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2010年7月

2010年7月30日 (金)

グループ会社の株式を買い増す場合の注意点

某社のセミナーで質問を受けてなるほどなと思ったことがありましたので、若干アレンジしてご説明します。

問題意識は、50%未満の議決権比率の子会社(実質基準のため)の株式をグループ外から買い増して50%超になる場合には、国内売上高が二重にカウントされるのではないか、という点です。

例えば、P社がS社の議決権を49%保有しているけれど、役員を送り込んでいたり等といった理由で、実質基準によりP社がS社の親会社である、という場合を考えます。

この場合に、S社の別の株主(グループ外)から、2%の株式をP社が譲り受ける場合を考えます。

もし、S社の株式をP社グループの中で右から左に譲渡するだけなら、P社グループ全体でのS社に対する議決権比率は変わらないので株式取得の届出は不要ですが、グループの外から株式を取得するので、S社に対する持株比率が増え、株式取得の届出が必要になります。

つまり、S社はP社グループの一員ですが、今回の外部からの株式取得により、P社グループ全体(P社とS社。実際に設例でS社の株を持っているのはP社のみ)でのS社株式の保有比率が49%から51%に増えるので、株式取得の届出が必要になります(売上要件を満たすことが前提)。

そこで売上要件の検討が必要ですが、例えば、S社の国内売上高が300億円、P社の国内売上高が1億円、という場合を考えてみましょう。

株式取得届出の売上要件の1つめは、取得者グループ全体(「企業結合集団」)の国内売上高(「国内売上高合計額」)が200億円超、というものです(独禁法10条2項)。

そこで本件では、P社グループの国内売上高なので、P社1億円とS社300億円を合わせて、301億円ということになります。

次の売上要件は、ターゲットの国内売上高が50億円超、というものです。

本件では、ターゲットであるS社の国内売上高は300億円なので、この要件は満たします。

・・・と考えると、S社の売上(300億円)が、P社グループの売上(取得側の売上要件)としてと、S社単体(ターゲットの売上要件)としてとで、二重にカウントされているように見えます。

何だかおかしな気がしますね。でも条文上はやむを得ないと思います。

買う側200億、買われる側50億、というように、買う側にも買われる側にも一定の売上規模を要求している趣旨からすれば、同じ売上を2度カウントするのはバランスが悪いように思いますが、かといって、絶対におかしいともいえないように思います。

例えば、二重カウントがおかしいというのであれば、S社の売上300億円を、ターゲットの売上として51億円、買収グループの売上として249億円、と割り振れば、届出の要件を満たすわけですし。

なので、二重カウントを解消する立法措置を取るとしても、どこかで線を引かなければならないわけで、しかも線を引いた結果それでも届出が必要になるということもあるわけですから、形式的に二重カウントであることだけを捉えて不当だというのも、ちょっと違う気がします(不当は不当だが、それほど大きな不当ではない)。

そもそもなぜこういう問題が生じるのかといえば、届出の要件は議決権比率20%または50%、と形式的なパーセンテージで区切っているのに、企業結合集団の範囲は実質基準で区切っているからです。

もし、株式取得のパーセンテージを50%ではななく、「実質的に支配を取得したときには届出を要する」とすれば、このような齟齬はなくなるのでしょう。なぜなら、本説例では、既にP社はS社の実質的な支配を取得済みだからです。

2010年7月29日 (木)

ライバルの反対する合併

独禁法の企業結合の世界では、

①合併当事者のライバルが反対する合併は、競争的な良い合併、

②合併当事会社の顧客が反対する合併は、反競争的な悪い合併、

ということが言われることがあります(確か、シカゴ学派のEasterbrookかStiglerか誰かがそんなことを言っていたような記憶です)。

②は分かりやすいですが、①の理屈も実は単純で、

ライバルが反対するのは、合併によって効率的な企業ができてライバルが困るからに違いない(なので消費者にとっては良い合併だ)

ということです。

逆に、ライバルが賛成する合併というのは、なぜ賛成するのかを考えると、合併後の企業が市場支配力を持って値段を上げると考えているから賛成するのだろう(その値上げに便乗して自分も値段を上げしようと考えているのだろう)、という理屈です。

要するに、ライバルは、合併によって効率的な企業が誕生するなら脅威を感じて反対するし、効率的ではなく単に市場支配力のある企業が誕生するなら(値上げを脅威に感じるはずもないので)賛成する、ということです。

もちろん企業結合審査は関係者の反対や賛成だけで決まるほど単純なものではないですし、ひょっとしたら、ライバルが消費者の利益を慮って善意から反対してくれる、ということもあるかもしれません。

しかし、一つの目安として、分かりやすい目の付け所ではないかと思います。

なので、私などは、ライバルが声高に合併反対を唱えてくれると、「これはきっと競争的な合併なんだろうなぁ」と、公取委のクリアランスを取る立場からすると、安心したりします。

逆に、ライバルが合併反対のキャンペーンを張る場合には、このような考え方もあることを念頭において、充分に反対の理屈を考え抜いた上で慎重にやる必要があると思います。

そうでないと、消費者や当局から冷めた目で見られかねません。

2010年7月27日 (火)

ソフトウェアのライセンスと再販売価格維持

ソフトウェアメーカーが、ソフトウェアの小売価格を拘束したら、再販売価格拘束(独禁法2条9項4号イ)に該当するでしょうか。

当然該当するように思われますし、実際そのとおりなのですが、その理由は少し考えておいてよいと思います。

まず、著作物には再販売価格維持を認める例外規定というのがありますが(独禁法23条4項)、そこでいう「著作物」は、新聞、書籍、雑誌、レコード盤、音楽用テープ、音楽用CDに限られる、と解するのが公取委の取扱いです。

そのような取扱いに文言上の根拠があるのかはさておき、公取委の取扱いを前提とする限り、コンピューターのソフトウェアをCDロムに焼いたものは、著作物には該当しないといわざるを得ません。

ですので、ソフトウェアは、著作権法上の著作物には該当するにもかかわらず、独禁法23条4項の適用除外規定では救われない、ということになります。

しかし、よく考えてみると、ソフトウェアの購入代金というのは、法律的にはソフトを焼いたCDロムという有体物の売買代金ではなく、ソフトウェアのライセンス料(ロイヤリティ)ではないのでしょうか。

とすれば、ソフトウェアの再販売価格を拘束する行為というのは、単に、ソフトウェアメーカーがユーザーとの間でロイヤリティを決めているに過ぎない、とみることはできないでしょうか。

著作権者であるソフトウェアメーカーが、自己の著作物のライセンス料を決めることができるのは、民法上は当然のように思われます(というより、ソフトウェアメーカーが決めなければ誰が決めればよいのでしょうか)。

しかし、リアルの店舗で普通に箱に入ってソフトウェアが売っている場合は、代金の民法的性質はさておき、やはり再販売価格維持に該当するというべきでしょう。

法的性質を突き詰めればあくまでライセンス料なのですが、独禁法の評価としては、物の代金だと構成してもおかしくないと思います。

というのは、再販売価格維持を禁じる独禁法の趣旨というのは、物が流通網を流れていく中で、各流通段階で競争が働くことにより、末端の価格が維持されるのを防ごうということにあるのですから、物が流れてそこに競争が働くと期待される状況にある限り(あるいは独禁法上競争が働くべきとの評価がなされる場合である限り)、ユーザーが支払う代金の性質が有体物の対価であるのかソフトウェアの使用料であるのかは、再販売価格維持の成否にとって関係ないと思われるのです。

つまり、箱に入っていかにも物のように売られていて、小売店という流通網を用いている以上、再販売価格維持の文脈では、物の販売であると考えてよいように思うのです。

ただ、いろいろなケースを考えてみると、判断が微妙な場合が出てくるかもしれません。

パソコンのソフトウェアは、取扱説明書とともに箱に入って店頭で売られているのが通常なので、いかにも物の売買のような感じがしますが、これが、本当にCDロムだけを売っている場合はどうでしょうか(やっぱり「物」の売買でしょうかね)。

あるいは、小売店では、代金を払ってソフトウェアをダウンロードするためのパスワードを教えてもらう(あるいは、パスワードを書いた紙切れをもらう)だけで、後でメーカーのサイトからダウンロードするような場合はどうでしょうか。

あるいは、ソフトウェアメーカーのサイトとは別の、仮想店舗のサイトからソフトをダウンロードして購入するような場合、その代金というのは、ますますソフトウェアのライセンス料(+仮想店舗のマージン)という性格のものに見えてこないでしょうか。

結論からいえば、以上の例ではいずれも、ソフトウェアメーカーが代金を決めれば再販売価格維持に該当するというべきでしょう。

第三者を販売チャンネルとして使っている以上、そのチャンネルの中での競争を阻害してはいけないというのが独禁法の趣旨だと思うのです。

そもそも著作物の再販制度というのは、著作物の価値がその情報自体にあって有体物の価値ではないということと、微妙にずれているので、突き詰めて考えるとよく分からないところがあります。

昔、刑法の判例で、電気も支配可能性があるから物だというのがありましたが、ソフトウェアをダウンロードするのは電気信号を受け取るだけなので、この刑法と同じ理屈というわけにはいかないでしょう。

また、独禁法の「物」の評価が刑法と同じである必然性もないでしょう。

ソフトウェアのライセンスは「商品」ではなく「役務」ではないのか、という整理も可能かもしれませんが(実際、役務の価格を拘束した20世紀フォックス事件というのもあります)、そうすると、23条の再販制度で救われそうなものまで救われなくなってしまいそうです。

例えば、電子書籍の価格を拘束するのは、23条で救われるのでしょうか。

つまり、キンドルやiPadのユーザーが電子書籍をダウンロードできる値段を出版社が決めたら、再販売価格維持で違法になるか、という問題です。

解釈論としては多分23条では救われないと思うし、政策論としてもそれで良いと思います。

このように、23条4項の著作物再販制度については、いろいろ考えてみると、情報が有体物にくっついて流通していた時代の発想では解決できない問題がいろいろありそうです。

2010年7月25日 (日)

平成21年独禁法改正の評価

平成21年改正独禁法が施行されて半年以上が経ちました。

この改正に対して歴史的評価を下すにはまだ早過ぎるとは思いますが、私なりに思うところを記しておきます。

今回の改正を評価するには、歴史の流れの中での位置づけと、国際的な独禁法の中での日本の独禁法の位置付けという、2つの視点が有益であろうと思います。

まず、今回の改正により排除型私的独占と主要な不公正な取引方法に課徴金が導入されたことで、不当な取引制限に課徴金が導入された当時の不当利得の剥奪という性格がますます弱まり、より一層制裁的な性格が強まったと言えます。

例えば私的独占であれば、対象売上の6%の課徴金がかかるわけですが、独占的な企業の売上のうち6%が不当な利得だという根拠はまったくありません。

経済学の理論では、独占企業は超過利潤を獲得できるということになっており、公取委担当官によれば、6%というのは、「独占的あるいは寡占的な構造を持つ市場における市場占有率上位企業の売上利益率を参考に」したそうですが(藤井他編著「逐条解説平成21年改正独占禁止法」)、これだと、独占企業の超過利潤すべてを課徴金で没収するのに等しくなります。

しかし、独占企業というのは、企業努力に基づく優れた製品によって超過利潤を得ていることもあるのであり(もしそれが理想論だとしても、少なくとも適法な参入障壁に守られて超過利潤を上げていることもあるのであり)、一部に他者排除行為があったからといって超過利潤のすべてを没収するというのは、もやは不当利得の剥奪とは言えず、完全に制裁です。

では制裁であってはいけないのか、というとそういうわけではなく、欧州委員会が極めて高額の制裁金を課しているのと比べれば、日本でも同じくらい課せてもよいではないか、という気がします。

ただ、歴史的には不当利得の剥奪である(制裁ではない)ということで課徴金が始まったため、今回の改正でも制裁色を弱めるために、公取委に裁量のない、機械的に課徴金額が決まる方式が維持されたということなのでしょう。

でも、裁量あり→制裁、裁量無し→制裁ではない、という図式そのものが果たして合理的なのかよく分からないところであり、平成21年改正を機会に、少なくとも私的独占については公取委の裁量型の制裁金にしても良かったのではないかと思います。

次に、今回の改正で、私的独占と法定の不公正な取引方法、法定の不公正な取引方法と一般指定の不公正な取引方法の区別をしなければならなくなりました。

とくに、私的独占だと一発で6%の課徴金がかかるので、私的独占と法定の不公正な取引方法の区別は重要です。

しかし、突き詰めると私的独占と不公正な取引方法の違いは、競争の実質的制限と公正競争阻害性の違い、もっと簡単に言うと、競争を損なう程度の差なので、判断が微妙なケースが当然に出てくるはずです。

日本の私的独占については、世界的のいわゆる単独行為規制と同等のものであるという信仰があり、世界では単独行為規制の対象になるのは独占的な企業(シェアの大きい企業。国により4割~6割)に限られていることから、日本でも同じような絞りがかかるのだという解釈がありました。

しかし、私的独占の対象を独占的な企業に限るという解釈(なんといっても、私的「独占」ですから・・・)には、条文上の根拠がありません。

それでも私的独占を単独行為規制と同等のものだと言い張るべく、排除型私的独占ガイドラインで、おおむねシェア5割以上の場合を優先的に摘発する、とされたわけです(外国の弁護士に説明するときには、私的独占は単独行為規制だという説明に有権的な根拠ができたので、説明は楽になりました)。

では、公取委が今後すべての案件で競争の実質的制限と公正競争阻害性の違いを精査し、競争の実質的制限に至っていれば私的独占で摘発するか、というと、(文言上はその方が正しい運用ですが)そのようなことはまず起こらないだろうと思います。

なぜなら、公取委にも多くの実務家の頭の中にも、

私的独占=欧米の単独行為規制

という発想が色濃くあるからです。

つまり、今後も、私的独占として摘発されるのは、米国と欧州で単独行為規制として議論されているのと同じような案件に限られるであろうと予想されます。

例えば、略奪的廉売は欧米では立派な単独行為規制ですが、日本では、一地方のガソリンスタンドの値引き競争のような事案では、文言上は私的独占に当たるといえそうな場合であっても、不公正な取引方法に落ち着くのではないか、と予想されます。

このように、一方では日本の独禁法をグローバル・スタンダードに近付けようという発想があるにもかかわらず、他方で不公正な取引方法という低い反競争性の行為類型を残した(さらにその中で課徴金がかかるものとかからないものを分けた!)ために、日本独自の議論にエネルギーを費やさないといけなくなった、ということが言えると思います。

優越的地位濫用の課徴金の額については、例えばセブンイレブンの例で言えば、弁当分のロイヤリティだけが算定基礎になるのか、喜んで弁当を廃棄していた加盟店への売上も算定基礎になるのか等々、解釈論上はいろいろ難しい問題があるのですが、違反企業としては、一生懸命争っても大して金額が減らないのであれば、弁護士費用との兼ね合いで、あっさり公取委の算定額を認めてしまうことが多くなるかもしれません。

さて、ほとんど抜け殻のようになってしまった一般指定ですが(笑)、こちらはまさに抜け殻で、法的処分が行われることはますます少なくなり、せいぜい警告か注意止まり、ということになるのではないでしょうか。

・・・という視点で改めて一般指定を見てみたのですが、抱き合わせ(10項)や排他条件付き取引(11項)がそっくり一般指定に残っている(法律に格上げされていない)のに、排除型私的独占ガイドラインでは私的独占の典型例みたいに紹介されていて、どうもバランスが悪いですね。序の口から十両を飛び越えていきなり幕内に昇進する感じですね。

最後に、企業結合規制については、グループ単位での国内売上高を基準に届出要件を整理し、きわめてまっとうなものになりました。

ただ細かいところを見ていくと色々な解釈論上の問題があり、このブログのネタとして大いに活用させて頂いているところです(笑)。

実は改正法について最も質問を受けることが多いのが企業結合規制です。

というより、私的独占と不公正な取引方法の区別とか、法定の不公正な取引方法と一般指定のそれの区別とかは、実務的には大した問題ではなく、10年くらい経ってから今回の改正を振り返っても、「何だか無用にややこしい改正だったねぇ」という評価になるような気がします。

2010年7月24日 (土)

優越的地位濫用と特殊指定と下請法の関係

平成21年改正で、それまで旧一般指定14項に定められていた優越的地位の濫用が、ほとんどそっくりそのまま法律に格上げされました(独禁法2条9項5号)。

(なお、旧一般指定14項(優越的地位濫用)のうち、5号の役員選任への干渉だけは、新一般指定13項に引き継がれていますが、実例も乏しく、実務上はほとんど無視して問題ないです。)

そのため、現在の一般指定には、優越的地位の濫用に関する規定が無くなっています(14項の役員選任への不当干渉を除く)。

しかし、優越的地位濫用っぽい違反行為を、独禁法2条9項6号(取引上の地位の不当利用)に基づいて定めた、いわゆる特殊指定といわれるものが3つあります。

具体的には、

「新聞業における特定の不公正な取引方法」(「新聞業特殊指定」)

「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」(「物流業特殊指定」)

「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」(「大規模小売業特殊指定」)

の3つです。

さらに、優越的地位の濫用については、独禁法の特別法ということで、下請法があります。

それでは、独禁法2条9項5号の優越的地位濫用(以下、「5号濫用」といいます)と、特殊指定と、下請法の相互の適用関係はどうなるのでしょうか。

1つの行為が、これら3つの規定のうち2つ以上に該当しそうな場合、どれか1つの規定だけが適用されるのか、2つ以上の規定が重畳的に適用されるのか、という問題です。

5号濫用(で、かつ継続的にするもの)だと課徴金がかかるので(独禁法20条の6)、これらの適用関係は重要です。

まず、条文で比較的はっきりしている5号濫用と下請法との関係から片づけましょう。

たとえば代金の不当な減額などは、条文の文言からは、下請法4条1項3号にも独禁法2条9項5号にも該当しそうです。

5号濫用と下請法との関係については、下請法8条で、

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 (昭和二十二年法律第五十四号)第二十条 〔排除措置命令〕及び第二十条の六 〔5号濫用の課徴金〕の規定は、公正取引委員会が前条第一項から第三項までの規定による勧告をした場合において、親事業者がその勧告に従つたときに限り、親事業者のその勧告に係る行為については、適用しない。」

とされています。

ですので、ある行為が下請法にも5号濫用にも該当しそうな場合には、下請法が優先適用される、と考えて良さそうです(下請法>5号濫用)。

もちろん、違反者が公取委の勧告に従わなかった場合には、独禁法(20条・20条の6)が適用されることは、下請法8条の文言から明らかです。

下請法8条の文言からは、公取委が敢えて下請法の勧告をせずにいきなり5号濫用として摘発することもあり得なくはないように読めますが(なお、下請法7条に、「・・・勧告するものとする」とあり「勧告することができる」ではないのだから勧告は義務的だ、という議論は、ちょっと無理でしょう)、実際にはあり得ないでしょう。

では次に、5号濫用と特殊指定との関係はどうでしょうか。

例えば、大規模小売業者が納入業者に不当な値引きを強いたら、文言上は、5号濫用にも、大規模小売業特殊指定2項にも該当しそうです。

この点に関しては、優越的地位濫用ガイドライン案(まだ、「案」ですが)に、

「独占禁止法第2条第9項第5号に該当する優越的地位の濫用に対しては,同号の規定だけを適用すれば足りるので,当該行為に独占禁止法第2条第9項第6号の規定により指定する優越的地位の濫用の規定が適用されることはない。」

とされています。

つまり、5号濫用が、独禁法2条9項6号の規定により指定する特殊指定に優先する、ということです(5号濫用>特殊指定)。

5号濫用は法律で直接定められているという点で特殊指定より格上なのだし、5号濫用(で継続的なもの)には課徴金もかかるので、5号濫用を優先適用するという公取委の解釈で妥当なのでしょう(特殊指定だけが適用されると、そのために課徴金を免れてしまうというおかしな結果になります)。

理論的には、優越的地位濫用ガイドラインの文言は、特殊指定の適用が論理必然的に排除されるということまでをいっているのではなくて、論理的には適用可能だけれど執行はしませんよ、と言っている、と捉えるべきですが、それが一番正しい独禁法の解釈だと思います。

この点、平成21年改正前は、おそらく特別法は一般法に優先するというおおらかな発想で、一般指定と特殊指定の両方が適用可能な場合には特殊指定が適用されると説明されたりしたのですが(例えば、「注釈独占禁止法」p487)、5号濫用なら課徴金がかかる改正後は、そういう解釈は成り立たないでしょう。

では最後に、特殊指定と下請法との関係はどうでしょうか。

・・・と考えたところで、特殊指定と下請法が重畳適用されそうな場合って、そもそも考えにくいですね。

下請法の守備範囲は、製造委託+修理委託+情報成果物作成委託+役務提供委託(=製造委託等)、ですが、新聞業特殊指定で優越的地位濫用に関係するのは同指定3項のいわゆる「押し紙」(新聞社が販売業者に発注以上に無理矢理新聞を買わせること)だけですので、「製造委託等」には関係なさそうです。

次に、大規模小売業特殊指定の「大規模小売業者」が「納入業者」に「製造委託等」をするということも、普通はなさそうです。通常、大規模小売業者と納入業者との間の契約関係は、たんなる売買契約か、委託販売だからです。

最後に、物流業特殊指定に至っては、「特定荷主」の定義から、役務提供委託が明示的に除外されています。

なので、特殊指定と下請法との関係については、あまり具体的に考えても意味はないのかもしれませんが、下請法8条の規定によれば、

下請法>特殊指定

といえるのでしょう。

以上、まとめると、

①下請法

  ↓(下請法8条)

②5号濫用

  ↓(優越的地位ガイドライン案)

③特殊指定

という優先順位になります。

2010年7月23日 (金)

不公正な取引方法における「不当に」と「正当な理由がないのに」

不公正な取引方法においては、「不当に」という枕詞がつくものと、「正当な理由がないのに」というのがつくものとがあります。

一般に、

「不当に」とあるのは、その行為があるだけでは違法とはいえず、個別的に公正競争阻害性を判断する必要があるもの、

「正当な理由がないのに」というのは、その行為があるだけで原則違法であるもの、

というようにいわれます。

さて、どうして「不当に」と「正当な理由がないのに」という言葉で、立証責任が転換されるという読み方ができるのか、とくに法律に馴染みの薄い人には分かりにくいと思うので、私なりに整理しておきます。

(なお、「正常な商慣習に照らして不当に」というのもありますが(優越的地位濫用に関する独禁法2条9項5号)、これは「不当」であるかどうかの判断のために正常な商慣習を参酌するということなので、今回は割愛します。)

「不当に○○すること」が「不公正な取引方法」に該当する、という場合、ただ「○○すること」だけでは「不公正な取引方法」に該当しない、というニュアンスがあります。

つまり、「○○」に、さらに加えて積極的に「不当」であることが満たされて初めて「不公正な取引方法」に該当する、というニュアンスです。

公取委が「○○」に加えて、「不当」も証明しないといけません。

なので、「○○すること」だけでは、違法とも適法とも判断できない、ということです。

(原則シロというニュアンスを込めて、白マルにしてみました。)

これに対して、「正当な理由がないのに●●すること」という類型は、「●●すること」だけで一応は違法であるとの推定が働くので、「●●」したにもかかわらず適法だというなら、適法だという側が、積極的に、「正当な理由」があることを立証しないといけない、というニュアンスです。

なので、「●●すること」だけで、原則違法となる、ということです。

(原則クロというニュアンスを込めて、黒マルにしてみました。)

以上の微妙なニュアンスの大前提として、

「事実は、その存在を主張する者が立証責任を負う」

裏返せば、

「事実が存在しないことの立証(消極的立証)責任は負わない」

という発想があると思われます。

なので、

「不当」(不当性が存在すること)

「正当な理由」

も、積極的事実として書き表されていると読み、

「不当」

については「不当」であることを主張する者が立証責任を負い、

「正当な理由」

については、

「正当な理由」が存在することを主張する方が、「正当な理由」の存在の立証責任を負う、

裏から言えば、

「正当な理由」が存在しないことを主張する方が不存在を立証するのではない、

ということです。

あえて数式風に表すと、

○○+「不当」=不公正な取引方法

●●≒不公正な取引方法(ただし「正当な理由」ある場合を除く。)

あるいは、

●●+「正当な理由」≠不公正な取引方法

という感じでしょうか。

不公正な取引方法が10点(あるいは10点以上だと違法)だとすると、

○○は、それだけではせいぜい5~6点くらいの悪さで、「不当」というプラス5点がないと10点に届かない、

●●は、それだけで20点ぐらい悪くて、「正当な理由」でマイナス15点くらいあると、違法でなくなる、

といえば、このニュアンスが伝わるでしょうか。

ただし、このような書き分けが法律に一般的なものかというと、そういうことはないと思います。

少なくとも私は、不公正な取引方法以外で、このような書き分けを見たことがありません。

例えば刑法では、条文で書かれているのは基本的にすべて悪いことなので、いちいち「正当な理由がないのに」などと書きません(それは、正当防衛などに、まとめて書かれます)。

もちろん、刑法は原則的に悪いことばかりなので、「不当に人を殺した者は・・・」などとも書きません(というか、書く必要もありません)。

このような刑法の例と比較すると、

①不公正な取引方法に挙げられている行為は、原則的に悪いといえないようなものも多いので、「不当に」と書く必要がある、

②不公正な取引方法の中でも特に原則的に悪いものは、(刑法と同じで)本来は「正当な理由がないのに」などと書く必要はない(一般規定や解釈に委ねてもよい)が、「不当に」と書いたのとの対比から、「正当な理由がないのに」と書いた、

と整理できるのではないかと思います。

いずれにしても、なかなかうまい書き分け方を考えたと思います。

2010年7月22日 (木)

【お知らせ】ビジネス法務9月号(シャッター・カルテル事件)

中央経済社の「ビジネス法務」の9月号に、

「課徴金減免申請と虚偽報告 シャッター・カルテル事件が導く企業のリニエンシー対応」

という記事を書きました。

もし興味を持たれた方は、書店で手に取って頂けますと嬉しいです。

既に書店には並んでいると思います。

わざわざリニエンシーの申請をしておきながら意図的に虚偽の報告をするというのもちょっと考えにくいところですが、きっと何か事情があったのでしょう。

実務では、外部からは窺い知れない事情(法律論とはまったく関係ない事情であることも多い)で事件の処理が左右されることも少なくありません。

今回は、リニエンシー適用を見送られた文化シヤッターが審判で争うようですから、注意して見守っていきたいと思います。

2010年7月20日 (火)

売手と買手の両方に市場支配力がある場合の価格決定

経済学の理論では、完全競争下では、価格は市場における需要と供給によって決まるとされます。

完全競争下では、無数の売主と買主が市場にいて、いずれの売主も買主も、市場価格に影響を与えることができません。

つまり、売主が市場価格よりも高い値段を付けると売上がゼロになるし、買主が市場価格よりも安く買おうとしても誰も売ってくれない、ということになります。

これに対して、売手側が独占的供給者の場合、自己の限界費用より高く売ることで利益を最大化できます。

そのような意味で、独占的供給者には市場支配力があると言われます。

そのちょど反対の意味で、独占的買主にも、市場支配力があるといえます。

いずれにせよ、これらのモデルでは、独占者の相手方には、市場支配力がまったくないことが前提とされています。

つまり、独占的売主の相手方たる買主は、それぞれが充分に小さくて、無数に存在する、と考えられているわけです。

このような前提では、市場における供給量は、独占的供給者の限界費用と限界収入が等しくなる点で決まり、価格も自動的にその1点に決まる、ということになります。

では、売手にも買手にも市場支配力がある場合、極端な例では、売手も買手も独占者である場合には、価格はどのようにきまるのでしょうか。

この場合、価格は、需要曲線(独占的需要者なので、その需要者の需要曲線)と供給曲線(独占的供給者なので、その供給者の供給曲線)との間で、交渉によって決まる、と考えられています。

交渉によって決まるので、交渉のテクニック次第で、売手側に有利にも、買手側に有利にも決まりうるわけです。

要するに、価格は理論では決まらない、ということですね。

ですので、売手側寡占市場で観察される価格がばらついている場合には、買手側にも市場支配力があるのではないか、ということを疑ってみる必要があります。

というより、価格のばらつきがあることを根拠に、買手側にも市場支配力があると主張し、「なので、売手側の市場支配力の反競争性が中和されている(なので売手側の合併は大した問題ではない)」という主張の裏付けとして使えるのではないか、と思われます。

ただし、この場合に注意すべきことは、実際の世の中では、売主買主双方に市場支配力があるために価格がばらつくというよりは、需要と供給そのものが変わる(需要曲線と供給曲線がシフトする)ために価格がばらつくことが多いでしょうから、「価格のばらつきは需給の変化によるものではないか」を常に問うていく必要があることです。

ですので、以上のような理屈を知っていても実務で使える場面は限られると思いますが、以上の理屈に論理的に明らかに反する主張が相手方や関係者から出てきた場合や、逆に、以上の理屈を鵜呑みにした主張が相手方から出てきたときの心の準備として、こういう議論も知っておいて良いと思います。

(実際、独禁法実務をやる上で経済学を学んでおくメリットは、こういう間違い探し的なものである場合がけっこう多いように思います。)

2010年7月16日 (金)

商社取引と下請法

公取委の下請法Q&AのQ2に、

「Q2 当社と外注取引先との取引について,商社が関与することとなった場合,下請事業者に該当するのは商社ですか,それとも外注取引先ですか。」

という質問があります。

公取委の回答は、

「① 商社が下請法上の親事業者に該当しない場合[。] 

商社が下請法の資本金区分を満たす発注者外注取引先の間に入って取引を行うが,

製造委託等の内容(製品仕様,下請事業者の選定,下請代金の額の決定等)に全く関与せず

事務手続の代行(注文書の取次ぎ,下請代金の請求,支払等)を行っているにすぎないような場合,

その商社は下請法上の親事業者とはなら

発注者が親事業者,外注取引先が下請事業者となります。

したがって,親事業者は商社と外注取引先との間の取引内容を確認し,下請法上の問題が生じないように商社を指導する必要があります。」

「② 商社が下請法上の親事業者又は下請事業者に該当する場合[。]

商社が製造委託等の内容に関与している場合には,

発注者が商社に対して製造委託等をしていることとなり,

発注者商社の間で下請法の資本金区分を満たす場合には,商社が下請事業者となります。

また,商社外注取引先の間で下請法の資本金区分を満たす場合には,

当該取引において商社が事業者となり,外注取引先が下請事業者となります。」

というものです。

この回答内容はちょっと分かりにくいのですが、要するに言いたいことは、

(1)商社が製造委託等の内容に関与しない(≒単なる事務代行)ときは、発注者-外注先の関係で下請法の適用が問題になる(資本金額を見るのは、発注者と外注先)。

(2)商社が製造委託等の内容に関与するときは、発注者-商社、商社-外注先、の両方の関係で下請法の適用が問題になる(資本金額は、発注者-商社、商社-外注先、の両方をみる)。

ということでしょう。

さて、以上は下請法の解釈として妥当でしょうか。

まず、(1)の場合(商社が委託の内容に関与しない場合)についてみてみましょう。

(1)の理屈は、要するに、商社が委託の内容に関与しない場合はたんなる事務代行なので、発注者と外注先との間に直接製造委託等がなされたとみなす、ということだと思います。

取引の実質を正面から捉えたものとして、結論としては妥当でしょう。

文言解釈としては、「親事業者」の定義が、

「・・・〔下請事業者〕に対し製造委託等・・・をするもの」(下請法2条7項1号)

となっていることから、親事業者と下請事業者との間に直接の委託関係(契約関係)がなければならないのではないか、という異論もありえますが、形式的には発注者と外注先との間に契約がなくても、実質的に見て、発注者から外注先に委託がなされたとみても、それほど大きく文言を外れた解釈とはいえないと思います。

実務上注意すべき点としては、

①間に商社が介在しても、外注業者との間に直接、親事業者-下請事業者の関係が生じることがある、

②なので、商社を介在させるときも、外注業者の資本金額は確認しておく必要がある、

③(当たり前ですが)書面交付等の下請法上の義務は、商社ではなく発注者が負う、

というあたりでしょうか。

次に、(2)の場合(商社が内容に関与する場合)をみてみましょう。

(2)の理屈を端的に言えば、商社が委託の内容に関与する場合は、商社も下請法との関係で当事者性がある(親事業者、または下請事業者になりうる)ものとして扱う、ということだと思います。

こちらの方は、まさに条文が文言どおり適用される場合ですし、結論も妥当なので、問題ないでしょう。

敢えて理屈を言えば、商社が「関与」するか否かで、外注業者との関係で親事業者になるか否かが決まるというのは納得できるのですが(「関与」すれば外注業者に「委託」をした、と解釈できるので)、商社が「関与」するか否かで、発注者との関係で下請事業者になるか否かが決まるというのは、やや腑に落ちないものがあります。

なぜなら、下請事業者は、委託を「受けるもの」(下請法2条8項1号など)であれば足りるので、委託の内容に「関与」しなくても、発注者から委託を「受け」たといえれば、下請事業者になりうるように思われるからです(「受け」たかどうかは、委託内容に「関与」したかどうかとは別問題でしょう)。

なので、商社が発注者との関係では下請事業者に該当するけれども、外注先との関係では親事業者に該当しない、ということも、理屈の上では、あっておかしくないと思います。

(ただ、Q&Aの「関与」というのはとても広いので、実際には、委託の内容に関与はしたけれど外注先に委託はしていない、というような事態はほとんど生じないのでしょう。後述。)

やや注意すべきは、商社が何をすれば「関与」したことになるのか、です。

上記公取委Q&Aでは、製造委託等の内容として、

「(製品仕様,下請事業者の選定,下請代金の額の決定等)」

が例示されています。

このように、「関与」の範囲はとても広いです。

商社が製品仕様の決定をするということはあまり無いのかも知れませんが、ここでの「決定」には、商社が単独で決める場合だけでなく、発注者と共同で(話し合いながら)決める場合も含まれるのでしょう。

商社が下請事業者の選定をすることは、それなりにあるかも知れませんね。

商社が下請代金の額の決定をすることも、それなりにあるでしょう(発注者から受注した金額に口銭を上乗せするという決め方の場合も「下請代金の額の決定」をしたことになると思われます)。

このように考えると、商社が親事業者になる可能性はそれなりに高いといえそうです。

悩ましいのは、「関与」の限界がはっきりしないために、外注先との関係で、発注者が親事業者になるのか、商社が親事業者になるのか、はっきりしない、という場合が生じそうなことです。

商社が親事業者になるときは、(資本金要件を満たす限り)例えば発注者が商社に3条書面を交付し、商社が外注先に3条書面を交付する、ということになります。

商社が親事業者でないときは、発注者が外注先に3条書面を交付することになります。

なので、はっきりしないときは、商社は、念のために外注先に3条書面を交付すればいいのですが、発注者は、念のため、商社と外注先の両方に3条書面を交付する、ということになります。

ただ、商社と外注先の両方に3条書面を交付するというのはいかにも変な感じがしますし、商社というのが下請事業者として保護すべきかはかなり疑問なので(外注先が保護されれば充分なので、商社が外注先との関係で親事業者に該当するといえれば充分)、商社が委託内容に「関与」してるかどうかはっきりしないときでも、発注者と商社の両方が外注先に3条書面を交付しておけば、まずまず問題はないと思います(商社に3条書面を交付しなくても、あまり大きな問題はない)。

2010年7月15日 (木)

「競争減殺」と「競争回避」と「競争停止」と「競争排除」

独禁法に限らず法律の世界には、言葉の印象からその内容がすぐにイメージしにくく、しかも一見すると似ていて区別がつきにくい用語が少なくないのですが、今回は、標題の4つの用語についてまとめておきます。

1.「競争減殺」

競争を減らすこと(最も広い意味で)。

「競争減殺」=競争変数が左右されうる状態(白石教授の整理)。

「競争減殺」が生じるパターンとしては、

ライバルが手を組む(あるいはライバルに手を組ませる)方法と、

ライバルを市場から追い出す(あるいは入ってこないようにする)方法

がある。

手を組む(あるいは組ませる)のが、「競争回避」。

追い出すのが、「競争(者)排除」。

「競争減殺」は、不公正な取引方法の中で、不正手段型(欺まん的顧客誘因など)でも優越的地位濫用でもないものを議論する際に、競争の実質的制限よりも程度の低い反競争性を意味して用いられることが多い。

裏から言えば、競争減殺がなくても、不正手段か優越的地位濫用があれば、公正競争阻害性ありとなる、というのがポイント。

2.「競争回避」

ライバル間で互いに競争を避けること。あるいは、ライバル同士に競争を避けさせること。

値段も品質もほどほどに、みんなで共存共栄を図ること。

入札談合などは、競争回避の典型(ヨコの関係)。

本来価格などで競争すべき複数の販売店を、メーカーが拘束して、同じ値段で販売させるようにすれば、再販売価格維持で、「競争回避」となる(ヨコの関係)。

このように、「競争回避」には、ヨコの関係も、タテの関係もある。

2’.「競争停止」(collusion)

「競争停止」=「競争回避」

3.「競争(者)排除」(exclusion)

「競争者排除」=他者排除

ライバルを市場から追い出すこと。

4.まとめ

まとめると、

「競争減殺」=「競争回避」+「競争(者)排除」

ちなみに、私は、意見書を書いたりとかの仕事でこれらの用語を使うことはほとんどありません。

専門家同士で議論するときには便利かもしれませんが、意見書を読むのは独禁法に詳しくない人であることが多く、内輪でしか通じない言葉を定義もしないで使うのは非常に不親切だと思うからです。

他の弁護士が書いた意見書にこういう言葉が出てくるのを見ると、「どっかの基本書からパクッてきたのでは?」と不安になります。

2010年7月14日 (水)

下請法の「トンネル会社規制」について

下請法に、いわゆるトンネル会社規制というものがあります(下請法2条9項)。

下請法の適用範囲は親事業者と下請事業者の資本金額で形式的に決まります。

例えば、発注者の資本金3億超なら、下請業者の資本金は3億以下の場合に、下請法が適用されます(「親事業者」、「下請事業者」の定義に関する下請法2条7項1号、同条8項1号参照)。

そのため、親事業者に該当しないような小さな資本金の会社を間に挟むことで下請法の適用を免れようとする企業が出てくるかも知れません。

例えば、本来の発注者(A社)の資本金が10億円、下請(B社)の資本金が3億円とすると、A社がB社に直接発注すれば下請法が適用されますが(下請法2条7項1号、8項1号)、A社とB社の間に、資本金1億円のa社を挟むと、a社とB社との間に下請法は適用されないことになります。

そのような脱法的な行為を禁止するとされるのが、トンネル会社規制です。

では、具体的に条文をみてみましょう。

下請法2条9項では、

「資本金の額又は出資の総額が千万円を超える法人たる事業者〔=A社〕から役員の任免、業務の執行又は存立について支配を受け、かつ、その事業者から製造委託等を受ける法人たる事業者〔=a社〕

その製造委託等に係る製造、修理、作成又は提供の行為の全部又は相当部分について再委託をする場合・・・において、

再委託を受ける事業者〔=B社〕が、役員の任免、業務の執行又は存立について支配をし、かつ、製造委託等をする当該事業者〔=A社〕から直接製造委託等を受けるものとすれば前項各号〔=下請事業者〕のいずれかに該当することとなる事業者であるときは、この法律の適用については、再委託をする事業者〔=a社〕は親事業者と、再委託を受ける事業者〔=B社〕は下請事業者とみなす」

とされています。

要するに、

①A社がa社を支配し、

②A社がa社に製造委託等をし、

③a社が②の製造委託の全部または相当部分をB社に再委託する、

場合には、a社を親事業者、B社を下請事業者とみなして、下請法が適用される、ということです(もちろん、A社とB社に下請法が適用されるような資本金の大小関係があることが前提。例えば、A社が3億円超なら、B社は3億円未満)。

ただ、このトンネル会社規制は、帯に短したすきに長し、といいますか、実際に適用される場面が「トンネル会社規制」というネーミングからイメージされるのと少しずれています。

つまり、「トンネル会社規制」というと、いかにもダミーの会社を挟んで脱法行為をするような印象を受けますが、必ずしもそうではありません。a社が普通の事業会社であっても、トンネル会社規制は適用されます。

また、a社からB社への再委託は、A社の指示に基づくものである必要はなく、a社の独自の判断で再委託に出した場合でも、トンネル会社規制は適用されます(というより、条文上は、a社が自己の判断で再委託をする場合を想定しているといえます)。

逆に、資本金3億円を超える親会社を持つと常に資本金3億円以下の下請業者に発注するときには下請法が適用されるのかというと、そこまでは徹底されていなくて、親会社(A社)から受けた製造委託等の全部または相当部分をトンネル会社(a社)が再委託に出した場合にだけ、適用されます。

つまり、たとえa社のB社に対する製造委託等がA社の指示に基づくものであっても、A社からa社への製造委託等が存在しない限り、トンネル会社規制は適用されません。

ここで、「B社へ製造委託せよ」とのA社のa社に対する指示をもって、A社のa社に対する製造委託であると擬制する(よって、a社からB社への製造委託は、再委託である)という考えもあり得ますが、解釈論としては難しいと思います。

しかし、立法論としては、このようなケースこそまさにB社を保護すべきであって、A社からa社に委託があったか否かはB社の保護にとって関係ないというべきです。

また、トンネル会社規制は支配会社からの委託の再委託という限られた場面にのみ適用されるため、例えばa社が資本金1000万円以下の会社で下請法なんて普段気にしたこともない、というような場合だと、うっかりトンネル会社規制を見落とすことが起こりえます。

ほかにいくつか気になる点を記しておきます。

まず、2条9項冒頭の

「(支配する会社が)資本金の額又は出資の総額が千万円を超える」

という部分は、条文としては余分だと思います。この部分がなくても、結局トンネル会社規制が適用されるのは、2条7項(親事業者の定義)と8項(下請事業者の定義)の要件を満たすときに限られ、2条7項では親事業者は必ず資本金1000万円超だからです。

それから、2条9項のかっこ書きは、

「(第七項第一号又は第二号に該当する者がそれぞれ前項第一号又は第二号に該当する者に対し製造委託等をする場合及び第七項第三号又は第四号に該当する者がそれぞれ前項第三号又は第四号に該当する者に対し情報成果物作成委託又は役務提供委託をする場合を除く。)」

というものですが、ちょっと分かりにくいですね。

ここでいう、

「第七項第一号又は第二号に該当する者」

が、トンネル会社(a社)を想定しています。

つまり、a社とB社の資本金の大小関係から元々a社B社間に下請法が適用される場合には、2条9項のトンネル会社規制は適用されない、といっています。

元々下請法が適用される場合なのだから重ねてトンネル会社規制は適用されない、といっているだけなのですが、読みにくいですね。「第七項第一号又は第二号に該当する者」というのをA社のことと勘違いすると、わけが分からなくなります。

それから、トンネル会社規制によって親事業者とみなされるのは、あくまでトンネル会社であるa社です。A社ではありません。

トンネル会社規制の目的はA社による脱法を防ぐことにあるのですから、A社に何らかの法的義務を負わせても良いように思いますが、現在の法律ではそうはなっていません。

「支配」の意義については、公取委の「下請取引適正化推進講習会テキスト」では、

「例えば、親会社の議決権が過半数の場合、常勤役員の過半数が親会社の関係者である場合又は実質的に役員の任免が親会社に支配されている場合」

が、支配の例として挙げられています。

また、どの程度の再委託であれば「相当部分」になるのかといえば、同テキストでは、

「例えば、親会社から受けた委託の額又は量の50%以上を再委託・・・している場合」

としています。「例えば」なので、あくまで例示です。

親会社から100個の製造の委託を受けて60個を再委託する場合が「相当部分」の例として説明されたりします。

ただ条文の文言上は、必ずしも数量的な一部を再委託する場合だけでなく、質的な一部、例えば全体として大きな装置の製造委託の一部のユニットの製造を委託する場合でも、再委託に該当するのではないかと思います。その場合、金額ベースで「相当部分」かどうかを決めるのでしょう。

なお、質的な一部の再委託もトンネル会社規制に含まれるといっても、例えばA社からa社への委託が製造委託でa社からB社への再委託が修理委託、というような場面は想定されていないというべきでしょう。

なぜなら、製造委託か、修理委託か、情報成果物作成委託か、役務提供委託か、によって、親事業者・下請業者の資本金要件に差があるため、当初委託と再委託との間で委託の類型が違うと、「Aが直接Bに委託をすれば親事業者・下請業者の関係になる場合」という基準に合理性がなくなってしまうように思われるからです。

2010年7月12日 (月)

立入調査後も私的独占が継続された場合の課徴金

以前このブログで、

「私的独占が立入調査後も継続された場合には、課徴金が立入調査後の違反行為に対しても積み上がっていくのではないか、しかも、平成21年改正法施行前に立入がなされた場合でも、施行後の違反期間については課徴金がかかるのではないか」

ということを書いたことがありました

その後、「立入調査後も私的独占が継続された場合には、むしろ、課徴金の額が計算できなくなるのではないか」という意見を聞きました。

つまりこういうことです。

排除型私的独占の課徴金の算定期間は、

「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間」

とされています(独禁法7条の2第4項)。

ところが、立入調査後も違反行為をやめなかった場合には、「当該行為がなくなる日」というのが存在しないので、課徴金が算定できないのではないか、ということです。

確かにそうですね。

でもだからといって課徴金がゼロになるというのも収まりが悪いですね。

ではどうすれば良いのでしょうか。

公取委側の対応として考えられるのは、まず排除措置命令を出して違反行為を止めさせてから、その後に、課徴金納付命令を出す、ということでしょう。

確定排除措置命令に違反すると刑罰が科されますから、いくら課徴金の額が算定できなくなるメリットがあるとはいっても、そのために刑罰を科されるリスクを犯す企業は無いでしょう。

しかし、それで一件落着かというと、話はそんなに単純ではないと思います。

つまり、企業としては、違反行為を敢えて継続することによって、課徴金の額を減らすことが可能になってしまいます。

つまり、立入調査の日に違反行為をやめてしまうと、その日から遡って3年間の売上に課徴金がかかるわけですが、違反行為を継続しながら取引の量を減らしていけば、課徴金の額はどんどん減っていくことになります。

排除型私的独占と対象売上とは、不当な取引制限の場合と違って、必ずしも密接にリンクしないので、例えば、ある市場で排除型私的独占を続けながら、その市場での売上を3年間ゼロにする、ということも可能であり、そうすれば、課徴金をゼロにすることができることになります。

実は同様のことは、カルテルや談合でも可能なのですが、カルテルや談合のように明らかに悪いと分かっている行為については、さすがにどの企業も立入調査後は違反行為をやめるし、まして、違反行為が立入調査後も継続しているなどと進んで主張することは考えられません。

しかし、私的独占の場合には、違法と適法の限界が微妙で、立入調査後も当該行為を継続する(しかも、適法だと信じて)ということが起こりえます。

形式的に違反行為を継続しながら争って、その間、売上を意図的に落として課徴金逃れをするというのは、如何にも脱法的な臭いがしますが、現行法ではやむを得ない結論ではないかという気がします。

なお、カルテルや入札談合の場合にも、露骨に違反行為を延々と続けるというまでには至らなくても、違反企業が違反行為の終了時点を若干遅らせるインセンティブがある、という問題はありました。

例えば、入札談合をやめようかどうしようか迷っている企業が、3年弱前に大きな工事を受注していたとします。

そうすると、今すぐ談合をやめると、遡って3年内の売上にその大きな工事の売上が含まれてしまうので課徴金が大きくなるけれども、談合をやめるのを少し待てば、当該売上が課徴金算定の対象にならない、ということになります。

このような場合、その企業にしてみれあ、「じゃ、違反行為をやめるのはもう少し待ってみるか」ということになります。

とはいえ、課徴金の算定方法は明確である必要があるので、算定期間の末日を公取委が自由に選べるというのも、何かと具合が悪いような気がします。

難しい問題ですが、明確性を期すためには、算定期間に入るか入らないかぎりぎりの売上は誤差の範囲内だと割り切るしかないのでしょう。

2010年7月11日 (日)

プロ野球ニュースの放映時間調整とカルテル

今回は頭の体操ですので、軽くお読みください。

最近はあまりテレビを観ないので分からないのですが、以前は、夜スポーツニュースを見るのが日課で、阪神タイガースが勝った夜などは、民放各局で順番にスポーツコーナーをはしごしたものでした。

そのときに気づいたのですが、プロ野球のコーナーは、必ず各局で時間が少しずつずれていました。

なので、全部のチャンネルで阪神の勝ちゲームをダイジェストで見られたりしました。しかも、ほとんど連続して。

さて、この場合にもし、各テレビ局が話し合って放送時間をちょっとずつずらしていたとしたら(話し合っていたかどうかは知りませんが)、カルテル(不当な取引制限)にならないのでしょうか。

独禁法も法律ですから、何はなくとも条文からスタートです。不当な取引制限とは、

「事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう」

と定義されています(独禁法2条6項)。

長々と書いていますが、要するに、事業活動を相互に拘束し、かつ、競争を実質的に制限すると、不当な取引制限になる、と読めます。

スポーツコーナーの時間を決めることは、「事業活動」の内容の1つであることは間違いないので、お互いに約束して時間を決めることは、事業活動の相互拘束になりそうです。

さらに判例では、「公共の利益に反して」というのはきわめて限定的に解釈されているので、スポーツコーナーの時間をずらしても公共の利益に反しないので独禁法違反ではない、とは言いにくそうです(というより、この程度の問題に公共の福祉論を大上段に持ち出すのは、少々気恥ずかしいものがあります)。

そうすると、競争の実質的制限がない、ということなのでしょうか?

よく分からなくなってきたので、基本に戻りましょう。

まずは市場画定です。そして市場画定は需用者の画定から始まります。

ではこのケースでの需用者とは誰でしょうか。ひとまず、「スポーツニュースを見たい視聴者」としておきましょう(実は地上波のテレビ番組の場合、視聴者はお金を払っていないので、視聴者が需要者といっていいのか、という問題がありますが、今回は頭の体操ですので割愛します。結論としては、視聴者が需要者でよいと思います)。

とすると、そのような「スポーツニュースを見たい視聴者」を奪い合いことこそが、ここでのテレビ局の競争のはずです。

とすれば、真っ向から同じ時間帯にぶつけて、他局よりも面白い番組を作って視聴者を奪う、というのが本来の競争ではないのでしょうか。

それを、あえて同じ時間を避けるように話し合うというのは、競争を制限していることにはならないのでしょうか。

・・・と考えると、カルテルになりそうな気もしますね。

でも、結論としては、カルテルにならないと考えます。理屈は以下のとおりです。

独禁法上の競争とは、より良いものをより安く提供する競争です。能率競争と呼ばれたりします。

より安く提供するというのは、裏を返せば、(値段が同じであれば)よりたくさんの物を提供する、ということだとも言えます(ミクロ経済学の需要曲線が右下がりであることを思い出して下さい)。

とすると、よりたくさんの物を供給する合意は、むしろ競争促進的であると言えると思います。

そこで本説例に戻りますと、仮に、スポーツ番組の時間帯が各局同じだと、視聴者は1つの番組しか見ることができないので(ビデオ録画は無視します)、市場における供給量(この場合は、スポーツ番組を何人の視聴者が見たか)は、むしろ減ってしまうことになります。

これに対して、各社合意して時間をずらすことは、市場における供給量(スポーツ番組を何人の人が見たか)を増やすことになる、といえそうです。

先ほど、「時間調整をすると、より良い番組を作って視聴者を奪い合う競争がなくなるのではないか」といいましたが、必ずしもそうとはいえません。

私のように、各チャンネルをはしごするような人は全チャンネルを見ることになるのですが、自分の一番お気に入りのチャンネルだけを見る、という人も世の中には多いと思います。

そうすると、放送時間の調整をしても、「より良い番組をつくる」というインセンティブは、損なわれていない、といえると思います。

別の整理の仕方をするとこういうことです。

夜のニュース番組は、視聴者が仕事から帰って寝るまでの僅かな時間を奪い合って視聴率を競い合っています。

視聴者の側から見れば、ある番組を見たくても、その時間がなければ見ることはできません。

なので、ある番組を視聴する(消費する)ためには、その番組が放送されているだけでなく、見る時間があることが必要です。

つまり、「番組の放送」という財と、「時間」という財とが補完財の関係に立ち、両者相俟って、「番組視聴」という消費活動が成り立つ、といえます。

とすると、夜のスポーツ番組の放送時間の調整は、「サラリーマンが家に帰ってから寝るまでの時間」という補完財が有限であることを前提に、スポーツ番組という商品の供給量を最大限にするための取り組みではないか、と思うのです。

(一般的には、「時間」というのは、その時間を何に使うのかという意味で、機会損失という観点から経済モデルの中に組み入れられるのだと思いますが、「家に帰ってから寝るまでの時間」という特定の限られた時間が競争に与える影響を考えるときには、「時間」を消費行為の補完財と考えるのも面白い発想ではないかと思います。)

以上のように考えると、放送時間の調整は、これによって価格上昇の可能性(市場支配力の形成の可能性)が大きいとか小さいとかいう以前の問題として、そももそ競争制限的な合意ではない、むしろ競争促進的な合意である、といえます。したがって、「競争を実質的に制限すること」にはならない、といえると思います。

(テレビ放送の場合、電波が有限だ(よって新規参入ができない)といった観点からも興味深い分析ができそうですが、今回は割愛しました。)

そうえば少し以前、ある民放の社長さんだったと思いますが、

「大晦日に紅白の裏で各局がそろって格闘技を中継するというのもいかがなものか。少し話し合った方が良いのではないか」

ということを言っていたような記憶がありますが、これなどはどうなのでしょうね。

私は、話し合っても独禁法には反しないと思いますが、みなさんいかがでしょうか。

判例や審判ばかり勉強していると頭が固くなるので、たまにはこういうやわらかい問題を考えてみるのもよいかもしれません。きっと答えも1つではないと思います。

ロースクールの試験で、こういうのがなぜ独禁法違反にならないのかを説明させると、理解度が分かってよいかもしれません。

2010年7月 9日 (金)

Upward Pricing Pressure (UPP)について

米国水平合併ガイドライン案で採用されて話題のUpward Pricing Pressure (UPP、価格上昇圧力)についてメモしておきます。

UPPは、差別化された市場において合併がもたらす単独効果による価格上昇の程度を計る物差しになるものです。

差別化された市場では市場シェアが各社の市場支配力の目安になりにくいし、そもそもはっきりとした市場を画定しにくいので、市場画定せずに(シェアに頼らずに)反競争的効果を簡単に測れないか、という問題意識があります。

また、単独効果だけを考えているので、協調効果(合併を目の当たりにして合併当事会社以外の会社が戦略を変更することによる価格上昇等の効果)は無視しています。

UPPは、それ自体いろいろな定義の仕方があるようですが、商品Aと商品Bを販売するA社とB社の合併を念頭に、ごく単純なモデルに従えば、

UPPa=(Pb-Cb)Dab-θCa ・・・(1)

で表されます(UPPaは、商品AのUPPを表す)。

ただし、

Pb:合併前の商品Bの価格

Ca:合併前の商品Aの限界費用

Cb:合併前の商品Bの限界費用

Dab:合併前の商品Aから商品BへのDiversion Ratio (転換率→下で説明します。)

θ:商品Aについて生じる効率性(コスト低下)の程度を表す値

です。

UPP>0の時には、その合併は価格を上昇させる圧力が生じるので反競争的であり、UPP<0の時にはその合併は問題ない、ということになります。

ここでDiversion Ratio (転換率。D)というのは、商品Aの値上げにより商品Aの売上が落ちたうちの何%が商品Bに流れるか、を示すもので、

Dab=(εab/εa)・(Qb/Qa) ・・・(2)

です(計算方法は下に書きます)。

但し、

εab:商品Bの商品A価格に対する交差弾力性

εa:商品Aの自己弾力性

Qa:商品Aの販売数量

Qb:商品Bの販売数量

商品Aと商品Bが合併前に同じ数売れていた(対称的)だったとすると(Qa=Qb)、より単純に、

Dab=εab/εa

となります。

UPPの構成要素のうち、2項目の

θCa

は、効率性を表すのでとりあえず無視して(笑)、1項目の、

(Pb-Cb)Dab

の部分については、ちょっと意味を考えてみても良いと思います。

要するにこれは、

「商品Bのマージン(=Pb-Cb)が大きいほど、商品Aの価格を上げるインセンティブが高まる(商品Bにお客が流れると大きなマージンを稼げるので)」

「商品Aから商品BへのDiversion Ratioが大きいほど、商品Aの価格を上げるインセンティブが高まる(商品Aで失ったお客の大部分を商品Bでキャッチできるので)」

ということを言っています。実は常識的ですね。

通常のマーケットシェア中心の分析(HHIなど)だと、合併後の市場の寡占度が大きいか小さいかで反競争性を測定するので、マージンは関係ありませんが、UPPによる分析だと、マージンが極めて大きい場合には、シェアが小さくてHHIでは問題ないケースでも、問題有りとされることが生じ得ます。逆に、マージンが極めて小さい業界では、仮に合併後のシェアが大きくなっても問題ない、という結論になりがちです。

(この辺りは、Elizabeth K. Leonard他 "Merger Screens: Market-Share Based Approaches and 'Upward Pricing Pressure' "が分かりやすく説明しています)。

マージンが小さい業界ではシェアが大きくなっても反競争性はない、というのは示唆的で、シェアは大きいけれどカツカツで過剰設備にあえぐ(どちらかというと衰退市場の)日本企業の合併の際に使えないか、と考えてみたりします。

ただ、このUPPですが、その企業結合審査への適用の有用性については経済学者の間でもいろいろと議論があるらしく、少なくとも日本の実務においてこの分析手法が流行る可能性はあまり高くないような気がします。

例えば、UPPの定義から明らかですが、効率性のない(θ=0)合併の場合、商品Aと商品Bが代替財なら常にUPP>0ということになり、実質的に、違法性を推定している(つまり、立証責任を当事会社に負わせている)に等しい、と批判されます。

また、UPPが大きいからといって、最終的な値上げ幅が大きいとは限らない(最終的な値上げ幅は需要関数の形に依存するが、目の前の坂が急である(=UPPが大きい)からといって、山が高い(=値上げが大きい)ことを意味するわけではない)、と批判されたりします(Schmalensee, "Should New Meger Guidelines Give UPP Market Definition?")。

以下、参考までに、Diversion Ratioの計算方法を記しておきます(ただ、エコノミストの人たちは様々なモデルで様々な定義をするので、そもそもこれが絶対に1つの定義というわけでもありません。あくまでも雰囲気だけどうぞ)。

定義より、

D=ΔQb/ΔQa ・・・(3)

(ただし、ΔQbは、商品Aの価格上昇により増えた商品Bの販売数量。ΔQaは、商品Aの価格上昇により減った商品Aの販売数量。)

商品Aの自己弾力性の定義より、

εa=(ΔQa/Qa)÷(ΔPa/Pa)

∴ ΔQa=εa・ΔPa・(Qa/Pa) ・・・(4)

商品Bの商品Aに対する交差弾力性の定義より、

εab=(ΔQb/Qb)÷(ΔPa/Pa)

∴ ΔQb=εab・ΔPa・(Qb/Pa) ・・・(5)

(3)に(4)と(5)を代入すると、

D={εa・ΔPa・(Qa/Pa)}÷{εab・ΔPa・(Qb/Pa)}=(εab/εa)・(Qb/Qa) ■

なお、UPPの計算方法については、

Elizabeth K. Leonard他 "Merger Screens: Market-Share Based Approaches and 'Upward Pricing Pressure' "

が分かりやすいです。グーグルですぐ見つかります。

2010年7月 8日 (木)

平成21年度相談事例集

昨日、公取委のホームページに「独占禁止法に関する相談事例集(平成21年度)」が掲載されました。

いくつか興味の湧いた点を記しておきます。

【事例1 システム製品の販売業者による不当廉売】

この事例では、システム製品販売業者である相談者が、官公庁のシステム製品自体の発注に先立ち、当該システム製品の調査・研究業務を終えていたところ、当該調査研究業務とほぼ同じ内容の調査研究業務の入札があったので、既に終えていた業務のコストを含めないで入札しても不当廉売にならないかが問題となり、公取委は問題になりうると回答しています。

そもそも相談者が当該入札前に行った調査・研究業務は、市場調査から官公庁が同様の調査・研究業務の入札を行うであろうことが明らかになったために行われたものであり、いわば発注前に将来の発注を見越して製造に取りかかっていたようなものであり、当該業務提供のコストに含まれることは明らかであり、妥当な結論と思われます。

本件で悩ましいのは、回答でも述べられているように、将来複数の発注者からの発注が見込まれる場合には、

合理的な回収見込みに基づいて官公庁Y向けに配賦された額が、本件入札における可変的性質を持つ費用となる」

としている点です。

似たような業務の発注が複数見込まれる場合には、1つの発注あたりに割り当てるコストは見込まれる発注数で割って良い、ということです。

例えば調査研究業務のコストが100万円として、4社から発注が見込まれる場合、1社あたりのコストは100万÷4=25万円でよい、ということです。

でも、何社から受注が見込まれるのかをどのように合理的に立証するのか、悩ましいですね。

もし調査研究業務だけで採算に乗せる必要があるなら各社シビアに受注見込みを検討するでしょうが、本件のような調査研究業務というのは、何となくですが、その後のシステム製品の受注で元が取れればいい、という類の役務ではないか、という気がします。

そうすると、そもそも調査研究業務だけでの採算性なんてそんなにシビアに予測しないのが通常ではないかと想像され、後から公取委に「調査研究業務単体で合理的な回収見込みはあったのですか?」と聞かれて答えに窮することが出てきそうです。

それと、本件では、調査研究業務の発注があるであろうことが明らかになってから、将来発注が見込まれるのとほぼ同内容の業務を行ったということで、先行業務と将来の入札の結び付きが明らかですが、特定の入札を目指して行ったのか、将来の一般的な受注を目指して先行投資として行ったのか、微妙な場合も出てきそうです。

特定の受注を目指した業務ではない、とした方が、その業務のコストが将来の受注のコストにカウントされなくなるので、不当廉売が成立しにくくなります。

【事例2 代理店の再販売価格の拘束】

メーカーがユーザーと直接交渉して決めた値段で代理店に納入させることは再販売価格維持には該当しない、という回答です。

実はこの手の質問を受けることは非常に多いので、相談事例集に載せる意義は大きいと思いました。

【事例3 特許製品の研究開発禁止】

医薬品メーカーが自社の特許製品の非独占販売権を他の医薬品メーカーに付与する際に、相手方に対して契約期間中と終了後5年間競合品の研究開発を禁じることは独禁法違反のおそれがあるとした事例です。

本件では、「新たに開発された医薬品」、つまり競合品がないということで、違反となることに余り争いがない事案と思われます。

ただ、本当に微妙なケースでは、

①相手方がなぜそのような条項を受け入れるのか(商品に市場支配力があるのか、そもそも開発する気がいないのか)、

②そのような制限を認めないと特許権者が他社に販売権やライセンスを付与しなくなるのではないか、

をよく考えてみる必要があると思います。

【事例5 納入業者からのシステム利用料の徴収】

大規模小売業特殊指定の適用される販売業者が、受発注業務のオンライン化をするにあたり、納入業者からシステム利用料を徴収することが独禁法上問題ないとされた事例です。

違反しない理由として、

①納入業者にも事務コスト削減というメリットがある、

②データ送受信料に応じた従量課金制である、

③システム利用に必要な機器は無償貸与される、

④システム利用を希望しない納入業者は引き続き紙伝票の処理を行うことができる、

という点が挙げられています。

この中では、①(納入業者へのメリット)と④(強制でないこと)が本質的でしょう。

②(従量課金)と③(機器無償貸与)は、システム利用料が合理的な範囲内であること(つまり、納入業者へのメリットと釣り合ったものであること)を支える事実である、といえます。

【事例11 事業者団体による共同発注システムの構築】

建設業者の団体が、会員向けに、入札のために必要となる材料等の数量積算業務を共同発注するシステムを構築することは独禁法に違反しないとした事例です。

この数量積算というのは、だれがやっても同じような結果になるもののようで、各入札参加者が個別に発注するのは費用の無駄(ひいては入札価格の上昇に繋がる)といえ、1つの積算事務所だけに発注して各建設業者でその成果物を共同利用するというコスト削減効果が重視されたのでしょう。

理屈を言えば、本件は買い手独占の事案(建設業者が数量積算業務というサービスの買い手)であり、買い手側の市場支配力によって値段が下がって良いのか(売り手側の市場支配力により価格が上がるのと同様問題ではないのか)、という議論がありえますが、トータルでコスト削減になるという効率性がある以上、目くじらを立てることはないのでしょう。

ただ、本件では、トータルの数量積算業務の発注数が減るので(今までは各入札参加者が発注していたのが、1社しか発注しなくなる)、むしろ発注の単価は上がってもおかしくないような気がします(積算事務所は受注の機会が減るので)。

結局本件は、誰がやっても同じような結果になって、1つの結果を多くの需要者でシェアできるという、数量積算業務というサービスの特殊性がポイントであるように思われます。

やはり、経済合理性のないサービスは、このようなある種のイノベーションによって消えていく運命にあるのでしょう。

2010年7月 7日 (水)

独禁法9条の報告・届出義務(特に持株会社の設立)

独禁法9条に、いわゆる、事業支配力過度集中の規制というのがあり、一定の報告・届出義務が定められていますので、大きな会社は届出漏れをしないよう注意が必要です。

9条の報告・届出義務には、事業に関する報告の提出義務(9条4項)と、会社設立の届出義務(9条7項)とがあります。

いずれも、一定の総資産規模の要件に該当すれば必ず必要になるものであり、9条1項の「事業支配力が過度に集中することとなる」か否かとは無関係であることに注意が必要です。

そこでまず、9条4項の事業に関する報告書の提出義務ですが、

①持株会社(定義は4条1号。純粋持株会社に限りません)は、総資産(子会社の総資産も含みます。以下同じ)が、6000億円超

②銀行、保険会社、証券会社(①を除く)は、総資産が8兆円超

③その他の一般の会社は、総資産が2兆円超

の場合に、事業年度終了後3ヶ月以内に事業に関する報告書を公取委に提出することになっています。

銀行持株会社の場合は、②の8兆円ではなくて、①の6000億円が基準になりますので注意しましょう。

次に、会社設立の届出義務(9条7項)は、新たに設立する会社が上記①②③のいずれかに該当する場合、設立から30日以内に届出を要するというものです。

9条7項の「設立」には、文言上、普通に会社を設立する場合だけでなく、新設分割や株式移転で新会社を設立する場合も当然含まれると考えられます。

ちなみに、9条の報告や届出をした会社は全て公表されます(例えば、平成22年6月23日公取委報道発表資料「平成21年度における企業結合関係届出等の動向」)。

さて、届出の基準が最も低い持株会社の設立の場合を例に、具体的に考えてみましょう。

ある既存の会社(S社)が、株式移転によって親会社(P社)を設立するとします。

S社には、その議決権の過半数を保有するような親会社は存在しないとします(親会社が存在すると、それだけで届出不要になってしまって面白くないので(9条4項柱書きの但し書き))。

S社の総資産は6000億円超とします。

この場合、株式移転によって設立されたP社は、その資産に占めるS社株式の割合がほぼ100%ですから、「持株会社」(9条4項1号)に該当します。

そして、P社単体の資産はほぼS社株式だけですが、6000億円の基準にカウントされるのは、届出義務者であるP社の資産だけでなく、その子会社のS社の資産も含まれるので(独禁法9条4項柱書き)、前提により、S社単体ですでに6000億円を超えるので、P社とS社の合計では、6000億円を超えることになります(なお、S社の資本勘定に載っている額は相殺消去されます。届出規則1条の3第1項)。

S社には親会社が存在しなかったのでP社にも親会社は存在しないでしょうから、結局、P社は届出義務を負うことになります。

これとは逆に、いわゆる抜け殻方式によって全資産を新設分割により新設子会社に譲渡する場合には、実質は似たり寄ったりなのに、届出が不要になります。

例えば、既存のP社が、その全資産を新設分割して、新たにS社を設立する場合を考えましょう。P社の資産は6000億円超とします。

この場合、P社の資産のほとんどはS社の株式でしょうから、P社は「持株会社」(独禁法9条4項1号)に該当します。

しかし、P社は既存の会社なので、届出義務はありません。

S社は持株会社ではないので、こちらも届出義務はありません。

もっといえば、S社には親会社(P社)があるので、その意味でも、届出義務はありません。

そもそも株式移転による持株会社設立の場合に9条7項の届出がなぜ必要なのか、考えてみるとよく分かりません。

9条7項では、新設会社に親会社が存在するときは届出不要とされていますが、それはきっと、グループ内で新たに子会社をつくるときには独禁法上問題はないと考えられたからでしょう。

でも株式移転の場合も、新たな親会社が誕生するという違いはあるものの、実質的には、グループ内での再編に過ぎません。

9条は株式移転や会社分割が会社法に導入される以前から存在する規定なので仕方ないのかもしれませんが、株式移転により親会社を設立する場合には届出義務が生じないように、立法的に手当てしておく方が合理的だと思います。

ちなみに、現行法でも、最初にダミーの会社(親会社となるべき会社)としてP社を作っておいて、S社がP社と株式交換をすることによりP社がS社の親会社(兼、持株会社)になるのであれば、独禁法9条7項の届出は不要になると思われます(P社は、設立時点では資産がほぼゼロなので)。

2010年7月 6日 (火)

独占禁止法関係法令集&景品表示法関係法令集

財団法人公正取引協会から出ている「独占禁止法関係法令集(平成22年版)」、通称「黄色い六法」が、手元に届きました。税込み4200円です。

景表法が消費者庁に移管されて、この法令集も随分薄くなるんだろうなぁと思っていたらさにあらず、むしろ分厚くなっています。合計1079頁で、平成20年版の927頁から約150頁の増加です。

なぜ増えたのかみてみると、「独占禁止法適用除外関係」というのが1章加わって、中小企業等協同組合法とか航空法といった法律の、独禁法適用除外の規定が抄録されています。

これら適用除外規定がある法律は、結構マイナーなものが多いため、分厚い六法にしか載っておらず、独禁法関係法令集に載ったのはありがたいです(会議の時に分厚い六法を持っていくのは難儀します)。

さて、今回除外された景表法関係についてはどうなったのかというと、社団法人全国公正取引協議会連合会から、

「景品表示法関係法令集(平成22年版)」

というのが出ています。税込み4000円です。

こちらは、黄色い六法から景表法の部分を抜き出したのかと思ったら全然違って、全部で862ページもあります。

掲載項目は同連合会のホームページを見て頂くとだいたい分かりますが、業種別の告示のみならず、主要な排除命令事案まで載っています。

独禁法の全文も、載っています・・・

いずれの六法も、独禁法・景表法の実務家には必携ですね。

2010年7月 5日 (月)

吸収分割の届出義務者

企業結合の届出義務者は、企業結合の形態(株式取得か、事業譲渡か、会社分割か等々)によって微妙に異なりややこしいのですが、今回は、吸収分割の場合について述べておきます。

結論からいうと、吸収分割の届出義務者は条文(分割会社が義務者)と実務の運用(分割会社も承継会社も義務者)が異なっているので、要注意です。

吸収分割の届出義務(独禁法15条の2第3項)では、

会社は、吸収分割をしようとする場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、公正取引委員会規則で定めるところにより、あらかじめ当該吸収分割に関する計画を公正取引委員会に届け出なければならない・・・。 」

とされています。

ここで、届出義務を負うのは、15条の2第3項の冒頭の「会社」です。

そして、その「会社」が、「吸収分割をしようとする」とする場合に、届出義務が必要になる、とされています。

ところで、吸収分割を「しようとする」、あるいは「する」といった場合、その主語は、誰なのでしょうか。

A社が、その事業の1つのa事業をB社に吸収分割させる場合、A社を「吸収分割会社」(会社法758条1号)と呼び、B社を「吸収分割承継会社」(会社法757条)と呼びます。長いので、以下ではA社を「分割会社」、B社を「承継会社」と呼びます。

以下、この例を念頭に、独禁法15条の2第3項の届出義務者である、「吸収分割をしようとする」「会社」というのはA社かB社か、あるいはその両方か、を考えてみます。

独禁法には「吸収分割」の定義がないので、「吸収分割」の定義は、少なくとも日本の会社の場合、会社法に従うことになると考えられます(外国会社の場合、多分、「吸収分割」に相当するものは「吸収分割」と扱われるのでしょう)。

そこで、会社法2条29号では、

二十九 吸収分割   株式会社又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割後他の会社に承継させることをいう。 」

とされています。

つまり、吸収分割の主語は、他の会社に権利義務を承継させる「株式会社又は合同会社」です。上記の例でいえば、分割会社たるA社ということになります。

したがって、独禁法15条の2第3項の「吸収分割をしようとする」会社というのは、「権利義務を承継させる」ことを「しようとする」会社、ですから、分割会社たるA社ということになります。

つまり、吸収分割の届出義務者は、分割会社たるA社だけ(B社は義務者ではない)ということになります。

なお、白石「独占禁止法(第2版)」p352にも、旧法下での解説ではありますが、吸収分割の届出義務者は分割会社(A社)である旨の記述があります。

以上が、15条の2第3項の正しい解釈だと思います。

ところが、公取委の届出書の書式は、分割会社(上記の例ではA社)も承継会社(B社)も届出義務者であることを前提にしています。

つまり、吸収分割に関する届出書の書式(様式10号)では、提出者が連名になっており、

「1(1)届出会社に関する事項の概要」

のところでも、

「(甲)承継する会社」

「(乙)分割する会社」

と、会社分割の承継側と分割側の両方が届出義務があるかのような書きぶりになっています。

ちなみに、根岸編「注釈独占禁止法」p319では、旧法についての説明ですが、

「国内会社間の吸収分割について、以下の4つの場合に当事会社は届出義務を負う。」

とだけされていて、「当事会社」というのが分割会社のことなのか承継会社のことなのか、よく分からない記述になっています(たぶん、両方だという趣旨なのでしょう)。

しかし、前述のことからも明らかなように、この解釈は間違っていると思います。

ちなみに合併については、独禁法15条2項で、

「会社は、合併をしようとする場合において・・・届け出なければならない」

とされていて、「吸収合併」の定義は、会社法2条27号で、

二十七  吸収合併 会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるものをいう。 」

とされており、主語の「会社」は、存続会社か消滅会社かを問わない書きぶりになっており、しかも、承継させる「もの(=合併)」と締めくくっている定義であるため、存続会社も消滅会社も、合併を「する」会社である、といえます(新設合併も同様です)。

したがって、独禁法15条2項の、合併を「しようとする」会社というのは、消滅会社と存続会社の両方を指す、といえます。

このように、会社法での些細な定義の違いのために、独禁法では合併と吸収分割で大違い、ということになってしまっています。

会社法では「合併」と「吸収分割」の主語について厳密に使い分けがされていて、例えば会社法155条(自己株式の取得)では、自己株取得が許される場合として、

十一  合併後消滅する会社から当該株式会社の株式を承継する場合 」

十二  吸収分割をする会社から当該株式会社の株式を承継する場合 」

とされていて、合併の場合は「消滅する会社」というように、合併を「する」というだけでは消滅会社か存続会社か決まらないことを前提にした書きぶりになっているのに対して、吸収分割の場合には、たんに「吸収分割をする会社」とするだけで分割会社を指す書きぶりになっています(この条文では、自己株を取得する会社が承継会社になるわけです)。

以上のように、現在の公取委の運用は、条文に反するものとなっています。条文を読んでアドバイスしても(しかも白石独禁法まで調べてアドバイスしても!)、結果的に運用と異なるアドバイスになってしまいますので、注意が必要です。

ちなみに、私自身は、現在の独禁法のほうがおかしいと思います。吸収分割では、分割会社も承継会社も承継対象事業に対する支配権を有するので、両方に届け出義務を負わせるのが立法論的には妥当でしょう。

ですので、現在の公取委の運用は、法律には反しているものの、結論的には妥当なところだと思います。

結論が妥当なので誰も声高に文句を言わないのでしょうけれど、届出義務違反には刑事罰もあることですから、この辺はきちんと立法的手当をしておいた方が良いと思います。

2010年7月 3日 (土)

日本組織内弁護士協会セミナーを終えて

昨日、日本組織内弁護士協会(JILA)の方々向けに、改正独禁法と最近のM&Aについてのセミナー(第1回)を行いました。

金曜日の夜にもかかわらず多くの方々にご参加いただき、ありがとうございました。

弁護士のみなさんがお相手なので、いつも以上に気合いが入りました(笑)。

社外の弁護士と社内の弁護士という立場の違いはありますが、ともに社会の隅々にまで正義を行き渡らせるため、自分のサービスを世の中に必要としてくれる人がいる限り、ともに頑張っていきましょう。

さて気合いが入りすぎていたのでうっかり説明するのを忘れたのですが、セミナーのときにお配りした条文集に、妙なところに黄色のハイライトが入っていたのに気づかれたと思います。

普通、条文にマーカーを引くときには重要な用語や、要件事実に該当する用語に引いたりするのが常識的なのだと思いますが、長くて複雑な条文を読む場合、まともに線を引くと線だらけになってしまいます。

そこで私の場合、例えば、「は」とか、「含む」とか、「除く」とか、「次」とか、「又は」とか、一見変なところにマーカーを引いています。

これには意味がありまして、「は」は、主語の終わる場所を特定するためです。長い主語の条文の場合、どこで終わるのかを探すのが一苦労です(例えば独禁法10条2項など)。

「次」は、各項の中の「号」が、どういう位置づけなのかを視覚的に理解できるためです(例えば、届出規則2条の9第3項など)。

「又は」は、意味の大きな区切りであることが多く、「若しくは」が延々と続くような条文の場合、ここを目立たせておくと大きな区切りを理解するのに役立ちます。

「除く」とか「含む」とか「限る」は、括弧書きの最後の方に出てくることが多いですが、これらをマークしておくと、まず、括弧書きがどこで終わるのかすぐに分かりますし、読む前に、括弧の中の定義がそもそも括弧直前の用語の定義から除かれるのか含まれるのかを先に理解してから読むので、とても読みやすくなります(例えば、独禁法10条2項)。

ちなみに、同じ括弧書きでも、「・・・をいう。」で終わるものは、括弧直前の用語の定義(説明)であることが多く、重要度が低いので、あえてマークしません。でも、「除く」とか「限る」は、定義の上で決定的に重要なことが多いので、要注意です。

これらの工夫をしておくと、2度目からの読むスピードがかなり違います。

他にもいろいろ工夫の余地はあると思いますので、皆さんいろいろ試してみて下さい。コツは、条文に線を引くのではなく、クサビを打ち込むイメージです。

例えば、「、」にマークする、というのも、うまいことやれば有益だと思います。法律の条文では、「、」も完全に文字と同格の扱いですから。

そもそもどうしてこういうことをしようと思い立ったのかを自分なりに振り返ってみると、私は以前、フォトリーディングという、経済評論家の勝間和代さんが著書で紹介して有名になった速読講座を受けて以来、文章を行(線)ではなくて画像(面)で頭に入れるように努めているのですが、そのことが影響しているのかも知れません(ちなみにこのフォトリーディングの講座、2日で10万円くらいでしたが、超オススメです)。

3回シリーズの残り2回も、どうぞよろしくお願いします。

2010年7月 2日 (金)

経済的な利益の意味

大学生の頃、教養部で経済学を勉強していたときに、「完全競争下では企業の利益はゼロになる」という話を聞いて、競争とは恐ろしいものだと衝撃を受けた記憶があります。

「どんなにがんばっても利益が出ないなんて、誰も働く気が起きないじゃないか」、「それでどうやって経済が回っていくの?」という疑問が沸いたのを覚えています。

その後、これは誤解であることが分かりました。

つまり、経済学でいうところの費用には、機会費用(財を他の次善の用途に用いたら得られたであろう利益)も含まれるので、「利益がゼロ」といっても、機会費用分の利益は得られる、ということです。

投資に見合った適切な利益は得られる、と言い換えても良いかも知れません。

学生の当時も「経済学上の費用と会計上の費用は違う」と聞いたような気はするのですが、ピンと来ませんでした。

独禁法経済学の世界でも、独占者は超過利潤を得るというように言ったりしますが、「超過」というのは何を「超過」しているのかというと、機会費用分の利益も含んだ、経済学上の利潤を超過している、ということです。

しかし、このような経済学上の費用概念(利益概念)をそのもま独禁法の解釈に持ち込むべきという考え方は、あまり聞いたことがありません。

例えばコスト割れ廉売です。

コスト割れ廉売の費用基準は平均総費用か、平均変動費か、平均回避可能費用か、限界費用か、という議論は活発になされていますが、そもそも「費用」に機会費用を含めるべきか否かという議論は聞いたことがありません。

というよりも、機会費用は含まれない(=経済学上の費用概念ではなく、会計上の費用概念を使う)ことが当然の前提にされているように思われます。

例えば、排除型私的独占ガイドラインにも、機会費用についての言及は特にありません。

なぜコスト割れ販売の費用基準の「費用」に機会費用(≒適切な利益)が含まれないことを前提に議論がなされているのか、その理由を考えてみると、機会費用というのは測定が難しく、安易に認めると容易にコスト割れが認定されてしまい、競争をむしろ萎縮させてしまうから、ということではないかと想像します。

(それと、もしかしたら、法律の世界では経済学を知らない人が議論することが多いからかもしれません。)

私も、コスト割れ基準の費用に機会費用を含めるというのでは、競争を萎縮させるし、何が適切な利益かなんて立場によってそれぞれなので収拾がつかなくなる気がするので、結論的には、機会費用は費用に含めない方がよいと思います。

しかし、経済学で商品がどのように供給されていくのか(供給曲線はどのように描かれるのか)を学ぶと納得がいくのですが、機会費用分の収入も得られないような場合、その商品は、市場に供給されるのが消費者にも望ましい場合であっても、供給されないことになります。だれもボランティアで商品を作ろうとは思わないからです。

こういう経済学的発想からすると、どうしてコスト割れ販売の場合に、費用基準に機会費用を含めないのか、疑問が沸いてきます。

例えばガソリンの不当廉売のケースを考えてみれば、不当廉売で被害を被った競合スタンドの立場からすれば、まさに適切な利潤(機会費用)が上乗せさせるか否かが死活問題でしょう。

このように、独禁法実務の世界には、理屈(あるいは経済合理性)の上では疑問に思われることが、議論もされずに通用していることが時々あるように思われます。

しかし、こういう議論の大前提はとても大事なことだと思うので、正面切って議論をするべきではないかと考える次第です。

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