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2010年11月 8日 (月)

リニエンシーの不申告と代表訴訟

カルテルがあったのにリニエンシー(課徴金減免制度)の申請をしなかったことを理由に株主代表訴訟が提起されたと報道されています。

報道によれば、原告株主側は、被告取締役がカルテルを黙認したうえ、他社に先駆けて違反を申告せず、減免の機会を失った過失があると主張し、あわせて、リニエンシー活用のための社内体制の不備も合わせて主張するそうです。

こういう事件があると、

「リニエンシー活用のための社内体制を作らないと代表訴訟で訴えられますよ」

と、企業の不安を煽って仕事につなげようとする弁護士が出てきそうですが(笑)、それはさておき、リニエンシーが導入された当時から、このような代表訴訟が将来あるかもれないということは関係者の間で予測されていたところです。

ではこのような請求が認められる可能性は、実際のところどの程度あるのでしょうか。

本件の事情は分からないのであくまで一般論ですが、カルテル参加企業がリニエンシーの申請をしなかったことにより当該企業が被った損害というのは、リニエンシーの申告をしていれば減額されたであろう課徴金の額ということになるのだと思います。

しかしその立証は、一般的にはなかなか難しいのではないかと思われます。

まず、リニエンシーを申請するには、社内でカルテルがあったことが発覚しないといけません。

つまり原告は、いついつまでに取締役がカルテルの存在を知ったこと、あるいは、適切に監視していればカルテルの存在を知ることができたことを立証しないといけません。

しかし、カルテルは通常会社に内緒でやることが多いので、取締役がカルテルを知っていた(または知ることができた)という立証は、かなり難しいのではないかと思われます。

次に、もし取締役がカルテルの存在を知った、あるいは適切に関ししていれば知ることができたとして、その知った(または知ることができた)時期からリニエンシーの申請をして5位以内(立入検査前の場合)に入ったであろうことの立証が必要です。

もし、原告が、「被告が速やかに申請していれば1位になれた」と立証できれば、本来支払わなくてもよいものを支払ったことになるので、支払った課徴金全額が会社の被った損害となるのでしょう。同様に、2位になれたことを立証すれば、課徴金の50%が会社の被った損害ということになります。

しかし、前述のように、そもそも取締役がカルテルを知っていた(あるいは知ることができた)こと自体の立証が大変です(というより、知らなかったし、知ることもできなかった、ということが多いでしょう)。

仮に、取締役が知った(または知ることができた)ことが立証できたとしても、速やかに申請すれば課徴金の減免を受けられたことの立証が必要であり、そのような立証をするには、他社が公正取引委員会にリニエンシーの申請を何月何日の何時になされたのかを知る必要がありますが、公取委は守秘義務を理由にリニエンシーの申請については回答しないのではないかと想像されます。

そもそも、カルテルらしき事実が判明したとしても、本当にカルテルがあったと断定できないこともあり、リニエンシーの申請をすべきか否かは微妙なこともあるはずです。

そのように考えていくと、リニエンシーの申請をしなかったことで会社に損害を与えたという請求が認められるのは、かなり例外的な場合ではないかという気がします。

とくに、リニエンシー活用のための社内制度がなかったことを根拠にする請求は、ではどのような制度があれば活用できたのかを主張立証しないといけませんし、そのような制度があれば減免を受けられたこと(因果関係)の立証をしないといけません。

しかし、繰り返しになりますが、本当に難しいのはカルテルを発見することであり、発見した後のリニエンシー活用のための社内制度というのは2次的なもの(発見すればなんとかなる)なので、「リニエンシー活用のための社内制度がなかったこと」と「損害が発生したこと(減免を受けられなかったこと)」との因果関係の立証は、かなり難しいと思われます。

ただ、立入検査後のリニエンシー申請が問題にされる場合は若干異なります。

立入調査があると、カルテルがあったことを取締役が認識することになる可能性が高いからです(カルテルがあったか否か明確でない場合もあり、必ずしもそうとは言い切れませんが)。

少なくとも、立入検査があったのに「何も知らなかった」ではすまされないでしょう。

例えば、5社でカルテルをして、立入検査前には1社だけリニエンシーの申請をしていた場合、立入検査後も、残り4社のうち2社までは、30%の減額が認められます。

しかし、このような場合に、減額が認められなかった2社の取締役が代表訴訟で責任を負わされるというのは、やはりおかしな気がします。

4社のうちどの2社が減額を認められるかは紙一重で、結果的に間に合わなかったというだけで責任を認められるのは不合理でしょう。

リニエンシーは確かに時間との勝負ですが、どれだけ迅速に申立できるかは、法務部やカルテルに関与した営業、依頼する法律事務所の共同作業にかかってきます。

取締役がそんな実務的なことにまで関われるはずがありません。

取締役が気にすべきは、事前に、一般的な体制を整備することだけです。

さらに、どのような素晴らしい体制を作っていても、3位以内に入れる保証はありません。

・・・と考えると、やはり立入検査後に席が残っていても、取締役が責任を負うべき場合はほとんど無いように思われます。

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