優越的地位濫用と特殊指定と下請法の関係
平成21年改正で、それまで旧一般指定14項に定められていた優越的地位の濫用が、ほとんどそっくりそのまま法律に格上げされました(独禁法2条9項5号)。
(なお、旧一般指定14項(優越的地位濫用)のうち、5号の役員選任への干渉だけは、新一般指定13項に引き継がれていますが、実例も乏しく、実務上はほとんど無視して問題ないです。)
そのため、現在の一般指定には、優越的地位の濫用に関する規定が無くなっています(14項の役員選任への不当干渉を除く)。
しかし、優越的地位濫用っぽい違反行為を、独禁法2条9項6号(取引上の地位の不当利用)に基づいて定めた、いわゆる特殊指定といわれるものが3つあります。
具体的には、
「新聞業における特定の不公正な取引方法」(「新聞業特殊指定」)
「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」(「物流業特殊指定」)
「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」(「大規模小売業特殊指定」)
の3つです。
さらに、優越的地位の濫用については、独禁法の特別法ということで、下請法があります。
それでは、独禁法2条9項5号の優越的地位濫用(以下、「5号濫用」といいます)と、特殊指定と、下請法の相互の適用関係はどうなるのでしょうか。
1つの行為が、これら3つの規定のうち2つ以上に該当しそうな場合、どれか1つの規定だけが適用されるのか、2つ以上の規定が重畳的に適用されるのか、という問題です。
5号濫用(で、かつ継続的にするもの)だと課徴金がかかるので(独禁法20条の6)、これらの適用関係は重要です。
まず、条文で比較的はっきりしている5号濫用と下請法との関係から片づけましょう。
たとえば代金の不当な減額などは、条文の文言からは、下請法4条1項3号にも独禁法2条9項5号にも該当しそうです。
5号濫用と下請法との関係については、下請法8条で、
「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 (昭和二十二年法律第五十四号)第二十条 〔排除措置命令〕及び第二十条の六 〔5号濫用の課徴金〕の規定は、公正取引委員会が前条第一項から第三項までの規定による勧告をした場合において、親事業者がその勧告に従つたときに限り、親事業者のその勧告に係る行為については、適用しない。」
とされています。
ですので、ある行為が下請法にも5号濫用にも該当しそうな場合には、下請法が優先適用される、と考えて良さそうです(下請法>5号濫用)。
もちろん、違反者が公取委の勧告に従わなかった場合には、独禁法(20条・20条の6)が適用されることは、下請法8条の文言から明らかです。
下請法8条の文言からは、公取委が敢えて下請法の勧告をせずにいきなり5号濫用として摘発することもあり得なくはないように読めますが(なお、下請法7条に、「・・・勧告するものとする」とあり「勧告することができる」ではないのだから勧告は義務的だ、という議論は、ちょっと無理でしょう)、実際にはあり得ないでしょう。
では次に、5号濫用と特殊指定との関係はどうでしょうか。
例えば、大規模小売業者が納入業者に不当な値引きを強いたら、文言上は、5号濫用にも、大規模小売業特殊指定2項にも該当しそうです。
この点に関しては、優越的地位濫用ガイドライン案(まだ、「案」ですが)に、
「独占禁止法第2条第9項第5号に該当する優越的地位の濫用に対しては,同号の規定だけを適用すれば足りるので,当該行為に独占禁止法第2条第9項第6号の規定により指定する優越的地位の濫用の規定が適用されることはない。」
とされています。
つまり、5号濫用が、独禁法2条9項6号の規定により指定する特殊指定に優先する、ということです(5号濫用>特殊指定)。
5号濫用は法律で直接定められているという点で特殊指定より格上なのだし、5号濫用(で継続的なもの)には課徴金もかかるので、5号濫用を優先適用するという公取委の解釈で妥当なのでしょう(特殊指定だけが適用されると、そのために課徴金を免れてしまうというおかしな結果になります)。
理論的には、優越的地位濫用ガイドラインの文言は、特殊指定の適用が論理必然的に排除されるということまでをいっているのではなくて、論理的には適用可能だけれど執行はしませんよ、と言っている、と捉えるべきですが、それが一番正しい独禁法の解釈だと思います。
この点、平成21年改正前は、おそらく特別法は一般法に優先するというおおらかな発想で、一般指定と特殊指定の両方が適用可能な場合には特殊指定が適用されると説明されたりしたのですが(例えば、「注釈独占禁止法」p487)、5号濫用なら課徴金がかかる改正後は、そういう解釈は成り立たないでしょう。
では最後に、特殊指定と下請法との関係はどうでしょうか。
・・・と考えたところで、特殊指定と下請法が重畳適用されそうな場合って、そもそも考えにくいですね。
下請法の守備範囲は、製造委託+修理委託+情報成果物作成委託+役務提供委託(=製造委託等)、ですが、新聞業特殊指定で優越的地位濫用に関係するのは同指定3項のいわゆる「押し紙」(新聞社が販売業者に発注以上に無理矢理新聞を買わせること)だけですので、「製造委託等」には関係なさそうです。
次に、大規模小売業特殊指定の「大規模小売業者」が「納入業者」に「製造委託等」をするということも、普通はなさそうです。通常、大規模小売業者と納入業者との間の契約関係は、たんなる売買契約か、委託販売だからです。
最後に、物流業特殊指定に至っては、「特定荷主」の定義から、役務提供委託が明示的に除外されています。
なので、特殊指定と下請法との関係については、あまり具体的に考えても意味はないのかもしれませんが、下請法8条の規定によれば、
下請法>特殊指定
といえるのでしょう。
以上、まとめると、
①下請法
↓(下請法8条)
②5号濫用
↓(優越的地位ガイドライン案)
③特殊指定
という優先順位になります。
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