優越的地位濫用ガイドライン案
6月23日、公取委から「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(原案)(「優越的地位濫用ガイドライン案」)が公表されました。
基本的にこれまでの実務の内容に沿ったものであり、驚くような内容は無いのですが、限界が明確でない優越的地位濫用という違反類型をこのような一覧性のある形でガイドラインにまとめるのは、企業にとって参照するのに便利で、とても重要なことだと思います。
<具体例>や<想定例>も、とくても具体的で細かく、これだけ見ればどういった行為が優越的地位の濫用に該当するのか、おおよそ分かるようになっています。
弁護士としても、意見書を書くときに手間が省けて助かります(笑)。
以下、読んで気が付いたことを記しておきます。
「想定例」の説明として、「『想定例』とは、あくまでも問題となりうる仮定の行為の例であり、ここに掲げられた行為が独占禁止法第2条9項5号に該当すれば、優越的地位の濫用に当たることとなる。」とされています(p3)。
最初この説明を読んだときは、また公取委お得意のトートロジー(「独禁法に違反するときには独禁法違反である」という類の理屈)かとげんなりしましたが、「想定例」の内容をみると、いかにも企業がやってしまいそうな事例が多く、優越的地位濫用といわれても仕方ないようなものばかりなので、指針として適切です。
「独占禁止法第2条9項5号に該当すれば・・・」というくだりは、想定例の事実であれば当然に優越的地位の濫用が成立するのではなく、さらに「優越的地位」その他の要件を吟味する必要があることを明らかにした(=絞りをかけた)ものであると理解できます。
結局価格維持のおそれの有無で勝負が付いてしまう流通取引慣行ガイドラインの説明とは異なり、優越的地位ガイドラインは、「想定例」に形式上該当すれば優越的地位濫用に該当する可能性がかなり高いといえ、指針としての機能を充分に果たすことができるのではないかと思われます。
また、「優越的地位」の意味として、「甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは、甲と乙との間に、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すという関係があることをいう」(p3~p4)とされています。
「事業経営上大きな支障」というからには、甲と取引を継続しないと当該市場で生き残れない(≒当該市場で他の取引先に乗り換えることが困難)というだけではなく、当該市場から撤退すると乙の経営が成り立たない、という程度に当該市場が乙にとって重要であることが優越的地位認定のために必要である、と理解できます。
次に、「乙の甲に対する取引依存度」(p4)は、「乙の甲に対する売上高を乙全体の売上高で除して算出される」とされています。
しかし、重要なのは売上ではなく利益(粗利)ではないでしょうか。
また、売上高を基準に取引依存度を判定するというルールを明確にすること自体は大事なことだと思いますが、どうせルールを明確にするなら、セーフハーバー的なものも定めて欲しいところです(たとえば、売上高に占める割合10%未満の場合には優越的地位には該当しない、など)。
優越的地位濫用に対する課徴金の算定のためには、甲が乙に対して優越的地位にあるか否かを個別にみていかないといけません(全部の納入業者との取引額を十把一絡げに課徴金算定の基礎とすることはできない)。
なぜなら、20条の6で、課徴金の基礎は、「当該行為〔=優越的地位濫用〕の相手方との間における・・・売上額」とされており、優越的地位の関係にない乙への売上は課徴金の基礎とならないからです。
このように、課徴金算定のためには優越的地位の有無を個別に判断することが必要なので、ガイドラインでその基準を定めておくことには意味があると思うのです。
次に、優越的地位判定の要素としての「乙にとっての取引先変更の可能性」(p4)では、「甲との取引に関連して行った投資等が考慮される」とされています。
概ね正しいのですが、ここでの「投資等」は、正確には、甲との取引にスペシフィックに必要(=汎用性のない投資)で、しかも、サンクコスト化した投資である必要があるというべきでしょう。ガイドラインもそのような趣旨でしょう。
その次の(4)として、「取引の対象となる商品又は役務を取り扱うことの重要性」、「甲と取引をすることによる乙の信用の確保」といった事情が優越的地位認定の事情として掲げられています。
確かに公取委の命令等では、「かくかくしかじかで、乙は甲との取引を強く望んでいる」という認定が頻繁になされるのですが、個人的には、単に乙が甲との取引を強く望んでいるだけで甲が優越的地位にあるとするのは疑問だと思っています。
「甲と取引をすることによる乙の信用の確保」なんて、法律で保護すべき(乙の)利益なのでしょうか?
甲と取引をしないと乙が倒産してしまう、というのであれば甲は乙に対して優越的地位に立っているといえそうですが、甲と取引をすると他の取引先と取引をするときも信用が増して商売がやりやすくなる、というだけで優越的地位が認められるというのは、釈然としません。「というだけで」というのでなはく、優越的地位認定の一要素に過ぎないとしても、やはり疑問に感じます。
だいぶ昔、ある依頼者さんが、「三菱銀行と取引があるというだけで取引先の信用度が上がるんですよ」とおっしゃっていましたが、それで三菱銀行がその会社に対して優越的地位にあると認定されるとしたら、ちょっとおかしな感じがしませんか。
乙の全売上に占める甲への売上の割合が大きい場合などは、いかにも、「乙は小さいんだろうな、甲に依存しているんだろうな」という絵が目に浮かびますが、「甲と取引をすると信用が増すからみんな甲と取引をしたがっている」といっても、信用の増し方は他にいくらでもある場合が多いように思います(これに対して、売上の割合が大きい場合は、他でも同じ売上を上げられるとは簡単には言えません)。
・・・と、細かいことを言い出すといろいろありますし、意見の割れる点も多いでしょうが、企業にとっての指針としては、具体例が豊富なのが何よりです。
例えば、「取引の相手方が従業員等を派遣するための費用を自己が負担するとしながら,派遣費用として一律に日当の額を定めるのみであって,個々の取引の相手方の事情により交通費,宿泊費等の費用が発生するにもかかわらず,当該費用を負担すること
なく,従業員等を派遣させること。」
なんていうのは、つい、やってしまいそうです。個別に交通費、宿泊費を計算するのを面倒がってはいけないということです。
また、(注2)で、
「独占禁止法第2条第9項第5号に該当する優越的地位の濫用に対しては,同号の規定だけを適用すれば足りるので,当該行為に独占禁止法第2条第9項第6号の規定により指定する優越的地位の濫用の規定が適用されることはない。」
と、2条9項5号の優越的地位濫用に該当する場合には2条9項6項に基づいて指定される特殊指定の優越的地位濫用規制は適用されないことを明言したことも、評価できます。
以上、簡単に感想を述べましたが、優越的地位濫用ガイドラインは、企業にっての指針、まさにガイドラインになりうるものだという印象を持ちました。
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