらくゼロ件です。

そして、注意というのは、違法だと認定されたわけではありませんから、約1万2000件のうち違法な不当廉売と認定されたケースはゼロということになります。

それくらい、世間一般に事業者が同業他社に対して「不当廉売をやっているのではないか?」と疑うケースと、公取委が不当廉売と認定するケースには、大きな開きがあるのです。

このような現状を踏まえれば、「不当廉売をしない」という競争者間の合意は、独禁法上許されるべき競争までやめてしまう合意につながる恐れが大きいと言わざるを得ないと思うのです。

私もクライアントから、「競合他社のこの行為は不当廉売に当たらないか」と相談を受けることもありますが、実感からすると、不当廉売に該当しそうな場合はほとんどなく、むしろ公取委が年に約3000件も注意を出しているほうが驚きという感じがします。

なぜこのようなギャップが生じるのかというと、まず、他社を不当廉売だと主張する者は、自分のコストと比べて不当廉売だと言っているケースが多いように思います。

でも、比べるべきは競争者のコストとその価格なので、自分のコストと比べて安いと言っても、そもそも主張自体失当です。

それから、これが見落とされがちですが、コスト割れだけで不当廉売になるわけではありません。

つまり、一般指定で違法とされる不当廉売は、

「不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。」

なのです(一般指定6項)。

つまり、単に低い対価で供給するだけでなく、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあることが必要なのです。

他社の安売りに文句を付けている事業者からすれば、

「自分の事業活動が困難になると思うから文句を言っているんじゃないか。」

ということなのでしょうが、自分が困難になっていると思っているだけでは足りません。

不当廉売ガイドラインによれば、そのようなおそれがあるか否かは、

「他の事業者の実際の状況のほか,廉売行為者の事業の規模及び態様,廉売対象商品の数量,廉売期間,広告宣伝の状況,廉売対象商品の特性,廉売行為者の意図・目的等を総合的に考慮して,個別具体的に判断される」

ということなのです。

ですので、競争者間で不当廉売をしないようにする合意は、

「コストを下回る販売は止めましょう」

という内容だと、事業活動の困難かの要件を充足しない適法な価格競争まで止めることを合意していることになります。

もし合意の内容が、

「コスト割れで、かつ、『他の事業者の実際の状況のほか,廉売行為者の事業の規模及び態様,廉売対象商品の数量,廉売期間,広告宣伝の状況,廉売対象商品の特性,廉売行為者の意図・目的等を総合的に考慮して,個別具体的に判断』して他社の事業活動が困難になると認められるような安売りは止めましょう」

というのなら、禁じているのは独禁法上違法な行為だけ、ということなので、理屈の上では、かかる合意も適法になるのかもしれません。

しかし、このような合意を正確に理解できる人はほとんどいません(笑)。

聞く方からすれば、「ああ、価格競争はほどほどにしとけと言うことだな」と理解するのが普通でしょう。

ですので、このような合意をしても、適法な競争まで抑制してしまうといわざるを得ないと思います。

さらに合意だけではなく、例えば事業者団体の新年の挨拶で、団体の理事が、「不当廉売は独禁法に違反する違法な行為なので、みなさん行わないように」と呼びかけるような行為も、同様の理由で止めておくべきです。

事業者団体が会員から、他の会員の行っている不当廉売についての苦情を受けて、不当廉売をしていると疑われる会員のところに調査に行ったりするのも、独禁法上問題があり得ます。

このように、不当廉売については業界自らの力で是正しようとすると何かと問題が大きいので、公取委の力を借りるべきでしょう。

つまり、事業者団体名で、公取委に不当廉売の疑いのある事例を申告して調査を依頼する、ということはOKだと思います。

ただその場合でも、申告の準備の段階で価格やコストに関する情報が交換されてしまうリスクを考えれば、やはり単独で申告したほうが無難でしょう。

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