吸収分割の届出義務者
企業結合の届出義務者は、企業結合の形態(株式取得か、事業譲渡か、会社分割か等々)によって微妙に異なりややこしいのですが、今回は、吸収分割の場合について述べておきます。
結論からいうと、吸収分割の届出義務者は条文(分割会社が義務者)と実務の運用(分割会社も承継会社も義務者)が異なっているので、要注意です。
吸収分割の届出義務(独禁法15条の2第3項)では、
「会社は、吸収分割をしようとする場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、公正取引委員会規則で定めるところにより、あらかじめ当該吸収分割に関する計画を公正取引委員会に届け出なければならない・・・。 」
とされています。
ここで、届出義務を負うのは、15条の2第3項の冒頭の「会社」です。
そして、その「会社」が、「吸収分割をしようとする」とする場合に、届出義務が必要になる、とされています。
ところで、吸収分割を「しようとする」、あるいは「する」といった場合、その主語は、誰なのでしょうか。
A社が、その事業の1つのa事業をB社に吸収分割させる場合、A社を「吸収分割会社」(会社法758条1号)と呼び、B社を「吸収分割承継会社」(会社法757条)と呼びます。長いので、以下ではA社を「分割会社」、B社を「承継会社」と呼びます。
以下、この例を念頭に、独禁法15条の2第3項の届出義務者である、「吸収分割をしようとする」「会社」というのはA社かB社か、あるいはその両方か、を考えてみます。
独禁法には「吸収分割」の定義がないので、「吸収分割」の定義は、少なくとも日本の会社の場合、会社法に従うことになると考えられます(外国会社の場合、多分、「吸収分割」に相当するものは「吸収分割」と扱われるのでしょう)。
そこで、会社法2条29号では、
「二十九 吸収分割 株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいう。 」
とされています。
つまり、吸収分割の主語は、他の会社に権利義務を承継させる「株式会社又は合同会社」です。上記の例でいえば、分割会社たるA社ということになります。
したがって、独禁法15条の2第3項の「吸収分割をしようとする」会社というのは、「権利義務を承継させる」ことを「しようとする」会社、ですから、分割会社たるA社ということになります。
つまり、吸収分割の届出義務者は、分割会社たるA社だけ(B社は義務者ではない)ということになります。
なお、白石「独占禁止法(第2版)」p352にも、旧法下での解説ではありますが、吸収分割の届出義務者は分割会社(A社)である旨の記述があります。
以上が、15条の2第3項の正しい解釈だと思います。
ところが、公取委の届出書の書式は、分割会社(上記の例ではA社)も承継会社(B社)も届出義務者であることを前提にしています。
つまり、吸収分割に関する届出書の書式(様式10号)では、提出者が連名になっており、
「1(1)届出会社に関する事項の概要」
のところでも、
「(甲)承継する会社」
「(乙)分割する会社」
と、会社分割の承継側と分割側の両方が届出義務があるかのような書きぶりになっています。
ちなみに、根岸編「注釈独占禁止法」p319では、旧法についての説明ですが、
「国内会社間の吸収分割について、以下の4つの場合に当事会社は届出義務を負う。」
とだけされていて、「当事会社」というのが分割会社のことなのか承継会社のことなのか、よく分からない記述になっています(たぶん、両方だという趣旨なのでしょう)。
しかし、前述のことからも明らかなように、この解釈は間違っていると思います。
ちなみに合併については、独禁法15条2項で、
「会社は、合併をしようとする場合において・・・届け出なければならない」
とされていて、「吸収合併」の定義は、会社法2条27号で、
「二十七 吸収合併 会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるものをいう。 」
とされており、主語の「会社」は、存続会社か消滅会社かを問わない書きぶりになっており、しかも、承継させる「もの(=合併)」と締めくくっている定義であるため、存続会社も消滅会社も、合併を「する」会社である、といえます(新設合併も同様です)。
したがって、独禁法15条2項の、合併を「しようとする」会社というのは、消滅会社と存続会社の両方を指す、といえます。
このように、会社法での些細な定義の違いのために、独禁法では合併と吸収分割で大違い、ということになってしまっています。
会社法では「合併」と「吸収分割」の主語について厳密に使い分けがされていて、例えば会社法155条(自己株式の取得)では、自己株取得が許される場合として、
「十一 合併後消滅する会社から当該株式会社の株式を承継する場合 」
「十二 吸収分割をする会社から当該株式会社の株式を承継する場合 」
とされていて、合併の場合は「消滅する会社」というように、合併を「する」というだけでは消滅会社か存続会社か決まらないことを前提にした書きぶりになっているのに対して、吸収分割の場合には、たんに「吸収分割をする会社」とするだけで分割会社を指す書きぶりになっています(この条文では、自己株を取得する会社が承継会社になるわけです)。
以上のように、現在の公取委の運用は、条文に反するものとなっています。条文を読んでアドバイスしても(しかも白石独禁法まで調べてアドバイスしても!)、結果的に運用と異なるアドバイスになってしまいますので、注意が必要です。
ちなみに、私自身は、現在の独禁法のほうがおかしいと思います。吸収分割では、分割会社も承継会社も承継対象事業に対する支配権を有するので、両方に届け出義務を負わせるのが立法論的には妥当でしょう。
ですので、現在の公取委の運用は、法律には反しているものの、結論的には妥当なところだと思います。
結論が妥当なので誰も声高に文句を言わないのでしょうけれど、届出義務違反には刑事罰もあることですから、この辺はきちんと立法的手当をしておいた方が良いと思います。
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