Upward Pricing Pressure (UPP)について
米国水平合併ガイドライン案で採用されて話題のUpward Pricing Pressure (UPP、価格上昇圧力)についてメモしておきます。
UPPは、差別化された市場において合併がもたらす単独効果による価格上昇の程度を計る物差しになるものです。
差別化された市場では市場シェアが各社の市場支配力の目安になりにくいし、そもそもはっきりとした市場を画定しにくいので、市場画定せずに(シェアに頼らずに)反競争的効果を簡単に測れないか、という問題意識があります。
また、単独効果だけを考えているので、協調効果(合併を目の当たりにして合併当事会社以外の会社が戦略を変更することによる価格上昇等の効果)は無視しています。
UPPは、それ自体いろいろな定義の仕方があるようですが、商品Aと商品Bを販売するA社とB社の合併を念頭に、ごく単純なモデルに従えば、
UPPa=(Pb-Cb)Dab-θCa ・・・(1)
で表されます(UPPaは、商品AのUPPを表す)。
ただし、
Pb:合併前の商品Bの価格
Ca:合併前の商品Aの限界費用
Cb:合併前の商品Bの限界費用
Dab:合併前の商品Aから商品BへのDiversion Ratio (転換率→下で説明します。)
θ:商品Aについて生じる効率性(コスト低下)の程度を表す値
です。
UPP>0の時には、その合併は価格を上昇させる圧力が生じるので反競争的であり、UPP<0の時にはその合併は問題ない、ということになります。
ここでDiversion Ratio (転換率。D)というのは、商品Aの値上げにより商品Aの売上が落ちたうちの何%が商品Bに流れるか、を示すもので、
Dab=(εab/εa)・(Qb/Qa) ・・・(2)
です(計算方法は下に書きます)。
但し、
εab:商品Bの商品A価格に対する交差弾力性
εa:商品Aの自己弾力性
Qa:商品Aの販売数量
Qb:商品Bの販売数量
商品Aと商品Bが合併前に同じ数売れていた(対称的)だったとすると(Qa=Qb)、より単純に、
Dab=εab/εa
となります。
UPPの構成要素のうち、2項目の
θCa
は、効率性を表すのでとりあえず無視して(笑)、1項目の、
(Pb-Cb)Dab
の部分については、ちょっと意味を考えてみても良いと思います。
要するにこれは、
「商品Bのマージン(=Pb-Cb)が大きいほど、商品Aの価格を上げるインセンティブが高まる(商品Bにお客が流れると大きなマージンを稼げるので)」
「商品Aから商品BへのDiversion Ratioが大きいほど、商品Aの価格を上げるインセンティブが高まる(商品Aで失ったお客の大部分を商品Bでキャッチできるので)」
ということを言っています。実は常識的ですね。
通常のマーケットシェア中心の分析(HHIなど)だと、合併後の市場の寡占度が大きいか小さいかで反競争性を測定するので、マージンは関係ありませんが、UPPによる分析だと、マージンが極めて大きい場合には、シェアが小さくてHHIでは問題ないケースでも、問題有りとされることが生じ得ます。逆に、マージンが極めて小さい業界では、仮に合併後のシェアが大きくなっても問題ない、という結論になりがちです。
(この辺りは、Elizabeth K. Leonard他 "Merger Screens: Market-Share Based Approaches and 'Upward Pricing Pressure' "が分かりやすく説明しています)。
マージンが小さい業界ではシェアが大きくなっても反競争性はない、というのは示唆的で、シェアは大きいけれどカツカツで過剰設備にあえぐ(どちらかというと衰退市場の)日本企業の合併の際に使えないか、と考えてみたりします。
ただ、このUPPですが、その企業結合審査への適用の有用性については経済学者の間でもいろいろと議論があるらしく、少なくとも日本の実務においてこの分析手法が流行る可能性はあまり高くないような気がします。
例えば、UPPの定義から明らかですが、効率性のない(θ=0)合併の場合、商品Aと商品Bが代替財なら常にUPP>0ということになり、実質的に、違法性を推定している(つまり、立証責任を当事会社に負わせている)に等しい、と批判されます。
また、UPPが大きいからといって、最終的な値上げ幅が大きいとは限らない(最終的な値上げ幅は需要関数の形に依存するが、目の前の坂が急である(=UPPが大きい)からといって、山が高い(=値上げが大きい)ことを意味するわけではない)、と批判されたりします(Schmalensee, "Should New Meger Guidelines Give UPP Market Definition?")。
以下、参考までに、Diversion Ratioの計算方法を記しておきます(ただ、エコノミストの人たちは様々なモデルで様々な定義をするので、そもそもこれが絶対に1つの定義というわけでもありません。あくまでも雰囲気だけどうぞ)。
定義より、
D=ΔQb/ΔQa ・・・(3)
(ただし、ΔQbは、商品Aの価格上昇により増えた商品Bの販売数量。ΔQaは、商品Aの価格上昇により減った商品Aの販売数量。)
商品Aの自己弾力性の定義より、
εa=(ΔQa/Qa)÷(ΔPa/Pa)
∴ ΔQa=εa・ΔPa・(Qa/Pa) ・・・(4)
商品Bの商品Aに対する交差弾力性の定義より、
εab=(ΔQb/Qb)÷(ΔPa/Pa)
∴ ΔQb=εab・ΔPa・(Qb/Pa) ・・・(5)
(3)に(4)と(5)を代入すると、
D={εa・ΔPa・(Qa/Pa)}÷{εab・ΔPa・(Qb/Pa)}=(εab/εa)・(Qb/Qa) ■
なお、UPPの計算方法については、
Elizabeth K. Leonard他 "Merger Screens: Market-Share Based Approaches and 'Upward Pricing Pressure' "
が分かりやすいです。グーグルですぐ見つかります。
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