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2010年7月25日 (日)

平成21年独禁法改正の評価

平成21年改正独禁法が施行されて半年以上が経ちました。

この改正に対して歴史的評価を下すにはまだ早過ぎるとは思いますが、私なりに思うところを記しておきます。

今回の改正を評価するには、歴史の流れの中での位置づけと、国際的な独禁法の中での日本の独禁法の位置付けという、2つの視点が有益であろうと思います。

まず、今回の改正により排除型私的独占と主要な不公正な取引方法に課徴金が導入されたことで、不当な取引制限に課徴金が導入された当時の不当利得の剥奪という性格がますます弱まり、より一層制裁的な性格が強まったと言えます。

例えば私的独占であれば、対象売上の6%の課徴金がかかるわけですが、独占的な企業の売上のうち6%が不当な利得だという根拠はまったくありません。

経済学の理論では、独占企業は超過利潤を獲得できるということになっており、公取委担当官によれば、6%というのは、「独占的あるいは寡占的な構造を持つ市場における市場占有率上位企業の売上利益率を参考に」したそうですが(藤井他編著「逐条解説平成21年改正独占禁止法」)、これだと、独占企業の超過利潤すべてを課徴金で没収するのに等しくなります。

しかし、独占企業というのは、企業努力に基づく優れた製品によって超過利潤を得ていることもあるのであり(もしそれが理想論だとしても、少なくとも適法な参入障壁に守られて超過利潤を上げていることもあるのであり)、一部に他者排除行為があったからといって超過利潤のすべてを没収するというのは、もやは不当利得の剥奪とは言えず、完全に制裁です。

では制裁であってはいけないのか、というとそういうわけではなく、欧州委員会が極めて高額の制裁金を課しているのと比べれば、日本でも同じくらい課せてもよいではないか、という気がします。

ただ、歴史的には不当利得の剥奪である(制裁ではない)ということで課徴金が始まったため、今回の改正でも制裁色を弱めるために、公取委に裁量のない、機械的に課徴金額が決まる方式が維持されたということなのでしょう。

でも、裁量あり→制裁、裁量無し→制裁ではない、という図式そのものが果たして合理的なのかよく分からないところであり、平成21年改正を機会に、少なくとも私的独占については公取委の裁量型の制裁金にしても良かったのではないかと思います。

次に、今回の改正で、私的独占と法定の不公正な取引方法、法定の不公正な取引方法と一般指定の不公正な取引方法の区別をしなければならなくなりました。

とくに、私的独占だと一発で6%の課徴金がかかるので、私的独占と法定の不公正な取引方法の区別は重要です。

しかし、突き詰めると私的独占と不公正な取引方法の違いは、競争の実質的制限と公正競争阻害性の違い、もっと簡単に言うと、競争を損なう程度の差なので、判断が微妙なケースが当然に出てくるはずです。

日本の私的独占については、世界的のいわゆる単独行為規制と同等のものであるという信仰があり、世界では単独行為規制の対象になるのは独占的な企業(シェアの大きい企業。国により4割~6割)に限られていることから、日本でも同じような絞りがかかるのだという解釈がありました。

しかし、私的独占の対象を独占的な企業に限るという解釈(なんといっても、私的「独占」ですから・・・)には、条文上の根拠がありません。

それでも私的独占を単独行為規制と同等のものだと言い張るべく、排除型私的独占ガイドラインで、おおむねシェア5割以上の場合を優先的に摘発する、とされたわけです(外国の弁護士に説明するときには、私的独占は単独行為規制だという説明に有権的な根拠ができたので、説明は楽になりました)。

では、公取委が今後すべての案件で競争の実質的制限と公正競争阻害性の違いを精査し、競争の実質的制限に至っていれば私的独占で摘発するか、というと、(文言上はその方が正しい運用ですが)そのようなことはまず起こらないだろうと思います。

なぜなら、公取委にも多くの実務家の頭の中にも、

私的独占=欧米の単独行為規制

という発想が色濃くあるからです。

つまり、今後も、私的独占として摘発されるのは、米国と欧州で単独行為規制として議論されているのと同じような案件に限られるであろうと予想されます。

例えば、略奪的廉売は欧米では立派な単独行為規制ですが、日本では、一地方のガソリンスタンドの値引き競争のような事案では、文言上は私的独占に当たるといえそうな場合であっても、不公正な取引方法に落ち着くのではないか、と予想されます。

このように、一方では日本の独禁法をグローバル・スタンダードに近付けようという発想があるにもかかわらず、他方で不公正な取引方法という低い反競争性の行為類型を残した(さらにその中で課徴金がかかるものとかからないものを分けた!)ために、日本独自の議論にエネルギーを費やさないといけなくなった、ということが言えると思います。

優越的地位濫用の課徴金の額については、例えばセブンイレブンの例で言えば、弁当分のロイヤリティだけが算定基礎になるのか、喜んで弁当を廃棄していた加盟店への売上も算定基礎になるのか等々、解釈論上はいろいろ難しい問題があるのですが、違反企業としては、一生懸命争っても大して金額が減らないのであれば、弁護士費用との兼ね合いで、あっさり公取委の算定額を認めてしまうことが多くなるかもしれません。

さて、ほとんど抜け殻のようになってしまった一般指定ですが(笑)、こちらはまさに抜け殻で、法的処分が行われることはますます少なくなり、せいぜい警告か注意止まり、ということになるのではないでしょうか。

・・・という視点で改めて一般指定を見てみたのですが、抱き合わせ(10項)や排他条件付き取引(11項)がそっくり一般指定に残っている(法律に格上げされていない)のに、排除型私的独占ガイドラインでは私的独占の典型例みたいに紹介されていて、どうもバランスが悪いですね。序の口から十両を飛び越えていきなり幕内に昇進する感じですね。

最後に、企業結合規制については、グループ単位での国内売上高を基準に届出要件を整理し、きわめてまっとうなものになりました。

ただ細かいところを見ていくと色々な解釈論上の問題があり、このブログのネタとして大いに活用させて頂いているところです(笑)。

実は改正法について最も質問を受けることが多いのが企業結合規制です。

というより、私的独占と不公正な取引方法の区別とか、法定の不公正な取引方法と一般指定のそれの区別とかは、実務的には大した問題ではなく、10年くらい経ってから今回の改正を振り返っても、「何だか無用にややこしい改正だったねぇ」という評価になるような気がします。

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