需要の弾力性と市場支配力との関係
ミクロ経済学の理論によると、企業の利益率(プライス・コスト・マージン)は当該企業が直面する需要の弾力性の逆数である、という、とてもシンプルな関係があります。
プライス・コスト・マージン:(p-c)/p
[pは価格、cは限界費用です。]
需要の弾力性:ε
とすると、
(p-c)/p=-1/ε ・・・(1)
ということです。
プライス・コスト・マージンは、企業が限界費用以上に価格を引き上げることのできる能力を表すので、独禁法上の市場支配力を計る物差しになります。
そのようなプライス・コスト・マージン(ラーナー・インデックスともいいます)が需要の弾力性の逆数であるということは、需要の弾力性さえ決まれば、企業の市場支配力の大きさがわかる、ということです。
(1)式から分かるように、価格の弾力性(の絶対値)が極めて大きい場合(|ε|≒∞)、つまり、価格を少しでも上げると需要が0になってしまう場合、プライス・コスト・マージンも0となります。よって、企業は市場支配力をまったく有しないことになります。
逆に、価格が完全に非弾力的な場合(|ε|=0)、プライスコストマージンは無限大となり、企業はいくらでも値段を上げることができる、つまり極めて大きい市場支配力を有することになります。
要するに(1)式は、値段を上げると一気に売上が落ちてしまう(弾力性が大きい)場合には、企業の市場支配力は小さい、ということを言っていることになります。常識的ですね。
もう一つ興味深いのは、プライスコストマージンが、需要の弾力性だけで決まる、ということです。
需要の弾力性は需要関数から導かれ、需要関数というのは要するに物の値段がいくらだったら需要者は何個買うか、ということなので、企業が市場支配力を有するか否かはお客様次第、ということになります。これは独占企業であっても中小企業であっても同じです。
しかし、企業結合など実際の事件処理で以上の議論を用いようとすると、まず需要関数を求めることからして簡単ではなく、求めたとしても誤差が非常に大きくて使い物にならないことも多いといえます。
また、以上の説明には実はいくつもの重要な前提があります。例えば需要関数はシフトしないことが前提になっています。しかし実際の事件では、支配的企業がライバル企業を市場から追い出して、支配的企業自身が直面する需要関数を右側にシフトさせる(=同じ値段でたくさん売れるようになる)ことのほうが、独禁法的な観点からは、より大きな問題であるといえます。
このように、経済学の理論が分かってもそれで実際の事件を解決できるかというと、「解決できる場合もあるし、解決できない(あるいは、誤差が大きくて間違いの結論を導く)場合もある」ということしか言えません。
また、経済学のモデルによって独禁法上の全ての問題が解決できるわけでもありません。
しかし、これから日本の独禁法でも経済学がますます流行るでしょうし、法律家としては、経済学者の議論に騙されないように、経済学の理屈を分かっておく必要があるのだと思います。
【補足:(1)式の導き方】(※詳しくはCarlton & Perloffの「Modern Industrial Organization」などの教科書を見ていただきたいのですが、雰囲気だけでもどうぞ)
企業の収入(r)は、
r=pq
と表されます。ただし、pはqの関数(p=p(q))とします。
そこで、限界収入(∂r/∂q)を求めるために両辺をqで偏微分すると、
∂r/∂q=∂(p・q)/∂q=(∂p/∂q)q+p=p((∂p/∂q)・(q/p)+1)
ここで需要の弾力性(ε)は、
ε=(∂q/q)/(∂p/p)=(∂q/∂p)・(p/q)
と定義されるので、限界収入(∂r/∂q)は、εを使って、
∂r/∂q=p(1+1/ε)
と表されます。
利益を最大化するためには限界収入=限界費用なので、
∂r/∂q=c [ただし、cは限界費用]
∴ p(1+1/ε)=c
⇔ (p-c)/p=-1/ε
となります。■
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