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2010年11月 1日 (月)

米新水平合併ガイドラインのドラフトからの変更点

2010年8月19日に公表された米国の新水平合併ガイドラインでは、ドラフト段階からいくつかの変更がなされています。

結論的には大きく変わったところはないのですが、気が付いたところを記しておきます。

まず市場画定の意義について、ドラフトでは、

「The Agencies define relevant markets to help analyze the competitive effects of a horizontal merger. Market definition is not an end in itself: it is one of the tools the Agencies use to assess whether a merger is likely to lessen competition. Market definition identifies an arena of competition and enables the identification of market participants and the measurement of market shares and market concentration. This exercise is useful to the extent it illuminates the merger’s likely competitive effects. The Agencies’ analysis need not start with market definition. Some of the analytical tools used by the Agencies to assess competitive effects do not rely on market definition, although evaluation of competitive alternatives available to customers is always necessary at some point in the analysis.」

と、市場画定は単なる手段に過ぎないということを強調する表現だったのが、最終版では、

「When the Agencies identify a potential competitive concern with a horizontal merger, market definition plays two roles. First, market definition helps specify the line of commerce and section of the country in which the competitive concern arises. In any merger enforcement action, the Agencies will normally identify one or more relevant markets in which the merger may substantially lessen competition. Second, market definition allows the Agencies to identify market participants and measure market shares and market concentration. See Section 5. The measurement of market shares and market concentration is not an end in itself, but is useful to the extent it illuminates the merger’s likely competitive effects.

The Agencies’ analysis need not start with market definition. Some of the analytical tools used by Agencies to assess competitive effects do not rely on market definition, although evaluation of competitive alternatives available to customers is always necessary at some point in the analysis.」

と、言っていることは大して変わりませんが、市場画定の役割を強調する表現に変わったように見えます。

やはり、余りに市場画定を軽視することに対する実務家からの反発が強かったことに配慮した結果ではないかと想像します。

次に、ドラフト段階で使われていた限界費用(marginal cost)という言葉が姿を消し、増分費用(incremental cost)という概念に統一されました。

増分費用について同ガイドラインでは、

「Incremental cost depends on the relevant increment in output as well as on the time period involved, and in the case of large increments and sustained changes in output it may include some costs that would be fixed for smaller increments of output or shorter time periods.」

との説明が追加されました(2.2.1)。

やや意訳も込めて訳すと、

「増分費用は、生産量の関連する増分(relevant increment)に依存する。

また増分費用は、(生産の)期間にも依存する。

生産量の増分が大きな場合や、生産量が持続的に変化する場合には、生産量の小さな増分であれば固定費であった費用や、より短期間であれば固定費であった費用も、増分費用に含まれることがある。」

となります。

ただ、不当廉売の場合と違って、企業結合ではコスト基準を限界費用とするかその他の費用基準(平均回避可能費用など)とするかといった議論は通常する必要がありませんので、ガイドラインの実際の事案への適用に当たっては、この変更はそれほど大きな意味は無いように思います。

ちなみに、司法省が2008年に公表後撤回した単独行為に関するレポートでは、

「増分費用の計測」

という標題のもとに、増分費用の計測方法の主なものとして、

①限界費用、

②平均可変費用、

③長期平均増分費用、

④平均回避可能費用、

の4つがあるというふうに紹介されているので、新水平合併ガイドラインが「限界費用」といっていたのを「増分費用」と言い換えたのは、4つの計測方法より上のレベルの「増分費用」という括りに統一したということになるかと思われます。

その他には、SSNIPテストの値上げ幅が5%か10%かについての記述が変わっています。

ドラフト段階では、

「Where explicit or implicit prices for the firms’ specific contribution to value can be identified, the Agencies typically use a SSNIP of ten percent of those prices. Where such implicit prices cannot be identified with reasonable clarity, the Agencies instead base the SSNIP on the price paid by customers for the products or services to which the merging firms contribute. In such cases, because the base prices will be larger, a lower SSNIP will normally be used, typically five percent but possibly lower.」

と、企業が貢献した価値の価格が明確な場合には10%を使う(通常は明確な場合が多いでしょう)けれど、明確でない場合には5%か、もしくはもっと低くなるかもと、原則10%ということがかなりはっきりと書かれていました。

ところが最終ガイドラインでは、

「The Agencies most often use a SSNIP of five percent of the price paid by customers for the products or services to which the merging firms contribute value. However, what constitutes a “small but significant” increase in price, commensurate with a significant loss of competition caused by the merger, depends upon the nature of the industry and the merging firms’ positions in it, and the Agencies may accordingly use a price increase that is larger or smaller than five percent. Where explicit or implicit prices for the firms’ specific contribution to value can be identified with reasonable clarity, the Agencies may base the SSNIP on those prices.」

となり、10%という数字は姿を消したのみならず、場合によっては5%よりも安くなることもある、というふうに、かなり漠然としたものになりました(4.1.2)。

これを形式的に受け止めれば、SSNIPが5%になる(あるいはもっと低くなる)ということはそれだけ狭い市場が確定される可能性が高くなるので、合併当事会社のシェアは相対的に高くなり、合併は認められにくくなる、ということになるのでしょう。

しかし、新ガイドラインは経済分析重視で、市場画定は反競争的効果を判定するための道具に過ぎないという立場ですから、この部分の変更だけで今までの運用に大きな変化が生じるということは無いのでしょう。

でも、この点は明確性が明らかに後退してしまっているので、残念なところです。

あと細かいところでは、参入のところで、

「Market values of incumbent firms greatly exceeding the replacement costs of their tangible assets may indicate that these firms have valuable intangible assets, which may be difficult or time consuming for an entrant to replicate.」

という一文が加わりました。

「may」なので、必ずしも断定ではないのですが、既存企業が再調達コストを大幅に上回るような市場価値(例えば株式時価総額)を有することは、参入が困難であることの証拠になりうる、ということでしょう。

一般論としてはそのとおりなのですが、問題は、そのようなintangible assetをどのように獲得したかが大きな問題で、正当な企業努力で獲得したものであれば、それを理由に合併が認められなくなるというのも腑に落ちないものがあります。

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