市場支配力の「形成・維持・強化」と市場支配力の「行使」の関係
今日は、「競争の実質的制限」の意味について、とくに市場支配力の行使と区別するという観点から、考えてみたいと思います。
「競争の実質的制限」、条文でいえば、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(独禁法2条5項)とは、
「競争自体が減少して,特定の事業者又は事業者集団がその意思で,ある程度自由に,価格,品質,数量,その他各般の条件を左右することによって,市場を支配することが
できる状態を形成・維持・強化することをいう」
とされています(排除型私的独占ガイドラインが引用する東京高判平成21年5月29日,平成19年(行ケ)第13号・NTT東日本FTTH私的独占事件)。
これを短くするために、「競争自体が減少して・・・市場を支配することができる状態」を、短く「市場支配力」と表現することにより、
「市場支配力の形成・維持・強化」
と言ったりします。
でも個人的には、判例が明確に「・・・状態」といっているのを「力」と言い換えるのは素直な言葉の意味として抵抗があるので、判例の文言に忠実に、
「市場支配状態の形成・維持・強化」
と呼んでおきたいと思います。
さて、ここで強調したいのは、競争の実質的制限の定義には、市場支配力の行使は含まれていない、ということです。
「形成・維持・強化」と3つに分かれているのは、
「形成」というのが、市場支配状態が無いところから新たに生み出すこと(0→+)、
「維持」というのが、市場支配状態が競争に晒されて消滅するのを防ぐこと(+→+)、
「強化」というのが、今ある市場支配状態をさらに強くすること(+→++)、
というだけのことで、一言で言い表す適当な言葉が無いので3つに分かれているだけであり、3つの違いを深く論じる意味はありません。
ですので、欧州では市場支配的地位にある事業者が不当に高価に販売することは市場支配的地位の濫用になるという議論がありますが、これは市場支配的力の行使というべきものであり、日本の「競争の実質的制限」の定義には当たってこない、ということになりそうです。
日本で不当高価販売を規制するとしたら優越的地位濫用が思いつきます。
優越的地位濫用はまさに、(当事者間での相対的な優位に過ぎないという意味での相対的な)市場支配力の行使を問題にするものなのです。
「市場支配状態」という用語で括れば、
競争の実質的制限=市場支配状態の形成・維持・強化
なので、
私的独占=排除・支配による市場支配状態の形成・維持・強化
となります。
これに対して優越的地位濫用は、(相対的な)市場支配状態の「形成・維持・強化」の部分が不当になされたか否かには、まったく関心がありません。
むしろ優越的地位濫用の場合には、(相対的な)市場支配状態の「形成・維持・強化」は適法になされたことが当然の前提になっているとすらいえるかもしれません。
(相対的な)市場支配状態の「形成・維持・強化」は適法になされたことを前提に、そのような(相対的な)市場支配状態を利用(あるいは市場支配力を行使)することが違法だ、といっているのです。
これだけ見ても、優越的地位濫用は、私的独占や不当な取引制限とは毛色の違う規制であることが理解できるでしょう。
さて、このように市場支配状態(力)の形成・維持・強化と市場支配力の行使との区別を意識すると、いろいろと面白いことが見えてきます。
例えば、カルテルはいつ既遂になるのかという論点があます。
判例はカルテルの合意が成立した時点としていますが、少なくとも上述の論理から演繹的に考える限り、合意した時点で市場支配状態の「形成」は完了していると思われるので、判例の合意時説が正しいということになりそうです(合意の結果値段を上げることは、市場支配力の「行使」に過ぎず、不当な取引制限の構成要件に該当しない)。
また、不当廉売について、廉売でライバルを排除した後に値上げで廉売分の損を取り戻せることが違法要件か(埋め合わせ要件)、という論点があります。
私的独占としてのコスト割れ販売の場合には競争の実質的制限(=市場支配状態の形成・維持・強化)が違法要件です(市場支配力の行使は違法要件ではない)。
したがって、上述の議論から演繹的に考える限り、ライバルが退出したことにより市場支配状態が維持されるのであれば、値段を上げて損を取り戻すか否か(市場支配力を行使するか否か)にかかわらず、私的独占となると考えるのが素直だと思います(不公正な取引方法としての不当廉売(独禁法2条9項3号)の場合は公正競争阻害性で足りるので、なおさらでしょう)。
ただ、「行使できないような『市場支配力』って、『市場支配力』とは呼べないのでは?(なので埋め合わせができない限り市場支配状態の形成・維持・強化がない、とみなす)」という議論はありうると思います。
この点、排除型私的独占ガイドラインの注22では、
「前記第2の2の「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」による排除行為については,行為者が取引対象商品の価格を引き上げたとしても,法令等に基づく規制や立地,技術,原材料調達等の諸条件による参入障壁が低いため有効な牽制力のある事業者が短期間のうちに参入することが現実的に見込める場合がある。このような場合には,当該行為が競争を実質的に制限するものであると判断されることはない。」
としています。
これを、「競争の実質的制限」=「市場支配状態の形成・維持・強化」という公式にあてはめると、
「有効な牽制力のある事業者が短期間のうちに参入することが現実的に見込める場合」には、「市場支配状態の形成・維持・強化」は起きていないと考える、
と読めます。
これは、埋め合わせ要件を日本流に言い換えたものとも言えますが、そもそも埋め合わせ要件というのは判例の「競争の実質的制限」の定義には出てこないのですから、無理して埋め合わせが必要か否かという形で議論をする必要は無く、判例の解釈にしたがって議論を整理すればよいのでしょう。
私はどちらかというと経済学から独禁法に入ったほうなので、立法論としては、実質的に消費者厚生を害する行為、状態は独禁法で是正すべきという考えに親近感を覚えるのですが、独禁法も法律である以上、条文の文言や、文言に対する判例の解釈を無視するわけにはいかないと思います。
とりわけ、実務家にはそのような態度が必要であろうと思います。実務家の創造力は、もっと別のところで発揮すべきでしょう。
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