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2010年5月10日 (月)

価格の内訳は問題か。

独禁法に関する経済学を勉強していて、法律と経済学の発想の違いに驚いたことがいくつかありますが、その1つが、「経済学では価格の内訳は気にしない」、ということです。

つまり、経済的に合理的な人は、トータルの商品に対してトータルで支払っても良い価格(留保価格)を決めるので、その内訳がどうであろうと気にすべきでない、ということです。

例えば、人気ソフトであるドラクエと不人気ソフトを抱き合わせる場合、消費者が、ドラクエには1万円払ってもいいけれど不人気ソフトには1円も払いたくない、とします。

この場合、ドラクエの店頭価格が5000円、不人気ソフトの店頭価格も5000円だとすると、両者抱き合わせても1万円です。

すると、消費者はもともとドラクエだけでも1万円支払って良いと思っていたのだから、抱き合わせで価格1万円になっても喜んで買うはずであり、店頭価格の内訳が「ドラクエ1万円、不人気ソフト0円」であろうが、「ドラクエ5000円、不人気ソフト5000円」であろうが、気にしないし、合理的な経済人は気にすべきでない、ということです。

こういう発想に従えば、消費者はトータルで1万円と評価して買っているのだから独禁法上問題とすべきではない、ということになりそうです。

さらに考えを進めると、ドラクエの抱き合わせの事件の本質も、不要なものを押しつけたということが問題なのではなくて、本来5000円のものを1万円で売りつけた、という点こそが本質なのではないか、という気がしてきますし、そうすると、不要品強要型(その本質は優越的地位濫用)の抱き合わせは、不当高価販売と同じ要件でのみ違法とすべき、ということになるように思われます。

つまり、「定価5000円のものを1万円で売ったことが、優越的地位の濫用が成立するほどの「不利益」(独禁法2条9項5号ハ)と言えるような場合にだけ、ドラクエ事件のような抱き合わせは違法にすべきではないか」、ということになりそうです。

しかし、以上の議論は、理屈は確かにその通りでも、心情的には納得できないものがあります。

以下の1つのシナリオを比べて下さい。

A.ドラクエ5000円、不人気ソフト5000円で抱き合わせされていた。

B.ドラクエ単独で1万円で売られていた。

合理的な経済人であれば、AもBも不当とは思わないでしょう(あるいは、同じ程度に不当と思うでしょう)。

でも心情的には、何となくAの抱き合わせのほうが納得いかない気がするのではないでしょうか。

それはなぜかと言えば、Aのほうが、不要品がくっついているだけに、何となくいかがわしい空気を醸し出しているからではないでしょうか。

しかし、Aを抱き合わせで違法にすると言うことは、Bを禁止するのと経済的には同等なはずです。別の言い方をすれば、Aを抱き合わせで違法とすることは、独禁法が定価以上での販売(B)を禁止しているようなものだ、ともいえそうです。

しかし、少なくとも法律家の議論としては、そのような議論は聞いたことがありません。

要するに、このくらい、経済学的な発想と法律の発想は違う、ということです。

しかし、経済的に合理的なものの見方から学べることも非常に多いです。時々、法律家としての自分の発想の方が、先入観に囚われていただけではないかと、はっとさせられることも多いです。

独禁法の合理的な解釈には、こういう、ちょっと冷めた経済学的な物の見方も必要だと考えています。

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