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2010年5月 5日 (水)

個人版リニエンシーの必要性

日本では、カルテルを実行した個人に対して刑罰が科されるにも関わらず、個人がリーニエンシー(課徴金減免制度)を利用できるようにはなっていません。

これが実務的にどいういう影響を持つかというと、カルテルを実行していた従業員個人(例えば営業担当者)が、カルテルはやっぱりいけないことだと悔い改めて公取委にカルテルの事実を申告しても、有利な取り扱いを受ける保証はない、ということです。

なので、カルテルを実行した従業員個人は、警察に自主をするしかないし、自主をしても起訴されないという保証は無い、ということになります。

どうしてこういうことになるのかというと、そもそも日本のリニエンシーは、「課徴金減免制度」と呼ばれていることからも分かるように、あくまで課徴金を減免する制度であるという仕組みになっています。

そして、課徴金を支払うのは、カルテルの違反事業者である会社になります。従業員個人ではありません。

そのため、リニエンシーを申請できるのは会社だけで、従業員はできない、ということになります。

しかも公取委の運用では、リニエンシーの申請は、例えば社長個人の意思でなされたものではなくて、会社としての意思表示である必要があることになっています。そのため、リニエンシーの申請をするためには取締役会決議を行ったりして、会社の意思表示であることを明確にするという手順が踏まれたりします。

そして、リニエンシーを申請した会社とその従業員の刑事罰については、公取委がリニエンシーで1位になった会社とその従業員については刑事告発しない方針を表明し、それによって間接的に、1位の会社とその従業員については刑事責任を問われない、ということになっています(さらに、告発不可分の原則のために他の違反者が告発された効力が1位になった会社にも及ぶのではないか、という疑義に対応するために、検察庁が国会で「公取委が1位の会社を告発しなかった趣旨は尊重する」という答弁をすることで対応しています)。

しかし、本当にそれでよいのでしょうか。

例えば、営業担当者が、カルテルはやめようと決意して会社に相談したところ、会社からもみ消されそうになった(なので会社としてのリニエンシー申請はしない)、という場合、その営業担当者はどうすればいいのでしょうか。

もし公取委に違反の事実を申告しても、リニエンシーの申請とは扱われません(リニエンシーの申請書の書式は違反事業者(つまり会社)が作成するような書式になっているので、営業担当者個人はそもそも申請書を書くことすらできず、リニエンシーっぽい外形を整えることもできません)。

そうすると、一般人による違反事実の報告という形になりますが、それだと何ら有利な扱いを受けられません。そんなことをするくらいなら、警察に自首したほうがよっぽどまし、ということになります。

しかし公取委に何も報告しないでいるとその個人が刑事告発されそうだし、もし刑事告発されたら、きっと検察庁は公取委の意思を「尊重」して起訴するでしょう。

なので、公取委と警察の両方に行こうか、ということになりますが、ではどちらから先に行こうか、と悩むことになります。

会社がリニエンシー申請する場合なら、断然、まずリニエンシーを申請すべきです。一刻を争いますから。

会社がリニエンシーを申請しない場合には、刑事告発されそうなくらい重い事件だったら、やっぱり警察に先に行くのでしょね。でも一般の方が警察に行くと言うのは心理的に負担が大きいですし、できれば警察には行きたくないと思うかもしれません。

では公取委に先に行くと、その情報が公取委から警察に伝わって、自首の要件(刑法42条)を満たさなくなるかもしれません(その辺は公取委がうまいこととりなしてくれるかもしれませんが)。

公取委に先に行って、「どうしましょうか?」と相談したら、公取委から「刑事事件にするほど重い事件じゃないから、警察に行く必要はないんじゃないかなぁ」とか言われて(あるいは弁護士に同じような相談をして同じようなアドバイスを受けて)警察に行かないでいたところ、実はものすごく重い事件だということが審査の過程で分かってきた、なんてことになると目も当てられません。

・・・というように、会社に違反を知らせたけどもみ消されそうになった従業員は、なかなか悩ましい立場におかれることになります。

ですので、やはり個人の資格で申請できる「個人版リニエンシー」があった方がよいと思います。

リニエンシーは法律上はあくまで課徴金を減免する制度なので、「個人版リニエンシー」は法律上の制度とすることは難しそうですが、公取委の刑事告発ガイドラインに書くという方法なら可能でしょう。

そもそも、個人の刑事免責を会社のリニエンシーの有無にかからしめること自体、合理的な理由はないのです。会社によるもみ消しにあったというような場合だと、従業員と会社の利害の対立は先鋭化します。

アメリカには法人のリニエンシーとは別に個人のリニエンシーがあるわけですし、日本でも作らない理由は無いと思いますが、いかがでしょうか。弁護士としても、その方が従業員に安心してアドバイスしやすいです。

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コメント

しばしばお邪魔をさせて頂いております。この件、おっしゃる通りと思います。エンフォースメントの設計は、その場に生きる人間たちの葛藤やインセンティブをきちんと見ることから始まるべきと考えております。

ありがとうございます。さらに考えてみたのですが、そもそもこの問題が発生するのは、日本ではカルテルが刑罰と課徴金両方の対象になっているからですね。それから、違反行為の実行者である従業員が既に退社している場合などは、元いた会社に掛け合ってリニエンシーを申し立ててもらうなどというインセンティブはその従業員にはありませんが、刑事責任を免れるインセンティブは大いにある(その反面、元務めていた会社に意地悪されることを心配する必要もない)ので、事件掘り起こしの観点からも、個人版リニエンシーは公取委にとっても意味があるように思います。

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