臨界損失の求め方
臨界損失分析(Critical Loss Analysis)における臨界損失(CL)の求め方をメモしておきます。
臨界損失とは、ある値上げ(例えば5%)の結果、販売量の何%以上を失うと損失が発生するか、をみるものです。
値上げの結果、臨界損失よりも多くの販売量が失われるのであれば、その値上げはその会社にとって不利益になる、ということになります。
逆に、値上げの結果、臨界損失よりも小さい販売量しか失われないなら、その値上げは会社にとって利益になります。
臨界損失分析は、市場画定のために使われたり、合併の反競争性の測定一般のために使われたりします。
市場画定に使う場合は以下のような使い方です。
仮想的独占者(=ある商品市場の全供給者)が、ある値上げ(例えば5%のSSNIP)をすると、実際の損失(=実際に値上げすれば失われると予測される販売量。Actual Loss)が臨界損失よりも大きい場合には、その値上げは仮想的独占者にとって利益が減る(←想定した商品市場の外に需要者が逃げてしまうから)ので、想定した商品市場は狭すぎる、ということになります。
そこで、想定市場を広げていくことになります(最も代替性の強い(=交差弾力性の大きい)商品から加えていくのが一般的です)。
このように、想定市場を広げていって、実際の損失が臨界損失よりも小さくなったところ(=ブレイク・イーブンになるほどには需要者が想定市場外に逃げなくなったところ)で、商品市場が画定されることになります。
以上の関係をまとめると、
実際損失(AL) > 臨界損失(CL) なら、値上げは利益を減らす(=想定市場は狭すぎる)
AL < CL なら、値上げは利益を増やす(=想定市場は広すぎる)
ということになります。
さて、ここから臨界損失の求め方です。
前提として、A社とB社があるとします(両社で仮想的独占者のイメージ)。両社とも、限界費用は一定とします。また、需要関数は直線とします。
結論を先にいうと、
臨界損失=値上げ幅(%)÷(値上げ幅(%)+マージン(%))
という関係が成り立ちます。
臨界損失=CL、値上げ率=X、プライス・コスト・マージン=mと置くと、
CL=X/(X+m)
となります。
例えば、仮想独占者のマージンが60%で、5%のSSNIPをする場合を考えると、
臨界損失=0.05÷(0.05+0.6)≒7.7%
となります。
ですので、もし仮想的独占者が5%のSSNIP(値上げ)をしたときに予想される販売量の減少割合が30%(→多くのお客さんが他に逃げる)だとすると、そのSSNIPは損失になるので(実際損失>臨界損失)、想定市場は狭すぎる、ということになります。
もし5%のSSNIPで予想される販売量の減少割合が1%(→お客さんは大して逃げない)だとすると、そのSSNIPは利益になるので(実際損失<臨界損失)、想定市場は広すぎる、ということになります。
臨界損失の計算方法自体は、実はとても単純で、
①値上げによる販売量減に伴う利益の減少と、
②値上げによる(減った後の販売量に対する価格増に伴う)利益の増加
とが等しくなる販売量を求めます(経済学の教科書によくあるグラフをかくと、販売量の減少による利益の減少と値上げによる利益の増加の綱引きであることが分かると思います)。
ここで、仮想的独占者の値上げ前の価格をp、値上げ前の販売数量をq、値上げ幅をΔp、値上げによる販売数量の変化をΔq(<0)、限界費用は一定でc、とします。
①=-(p-c)Δq、(値上げによる損失=マージン×販売数量の減)
②=Δp(q+Δq)、(値上げによる利益=値上げ幅×残った販売量)
で、①=②の場合、
Δp(q+Δq)=-(p-c)Δq
両辺をpqで割ると(このへんがちょっとテクニカルですね。でもこのステップを踏まなくても、地道に計算すれば答えは出ます)、
(Δp/p)(1+Δq/q)=-((p-c)/p)・(Δq/q) ・・・(1)
ここで臨界損失(CL)の定義より、CLは(1)を満たす-Δq/q(マイナスが付いているのは、CLがプラスなのに対してΔqがマイナスのため)なので、CL=-Δq/qを(1)に代入し、
(Δp/p)(1-CL)=-((p-c)/p)・(-CL)
∴CL=(Δp/p)/((Δp/p)+m) 、ただし、m=(p-c)/p (プライス・コスト・マージン)
ここで、Δp/p=X(値上げ率)と置くと、
CL=X/(X+m)
となります。
(以上の計算の詳細は、Daniel P. O'Brien & Abraham L. Wickelgren "A Critical Anaylysis of Critical Loss Analysis"などをご覧下さい。)
臨界損失分析の注意点をいくつか挙げておきます。
まず、臨界損失も実際損失も、販売量の減少率で表します。よって単位はとくにありません(しいて言えば、100倍すれば%が単位)。ただし、別の定義をしている場合もあるので、このへんは柔軟に考える必要があります。
臨界損失分析は、標準的な経済学が念頭におく利益の最大化(profit maximization)の話とは関係がありません。企業が利益を最大化するときの産出量を探るのではなく、ブレイク・イーブンになる産出量の減少(率)(=利益が増えもしないし減りもしない産出量の減少率)を探る、という発想です。
臨界損失分析においては、実は、実際損失(Actual Loss)の算定が重要です(「実際」といっても、あくまで予測であるところがややこしいですが)。これは需要予測のデータがないとできませんので、計量経済学の世界の話です。
それと関連しますが、CL=X/(X+m)の式から、プライス・コスト・マージンが大きい場合(例えば60%くらい)には臨界損失が小さくなる(≒ちょっと売上が落ちると利益が大きく減る)ので、値上げは利益にならない(よって市場はもっと広く画定されるべき、あるいは、値上げの誘因は小さい)という議論がアメリカではなされることが多いようですが、これは間違いです。なぜなら、実際損失は、小さな臨界損失よりもさらに小さいかもしれないからです。
なお、臨界損失分析については、競争政策研究センター(CPRC)の「企業結合審査と経済分析」という報告書にも説明がありますので、興味のある方はご一読下さい。