« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

2010年6月30日 (水)

臨界損失の求め方

臨界損失分析(Critical Loss Analysis)における臨界損失(CL)の求め方をメモしておきます。

臨界損失とは、ある値上げ(例えば5%)の結果、販売量の何%以上を失うと損失が発生するか、をみるものです。

値上げの結果、臨界損失よりも多くの販売量が失われるのであれば、その値上げはその会社にとって不利益になる、ということになります。

逆に、値上げの結果、臨界損失よりも小さい販売量しか失われないなら、その値上げは会社にとって利益になります。

臨界損失分析は、市場画定のために使われたり、合併の反競争性の測定一般のために使われたりします。

市場画定に使う場合は以下のような使い方です。

仮想的独占者(=ある商品市場の全供給者)が、ある値上げ(例えば5%のSSNIP)をすると、実際の損失(=実際に値上げすれば失われると予測される販売量。Actual Loss)が臨界損失よりも大きい場合には、その値上げは仮想的独占者にとって利益が減る(←想定した商品市場の外に需要者が逃げてしまうから)ので、想定した商品市場は狭すぎる、ということになります。

そこで、想定市場を広げていくことになります(最も代替性の強い(=交差弾力性の大きい)商品から加えていくのが一般的です)。

このように、想定市場を広げていって、実際の損失が臨界損失よりも小さくなったところ(=ブレイク・イーブンになるほどには需要者が想定市場外に逃げなくなったところ)で、商品市場が画定されることになります。

以上の関係をまとめると、

実際損失(AL) > 臨界損失(CL) なら、値上げは利益を減らす(=想定市場は狭すぎる)

AL < CL なら、値上げは利益を増やす(=想定市場は広すぎる)

ということになります。

さて、ここから臨界損失の求め方です。

前提として、A社とB社があるとします(両社で仮想的独占者のイメージ)。両社とも、限界費用は一定とします。また、需要関数は直線とします。

結論を先にいうと、

臨界損失=値上げ幅(%)÷(値上げ幅(%)+マージン(%))

という関係が成り立ちます。

臨界損失=CL、値上げ率=X、プライス・コスト・マージン=mと置くと、

CL=X/(X+m)

となります。

例えば、仮想独占者のマージンが60%で、5%のSSNIPをする場合を考えると、

臨界損失=0.05÷(0.05+0.6)≒7.7%

となります。

ですので、もし仮想的独占者が5%のSSNIP(値上げ)をしたときに予想される販売量の減少割合が30%(→多くのお客さんが他に逃げる)だとすると、そのSSNIPは損失になるので(実際損失>臨界損失)、想定市場は狭すぎる、ということになります。

もし5%のSSNIPで予想される販売量の減少割合が1%(→お客さんは大して逃げない)だとすると、そのSSNIPは利益になるので(実際損失<臨界損失)、想定市場は広すぎる、ということになります。

臨界損失の計算方法自体は、実はとても単純で、

①値上げによる販売量減に伴う利益の減少と、

②値上げによる(減った後の販売量に対する価格増に伴う)利益の増加

とが等しくなる販売量を求めます(経済学の教科書によくあるグラフをかくと、販売量の減少による利益の減少と値上げによる利益の増加の綱引きであることが分かると思います)。

ここで、仮想的独占者の値上げ前の価格をp、値上げ前の販売数量をq、値上げ幅をΔp、値上げによる販売数量の変化をΔq(<0)、限界費用は一定でc、とします。

①=-(p-c)Δq、(値上げによる損失=マージン×販売数量の減)

②=Δp(q+Δq)、(値上げによる利益=値上げ幅×残った販売量)

で、①=②の場合、

Δp(q+Δq)=-(p-c)Δq

両辺をpqで割ると(このへんがちょっとテクニカルですね。でもこのステップを踏まなくても、地道に計算すれば答えは出ます)、

(Δp/p)(1+Δq/q)=-((p-c)/p)・(Δq/q) ・・・(1)

ここで臨界損失(CL)の定義より、CLは(1)を満たす-Δq/q(マイナスが付いているのは、CLがプラスなのに対してΔqがマイナスのため)なので、CL=-Δq/qを(1)に代入し、

(Δp/p)(1-CL)=-((p-c)/p)・(-CL)

∴CL=(Δp/p)/((Δp/p)+m) 、ただし、m=(p-c)/p (プライス・コスト・マージン)

ここで、Δp/p=X(値上げ率)と置くと、

CL=X/(X+m)

となります。

(以上の計算の詳細は、Daniel P. O'Brien & Abraham L. Wickelgren "A Critical Anaylysis of Critical Loss Analysis"などをご覧下さい。)

臨界損失分析の注意点をいくつか挙げておきます。

まず、臨界損失も実際損失も、販売量の減少率で表します。よって単位はとくにありません(しいて言えば、100倍すれば%が単位)。ただし、別の定義をしている場合もあるので、このへんは柔軟に考える必要があります。

臨界損失分析は、標準的な経済学が念頭におく利益の最大化(profit maximization)の話とは関係がありません。企業が利益を最大化するときの産出量を探るのではなく、ブレイク・イーブンになる産出量の減少(率)(=利益が増えもしないし減りもしない産出量の減少率)を探る、という発想です。

臨界損失分析においては、実は、実際損失(Actual Loss)の算定が重要です(「実際」といっても、あくまで予測であるところがややこしいですが)。これは需要予測のデータがないとできませんので、計量経済学の世界の話です。

それと関連しますが、CL=X/(X+m)の式から、プライス・コスト・マージンが大きい場合(例えば60%くらい)には臨界損失が小さくなる(≒ちょっと売上が落ちると利益が大きく減る)ので、値上げは利益にならない(よって市場はもっと広く画定されるべき、あるいは、値上げの誘因は小さい)という議論がアメリカではなされることが多いようですが、これは間違いです。なぜなら、実際損失は、小さな臨界損失よりもさらに小さいかもしれないからです。

なお、臨界損失分析については、競争政策研究センター(CPRC)の「企業結合審査と経済分析」という報告書にも説明がありますので、興味のある方はご一読下さい。

2010年6月29日 (火)

投資組合の国内売上高

投資組合が株式取得の届出をする場合の企業結合の届出(独禁法10条2項)の要否を判断する場合、当該投資組合の「国内売上高」をどのように算定するのか、という問題があります。

この点については企業結合届出規則案に対するパブコメの時点から問題になっており、

「投資組合については何をもって国内売上高とするのか不明であるため、今後具体的な計算手法についての明確化を希望する。」

という質問(?)に対して、公取委から

「投資組合の国内売上高については、投資収益を国内売上高とする方向で考えていますが、今後、必要に応じて、Q&A等で考え方を明らかにしてまいります。」

との回答がなされています(平成21年10月23日のプレスリリース別紙2)。

そこで公取委Q&A(「国内売上高の具体的な事例について」)では、

「Q4 投資組合は何を売上高とするのですか。」

「A4 投資収益を売上高としてください。」

「Q6 投資組合の売上高における投資収益とは具体的にどのようなものが含まれるのですか。」

「A6 有価証券売却益等が含まれます。」

とされています。

まず、「投資組合」というのは独禁法にも規則にも定義はありませんが、民法上の組合であれ、投資事業有限責任組合であれ、投資を主たる目的とした組合全般を指すと考えて大過ないと思われます。

そこでいくつか疑問です。

まず、上記Q&Aによると、要するに投資組合の売上は有価証券売却益を基本に考えればよいといえそうですが、国内の売上か国外の売上かは、どのように判定するのでしょうか。

この点、届出規則2条1項では、

①取引の相手方が国内の消費者のときには、全額国内売上高、

②取引の相手方が国内の法人のときには、原則国内売上高だが、形を変えずに海外に転売されると分かっていれば、国内売上高にならない、

③取引の相手方が国外の法人のときには、原則国内売上高ではないが、形を変えずに国内に転売されることが分かっていれば、国内売上高になる、

と整理されています。

これを投資組合にそのまま適用すると、

①(投資対象の)株式を国内の消費者に売ったときには、全額国内売上高、

②株式を国内の法人に売ったときは、原則国内売上だが、外国の個人または法人に転売されることが分かっている場合には、国内売上高にならない、

③株式を外国の法人に売ったときには、原則国内売上高ではないが、日本の個人または法人に転売されることが分かっている場合には、国内売上高になる、

ということになりそうです。

しかし、これはどう考えても変です。

確かに、投資組合をメーカーに例えれば、株式を仕入れてきて転売することで利益を上げるので、形式的に考えれば、上記のように、売却先が国内か否かで、国内売上か否かが判定されるのかもしれません。

しかし、株式の売却先が日本人か外国人かは、投資法人が日本の市場(何の市場なのかが問題ですが)に与えるインパクトとは、何の関係もないはずです。

むしろ関係があるのは、投資対象になっている企業が日本企業か否かでしょう。

ですので、公取委の上記Q&Aは、「有価証券」の発行体(投資対象)は日本企業であることを前提にしていると考えるべきでしょう(さらに考えると、「日本に国内売上がある限り外国企業も含まれるのではないか」という意見も出そうですが、面倒なので割愛します)。

ただ、以上のような考え方は、届出規則2条1項の文言(売却先で国内・国外を判定)には明らかに反するので、厳密に言えば、規則を改正すべきでしょう。

もう1つの疑問は、そもそも投資組合の国内売上の定義をQ&Aで済ませてしまって良いのか?ということです。

Q&Aは、あくまでQ&Aです。法律でも規則でもありません。

そこで、法律と規則の文言に照らして投資組合の国内売上高がどのように解されるのか、を検討すると、上述の通り、株式の売却先が日本人か外国人かで決まると言わざるを得ないと思われます。

しかも、投資収益ではなく、売却額全額が「売上高」になりそうです。

銀行、保険会社、証券会社の場合は、経常収益(銀行・保険)または営業収益(証券会社)を「国内売上高」とするという明文の規定が届出規則2条1項にあり、国内と国外の切り分けも取引の相手方で決められる(例えば貸出先が日本企業なら国内売上高)ことが文言から読み取れますが、投資組合にはこのような例外規定がないからです。

実務は公取委のQ&Aどおり、有価証券売却益を売上高とすることで処理されていくのでしょうし、恐らく国内売上か国外売上かも、投資対象が日本企業か否かで処理されていくと思われますが、いずれも明文の根拠がないので、規則で手当しておくほうが良いと思います。

国内と国外の切り分けについては、少なくともQ&Aで明らかにして欲しいと思います。

【2010年7月1日・追記】

本ブログをお読み頂いたある親切な方から、公取委では、規則2条1項の文言どおり、株の売却先が国内消費者・企業か外国企業かで国内売上か国外売上かを判断している(←私が上で「どう考えても変」といった考え方です。今思えばちょっと言い過ぎでしたね。反省)とのお知らせを頂きました。ありがとうございます。

出資者も投資対象も売却先も全て日本企業のような、コテコテの国内の投資組合の場合は、いずれにせよ「国内」の売上げなので、内か外かは気にしなくていいのですが、外国企業が絡むと届出義務の見落としが出てきそうです。

例えば、出資者も投資対象も外国企業の投資組合の場合でも、投資対象会社株式の売却先が日本企業の場合は売却益が国内売上高にカウントされます。

ですので、例えばそのような基本的に外国の投資組合が、何かの拍子に日本企業に20%超出資しようと思い立った場合には、その前年度に売った株式の売却先に日本企業がいないかチェックする必要があります(国内売上の有無を確認するため)。

2010年6月28日 (月)

再販の合意は必ず垂直的合意か

再販売価格維持の合意は、例えばメーカーと販売店の間のような、相互に取引関係にある者の間の合意、すなわち垂直的合意である、と一般的には整理されています。

しかし、そのように割り切って良いのか、個人的にはちょっと疑問に感じています。

(問題意識としては、水平的合意か垂直的合意かという硬直的な二分法は余り理論的根拠がないのではないか、ということです。再販売価格維持を例に挙げますが、他の拘束条件付き取引にも以下の議論は当てはまると思います。)

つまりこういうことです。

メーカーが再販売価格を持ちかけた場合に、販売店がこれに応じるのは、他の販売店も同じ価格で売るという期待があるからこそではないでしょうか。

つまり、自分のところだけ再販売価格維持を守って他の販売店が守らずに安売りしたら、お客さんは安売りをした販売店に流れてしまい、再販売価格維持を守った販売店は売上を落とすことになるでしょう。

それにもかかわらず販売店が再販売価格維持を守るのは、メーカーが他の販売店にも再販売価格維持をしてくれると期待しているからとしか考えられません。

さて、水平的合意の代表格であるカルテルの成立が認められるために必要な競争者間の「意思の連絡」は、黙示の意思の連絡でもよい、とされています。

東芝ケミカルⅡ東京高裁判決が、

「『意思の連絡』とは、

(ⅰ)複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し、これと歩調をそろえる意思があることを意味し、

(ⅱ)一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみでは足りないが、

(ⅲ)事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、

(ⅳ)相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りる」

としているものです。

ちょっと細かくみると、(ⅰ)は、相互の認識・予測を要するといっています。

(ⅱ)は、(ⅰ)を裏から捉えて、一方(A社)の対価引き上げを、他方(B社)が一方的に認識しているだけでは足りない、といっています。あくまで、A社の引き上げをB社が認識し、B社の引き上げをA社も認識し、A社が引き上げることをB社が認識していることをさらにA社も認識し・・・ということが必要である、といっていると理解できます。

(ⅲ)は、意思の連絡は明示である必要はない、といっています。

(ⅳ)は、(ⅲ)の裏返しで、暗黙のうちに認容することで足りる、といっています。

さらに、意思の連絡は間接になされたものでもいいとされています。官製談合で「天の声」(発注官庁の指示)にみんなが従う、というような場合です。あるいは、業界のフィクサーみたいなコンサルタントが、各業者の意向を取りまとめた上、受注業者を決め、みんなそれに従っているような場合です。

この場合、入札業者間には、直接の意思の連絡はありません。発注官庁やフィクサーが、扇の要(かなめ)になっているイメージです。

さて、再販売価格維持の場合、扇の要になっているのがメーカーだと捉えることができないでしょうか。

確かに、再販売価格維持の場合、実際には、販売店の数は多数のことが多く、相互に連帯感がないので、「意思の連絡」という言葉にはそぐわない気もします。

しかし、上記東芝ケミカルⅡ判決のいう、

「複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し、これと歩調をそろえる意思があることを」

という定義は、突き詰めれば、(ここでは販売店)相互に認識・予測をしていれば足りるといっているのであり、メーカーを扇の要にして販売店が相互に認識・予測をしている、という構図が成り立つ場合も、充分にあり得るように思います。

しかし、実際には、そのような構図が成り立つかどうかなど検討するまでもなく、再販売価格維持は垂直的合意と整理されているのが実情だと思います。

でも実際には、このような構図が成り立つ可能性も考えれば、タテかヨコかというのは議論の本質ではないというべきです。

むしろ議論の本質は、再販売価格維持の場合は同一ブランド内での合意なので競争制限効果も同一ブランド内にとどまるが、カルテルの場合はブランド間競争も阻害される、ということだと思います。

別の言い方をすれば、ブランド内競争かブランド間競争かが議論の本質であるのに、再販売価格維持の場合には、扇の要がメーカーであるためか、あるいは販売店相互に連帯感がないために、ヨコの意思の連絡というのがイメージしにくいことから、「黙示の意思の連絡」の成立がカルテルの場合よりも認められにくくなっているのではないか(業界のフィクサーが扇の要の場合と比べてダブルスタンダードではないか)、ということです。

このような議論をしなくとも再販のケースは処理できるのかもしれませんが、足下を固めておかないと、思わぬところで議論が噛み合わなくなってくるものなので、こういう議論もそれなりに大切だと考えています。

2010年6月25日 (金)

【閑話休題】Kindle DX買いました。

たまには法律とは関係ない話題を。

最近、Kindle DX (キンドル・デラックス)を買いました。アマゾンの電子書籍です。

現在は洋書しか読めず、画面も白黒という点が、ライバルと目されるiPadに比べると、ローテクで渋い印象ですが、KindleとiPadはまったく別物です。Kindleは本を読めるだけですから。独禁法の市場画定をしたらきっと別の商品市場となるでしょう。

しばらく使ってみた感想ですが、とっても読みやすいです。画面が真っ白ではなくて、やや灰色な感じが、むしろ紙っぽくって、目に優しい感じがします。

普通のキンドルにするか、画面の大きいDXにするか悩みましたが、私は家で新聞を読むのがメインなのでDXにしました。使った印象も、新聞を読むなら断然DXです。普段から持ち歩くなら普通のキンドルでも良いかも知れません。

ウォールストリートジャーナルも、フィナンシャルタイムズも、主な新聞はたいていダウンロードできる感じです。どの新聞が読めるかは、amazon.comのキンドルのページでチェックできます。

日本でウォールストリートジャーナルを紙ベースで購読すると必然的にアジア版になるようで、以前購読していたときは、印象としては中国のニュースが半分近くの印象で、ちょっと食傷気味だったのですが(しかも年間10万円近くする!さらに東京以外は1日遅れの配達)、キンドル版はおそらく世界共通で、アメリカのニュースもたくさん読めます。これがキンドル購入に踏み切った最大の理由です。

雑誌もいろいろ読めて、TimeやBusiness Weekはもちろん、The New Yorker (Sex and the Cityの主人公キャリーの愛読誌)なんかも読めます。

内蔵されている英英辞典もとても便利です。単語にカーソルを合わせるだけで、自動的に意味が表示されます。

それと、日本語でも英語でも、PDFを読み込むことができます。専用のメールアカウントに添付ファイルで送ります。

これが思いの外便利です。いつか読もうと思ってプリントした論文を結局読まないまま捨てることが今までよくありましたが、キンドルに送っておけば、少なくとも紙が無駄になることはありません(余計に読まなくなるかもしれませんが・・・)。画面がA4よりも小さいので、1ページ全部を表示すると字がやや小さいのですが、実用には耐えます(もちろん、必要であれば拡大表示もできます)。

確かにノートパソコンでpdfを読むこともできるのですが、少なくとも私はノートパソコンの画面で長時間新聞を読む気にはなれません。その点、キンドルはさすが専用端末で、読みやすいです。

あと、電池の持ちも非常によいです。私の使い方では、4,5日は平気でもつ感じです。

問題は、新聞や雑誌をたくさんダウンロードしても読む時間が無いことです(笑)。

それから、できればタッチパネル式になると嬉しいです。例えば目次から本文に飛ぶときは、目次の該当箇所にカーソルを合わせてクリックするのですが、小さなキーを右手親指で操作するのは、何度もやると指が疲れます。

全体的には、とても良くできていて、充分投資は回収できると感じました。

2010年6月24日 (木)

優越的地位濫用ガイドライン案

6月23日、公取委から「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(原案)(「優越的地位濫用ガイドライン案」)が公表されました。

基本的にこれまでの実務の内容に沿ったものであり、驚くような内容は無いのですが、限界が明確でない優越的地位濫用という違反類型をこのような一覧性のある形でガイドラインにまとめるのは、企業にとって参照するのに便利で、とても重要なことだと思います。

<具体例>や<想定例>も、とくても具体的で細かく、これだけ見ればどういった行為が優越的地位の濫用に該当するのか、おおよそ分かるようになっています。

弁護士としても、意見書を書くときに手間が省けて助かります(笑)。

以下、読んで気が付いたことを記しておきます。

「想定例」の説明として、「『想定例』とは、あくまでも問題となりうる仮定の行為の例であり、ここに掲げられた行為が独占禁止法第2条9項5号に該当すれば、優越的地位の濫用に当たることとなる。」とされています(p3)。

最初この説明を読んだときは、また公取委お得意のトートロジー(「独禁法に違反するときには独禁法違反である」という類の理屈)かとげんなりしましたが、「想定例」の内容をみると、いかにも企業がやってしまいそうな事例が多く、優越的地位濫用といわれても仕方ないようなものばかりなので、指針として適切です。

「独占禁止法第2条9項5号に該当すれば・・・」というくだりは、想定例の事実であれば当然に優越的地位の濫用が成立するのではなく、さらに「優越的地位」その他の要件を吟味する必要があることを明らかにした(=絞りをかけた)ものであると理解できます。

結局価格維持のおそれの有無で勝負が付いてしまう流通取引慣行ガイドラインの説明とは異なり、優越的地位ガイドラインは、「想定例」に形式上該当すれば優越的地位濫用に該当する可能性がかなり高いといえ、指針としての機能を充分に果たすことができるのではないかと思われます。

また、「優越的地位」の意味として、「甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは、甲と乙との間に、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すという関係があることをいう」(p3~p4)とされています。

「事業経営上大きな支障」というからには、甲と取引を継続しないと当該市場で生き残れない(≒当該市場で他の取引先に乗り換えることが困難)というだけではなく、当該市場から撤退すると乙の経営が成り立たない、という程度に当該市場が乙にとって重要であることが優越的地位認定のために必要である、と理解できます。

次に、「乙の甲に対する取引依存度」(p4)は、「乙の甲に対する売上高を乙全体の売上高で除して算出される」とされています。

しかし、重要なのは売上ではなく利益(粗利)ではないでしょうか。

また、売上高を基準に取引依存度を判定するというルールを明確にすること自体は大事なことだと思いますが、どうせルールを明確にするなら、セーフハーバー的なものも定めて欲しいところです(たとえば、売上高に占める割合10%未満の場合には優越的地位には該当しない、など)。

優越的地位濫用に対する課徴金の算定のためには、甲が乙に対して優越的地位にあるか否かを個別にみていかないといけません(全部の納入業者との取引額を十把一絡げに課徴金算定の基礎とすることはできない)。

なぜなら、20条の6で、課徴金の基礎は、「当該行為〔=優越的地位濫用〕の相手方との間における・・・売上額」とされており、優越的地位の関係にない乙への売上は課徴金の基礎とならないからです。

このように、課徴金算定のためには優越的地位の有無を個別に判断することが必要なので、ガイドラインでその基準を定めておくことには意味があると思うのです。

次に、優越的地位判定の要素としての「乙にとっての取引先変更の可能性」(p4)では、「甲との取引に関連して行った投資等が考慮される」とされています。

概ね正しいのですが、ここでの「投資等」は、正確には、甲との取引にスペシフィックに必要(=汎用性のない投資)で、しかも、サンクコスト化した投資である必要があるというべきでしょう。ガイドラインもそのような趣旨でしょう。

その次の(4)として、「取引の対象となる商品又は役務を取り扱うことの重要性」、「甲と取引をすることによる乙の信用の確保」といった事情が優越的地位認定の事情として掲げられています。

確かに公取委の命令等では、「かくかくしかじかで、乙は甲との取引を強く望んでいる」という認定が頻繁になされるのですが、個人的には、単に乙が甲との取引を強く望んでいるだけで甲が優越的地位にあるとするのは疑問だと思っています。

「甲と取引をすることによる乙の信用の確保」なんて、法律で保護すべき(乙の)利益なのでしょうか?

甲と取引をしないと乙が倒産してしまう、というのであれば甲は乙に対して優越的地位に立っているといえそうですが、甲と取引をすると他の取引先と取引をするときも信用が増して商売がやりやすくなる、というだけで優越的地位が認められるというのは、釈然としません。「というだけで」というのでなはく、優越的地位認定の一要素に過ぎないとしても、やはり疑問に感じます。

だいぶ昔、ある依頼者さんが、「三菱銀行と取引があるというだけで取引先の信用度が上がるんですよ」とおっしゃっていましたが、それで三菱銀行がその会社に対して優越的地位にあると認定されるとしたら、ちょっとおかしな感じがしませんか。

乙の全売上に占める甲への売上の割合が大きい場合などは、いかにも、「乙は小さいんだろうな、甲に依存しているんだろうな」という絵が目に浮かびますが、「甲と取引をすると信用が増すからみんな甲と取引をしたがっている」といっても、信用の増し方は他にいくらでもある場合が多いように思います(これに対して、売上の割合が大きい場合は、他でも同じ売上を上げられるとは簡単には言えません)。

・・・と、細かいことを言い出すといろいろありますし、意見の割れる点も多いでしょうが、企業にとっての指針としては、具体例が豊富なのが何よりです。

例えば、「取引の相手方が従業員等を派遣するための費用を自己が負担するとしながら,派遣費用として一律に日当の額を定めるのみであって,個々の取引の相手方の事情により交通費,宿泊費等の費用が発生するにもかかわらず,当該費用を負担すること
なく,従業員等を派遣させること。」

なんていうのは、つい、やってしまいそうです。個別に交通費、宿泊費を計算するのを面倒がってはいけないということです。

また、(注2)で、

「独占禁止法第2条第9項第5号に該当する優越的地位の濫用に対しては,同号の規定だけを適用すれば足りるので,当該行為に独占禁止法第2条第9項第6号の規定により指定する優越的地位の濫用の規定が適用されることはない。」

と、2条9項5号の優越的地位濫用に該当する場合には2条9項6項に基づいて指定される特殊指定の優越的地位濫用規制は適用されないことを明言したことも、評価できます。

以上、簡単に感想を述べましたが、優越的地位濫用ガイドラインは、企業にっての指針、まさにガイドラインになりうるものだという印象を持ちました。

2010年6月23日 (水)

課徴金納付命令の公取委ホームページでの公表

公取委のホームページでは、「報道発表資料」(いわゆるプレスリリース)として、排除措置命令と課徴金納付命令がなされたことが即日公開されています。

ただ、排除措置命令については全文が公開されるものの、課徴金納付命令についてはプレスリリースで概略が公開されるだけで、全文は公開されないのが通常です(例外はあります)。

その理由を推測すると、恐らく違反事実の具体的内容については排除措置命令に詳しく書いてあるので充分に分かるのに対して、課徴金納付命令には課徴金の計算方法が書いてあるだけなので即時公開の必要性が乏しい、ということではないかと想像します。

しかし、違反企業が課徴金納付命令を争う場合には、違反の事実を争うこともあれば、課徴金の計算方法(対象売上の計算方法など)を争うこともあるでしょう。

また、リニエンシーの順位や有効性を争うこともあるかもしれません。

このように、課徴金納付命令には、排除措置命令とは異なった公開の意義があると思われます。

それにもかかわらず、公取委HPの審決データベースでも、排除措置命令は全命令が公開されるにもかかわらず、課徴金納付命令は、全文公開されるのは同一事件のうち事件番号が最初の命令1つだけです。

リニエンシーを申請した企業で、かつ公取委HPでの公開を希望しない企業については例外としても、原則として、課徴金納付命令も、排除措置命令と同様、すべて公開してもよいのではないかという気がします。

2010年6月22日 (火)

競争者兼取引先との情報交換

競争業者との情報交換は独禁法違反を招くおそれがあるから避けるように、といわれることがあります(なお、情報交換自体が独禁法違反というわけではありません)。

しかし、悩ましいのは競争業者が同時に取引先でもある場合です。

世の中では、ある場面では競争業者でありながら、別の場面ではお得意さんであったりする、ということがあるわけです。

ですので、相手をお得意さんとして電話で話をしていたら、その取引の話の後に、「ところで例の入札の件だけど・・・」とかいって、競合している商品についての話を持ちかけられたりします。

その他にも、商品が品薄になってきたときに、販売店の間で商品を融通し合う、ということもあるかもしれません。この場合、販売店は、普段は競争する立場にあるわけですが、商品を融通し合う場面では取引先としての顔を持つことになるのです。

このように、競争業者が取引先でもある場合の情報交換については、とくに注意しないといけません。どうしても、「お得意さんでもあるから無下にできない」という気持ちがはたらくからです。

また、お得意さんとはある程度の「情報交換」をしないと、商売にならないでしょう。

例えば、お得意さんと価格交渉をするときには、お得意さん(買い手)は、売り手の原価を探ろうとするでしょう。

売り手も簡単に原価を教えてしまったりしては交渉にならないので教えないわけですが、買い手が売り手の原価を聞き出そうと試みたり、逆に売り手の方が「最近は材料費が値上がりして・・・」などといって値引きを渋ったりすること自体は、通常の価格交渉ですから、独禁法上何ら問題はありません。

ところが、相手方が競争業者兼得意先である場合には、得意先として交渉している時に得た情報を、今度は競争する場面で使えてしまったりする、ということが起こるかも知れません。

かといって、このような事態に対応するための特効薬というのもありません。

大きな会社であれば、原材料の調達部門と完成品の販売部門を分けて担当者を別々にしたり、両部門の間にファイアー・ウォールを敷いてこのような問題を避けることができるかもしれませんが、マンパワーの限られる中小規模の会社ではそれも難しいでしょう。

結局は、

「お得意さんであっても、競争業者としての立場に立つ場合には、通常の競争業者に対するのとまったく同様に、情報交換は慎まなければならない」

ということを、普段から従業員の方々に理解して頂くほかないと思われます。

でも、こういう問題があるということを予め意識するのとしないのとでは、問題発生の予防に大きな差が出るのではないかと考えます。

2010年6月21日 (月)

シェアは数量基準か売上基準か

企業結合の審査において市場における各社のシェアは重要な情報であり、ハーフィンダールハーシュマン指数(HHI)算定にも必要ですが、ここでいうシェアは、販売個数のシェアによるべきでしょうか。それとも販売金額のシェアによるべきでしょうか。

日本の企業結合ガイドラインでは、

「HHIは,当該一定の取引分野における各事業者の市場シェアの2乗の総和によって算出される。市場シェアは,一定の取引分野における商品の販売数量(製造販売業の場合)に占める各事業者の商品の販売数量の百分比による。ただし,当該商品にかなりの価格差がみられ,かつ,価額で供給実績等を算定するという慣行が定着していると認められる場合など,数量によることが適当でない場合には,販売金額により市場シェアを算出する。」

と、個数を基準とするのが原則であるとされています。

しかし、あまりこれを額面どおりに捉える必要はないと思います。

まず、そもそもシェアが重要な意味を持つ理由は、シェアが企業がどれくらい市場での存在感(あるいは、市場支配力)があるのかを測る物差しになるからです。

ということは、高く売れる商品を抱える企業の方が、安くしか売れない商品を抱える企業よりも、相対的に大きな存在感が市場ではあるわけで、本質的には、売上を基準にするほうが理に適っているというべきです。

アメリカの水平合併ガイドライン案でも、

「In most contexts, the Agencies measure each firm’s market share based on its actual or projected revenues in the relevant market. Revenues in the relevant market tend to be the best measure of attractiveness to customers, since they reflect the real-world ability of firms to surmount all of the obstacles necessary to offer products on terms and conditions that are attractive to customers.」

と、原則として売上を基準にしています。

日本のガイドラインが個数を基準にしているのは、伝統的に日本ではシェアを個数で測ることが多かったためで、理論的に強い理由があるわけではないと思います。

公取委の実務でも、その商品や市場の特性などからして各社の力関係が反映されているシェアであることが説明できれば、個数基準であっても売上基準であっても、認められているのではないかと思います。

ですので、

「数量によることが適当でない場合」

に限って売上基準を使用できると読めるガイドラインの記述は、文字通り読むとちょっと厳しすぎて、実際には、

「数量によるよりも売上による方がより適当な場合には売上基準を使用できる」

というくらいに読んでおくべきでしょう。

「数量によることが適当でない場合」の例示として、

「当該商品にかなりの価格差がみられ,かつ,価額で供給実績等を算定するという慣行が定着していると認められる場合」

とあるのも、理屈がよくわかりません。

当該商品にかなりの価格差がある場合には、価格差を無視して個数でシェアを算定してはいけない、というのは理解できるのですが、どうして「かつ」でないといけないのか、「慣行」の有無が個数基準と売上基準の算定にどのように関係するのか、理由が不明であるといわざるを得ません。

もちろん、個数のほうがデータが手に入りやすいことが多いでしょうし、ガイドラインに原則として個数を基準にすると明記しているのですから、特に理由のない限り個数でシェアを算定しても文句は言われないとは思います。

ところで、企業結合ガイドラインの文言を細かくみると、原則として個数基準でシェアを算定するのは「製造販売業の場合」に限るかのようにも読めますが(上記引用部分の括弧内参照)、これもそこまで厳密に考えなくてよく、サービスの場合でも「個数」に当たるものを基準に算定してもよいと思われます。

2010年6月18日 (金)

違法目的の実効性確保手段としての不公正な取引方法に対する課徴金

独禁法上違法な行為の実効性確保手段として行われる行為は公正競争阻害性が認められて独禁法上違法となる、という議論がされることがあります。

例えば、商品Aのメーカーが、商品Aの再販売価格を維持するために、再販売価格の指示に従わない販売店に対してだけ、商品B(同メーカーが販売店を通じて販売している別の商品)の卸売価格を上げる、というような場合、商品Bについての差別対価について公正競争阻害性が認められる、というように言われます。

このような、違法目的の実効性確保手段であることをもって公正競争阻害性を認める考え方は、非常に筋が悪いと思うのですが(上記の例では、正々堂々と再販売価格維持のケースとして処理すべき)、平成21年独禁法改正で不公正な取引方法について課徴金が課されるようになったことから、この矛盾がより一層明らかになったといいますか、少なくとも実務上は以下のような運用になることが予想されるので注意しておく必要があると思います。

つまり、上記の例では、改正前は所詮排除措置命令しかなかったので、商品Bの差別対価として処理して排除措置命令により差別対価を止めさせれば、一応は目的が達成できたように思います(手段としての差別対価がなくなれば、他の実効性確保手段がない限り、目的としての再販売価格維持もなくなるので)。

しかし、改正後は、課徴金が課されます。

しかも、設例の場合、課徴金は、商品Bについての差別対価に対してだけでなく、商品Aについての再販売価格維持に対しても課せられることになると思われます(2回目の違反からですが)。

そうすると、実質的には1つの行為について2つの課徴金が課されることになり、なんとなく2重取りされているようで腑に落ちないものがあります。

ともあれ、改正後は、課徴金が絡んでくるので公取委としても手段行為(商品Bの差別対価)だけでお茶を濁すということができず、きちんと目的行為(商品Aの再販売価格維持)についても排除措置命令を出すことになるでしょうし、また、裁量の余地のない課徴金の趣旨からすれば、きちんと両方やらなければならないというべきでしょう。

しかも、目的行為(商品Aの再販売価格維持)のほうが課徴金がずっと大きくなる、ということも充分にありえます。

もっと手近なところでは、弁護士としては、こういう例の場合に、差別対価の課徴金のことだけアドバイスしたのでは片手落ち、ということです。気をつけましょう。

2010年6月16日 (水)

事務所説明会を終えて

昨日、法科大学院生の方々を対象にした当事務所の事務所説明会が開かれました。

参加頂いたみなさん、どうもありがとうございました。

私も、短い時間でしたが独禁法実務についてお話しさせていただいたのですが、改めて独禁法実務の面白さについて考えてみると、いろいろあります。

昨日話したこととも重複しますが、少し整理してみます。

まず、法律としてはかなり特殊です。具体的には、ミクロ経済学と、できれば産業組織論の基礎がある程度わかっていないと、具体的な問題を解決しようという際にはお手上げです(ただしカルテルを除く)。

おそらくロースクールの試験や司法試験での経済法の問題というのは、試験にしやすい(あるいは採点しやすい?)論点を中心に聞かれるのではないかと想像しますが、現実の実務では、例えば適切に市場画定をするにも、需要の弾力性とか差別化といったことが競争制限にどのような影響を与えるのかというイメージがないと、大変だと思います。

審決や判決の意味を理解して説明するだけなら、法律学的な思考(体系的思考や論理的思考や、最近よく目にするMECE(=mutually exclusive and collectively exhaustive)といったもの)があればある程度事足りるのですが、生の事実関係から市場画定に必要な情報を抽出するには、経済学的知識がとても重要です。

その他にも、市場支配力の大きさを見積もるのに、固定費と変動費という概念や、ネットワーク効果など、経済学の概念が有益です。

それから最近は、経済学だけでなく、意思決定論や消費者行動論、ベイズ統計学なども関係してきて、手を広げ出すと際限がないですが、知的好奇心は尽きません。

こういう専門性があるということは、弁護士増員時代にも埋没しない、ということに繋がるのでしょう。

逆に、細かい論理を追っていくような解釈論を展開することが他の分野に比べて少ないのが独禁法の特徴ですが、それでは法律家として寂しいので、個人的には、常に条文の文言を始め、論理を追求するように意識はしています。

それから、専門性とは反対のことのようですが、独禁法弁護士は、マルチタレントでないといけないと思います。

近頃はやりのコンプライアンスは米国ではもともと独禁法の十八番でしたし、カルテルの調査をするのはほとんど刑事弁護のスキルです。審決取消訴訟になれば、準備書面を書いたりするのは正に訴訟弁護士としてのスキルです。弁護士にすら分かりにくい内容を、法律の専門家でもないクライアントに分かりやすく説明して納得してもらうためには、高度なコミュニケーション能力が必要です。

また独禁法は、たんなる私人間の利害調整にとどまらない、市場の競争全体に目を配る法律であるところも面白さです。

さらに、世界的な広がりがあって、世界中で共通の議論ができます。英語さえできれば、世界の競争法の議論をリードしていけるかもしれません。

等々、独禁法の魅力を少し語ってみました。

今ロースクールで独禁法を勉強している学生のみなさん、独禁法を専門にしている(あるいはしようとしている)若手弁護士のみなさん、これからは我々の時代です。ともに、日本の独禁法実務をより洗練されたものとすべく、切磋琢磨していきましょう。

2010年6月14日 (月)

同一ブランド内のカルテル

同一ブランド内でのカルテルが成立することがあるのか、ときどき問題になることがあります。

パターンとしては、

①メーカーが自社製品の再販売価格維持を販売店に指示し、販売店相互でも価格維持の合意(横の合意)をする場合と、

②メーカーが再販売価格維持を販売店に指示しているわけでもないのに、販売店間で特定のメーカーの製品についてだけ価格維持の合意(横の合意)をする場合、

というのがありえます。実際には、①の文脈で問題になることが多いですが、②も理屈の上ではあり得ます。

例えば、おもちゃ屋のチェーン店間で、とくに売れ行きの良いおもちゃについてだけ、価格協定をするような場合です。対象になったおもちゃについてメーカーは再販売価格維持をせず、チェーン店(販売店)もおもちゃ一般について価格協定するのではなく(それをしたら普通のカルテルになります)、特定のおもちゃだけ、価格維持をする、ということです。

そもそもどうしてこういう議論が出てくるのかというと、とくに米国ではカルテルについて当然違法の原則が取られているために、再販売価格維持のような垂直的制限は合理の原則であるにもかかわらず(リージン判決で当然違法から合理の原則に判例変更されました)、単にメーカーの再販売価格維持に従うにとどまらず販売店間で横の合意をすると当然違法になってしまうので、横の合意がなされたと認定されることは何としても避けたい、という事情が米国にはあるようです。

これに対して日本では、カルテルには競争の実質的制限という高い違法性が要求されるのに対して、再販売価格維持はより違法性の低い公正競争阻害性で成立するので、再販売価格維持のスキームの中から横の合意を無理に取り出して不当な取引制限と構成しようとするファイトが湧きません。

ただ日本でも、カルテルと認定されると、一発で割高の課徴金の対象になりますので、それなりに大きな問題といえるかも知れません(これに対して、再販売価格維持の場合には、課徴金は対象売上の3%と割安であり、対象者もメーカー(正確には、再販売価格の拘束を行った者)だけです)。

また、カルテルとされると立入調査の対象になったり(再販売価格維持でも立入調査は理屈の上では可能ですが)、新聞に載ったときに評判が悪くなるなど、事実上の問題も懸念されるところです。

しかし現実には、一般的に市場で売られる商品について同一ブランド内のカルテルが不当な取引制限と認定された事例は、日本には無いようです。

といいますか、同一ブランド内にとどまる横の合意を不当な取引制限で摘発しようなどとは公取委も考えたことすらなく、一般的にも、そのようなリスクは真面目に検討すらされていない、ということではないかという気がします。

しかし、理屈の上では、単一のブランドで「一定の取引分野」であると認定されるような商品の場合には、不当な取引制限が成立してもちっともおかしくないと思います。

例えば、自治体の入札で1つのメーカーの商品が対象に指定されている場合や、入札で決められた規格に合致するのが1つのメーカーの商品しかない場合などは、その商品だけで「一定の取引分野」が画定されてもおかしくないと思います。

ただ実際には、とくに一般的に市場で手に入る消費者向け商品の場合には、単一のブランドで一定の取引分野が画定されるというのは、極めて稀な事態でしょう。

もしそのような商品があったら、極めて革新的な商品であるということでしょうし、仮にそのような革新的な商品が出た場合には、市場に投入された直後には当該ブランドだけで市場が画定されるために名目上シェアが100%になってしまっても、いずれ類似品が出てくるでしょうから、上市直後の名目シェアに着目して無理にカルテルと認定する必要性は、競争政策上は低いと思われます。

というわけで、同一ブランド内でのカルテルは、日本では事実上ほとんど心配する必要がない、というのが常識的な感覚ではなかろうかと思います。

2010年6月11日 (金)

CPRCセミナー(行動経済学)

本日、競争政策研究センター(CPRC)の公開セミナーに行ってきました。

京都大学経済学部教授依田高典(いだ・たかのり)先生による、「行動経済学が示唆する競争政策に関する試論」というテーマでした。

依田先生の「行動経済学」(中公新書)は以前読んだことがあり、独禁法の解釈に関係しそうだなぁと思っていたので、とても楽しみにしていたセミナーでした。

(ちなみに依田教授の「ブロードバンド・エコノミクス」という本も買いましたが、結論をざっと読んだだけでもとても示唆に富みそうだと思いながらも、データの分析とかはちょっと私には難しすぎて、今はこの本を読むために計量経済学を勉強中です。)

セミナーは、短時間でしたが内容の濃い、非常に満足度の高いものでした。といいますか、余りに素晴らしくて感動すら覚えました。

何よりも、①行動経済学のポイントや伝統的な経済学との位置づけなど、これから行動経済学を勉強しようとする人にとっての方向性が明確に分かり、しかも、②行動経済学が競争政策にどのように影響するかという点に関する最新の議論を極めて要領よく咀嚼して紹介し、さらにこれが一番大事だと思うのですが、③先生自身のお考えが述べられており、今後自分で考える際に大きな糧になると感じました。

これだけの内容をこれだけの短時間(1時間程度)でまとめられるというのは、大変なことだと思います。

しかも、公開セミナーですから多様な参加者が来るわけで、新しいテーマだけにレベルを調整するのが難しかったはずですが、ちょっと行動経済学をかじった人からかなりのハイレベルな人にまで、幅広く満足できる内容だったのではないかと思いました(全然行動経済学を知らない人は、ちょっとしんどかったかもしれません)。

個人的に参考になったポイントを箇条書きにします(誤解があるかも知れませんので悪しからず。後日講演録がCPRCのホームページに載ると思います)。

①行動経済学は「経済心理学」と呼んだ方がしっくり来る。

②「規範的合理性」と「記述的合理性」という2つの合理性を基礎に考える(初学者には、こういう基本的な視点の提供はとてもありがたいです。本に書いてあってもこういう概念的な話は頭に残らないので、お話しを聞けた意義は大きいです。)

③「参照点」(どこからスタートするか)が大事。

④ケインズの一般理論は不確実性(確率では計れない)の経済学であり、ゲーム理論はリスク(確率)の経済学である(経済学専門の人には当たり前でも、こういう大きな位置付けは本には書いていないだけに、ありがたいです)。

⑤期待効用理論が成り立たないとゲーム理論も成り立たない(争いがあるそうです)。

⑥期待効用理論とプロスペクト理論の違いとは(どうやら両者関連するらしい、ということ自体、門外漢には有益な情報です)。

⑦行動経済学のポイントは、損失回避と確実性重視。

⑧アメリカでは、行動経済学の立場からも、行動経済学を根拠にした政府の積極的介入については意外に消極的。

まだ行動経済学がどの程度独禁法の解釈に生かせるのかは未知数のようですが、個人的には、主に消費者保護の分野では、感情的な弱者保護論ではなく、合理的・科学的な議論の基礎を与えるものとして、非常に有望ではないか、という気がしました。

これに対して、本来の独禁法の分野(私的独占など)に関しては、例えば、抱き合わせやロックインはシカゴ学派が考えるよりも案外簡単に生じてしまうということを科学的に示す、という意味では大きな意義がありそうです。

しかし、そうすると結局行動経済学の結論は常識的なものになりがちなように思われます(逆に言えば、シカゴ学派が常識的な感覚から外れている。それだけに、革命を起こしたといえるのかも知れませんが)。

そうすると、これから増えるであろう独禁法専門の裁判官や弁護士が、まず伝統的な経済学を勉強した上で行動経済学を勉強したら、最後には常識的な結論になって、結局、普通の職業裁判官の健全な常識を超えるものではなかった、という結果になりそうな気がします。

別にそれでもいいのですが、もしそういうことだとすると、コスト(勉強にかける時間)とベネフィット(判断の正確性)を常に天秤にかける実務家的発想からすると、行動経済学を一生懸命勉強する気持ちが萎えるかもしれません。

それから、こういう研究会が公取委で行われているのを見ると、つくづく、景表法が消費者庁に移管されたことが残念です。

小田切教授がコメントで、「消費者問題は現在消費者庁ですから、ここ(公取)での議論はこの辺で・・・」みたいなことをちらっとおっしゃっていましたが、きっと小田切先生も残念だと思われていたのではないでしょうか。

消費者庁は消費者庁で行動経済学を勉強すればいいのかもしれませんが、昔ながらの消費者保護政策に軸足を置いた役所では難しいのではないかという気がします。

例えば、今回のセミナーでも、政府があまり消費者保護に走ると消費者が自分で考えなくなるので却ってマイナス、というような議論が行動経済学の立場からなされていましたが、そいういう議論は消費者庁では難しいような気がします。

公取委には、将来消費者庁を再吸収するくらいの意気込みで頑張ってもらいたいと思います。

2010年6月10日 (木)

エクシングのBMB株式取得(平成21年度相談事例5)

通信カラオケ3位の(株)エクシング(シェア15%)による2位BMB(シェア25%)の株式取得が認められた事例が平成21年度相談事例集に載っています。

1位 第一興商 60%

2位 BMB 25%

3位 エクシング 15%

というシェアだったのですが、株式取得が認められています。

6月2日(水)の事務総長定例会見でもこの事例について触れられていて、

「両社は通信カラオケ事業を営んでいる会社でありまして,国内には通信カラオケ事業を営む会社は3社しかありませんが,これが株式取得によって2社になるというわけであります。しかし,常に過半のシェアを有しているトップ企業があり,商品力,知名度,ブランド力,営業拠点等の販売網のいずれにおいても当事会社より高い地位にある競争事業者が存在するということがありまして,このような状況下において,BMBにつきましては,その親会社も含めて昨年8月期の連結決算等において著しく業績の悪化が進んでいました。さらに,BMBの株式を取得する会社の市場シェアが約15パーセント,第3位であること等を考慮して審査を行った上で,独占禁止法上の問題はないという判断をしたわけであります。」

とあります。

確かに相談事例集でも、

「BMBは、2009年8月期連結決算等によると、その親会社も含めて、著しく業績の悪化が進んでいるものと認められる。」

と、BMBの業績悪化が理由の一つとして挙げられています。

そこでBMBのホームページの決算情報で売上高をみたところ、

2005年8月期 48,466百万円

2006年8月期 50,163百万円

2007年8月期 50,782百万円

と、結構順調だったように見えます。

当期純利益についても、

2005年8月期 2,790百万円

2006年8月期 2,581百万円

2007年8月期 1,101百万円

と、07年8月期に落ち込んではいるものの、利益は確保しているようです。

そうすると、2008年8月期(2007年9月1日~2008年8月31日)に、急激に業績が悪化したのではないかと想像されます。

相談事例集にも詳しいことが書いていないので本当のところは分かりませんが(業績悪化の内容を詳しく書くと当事会社の商売に影響が出かねないので憚られたのでしょう)、ちょっと前まで利益が出ていても急激に業績が悪化した場合には統合が認められる方向に参酌される例、ということができるでしょうか。

少し面白いのは、相談事例集で「その親会社も含めて、著しく業績の悪化が進んでいる」と認定されていることです。

親会社の業績悪化というのが、子会社の株式譲渡(あるいはその他の企業結合)においてどのように考慮されるのか、今ひとつはっきりしません。

企業結合ガイドラインでは、当事会社グループが業績不振である場合には、事業能力を評価する上で考慮する、としています(第4.2(8))。

しかし、本件は株式取得の事案なので、BMBは親会社であったUSENのグループから離脱するわけで、親会社の業績が不振か否かは、BMBの事業能力、あるいは統合後のBMBとエクシングの事業能力には、あまり関係ないように思われます。

さらに続けて企業結合ガイドラインでは、いわゆる破綻企業の抗弁として、

「なお,当事会社の一方が実質的に債務超過に陥っているか運転資金の融資が受けられないなどの状況であって,近い将来において倒産し市場から退出する蓋然性が高い場合において,これを企業結合により救済することが可能な事業者で,他方当事会社による企業結合よりも競争に与える影響が小さいものの存在が認め難いときなどは,当事会社間の企業結合は,一般に,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれは小さいと考えられる。」

とされていますが(ここでは「当事会社」であって「当事会社グループ」では無いことに注意)、本件ではそこまでの認定はされておらず、公取委の判断の筋道はよくわかりません。

商売の手を広げすぎて業績不振に陥ったグループが本業に専念するために不採算事業を売却する場合には独禁法上の問題は少ないという判断を公取委がした、というのは、ひねりすぎた見方でしょうね。

やはり本件では、1位が余りに強い、ということが重視されたのでしょう。

2010年6月 9日 (水)

差別対価の「差」の程度

差別対価(独禁法2条9項2号、一般指定3項)は、「差別的な対価」を課すことが不公正な取引方法として違法となる、という類型です。

それでは、どの程度の「差」があれば差別対価となるのでしょうか。

この問題は、一般的には、公正競争阻害性が生じるか否かという問題として十把一絡げに、あるいはケースバイケースで論じられるのだと思われますが、若干の整理をしておきたいと思います。

まず、差別対価には、差別対価自体の違法性が問題とされる差別対価(「まともな差別対価」とでもいいましょうか)と、独禁法上違法な目的の実効性確保手段として用いられる差別対価(「手段としての差別対価」とでもいいましょうか)とがあると言えます。

そして、「まともな差別対価」には、

①ライバルの顧客だけを狙い撃ちして値引きすることによってライバルの事業を困難にする、「略奪廉売型」

と、

②取引の相手方に不当に高く売ることによって、その者の事業を困難にする、「準取引拒絶型」

とがあります(白石先生の整理。白石「独占禁止法」p171)。

これに、

③「手段としての差別対価」

が加わります。

実は、①の「略奪廉売型」については、不当に安い価格と、他の通常の価格との差は、違法か否かに直接は関係しません。

というのは、①の「略奪廉売型」の問題点は、不当廉売と同様、正常な競争といえないようなコスト割れ販売をする点にあるので、不当に安い価格がコスト割れか否かが問題なのであって、正常価格と不当に安い価格との差自体が問題ではないからです(なお、コスト割れが①の違法要件かは争いがありますが、実務的には、コスト割れでないものが違法とされる可能性は低く、コスト割れが違法要件と考えておいて大きな間違いは無いと思います)。

これに対して、②の「準取引拒絶型」については、通常の価格と、不当に高い価格との差は、とても重要です。

なぜなら、準取引拒絶型の問題点は、不当な差別を受けた(高値で買わされた)取引先が川下市場で競争できなくなることなので、通常価格で購入している他の取引先(不当に高く買わされている取引先の競争者)と川下市場で対当に競争ができなくなるくらいの差なのか否か(多少の差であれば、企業努力で吸収できるでしょう)が問題だからです。

注意を要するのは、③の「手段としての差別対価」の場合です。

例えば、メーカーが商品αの再販売価格維持をしようとしていて、これに従わないA社に対してだけ、別の商品βの卸売価格を他の販売店よりも上げたとします(A社は、商品αも商品βも取り扱っているわけです)。

この場合、差別対価の対象は商品βですが、A社の商品βの仕入価格と他の販売店の仕入価格との間にどの程度の差があれば違法となるかは、「A社が商品αについての再販売価格維持を守る気になるくらいの差か否か」で決まるのだと思います。

例えば、商品βの市場規模が商品αよりもずっと大きい場合(β>>α)には、A社にとっては商品βのほうがずっと大事でしょうから、商品βの卸売価格のほんの僅かな差であっても、商品αの価格を維持させるのに充分かもしれません。

逆に、商品αの市場規模の方がずっと大きい場合(α>>β)には、A社はαの売上を増やすためだったらβはやめてしまってもいい、と考えるかもしれません。

そうすると、いくらβのA社への卸売価格と他の販売店への卸売価格の差を大きくしても、αの再販売価格維持は功を奏さないでしょう。

つまり、③の「手段としての差別対価」における「差」は、目的たる違法行為の実効性を確保するに足りるだけの差であるか否か、で決まることになります。

このように、差別対価にはいろいろな物が混じっているので、どの程度の「差」があれば違法になるのかも、違法となる理由ごとに異なる、ということになります。

2010年6月 7日 (月)

経産省の産業構造ビジョン骨格案

経産省から「産業構造ビジョン骨格案」というものが出されました。

その中に競争政策について言及された部分があります(「日本の産業を支える横断的施策について(第一部)」p49)。

その〈方針〉の中に、

「競争政策の視点を、従来の『短期・国内市場中心の競争促進』に加え、『中長期・グローバル市場での競争力強化』の両立に転換する。」

とあります。

「転換する」なんて言われると、何だか従来公取委が「短期の競争」だけを重視していて、「中長期の競争力強化」を重視していなかったかのようですが、それは公取委にとって心外でしょうね。

ここで経産省がいっている、短期の競争、長期の競争というのは、経済学でいうところの、短期的、静的な資源の効率的分配(短期の競争)と、イノベーションや技術革新といった長期的、動的な競争(長期の競争)との対比が念頭にあると思われますが、公取委は従前も短期の競争と中長期の競争との両立を目指していたと思います。

といいますか、短期の競争しか念頭に置いていないような競争法当局は、世界中を探しても無いと思います。

骨子案も、言いたいのは要するに、(短期であれ長期であれ)グローバル市場で日本企業が競争力を保つことが必要である(だから、キリンとサントリーのような勝ち組同士の統合も認めてね)、ということなのでしょう。「短期」か「中・長期」かは、言葉の綾みたいなもので、あまり深い意味はないのでしょう。

さらに〈具体的対応策〉②で、

「②中長期・グローバル市場にも配慮した企業結合審査への転換

シェアを測る市場の画定、輸入圧力など競争に対する影響の評価などにグローバルな経済実態が反映されるよう、企業結合審査の考え方・基準の見直し等を実施。」

とあるのも、公取委の実務の現状を正しく捉えていない提言(批判?)ではないかという気がします。

最近公表された企業結合事例集でもアジア市場を画定した例がありますし、グローバルな経済実態が反映されるような審査を公取は従来もしてきたと思います。

だいたい、グローバルな市場を画定すればシェアが下がってHHIも下がってセーフハーバーで救われる、と考えるのは、短絡的な議論です。

独禁法が国内の需要者を保護することを目的にしている以上、仮に供給者である企業がグローバルに競争している市場であっても、(国内企業か外国企業かを問わず)日本の需要者を狙い撃ちして値段を上げたりできる市場であれば(そういう市場か否かが、まさに大問題ですが)、日本の独禁法上問題があり得るのは当然のことだと思います。

日本国民を狙い撃ちできる市場かどうかは、輸入コストが安いか(安いと、狙い撃ちできない)とか、日本人が特殊な嗜好を持っているか(特殊な嗜好を持っていると、狙い撃ちしやすい)とかいった事情により決まります。

ちなみに、日本人が外国企業に乗り換えることができる(つまり輸入する)ことができる場合であっても、外国企業が日本人を狙い撃ちして値段を上げたりできるような市場であれば、やはり地理的市場は日本であろうと思います(なので、輸入品に切り替えることができるからといって、安易に世界市場を画定していいかは、慎重に考えないといけません)。

世界市場を画定すればシェアが下がって独禁法の問題は万事解決する、というような誤解が一部にあり、経産省の「ビジョン」もそのような誤解に基づいているように読めますが(いや、経産省にはエコノミストも多いでしょうから、分かった上でこういう書きぶりにしているのでしょう)、問題の本質を捉えた議論の土俵を設定しないと、どこまで行っても議論が噛み合わないだけでしょう。

私は、ここで議論の土俵とすべきは、「公取委が経済分析を踏まえた合理的な企業結合審査をしていないために、単純なシェアやHHIに基づいた判断をしており、そのため、本来反競争的とは言えない事案まで禁止しているケースがあるのではないか」(その逆のケースもありますが、経産省にとってはそれは問題ではないのでしょう)、ということではないか、と考えています。

2010年6月 5日 (土)

独禁法上不当な目的を達成するための行為の違法性

独禁法上不当な目的を達成するための行為は独禁法上違法である、と言われることがあります。

例えば、再販売価格維持を守らせる目的で、再販売価格を守らない代理店との契約を解除する場合、そのような解除は、再販売価格維持という独禁法上違法な目的を達成するためになされるので違法である、というように説明されます(流通取引慣行ガイドラインにもそのような記述があります)。

この場合、「解除」という行為を単体でみれば単独の取引拒絶(一般指定2項)なのですが、単独の取引拒絶の違法性基準(かなりハードルは高い)では違法性を判断することはせずに、再販売価格維持の違法性(ハードルはかなり低い)に従って違法性を判断するのが通常です。

つまり、「解除」という行為だけを取り出して独禁法上の評価をするのではなく、「解除」という行為によって達成しようとしている目的の方に注目するわけです。

ここで注意を要するのは、この例はあくまで再販売価格維持の問題と考えるべき、ということです。

このような解除を、独禁法上違法・不当な目的を達成するための取引拒絶と整理した上で、一般指定2項の「その他の取引拒絶」の問題であるとする考え方が多いと思いますが、理屈の問題として、このような考え方は間違っていると思います。

まず文言解釈として、「不当に」(一般指定2項)という同じ文言に、本来の単独の取引拒絶の違法性基準(厳しめ)と、他の不当な目的達成のためという緩めの基準の、2つの基準を読み込むことになり、文言解釈として据わりが悪いということもありますが、実際上の問題もあるように思われます。

つまり、「不当な目的」ということで片づけてしまうと、反競争性の分析が、なおざりになってしまう、という問題があると思われます。

弁護士としては、「違法な目的達成のためだから違法だ」というと、何となく理屈がついたような気になるし、クライアントも何となく納得してしまうので便利な理屈なのですが、これは裏を返せば、反競争性の分析をせずに違法だという結論を出しているわけで、独禁法のアドバイスとしては失格です。

結局再販売価格維持としての反競争性を吟味しなければならないのなら、一般指定2項の問題と扱わず、最初から再販売価格維持(独禁法2条9項4号ロ)の問題として取り扱うべきです(再販売価格維持なら、2度目の違反から課徴金もかかりますし)。

さらに、「不当な目的達成のため」という理屈に頼ると、国際的な問題を考えるときに、どこの市場での競争が問題になっているのかという問題点を見落としてしまいがちです。

例えば、米国企業のA社が商品αと商品βを製造し、商品αは欧州で、商品βは日本で、いずれも何社かの代理店を通じて販売していたとします。

そして、日本企業のB社は、A社の代理店として、商品αを欧州で、商品βを日本で、販売していたとします(いずれも非独占の代理店契約)。

A社は、実は欧州で再販売価格維持を行っており、B社以外の欧州代理店は、それに従っていました。

しかし、B社は再販売維持に従わず、欧州で商品αの安売りをしました。

そうしたところ、A社は、日本で売る商品βのB社に対する卸売価格を上げてきました。しかし、A社は、日本の他の代理店に対する卸売価格は据え置きました。

以上の経緯からすると、どうやら日本での商品βのB社に対する卸売価格の値上げは、B社が欧州で商品αの再販売価格維持に従わなかったことに対する報復であるようです。

さて、以上のような例で、日本での商品βのB社に対する卸売価格の値上げは、差別対価(独禁法2条9項2号)として違法になるのでしょうか。

商品αの再販売価格維持を達成するために差別対価を行っているのだから、独禁法上違法な目的達成のためということで、違法な差別対価である、といってよいのでしょうか。

でも待って下さい。

ここで競争制限が問題になっているのは、明らかに、再販売価格維持がなされている商品αで、商品αは欧州で販売されているだけです。

そうすると、日本の市場での競争制限はなく、そもそも日本の独禁法が適用されないのではないか(管轄がないのではないか)、ということに気が付きます。

このように、達成される違法な目的(=欧州での商品αの再販売価格維持)の方に注目していれば、このような事例が日本の独禁法の問題ではない、ということに容易に気付きます。

ところが、違法な目的を達成するための手段行為にだけ着目していると、手段行為が行われたのが日本なのは間違いないので、何の疑問もなく日本の独禁法の問題であると考えてしまいがちです。

このような例も考えると、やはり、手段行為の方に着目するのは何かと問題があり、正々堂々と、達成される目的の方に着目すべきことが分かるのではないでしょうか。

2010年6月 4日 (金)

下請法の「製造委託」の意味

下請法の適用の有無を画する重要概念として、「製造委託」という概念があります。

一般に、製造委託は、製造を委託するものであって、出来合いの商品(規格品)を購入する場合は製造委託には該当しないと考えられています。

その趣旨は、日本の実態として、下請というのは、親事業者の注文を受けて部品などを加工する場合が想定さているから、単なる売買は下請と呼ぶに値しない、ということなのでしょう。

公取委ホームページのQ&Aでも、

「Q7 規格品,標準品の製造を依頼する場合,下請法の対象となる製造委託に該当しますか。」

という質問に対して、

「いわゆる規格品,標準品であって,広く一般に市販されているものなど実質的には購入と認められる場合は該当しません。しかし,規格品,標準品であっても親事業者が仕様等を指定して下請事業者にその製造を依頼すれば下請法の対象となる製造委託に該当します。例えば,規格品の製造の依頼に際し,依頼者の刻印を打つ,ラベルを貼付する,社名を印刷するとか,規格品の針金,パイプ鋼材等を自社の仕様に合わせて一定の長さ,幅に切断するというような作業を行わせた場合等がこれに当たります。」

と回答されています。

しかし、一般に受け入れられている以上のような説明が、条文の定義にマッチしているのかは、一応チェックしておく必要があります(裁判所が公取委の解釈に従う保証はありませんので)。

下請法2条1項では、製造委託を以下のとおり定義しています。

「事業者〔=親事業者〕が業として行う販売若しくは業として請け負う製造(加工を含む。以下同じ。)の目的物たる物品若しくはその半製品、部品、附属品若しくは原材料若しくはこれらの製造に用いる金型又は業として行う物品の修理に必要な部品若しくは原材料の製造他の事業者〔=下請事業者〕に委託すること及び事業者がその使用し又は消費する物品の製造を業として行う場合にその物品若しくはその半製品、部品、附属品若しくは原材料又はこれらの製造に用いる金型の製造他の事業者に委託すること」

目が眩みそうになる定義ですが(笑)、赤で塗った「又は」と「及び」を手掛かりに読んでいくと、要するに、物品やら半製品やらの「製造・加工」を「委託」する点については共通するようです。

したがって、単なる規格品の売買は「製造・加工」の「委託」ではなく、「製造委託」ではない、ということなのでしょう。

しかし、そうすると、公取委HPのQ&Aの、

「例えば,規格品の製造の依頼に際し,依頼者の刻印を打つ,ラベルを貼付する,社名を印刷するとか,規格品の針金,パイプ鋼材等を自社の仕様に合わせて一定の長さ,幅に切断するというような作業を行わせた場合等がこれに当たります。」

というところがちょっと気になります。

微妙なのは、売買の過程で必ず加工が絡む場合です。

例えば、竿だけ屋に竿竹を切らせて買うのは製造委託でしょうか。

公取委のQ&Aも、「一定の長さ」に切断させるとすべて製造委託になるといっているのではなさそうです。

あくまで、「自社の仕様にあわせて」切らせることが必要、ということです。

しかし、「一定の長さ」というのが、「自社の仕様」なのか、業界で共有されている「規格」なのかは、結構微妙なこともあるのではないでしょうか。

例えば、町で竿竹を売り歩く竿だけ屋が、「2m、2.5m、3m」という「規格」を予め定めて、お客さんの注文に合わせてお客さんの目の前で2mなり、2.5mなり3mに竿竹を切る場合は、お客さんの「自社の仕様」に合わせたわけではないので、「製造委託」には該当しなさそうです。

これに対して、竿だけ屋がこのような「規格」など定めず(普通定めないでしょう)、お客さんが「竿竹を2m分ください」といえば、「自社の仕様」となって、「製造委託」に該当するのでしょうか。ちょっと変な感じがします。

例えば、ある商品には、「○○ミリ角」とかいった何種類かの裁断条件が、いわば業界の標準として、事実として存在していることがあり得ます。その原因としては、下請業者の設備の問題で、1ミリ未満の微調整が効かない、ということがあるかもしれませんし、事実上の規格に従った方がコスト的に有利と言うこともあるかも知れません。

JISなどの規格で決まっている場合には「規格品」といいやすいですが、そうではない、事実上の業界の標準のような場合には、「規格品」なのか、発注者の「自社の仕様」なのか、限界は微妙なこともありそうです。

しかし、そもそも条文の文言に遡れば、製造委託の定義は「製造・加工」の「委託」でしかないわけで、竿だけ屋が「規格」を定めていようがいまいが、竿竹を切るという作業(加工)を「委託」している以上、文言上は、「製造委託」に該当するとも読めそうです。

しかし、竿だけ屋が竿竹を切るのは、竿竹を売り歩く以上必然的に切断という作業が必要になるのであって(予め切っていくと特定の長さの竿竹だけ売れ残りが出てしまう)、買う方にしてみれば、切断という作業には重要性はなく、重要なのは竿竹を買うことだ、ということなのでしょう。なので、「製造・加工」の「委託」ではなく、売買だ、という解釈です。

こうしてみると、公取委のような一般的な解釈は、やや結論を先取りした解釈ではありますが、こういう合目的的な解釈は歓迎すべきでしょう。

2010年6月 3日 (木)

平成21年度企業結合事例集

平成21年度企業結合事例集が公取委のHPで公表されました。

いくつか気が付いた点を記しておきます。

【事例2】新日本石油(ENEOSですね)と新日鉱ホールディングス(こちらはJOMOです)の経営統合

両社競合する商品の1つであるパラキシレンの地理的市場を、「アジア地域」としています。

理由は、アジア統一指標価格があること、制度面・実質面の輸入障壁が低いこと、アジア地域のパラキシレン・メーカーはアジアの各国に供給できる体制にあること、です。

両社の統合後の日本市場でのシェアは、合計40%で1位、ということだったので、日本市場を画定されるとさらに慎重な審査を要したかもしれません。

アジア統一市場、アジア内需という言葉を新聞などでみかける昨今、アジア市場を画定するケースが独禁法の世界でも増えてくるかも知れません。

ニードルコークスに関する問題解消措置も興味深いです。

①ニードルコークス事業を分社化して議決権の90%以上を大手商社に譲渡する。

②譲渡完了まで(公取委のクリアランスから1年以内と指定されています)、事業価値を維持するよう努める。

③同事業の売上を毎月公取委に報告する。

④ニードルコークスの原料を、分社した会社に「適切な価格」で供給する。

⑤ニードルコークスの製造を受託する。

⑥情報遮断措置をとる。

⑦研究開発成果やノウハウを、分社した会社に「適切な条件」で提供する。

①で、対象事業を完全に第三者に譲渡するのではなく、10%程度議決権を保有しつつづけることを認めているのは、こうしたほうが、分社後も当事会社がニードルコークス事業を引き継いだ会社に協力するインセンティブを持たせようという意図かもしれません(もちろん、10%保有し続けることを義務づけられているわけではないのですが)。

【事例3】三井金属工業と住友金属鉱山による伸銅品事業の統合

この事例で興味深いのは、統合の対象である伸銅品事業ではなく、伸銅品の原材料である電気銅に関する競争制限の可能性(情報交換)を問題にしている点です(統合される伸銅品事業は、当事者のシェアが低く、セーフハーバーで救われています)。

さらに、電気銅事業に関する問題解消措置の内容も興味深いです。

①電気銅について情報遮断措置をとる。

②秘密情報(電気銅の研究、開発、製造、販売及びマーケティングに関する非公知の情報)は、パスワード、施錠管理により、必要のある者しかアクセスさせない。

③②の違反者に対する懲戒事項を定める。

④PPC(=三井金属グループの電気銅事業子会社)の役員または役員であったものを、「本件共同出資会社」(=本件統合により伸銅品事業が集約される住友金属鉱山伸銅のことと思われます。事例集の「本件共同出資会社」の定義の仕方は変だと思います)の役員に選任しない。その逆の選任もしない。

⑤PPCで秘密情報を知った者は、最低5年間、「本件共同出資会社」へ出向・転籍させない。逆もまたしかり。

③で、懲戒事項を定めることを求めているということは、おそらく、入社時に署名させるような一般的な守秘義務契約ではなくて、電気銅に関する秘密情報という、対象を具体的に特定した守秘義務と、それに違反した場合の懲戒を定めよ、ということなのでしょう。

④については、PPCと「本件共同出資会社」との間の役員兼任を禁じるなら、バランス上、住友金属鉱山と「本件共同出資会社」との間の役員兼任も禁じるべきように思われますが、なぜかそのようになっていません。その理由は、事例集の記載からは読み取れませんでした。

(といいますか、事例集の文章は、こんな骨と皮だけの味気ない文章ではなくて、もっと人間味のある、読む人に易しい文章にはならないものでしょうか。一応法律のプロの私でも頭に入れるのに苦労するのですから、アマチュアの人はもっと苦労すると思います。)

【事例4】

この事例では、当事者が提出したSSNIPテストのデータが、「SSNIPテストにおける一般的前提から大きく離れている可能性があ(った)」ため、不採用になっています。

しかし、こういう判断こそ、何がどういけなかったのかを、はっきり事例集で公表すべきではないでしょうか。そうでないと今後の参考になりません。

【事例5】エクシングによるBMBの株式取得

通信カラオケの会社の買収です。

これ、すごくあっさり認められてますが、本当によかったんでしょうか。

統合前は、1位の会社(第一興商ですね)が60%、BMBが25%、エクシングが15%で、統合後は、1位60%、2位40%という2社体制になります。

カラオケ機は中古機も出回っていてユーザーが価格交渉上優位に立つことがOKの理由として述べられていますが、HHIが5200,ΔHHIが750、という事例がこれだけあっさりとした理由で認められたのは、ちょっと驚きです。

3社から2社への統合で、中古品が出回っている商品の事前相談を受任することがあったら、このケースを引用してみたくなります。

2010年6月 2日 (水)

談合からの離脱

どのような場合に談合から離脱したといえるのかを判断した事例として、橋梁上部工事談合事件に関する公取委審判審決平成21年9月16日審決があります。

詳しい内容は公取委の審判決データベースなどでご覧いただくとして、審決の内容は、なかなか企業側に厳しいものになっています。

三菱重工に関する部分だけを要約しますと、橋梁工事の談合について公取委の立入調査(H16.10.5)があったために、三菱重工は、談合から離脱できないのであれば橋梁部の廃部もやむなしとの方針を打ち出し、談合組織(K会)の主担当で価格調整に関与していた同社の担当者(T氏)を入札価格決裁ラインから外し、他社にも談合からの離脱を伝え、さらに、社長から橋梁部部長(M氏)に対して談合からの離脱を厳命したにもかかわらず、三菱重工の談合からの離脱が認められなかった、というものです。

審決が離脱を認めなかった理由は以下のような事情があったためです。

①立入調査後、三菱重工のT氏は、横川ブリッジに、会社から談合を継続するのであれば橋梁部を廃止するとの強い指示を受けたことを伝えるとともに、

「会社の方針で業界には残れない」、

「自分のところが業界に迷惑をかけるようなことはしないから」、

「うちは矢田〔談合に加わろうとしない一匹狼の会社〕じゃありません。みなさんの邪魔をするつまりはありません。うちとしては、一生懸命汗をかいていくだけです。」

などと発言した(審決書p50)。

②立入調査後、受注予定者変更により急きょ受注予定者となったJFEエンジニアリングが、三菱重工のK会副担当者(TK氏)に協力依頼のために連絡を取ったところ、同氏より、

「絶対にご迷惑をかけることはありません。自社の積算は高いですから。」

と述べた(審決書p51)。

③立入調査後(平成16年10月末か11月ころ)、横川ブリッジは三菱重工T氏を訪れ、K会からの脱会の意思を再度確認したところ、T氏は、

「業界には迷惑をかけない」

旨の発言をした(審決書p52)。

④その後も横川ブリッジは、もう1つの談合組織(A会)の常任幹事である川田工業と三菱重工T氏を訪れ、再度三菱重工の意向を確認したところ、T氏は、

「会社としてはできなくなるけど、自分としては何とかできると思う。絶対に迷惑はかけないようにするから。」、

「K会を抜けるなんていう考えはありません」、

「東北地整ではまだ仕事がないんで、なんとか考えてよ」

などと発言した(p52)。

⑤新潟中越地震に際しての災害復旧工事の公告が行われた平成17年1月10日ころ、三菱重工T氏は、横川ブリッジに電話して、

「地震が起きて、直後に、三菱の技術陣が現地へ飛んで、・・・自分のところの旧橋のチェックに行った、と。それで、すぐに復旧の打合せを現地の公団の方々とやった。」

と述べ、「もう既に勉強をやっているから何とかこの仕事をやらせて欲しいという趣旨の発言」(p54)をした。

以上を踏まえて審決は、

「結局のところ,上司の指示に従うことができず,表立った行動は極力避けるようにしながらも,本件違反行為を継続している他の違反行為者の行為に追随して,被審人三菱重工業の経営陣らに内密に,本件違反行為を継続していたものと認めざるを得ない」

と認定し、談合からの離脱を認めませんでした(p63)。

確かに、事実関係を眺めれば、会社の命令にもかかわらず担当者は談合から抜け切れていないようであり、これでは離脱は認められないなぁ、という印象です。

しかし問題は、では、談合から離脱したい企業はどうすればいいのか、ということです。

これはなかなか難しいですね。

担当者も担当部長も完全に配置換えしてしまう、というのが1つのやり方ですが、業務への影響が大きくて現実的でないことも多いでしょう。

談合のメンバーとは一切連絡を取るな、と具体的に指示をする、ということも考えられますが、それでも向こうから連絡してくることは止められませんし、いままでの行き掛かり上、手のひらを返したようにつれなくすることもできない、というのが人情かもしれません。

もし今後他社と連絡をとったら懲戒だ、と通告することも考えられますが、言うは易しで、現実にやると、従業員のモチベーションが下がってしまいそうです。

さらに問題は、担当者が他社と連絡を取る可能性があるかどうかも分からない段階で、どこまで厳しい指示を出せるのか、ということです。

結果的に連絡を取り合っていたときに、あとからああだこうだというのは簡単です。学者はそれで良いのかも知れませんが、実務家は、解決策を考えないといけません。

私がもし似たような案件を担当することがあっても、「今後は他社から連絡があっても相手にしちゃダメですよ」と担当者に念押しするくらいしか、できないような気がします。

しかし、本審決は、それでは足りないといっているのも同然ですから、何とか対応を考えないといけません。

ですので、担当者が立入調査後も他社と連絡を取り合っている兆候があるか否かにかかわらず、できるだけ具体的な指示を出す、最低限、他社から連絡があった場合にはその内容如何にかかわらず、すべて報告させる、ということくらいは必要でしょう。

それから、立入調査などの緊急時には時間的余裕がありませんが、どういう行為が談合になるのかを予め教育しておくのは、やはり大事なことです。

例えば本件でも、「うちの入札価格は元々高いから」みたいな発言があったようですが、これでも談合になります。

「もともと落札の可能性がないのに、その事実を告げただけでどうして談合になるんだ?」という疑問の声が聞こえてきそうですが、そうではありません。

というのは、他社に、「じゃ、自分はこれくらいの高めの値段で入札しても大丈夫だな」という安心感を与えるだけで、充分に価格維持効果があるのです(ゲーム理論的に言えば、相手の戦略に影響を与えるようなコミットメントをしているわけです)。

と、このような理屈はさておき、「本当に競争していたら、自分のところの入札価格を他社に教えたりするか?」ということを、一人一人自らに問うてみて、「本当に競争していたら、そんなことしないよなぁ」という実感を持ってもらうことが大事なのだと思います。

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

フォト
無料ブログはココログ