2社以上から事業を同時に譲り受ける場合の届出
S1社のs1事業と、S2社のs2事業を、B社に同時に譲渡する場合、独禁法16条2項の届出は必要でしょうか。
ここで、s1事業とs2事業の国内売上高は充分に大きく、B社の国内売上高は無いとします。
また、S1社、S2社、B社は、同じグループには属さないとします。
結論としては、届出は不要であると考えます。
16条2項で、届出義務を負う会社は、
「会社であつて、その会社に係る国内売上高合計額が二百億円を下回らない範囲内において政令で定める金額を超えるもの」
と規定されています。
そして、B社の国内売上高は、s1事業とs2事業を譲り受ける前はゼロなので、この国内売上高合計額200億円の要件を満たさないことになります。
なので、届出が要らないわけです。
注意が必要なのは、2つの事業譲渡が相前後して行われる場合(例えば、s1事業→s2事業という順番で行われる場合)には、届出が必要になるということです。
なぜなら、s1事業を譲り受けた時点でB社の国内売上高はs1事業の国内売上高を引き継ぐので、その時点で国内売上高200億円超の要件を満たしてしまうからです。
この点、「同時」といえるためには同じ日であればいいのか、ということが問題になり得ますが、私は、同時と言えるためには全く同時点でなければならず、例えばs1事業の譲渡をある日の午前、s2事業の譲渡を同じ日の午後に行う、と言う場合は、届出が必要であると考えます。
ただ、同じ日なら同時だと考えて届出不要と考えるのも、実務的にはそれなりの合理性がある(あんまり細かいことを言い出すと実務的にいろいろとしんどい)と思われますし、公取委もそれでOK(届出不要)というかもしれません。
同時であるとするためには、両方の事業譲渡の効力発生日を、日にちだけではなくて、例えば「日本時間の○年○月○日午後3時」とか、特定の時点で定めておくことが考えられます。
そこまで細かいことをいわず、同じ日付なら良いじゃないか、という考えもあり得ることは、上述のとおりです。
あるいは、s1事業の譲渡契約書とs2事業の譲渡契約書をまとめて、1通の3者間契約にしてしまう、ということも考えられます(その場合でも、私は、特定の時点を譲渡の効力発生時点として定めた方が良いと思います)。
以上のような届出不要とする考え方については、「脱法ではないのか?」とか「相前後したら届出必要なのに同時になった途端不要となるのはバランスを失するのではないか」といった異論もあり得るところかと思われます。
しかし、3つ以上の会社が合併する場合に、15条2項では、そのうち1つの会社の国内売上高合計額が200億円超で、残りの2つ以上の会社の国内売上高合計額が50億円超であることを届出の要件と明示しており、この考えに従えば、2つ以上の事業の同時譲受の場合に届出不要と考えるのは、何らおかしなことではありません。
つまり、A社(国内売上高合計額160億円)、B社(同60億円)、C社(同45億円)の3社が合併する場合、15条2項の条文からは、明らかに届出不要です。
なぜなら、200億円超の売上のある会社が1社も無いからです。
しかし、これは論理的に絶対的な基準ではなくて、別の考え方も立法論としてはあり得ます。
例えば、同時の場合は、それぞれが別時点で起こると考えて、どのような順番で起こっても届出要件を満たさない場合に初めて届出不要とする考え方です(米国のHSR法についての当局見解はこの考え方に従っているます)。
上の設例では、以下の、3×2×1=6パターンを考え、要件を満たすか見ていきます。
①A→B→C (売上は、160+60=220。次に、220と45の合併)
②A→C→B (160+45=205。次に、205と60の合併)
③B→A→C (60+160=220。次に、220と45の合併)
④B→C→A (60+45=105。次に、105と160の合併)
⑤C→A→B (45+160=205。次に、205と60の合併)
⑥C→B→A (45+60=105。次に、105と160の合併)
そうすると、②と⑤が届出要件を満たすことが分かります。
よって、ABCの3社間合併も届出必要と考えるのです。
しかし、15条2項は、このような、同時の行為を異時点のものと擬製する制度を、明文で排除しています。
とすれば、事業譲受の場合も、同時のものは同時(異時点の譲受とは犠牲しない)と考えるのが論理的に整合的ですし、文言にも忠実な解釈であろうと思われます。
さらに、例えばs1事業とs2事業が同じS社の事業で、S社からB社にs1事業とs2事業を同時に譲渡するような場合を考えてみます。
同じくs1とs2の国内売上は充分に大きく、B社の国内売上はゼロとします。
この場合には、届出要件の判定において、譲受対象事業の売上はs1とs2の売上の合計であり、譲受会社の売上はB社の売上(つまりゼロ)であることには、誰も異論はないでしょう。
であれば、売主がS社1社からS1社とS2社の2社になったからといって、別異に考える理由はないように思われます。
こういう考え方に立つと、s1事業とs2事業がB社という単独の支配の下に置かれるのに届出不要になって不都合ではないか、との異論もあるかも知れません。
しかし、16条2項の文言からしても、合併に関する15条2項とのバランスを考えても、同時点の行為を異時点のものと犠牲する解釈は導きようがありませんから、そのような不都合が生じても仕方のないことだと思います。
もちろん、届出要件は満たさなくても、事業譲渡が実質的に競争を制限する場合には実体法上違法であり、公取委の調査を受けることがあることはいうまでもありません(16条1項の文言上明らか)。
だからこそ、届出という手続面では多少の取りこぼしがあっても大して実害はない、ということもできます。
« 原則違法な独占的グラントバックの範囲 | トップページ | 公取委の地域市場の考え方は変わったのか。 »
「2009年独禁法改正」カテゴリの記事
- 7条の2第8項2号と3号ロの棲み分け(2015.05.02)
- 主導的役割に対する割増課徴金(2015.05.01)
- 海外当局に提供する情報の刑事手続での利用制限(43条の2第3項)(2012.11.19)
- 課徴金対象の差別対価(2012.02.20)
- 優越的地位濫用への課徴金と継続性の要件(2011.10.27)
コメント