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2010年5月

2010年5月29日 (土)

株主間契約と企業結合集団の範囲

独占禁止法上の企業結合の届出の要否を判定する場合には、企業結合集団の範囲、つまり親子会社の範囲を画定する必要がありますが、ある会社に大株主が2社あって、両株主の間に株主間契約がある場合、どちらの株主が親会社になるのか、あるいはいずれの株主も親会社にならないのか、迷うことがありますので、まとめておきます。

ここで、ある会社をS社、大株主2社を、P1社、P2社、とします。

そして、P1社とP2社はそれぞれS社の株式の40%を保有しているとします。残りの20%は、多数の一般の株主が保有しているとします(S社は上場されていると考えてください)。

もともとオーナー系の会社(ここではS社)がファンド(P2社)の出資を受け入れた場合に、オーナー側の大株主(P1社)とファンド側の大株主が並存する、というのが、このような設例の株主構成が生じる典型的なパターンです。

このような場合、P1社とP2社との間には株主間契約が存在することが多いです。ここでも、株主間契約があるとしましょう。

さて、S社はP1社またはP2社の子会社となるでしょうか。

子会社の定義は独禁法10条6項と、それを受けた届出規則2条の9第1項にあります。

届出規則2条の9第1項をみると、結局、P1社またはP2社がS社の「財務及び事業の方針の決定を支配している」か否かが分かれ目で、支配の有無は、届出規則2条の9第3項の要件に従って判定されます。

上記設例の場合、P1もP2も過半数の株式は保有していないので、届出規則2条の9第3項2号のに該当するか否かが、子会社か否かの決め手になります。

そこで届出規則2条の9第3項2号をみると、同号のイ、ロ、ハ、ニ、ホの、いずれかを満たせば、S社は子会社になる、ということがわかります。

では順番にみていきましょう。まずはイから。

 他の会社等〔=子会社〕の議決権の総数に対する自己所有等議決権数(に掲げる議決権の数の合計数をいう。次号において同じ。)の割合が百分の五十を超えていること。

(1) 自己〔=親会社〕の計算において所有している議決権

(2) 自己〔=親会社〕と出資、人事、資金、技術、取引等において緊密な関係があることにより自己〔=親会社〕の意思と同一の内容の議決権を行使すると認められる者が所有している議決権

(3) 自己〔=親会社〕の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している者が所有している議決権」

さて、P1社がS社の親会社に該当するか、みてみましょう(P2社も、理屈は同じです)。

(1)(自己計算議決権)は、40%です。

(2)(密接関係者)は、0%でいいでしょう。

問題は、(3)です。ここのでの、「自己の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している」とは、どういうことでしょうか。

P1社とP2社との間には、株主間契約があります。

そして、株主間契約には、何らかの形で議決権の行使に関する定めがあることが多いです。

例えば、オーナー側から2人、ファンド側から2人、取締役候補者を出して、いずれもその選任に株主総会で賛成する、というものです。

しかし、このような合意では、P2が、「自己〔=P1〕の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している」とはいえないでしょう。

というのは、このような場合まで「自己の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している」に該当することになると、P1はP2の意思に同意しており、P2はP1の意思に同意していることになってしまい、P1もP2もS社の親会社となってしまうからです。

また、公取委ホームページの「株式取得に関する計画届出書記載要領」では、

「会社が他の会社等の「財務及び事業の方針を決定している」ことに該当するか否かの判定に当たっては,複数の会社(親子関係にある会社を除きます。)が,それぞれ当該他の会社等の「財務及び事業の方針の決定を支配している」ことにはならないことに留意してください。」

と、直接の親会社が複数存在することはないと明言しています。

つまり、公取委が、上記のような株主間契約を「自己と同一の内容の議決権を行使すること」の同意と考えていないことは明らかです(そう考えないと、P1もP2も親会社になってしまうので)。

要するに、「自己の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している」とは、文字通り、P2がP1のいうとおりに議決権行使することになっている場合を指すと考えるべきでしょう。

そこで、P2がP1の議決権行使に常に従う、という株主間契約なら、S社はP1の子会社ということになるでしょうが、普通、ファンドがそのような株主間契約を結ぶこと自体、まれでしょう。

逆に、ファンド(P2)が、一定の重要な事由(例えば合併)に拒否権を持つということは一般的ですが、このような拒否権だけでは、P2がS社の親会社であるとはいえないでしょう。

なお、上記記載要領では、

「会社〔=P1、P2〕が他の会社〔=S社〕に対して共同で出資を行っている場合にも,当該会社〔=P1、P2〕が当該他の会社〔=S社〕の「財務及び事業の方針の決定を支配している」か否かの判定を行うことになりますが,当該他の会社〔=S社〕が当該会社〔=P1、P2〕によって共同支配されている実態にある場合には,当該他の会社〔=S社〕は共同で出資をしている当該会社〔=P1、P2〕のうち特定の会社の子会社には該当せず,関連会社(会社計算規則(平成18 年法務省令第13 号)第2条第3項第19 号に規定する関連会社をいいます。)として取り扱われます。」

としています。

独禁法には「関連会社」という用語は出てこないので、ここで「関連会社」として取り扱われるといっているのは、親子会社とは扱われないという点に意味があります。

2010年5月27日 (木)

組合(ファンド)が絡む企業結合集団

組合が間に入る支配関係がある場合の企業結合集団の範囲について、整理しておきます。

単純化するために、以下のような例を考えます。

A社(会社)→Bファンド(民法上の組合)→C社(会社)→D社(会社)

ここで、A社はBファンドの唯一の業務執行組合員であるとし、BファンドはC社の議決権の100%を保有しており、C社はD社の議決権の100%を保有しているとします。

この場合に、D社が他社(T社とします。TはtargetのT)の株式を取得するので株式取得の届出が必要か否かを判断しなければならない場合、D社の属する企業結合集団の範囲はどうなるでしょうか。

ここで、

「親会社になれるのは会社だけ(組合は親会社になれない)。」

というふうに覚えていると(それ自体は正しいのですが)、D社からC社までは遡るものの、その上にあるのがBファンドなので、「企業結合集団の範囲はC社どまりかな」、と一瞬考えてしまいそうです。

しかし、そうではありません。A社まで遡らないといけません。

条文で確認してみましょう。

企業結合集団の定義は10条2項により、

「会社及び当該会社の子会社並びに当該会社の親会社であつて他の会社の子会社でないもの及び当該親会社の子会社(当該会社及び当該会社の子会社を除く。)から成る集団をいう。」

とされています。

そこで、子会社の定義(10条6項)は、

「会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社その他の当該会社がその経営を支配している会社等として公正取引委員会規則で定めるものをいう」

とされています。

「会社等」というのは、10条2項に定義があって、

「会社、組合(外国における組合に相当するものを含む。以下この条において同じ。)その他これらに類似する事業体」

とされています。要するに、「会社等」には、会社、組合その他事業体なら何でも入るということです。

子会社の定義は届出規則2条の9第1項にあって、

法第十条第六項 に規定する公正取引委員会規則で定めるものは、同項 に規定する会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等とする。」

とされています。

また、親会社の定義(10条7項)は、

「会社の経営を支配している会社として公正取引委員会規則で定めるもの」

です。

これを受けて親会社を定義する届出規則2条の9第2項では、

法第十条第七項 に規定する公正取引委員会規則で定めるものは、会社が同項 に規定する会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該会社とする。」

とされています。

要するに、親会社の定義も子会社の定義も、「財務及び事業の方針の決定を支配している」か否かがポイントで、上記設例ではいずれも100%支配関係なので、A社→Bファンド、Bファンド→C社、C社→D社の関係(直接の支配関係)には、このような関係が問題なくありといえます(ただし、BファンドはA社の「子会社」とはいえても、BファンドはC社の「親会社」とはいえません。「親会社」は会社でないといけないので)。

それでは、子会社の子会社、つまり間接子会社も、「子会社」なのか、(あるいは、間接親会社も「親会社」なのか)については、届出規則2条の9第3項に、

「前二項に規定する「財務及び事業の方針の決定を支配している場合」とは、次に掲げる場合・・・をいう。〔中略〕

 他の会社等・・・の議決権の総数に対する自己(その子会社を含む。・・・)の計算において所有している議決権の数の割合が百分の五十を超えている場合

〔2号以下省略〕」

とあります。この、「その子会社を含む」というのが、間接子会社も「子会社」である根拠になります。

届出規則2条の9第3項1号を、上記設例にあてはめて、A社がC社の親会社であることを確認してみましょう。

「他の会社等〔=C社〕・・・の議決権の総数に対する自己〔=A社〕(その子会社〔=Bファンド〕を含む。・・・)の計算において所有している議決権の数の割合が百分の五十を超えている場合 」

BファンドはC社の株式を100%保有しているので、上記の2条の9第3項1号を、ばっちりみたしますね。つまり、C社はA社の「子会社」となり、A社はC社の「親会社」となります。A社とC社の間にファンドが入っていても親子関係が切れることはありません。

最後に仕上げで、A社がD社の親会社であることを確認してみましょう。

「他の会社等〔=D社〕・・・の議決権の総数に対する自己〔=A社〕(その子会社〔=Bファンド(直接の子会社)+C社(上記よりC社はA社の「子会社」)〕を含む。・・・)の計算において所有している議決権の数の割合が百分の五十を超えている場合 」

上記のように、「他の会社等」(=「子会社」)のところにD社を、「自己」(=親会社)のところにA社を入れても、上記届出規則2条の9第3項1号の要件を満たしますね。

つまり、A社はD社の「親会社」である、ということです。

したがって、企業結合集団の範囲は、D社からA社まで遡ることになります。

そして、Bファンドも、A社の「子会社」として企業結合集団に含まれるので、企業結合集団の売上高(国内売上高合計額)には、Bファンドの売上も含めることになります。

以上、無事、A,B,C,D全部まとめて企業結合集団であることが確認できました。

2010年5月26日 (水)

「議決権保有割合」の分母に自己株は含まれるか。

株式取得の届出(独禁法10条2項)の要否を判断するためには、当該株式取得の前後の取得会社の「議決権保有割合」を計算する必要があります。

つまり、「議決権保有割合」が、20%、または50%を、下から上に跨ぐと、株式取得の届出が必要です(売上規模要件を満たせば、ですが)。

(なお、ここで「議決権保有割合」といっているものは、独禁法10条2項の条文でいうと、

「当該株式取得会社が当該取得の後において所有することとなる当該株式発行会社の株式に係る議決権の数、当該株式取得会社の属する企業結合集団に属する当該株式取得会社以外の会社等・・・が所有する当該株式発行会社の株式に係る議決権の数とを合計した議決権の数当該株式発行会社の総株主の議決権の数占める割合」

に相当するもので、「株式取得に関する計画届出書記載要領」にも再三登場する用語です。こういう、数式を無理矢理日本語に直した条文を読むときは、上のように、「の」とか「に」とかの助詞をマーカーで塗ると、ちょっと読みやすくなります。)

それでは、「議決権保有割合」を計算する場合の分母(10条2項では、「当該株式発行会社の総株主の議決権」の部分)に、株式発行会社の保有する自己株式は含まれるのでしょうか。

結論からいうと、含まれないと解されます。

ですので、分母から自己株式は除く必要があります。

文言解釈としては、「当該株式発行会社の総株主の議決権」でいうところの「総株主の議決権」に、自己株になっているために一時停止している議決権(会社法308条2項)も含まれるか、という問題だ、といえます。

まず、形式的な文言解釈として、議決権の割合を聞いているのですから、議決権のない自己株についての議決権は分母から除外するのが自然です。

さらに、平成21年改正前の10条2項は、

「・・・株式発行会社の総株主の議決権に占める株式所有会社の当該取得し、又は所有する株式に係る議決権の割合が・・・」

と、改正後とほぼ同じ文言を用いていましたが、これについて公取委の担当官から、

「・・・発行会社が、減資、自己株式取得等を行うことにより、総議決権が減少した場合には、新たに株式を取得した事実がなくとも議決権比率が増加し・・・」

と、自己株式の取得が行われると総議決権(=総株主の議決権)が減少することを前提にした解説がなされており(山田昭典「企業結合審査と手続上の留意点」商事法務1733号20~21頁)、改正後においてもこの解釈は変わらないものと思われます。

さらに、議決権保有割合を計算する場合の分母からは、自己株式のみならず、完全無議決権株式や、会社法308条2項の相互保有株式も除かれると解されます。理由は自己株式の場合と同様です。

議決権保有割合を計算するときには、分母から発行会社の自己株式を除くよう、注意しましょう。

なお、以上の問題は、20%、50%の閾値を超えたかを検討する際の議決権保有割合の話であって、企業結合集団の範囲を決める親子関係の範囲の話とは混同しないように注意して下さい(結論は似たり寄ったりですが)。

2010年5月24日 (月)

カルテルと被害者の同意

カルテルの被害者がカルテルをすることに同意している場合、そのカルテルは独禁法上違法でしょうか。

いわゆる官製談合の場合は、談合をやらせているのは一入札担当者であって、発注者である官庁は談合には決して同意していない、という建前ですので、官製談合のような場合は検討の対象外とします。ここで検討の対象にしているのは、まっとうなビジネス上の理由から、被害者(購入者)がカルテルに同意している場合です。

合理的に考えれば、購入者があえてカルテルをさせたり、カルテルに同意したりするということはあり得ないように思われます。

しかし、世の中はそんなに単純ではありません。

とくに供給者の数が限られている場合には、購入者としても、供給者の間で適度に競争してもらうのは望ましいけれど、あまり激しく競争して1社しか残らなかったら自分の交渉力が弱くなるので、そこまで激しい競争は望まない、ということがあるかもしれません。

また、調達先が1社とか2社とかしか残らなかったら安定供給の面で不安だ、ということもあるかも知れません。

しかも、購入者が市場で大きな購入シェアを占めるような場合には、自分が市場での競争の程度をうまいことコントロールして、供給者を生かさず殺さず供給させることが現実に可能なので、そのような競争をコントロールしようというインセンティブが働き得ます(これに対して購入量が少ない購入者はそのようなことをやろうにも不可能です)。

また、最近は原材料の調達先を集約しようという動きがメーカー側にあり、メーカーの方から原材料供給業者らに対して、「窓口を一本化して欲しい」といってきたりすることが珍しくありません。

窓口を一本化しようとする以上、原材料供給業者の間で協調行為をせざるを得ず、これを形式的に見れば、不当な取引制限の少なくとも行為要件を満たしそうに見えますが、購入者のメーカーの方から言ってきているのに不当な取引制限だというのは、いかにも不合理な気がします。

このように、どう考えても独禁法違反というのはおかしな(と、少なくとも私が考える)事例であっても、相手方の弁護士さんが「カルテルだから違法だ」という立場であったりすると、違法でないことを説明するのにも結構苦労するわけです。

そこで、被害者が真に同意している場合にはカルテルは違法ではない、という解釈論を考える必要と実益があるように思われます。

まず、こういう場合には、実は需要者が圧倒的に強い交渉力を有することが少なくありません。なので、供給者が形式上相互拘束に該当するような行為をしても、反競争性が生じない、ということが多いと言えます。

しかし、反競争性の有無の限界は微妙であり、これに頼るのはちょっと危うい感じがします。

そこで、真に需要者が同意している場合には、仮に価格等を供給者が拘束しあっても、正当化理由があるから「競争の実質的制限」がない、という解釈論が成り立たないでしょうか。

(なお、以上は、「競争の実質的制限」=「反競争性あり+正当化理由なし」という枠組みを前提にしています。白石「独禁法講義(第5版)」p139)

いろいろ考えてみましたが、少なくともカルテルからの直接の買主である被害者だけが同意していた場合に当然にそのカルテルが違法でなくなるというのは、独禁法の解釈としては難しいように思います。

例えば、カルテルに同意した需要者が、その損失を川下市場の需要者に転嫁できてしまうような場合、川下市場の需要者こそが被害者であって、その者の同意が無い限り、カルテルは違法との評価を免れないというべきでしょう。

そのように考えると、やはり、被害者が同意しているから違法でない、という解釈を一般的に取るのは難しいような気がします。

つまり、個々の事案に応じて、コスト削減になるとか、買主の購買力のほうが圧倒的に強いとかいう事情を積み重ねて、反競争性がないというほかないのだと思います。

ただ、買主のほうからカルテルっぽいことを持ちかけてきた場合には、反競争性がないと事実上推定される(反競争性があるならそのようなことを持ちかけるはずがないので)、ということは言えるかもしれません。

独禁法において被害者の同意があるから違法でなくなるのかというのは、実はいろいろな場面で形を変えて出てくる問題で、しかも被害者が同意していると公取委に取り上げられる可能性も低いことから表面化しないのですが、実務では意外に頭を悩ませることが多いのです。

2010年5月22日 (土)

個人やファンドが支配する企業結合集団

平成21年改正によって企業結合の届出の要否(売上、グループ内再編の届出免除など)が、企業結合集団を基準に判定されることになりました。

そして、この企業結合集団というのは、大雑把に言うと、究極親会社の下にぶら下がる全ての会社(組合などの事業体も含む)、ということになります。

ですので、個人が支配するグループの場合には、その個人の1つ下の会社までしか企業結合集団は遡らないことになります。

例えば、A氏(個人)が、B社とC社の株式の100%を保有し、B社がb1社とb2社の株式を100%保有し、C社がc1社とc2社の株式の100%を保有しているとします。

この場合、経済的実態をみればB社、C社、b1社、b2社、c1社、c2社は同じグループの企業ということになると思われますが、独禁法上は、B社とb1社とb2社が1つの企業結合集団で、C社とc1社とc2社は、また別の企業結合集団、ということになります。

条文上の根拠は独禁法10条2項の「企業結合集団」の定義で、ピラミッドの一番上に来る事業体は会社に限ることになっているためです(さらに元を辿れば、「親会社」が「会社」に限ることになっているためです。10条7項)。

B社~c2社全部が1つの企業結合集団となるよりも、B社以下とC社以下が別々の企業結合集団であると認定された方が、グループの売上が小さくなるので、届出の必要な場合が少なくっていいじゃないか、と思われるかもしれません。

しかし、実際には、グループ内再編の届出免除の規定が適用されなくなることの方が問題です。

つまり、上記の例では、経済的実態としては、B社とC社は同じグループなのですが(ひょっとしたら、創業者であるA氏の名前を社名に冠しているかもしれません)、独禁法上は別のグループであるために、例えばb1社の株式をC社に譲渡するような、実質的にはグループ内再編に過ぎないような場合にも、株式取得の届出が必要になってしまいます。

このような、実質的にはグループ内再編に過ぎない場合までを届出の対象にするのは、意味がないことだと思います。

そもそもなぜこのようなことが起こるのかといえば、独禁法が株式取得(やその他の企業結合)の届出義務を会社に対してだけ負わせていることと無縁でないように思われます。

つまり、株式取得の場合が分かりやすいので株式取得を例に説明すると、独禁法上は、「会社」(10条1項)による競争制限的な株式取得が禁止され(実体上の問題)、それと平仄を合わせる形で、「会社」(10条2項)による株式取得だけが、届出義務の対象となっています(10条2項)。

このこと自体あまり合理性はないと思われるのですが(個人による株式取得が競争を制限することもあり得る)、さらに悪いことに、平成21年改正法では、企業結合集団の範囲まで、究極親「会社」を頂点とする企業集団というように定義してしまいました。

企業結合規制では個人は無視する、という意味では、このような企業結合集団の定義も首尾一貫しているというか、分かりやすいということかもしれません。

しかし、会社による株式取得だけが禁じられているからといって、企業結合集団の範囲まで、「会社」を中心に定める論理的必然性はないはずです。

つまり、個人をピラミッドの頂点とするグループを企業結合集団と定義してもよかったはずです。

上記の例では、どうせ株式取得の届出義務を負うのは取得者であるC社なので、会社が届出義務を負うという建前にも反しません。

経済を動かしているのは会社なのだから会社による株式取得を規制すれば充分、というのは日本経済だけを念頭においたローカルな思考で、海外には億万長者みたいな資本家もたくさんいるわけです。平成21年改正法では外国企業も日本企業と同一の届出要件の下で届出を要するわけで、そういった想像力が必要だと思います。

さらに、ピラミッドの頂点にファンドが来る場合、というのはもっと数が多いのではないでしょうか。

頂点のファンドに、さらにその業務執行権限の過半数を握る会社があれば(ファンドの親子関係の判定については届出規則2条の9第3項参照)、その会社が究極親会社になりますが、ファンドがたくさんの会社から出資を募っていて過半数の業務執行権限を有する会社が存在しない場合には、ファンドマネージャーが実質的にはその傘下の企業を支配しているにもかかわらず、当該ファンドの傘下の企業はそれぞれ別の企業結合集団、ということになってしまいます。

本当にこういうことでいいのでしょうか。

ちなみに、アメリカのハートスコットロディノ法では、個人の株式取得も届出の対象になっています。

2010年5月21日 (金)

景表法の域外適用

インターネット時代で、外国事業者に景表法が適用されるか否かが現実的な問題になってきました。いわゆる域外適用の問題です。

問題は、景品規制と表示規制で分けて考えるのが便宜でしょう。

まず表示規制について。

ここでの問題は、「表示」(景表法2条4項)を外国で行った外国事業者に、日本の景表法が適用されるか、という問題です。外国企業でも日本で「表示」を行えば景表法が適用されるのは当然で、それは域外適用の問題ではありません。

「表示」の定義は、「不当景品類及び不当表示防止法第二条の規定により景品類及び表示を指定する件」(定義告示。http://www.caa.go.jp/representation/index3.html)で確認していただきたいのですが、大雑把に言えば、事業者が顧客を誘引するための以下のような表示を指します。

①商品、容器、包装による表示

②チラシ、口頭による表示(電話を含む)

③ポスター、看板、陳列物、実演による広告

④新聞、雑誌、放送等による広告

⑤インターネットによる表示

現実に域外適用が問題になるのは、⑤でしょう。国際電話を使って広告をするなら②も問題になるかも知れません。

一般論として、表示規制について域外適用を否定する理由はないと思われます。景表法は日本の需要者を保護するのが目的であり、日本の需要者が害されている以上、保護しない理由はないからです。法律の文言上も、域外適用は特に否定されていません。

ですので、インターネットによる表示の場合に、サーバーを日本に置こうが海外に置こうが、問題ではありません。日本の需要者に向けられた表示である以上、景表法が適用されるべきです。

しかし、インターネットでは個人が外国のサイトから商品を購入することも容易であり、あらゆるサイトの表示に対して日本の景表法が適用されるというのも、やや行き過ぎの感があります。

ですので、サイトの言語が日本語であるか否かで分けるのが、まずは穏当ではないかと思います。

つまり、海外の会社の海外のサーバーに置いたサイトであっても、日本語が用いられている以上は、日本人に向けた表示であるとして、日本の景表法を適用するのです。

この点、サイト運営者には購入者が日本にいることが商品発送先を見れば分かるのだから、英語のサイトであっても、日本の景表法を適用すべきという考えもあるかもしれません。

しかし、誤認を招く表示をすればその時点で景表法違反なので、表示を見た人が商品を買ったかどうかは景表法違反の成否には関係がないはずです。したがって、買ったのが日本人であることを根拠に遡って表示が日本向けであるというのは、理屈としてちょっと無理があるような気がします。

ただ、英語のサイトであっても、様々な事情から日本市場向けの商品であることが明らかな場合(例えば、日本の薬事法に適合することを売りにしているような場合)には、日本の景表法が適用されても良いと思います。その意味で、サイトの言語は一つの目安です。

さて、景品規制についてはどうでしょうか。

「景品類」(景表法2条3項)の定義も、詳しくは定義告示を見て頂くとして、大まかにいうと、顧客を誘引するために商品に付随して提供する物品等で、以下に該当するものです。

①物品、土地、建物など

②金銭、金券、有価証券

③饗応(接待のことですね)

④役務

景品類の提供の場合、どこまでが問題なく域内適用の問題で、どこからが域外適用の問題なのかを、ちょっと整理する必要がありそうです。

景表法が禁止しているのは、一定の景品類の「提供」(一般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限1項、懸賞による景品類の提供に関する事項の制限2項など)です。

「提供」というのは、消費者に景品類が実際に手渡ったことまでは必要ではなく、景品類をつかって消費者をおびき寄せる行為があれば「提供」といえるでしょう。

そうすると、景品が消費者に手渡った場所で域内か域外かを分けるのではなく、消費者をおびき寄せる行為があった場所がどこかによって域内適用の問題であるのか域外適用の問題であるのかを分けるのが、論理的には合理的なような気もします。

しかしやはり、景品類が外国から日本に送られてきたような場合に日本の景表法が適用されないというのもおかしな話なので、景品類が日本で交付された場合には域内適用の問題と考えるべきでしょう(よって日本法が当然に適用される)。

そして、日本の需要者に向けられた景品類の提供行為、例えば、日本語のウェブサイトを通じて景品類の提供を申し出るようなキャンペーンをやった場合には、景表法が適用されると考えるべきでしょう。理由は表示規制の場合と同様、景表法の目的は日本の消費者を保護することにあるからです。

以上は、漠然と、消費者が日本で商品・役務を買う場合を念頭においていましたが、商品・役務を外国に取りに来させた場合(景品類の提供や表示は日本語のウェブサイトで行ったと考えて下さい)には、景表法は適用されるでしょうか。

景表法の域外適用の範囲は、景品・表示の場所で決まるのか、商品・役務の提供の場所できまるのか、という問題に一般化できるかもしれません。

私は、商品・役務が外国で提供された場合には、景表法は適用されないのではないか、と考えます。

日本の景表法は、日本国内の需要者を保護するものであり、自ら外国に出かけていって商品を受け取る者まで保護する必要はないように思われるからです。

表示の規制については、誤解を招く表示はいけないというのが割と世界中のコンセンサスのように思われるので、日本法の適用範囲を広げてもそれ程問題ないのかも知れませんが、景品類の規制については各国まちまちで(ドイツでは景品は一切禁止みたいです)、日本の法律をあまり広く海外に適用するのは特に気が引けます。

しかし、この点につては異論もあり得るところだとは思います。

2010年5月20日 (木)

企業結合集団の定義は必要充分か?

独禁法10条2項では、「企業結合集団」を、

会社及び当該会社の子会社並びに当該会社の親会社であつて他の会社の子会社でないもの及び当該親会社の子会社(当該会社及び当該会社の子会社を除く。)から成る集団」

と定義しています(基準になる会社をで塗ってみました)。

「子会社」、「親会社」の定義は細かいのでポイントだけいうと、

ポイント1:子会社は組合等も含む(10条6項参照)、

ポイント2:親会社は会社のみ(10条7項参照)、

ポイント3:孫会社以下も子会社(届出規則2条の9第3項参照。同様に、祖父会社以上も親会社)、

という点がポイントです。

さて、上記企業結合集団の定義を細かく見ると、

①「会社」、

②「当該会社の子会社」、

③「当該会社の親会社であつて他の会社の子会社でないもの」

④「当該親会社の子会社(当該会社及び当該会社の子会社を除く。)」

から成る集団、ということになります。

①の「会社」からみると、②が子会社、③が究極親会社、④が究極親会社の子会社(ただし、①と②に重複するものは除く)、となります。

さて、ここで①の「会社」とは、株式取得会社(より一般的には、企業結合の当事会社)のことを指しているのでしょうか。

わざわざ、①から、②で下へ、③で上へ、④で上からさらに下へ、という広げ方をする定義をしていることからすると、どうも①の「会社」は、株式取得会社を念頭に置いているような気もします。

なぜなら、もし①が株式取得会社を念頭に置かず、グループ内のどの会社でもいいなら、はじめから①の会社を究極親会社の場所に置いて、それ以下の会社(子会社)が企業結合集団であると定義する(つまり、①と②)だけで足りるはずだからです。

つまり、10条2項が株式取得の条文であることに引きずられて、株式取得をする法人を①にイメージして、その下と上と、1回上に上がって下、という作業をすることで、企業結合集団の定義をしているような気がするのです。

しかし、このように①のところに株式取得会社を置かなければならないという文言上の根拠はありません。

つまり、10条2項を冒頭から引用すると(①、②・・・は追加)、

会社であつて、その国内売上高・・・と当該会社が属する企業結合集団(①会社及び②当該会社の子会社並びに③当該会社の親会社であつて他の会社の子会社でないもの及び④当該親会社の子会社(当該会社及び当該会社の子会社を除く。)から成る集団をいう。以下同じ。)に属する当該会社以外の会社等・・・」

とされています。

しかし、①の会社株式取得会社でならなければならないという文言上の根拠はありません(上では、株式取得会社を指す文言をにしました)。

むしろ、もし①の会社が株式取得会社であるとすると、①の「会社」は、「当該会社」と書かなければおかしいはずです。

つまり、①の会社は、株式取得会社に限らず、株式取得会社と同じ企業結合集団に属するのであればどの会社でもいい(「会社」としかいっていないのだから)、と読むのが自然な文言解釈だと思います。

とすれば、最初から①の会社を究極親会社(ピラミッドのてっぺん)に置けば、企業結合集団は、①と②だけで充分定義できてしまうと思うのです。

具体的にいえば、企業結合集団は、

「他の会社の子会社でない会社及びその子会社から成る集団」

という定義で充分な気がするのです。

どうも10条2項の企業結合集団の定義は、企業結合集団の範囲を画定していくステップをそのまま文言に落としただけで、そのステップの結果出来上がった概念を整理するとどういうものになるかという整理が欠けているように思えます。

あるいは、基準になる①の会社を、単に「会社」といってしまったため、その「会社」がピラミッドのどこに位置しても(=集団のどこからスタートしても)同じ集団の範囲に辿り着くような定義にせざるをえなかった、とも言えます。

しかし、集団のどこからスタートしても企業結合集団の範囲は同一なので(このことは、親会社が2つ存在することはあり得ないという公取委の立場から導かれます。親会社が2つ以上あり得るなら、そのような2つの親会社を持つ会社からスタートすると2つの企業結合集団が画定され、他の会社からスタートするとその会社が属する集団1つだけが画定される、ということがあるかもしれません。ちょっと分かりにくいので絵を描いて考えてみて下さい)、集団内のどの会社からスタートしても同じ定義に辿り着くような定義にする必要はなかったはずです。

そうではなくて、最初から基準になる会社を究極親会社のところに置けば、究極親会社とその子会社、という、シンプルで分かりやすい定義ができるように思います。

いかがでしょうか?

2010年5月18日 (火)

独占禁止法関係法令集(平成22年版)

財団法人公正取引協会から出ている独占禁止法関係法令集(平成22年版)を買いました。

神戸大学の泉水先生もブログで書かれているように(http://blog.livedoor.jp/antitrust/)、これまで2年に1度出ていた分厚い六法(ガイドラインなども含む)ではなくて、全部で200頁ちょっとの、比較的薄いものです。

そこで気付いたのですが、この平成22年版には、企業結合届出規則(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第九条から第十六条までの規定による認可の申請、報告及び届出等に関する規則」)が、なぜか載っていません。

よく使う規則のはずなのに、どうしてなんでしょう?

公取委の人は困らないのでしょうか??

それとも公取委の内部では、届出規則も入った職員さん用の六法が配布されていたりするのでしょうか???

(ちなみに、平成20年版までの市販の分厚い黄色の六法は、たぶん同じものを公取委の職員さんもお持ちです。会議のときに見ました。表紙の色は市販のものとちょっと違いましたが。)

最初、見落としているのではないかと思って、目次を何度も見返してしまいました(笑)。

最近は「法令データ提供システム」(http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi)で条文は見られますし、企業結合届出規則を含め平成21年改正関係の規則は公取委のホームページでPDF版がアップロードされているので(http://www.jftc.go.jp/dk/h21kaisei/h21kaisei.html)、別に困らないと言えば困らないのですが・・・

私などは、平成21年改正関係の公取委のPDFを印刷したものにいろいろマーカーやら書き込みやらをしてファイルして使っているので、そっちのほうが使い勝手がいいし、別に困らないのですけれど(字も大きいですし)、ちょっと釈然としません。

それから、平成22年版の六法からは、参照条文の記載が無くなっています。六法を普段よく使う人には分かると思いますが、六法というのは参照条文がないと使い勝手が悪いです。むしろ参照条文の記載こそが六法の命とも言えます(条文はコピペするだけなので)。

それとも、独禁法専門の六法を使うくらいの者は参照条文くらい頭に入れておけ、ということなのでしょうか・・・。

その代わり(なのかどうかわかりませんが)、お値段は500円(消費税込み)と良心的です。

ちなみに、平成20年版まで気になっていた、「不公正な取引方法」(一般指定)の各ページのすみっこにあった、「不公な取引方法」という誤字は、今回訂正されて直っています。

2010年5月17日 (月)

公取委事務総長定例会見について

公取委のホームページには、毎週水曜日に行われる事務総長定例会見の要旨がアップロードされます。

http://www.jftc.go.jp/teirei/index.html

独禁法の一般的な執行方針について述べたところも当局の考え方を示すものとして大変参考になりますが、毎回、その時々の話題の事件について記者さんからの質問に答えている部分も要注目です。

(ところで公取委のホームページの作りは、項目立てがあまり体系的でなくて、正直、分かりにくいですね。定例会見のアップロードされている場所なんて、初めての人は見つけられないのではないでしょうか。)

2010年4月28日の会見では、アップルのネット販売禁止についての質問について、かなり突っ込んだ発言がなされています。

重要なのでそのまま引用しますと、

「(問) 大手の家電量販店の通販サイトで,アップル社の製品の販売が今控えられているという報道について,当事者があまり事実関係を明らかにしていないので詳細は分かりかねる部分があるのですが,これについて公正取引委員会の御関心,御見解とですね,あわせて一般論でも構わないのですが,仮に,品物を卸す立場の方から,販売方法に対して何らかの制限をかけたときに,公正な取引を問う観点から問題の有無というものについて,どういうお考えなのかお聞きしたいのですが。

(事務総長) 御指摘のように事実関係が明らかになっていない,一部の報道ということになりますので,また個別の事案にかかわる話にもなりますので,公正取引委員会として正式に具体的にこう考えるとか,違反である,違反ではないというようなことを申し上げる状況ではもちろんありませんが,一般論として申し上げれば,メーカーが小売業者に対して販売方法を制限する,この場合で言うと,ネットによる通信販売を禁止するということについては,例えば,商品の安全性を確保するであるとか,品質の保持を図るとか,ブランドの信用保持を図るとか,その販売のために一定の制限を加えることが合理的であるということが認められるケースというのもあるわけであります。

また,一方,それが小売業者間の価格競争を制限することによって,競争を制限すると判断されるというケースもあり得るというわけであります。

そのような小売価格なり販売先の競争を制限すると判断されなければ,その販売方法について,いろいろ合理的な理由によって制限すること自身は販売方法に拘束を加えることが直ちに違反になるというものではない。そういう面では,こういう販売方法の制限というのは,独占禁止法の言葉で言うと,合理の原則と言いますか,ルール・オブ・リーズンと言いますか,それなりの競争阻害効果とを比較考量して判断していくという考え方になると思います。

本件の場合,まだ具体的な事実関係が分かっていないこともありますので,具体的なことを申し上げるわけではありませんが,今言ったようなことで,そのような安売りを防止する,価格競争を維持したり,制限するという目的で行われているという事実関係があった場合には,当然,独占禁止法上の問題になり得ることもあり得るかと思います。 」

大雑把にまとめれば、安全性等の合理的な目的達成のためであればネット販売の禁止は許されるが、小売業者間の価格競争を制限する場合には、違法になる、ということです。

全体のトーンとしては、あまり積極的に摘発しようという雰囲気はないような感じがします。

内容についていくつかコメントしますと、まず、安全性や品質に加えて、「ブランドの信用保持」というのが明示的に挙げられていることが注目されます。

確かにブランドイメージの保護は、資生堂事件で最高裁も「それなりの合理性」を認める根拠としてあげているので、それ自体は目新しいものではないのですが、化粧品の場合と電化製品の場合とでブランドイメージに同程度の保護が与えられるのか、という点が問題なのだろうと思います。

素朴な感覚としては、化粧品や高級なバッグ、衣類、宝石などの場合には、よりブランドイメージが大切で、電化製品の場合にはそれ程でもない、ということかと思いますが、どの商品についてブランドイメージが大切かを役所が判断するのもおかしな気がしますので、ここは、電化製品についても同様にブランドイメージが保護されるべき、と考えておくのが正しいのでしょう。

その意味で、アップルに関する質問に対して、一般論とはいえ、ブランドイメージの保護を事務総長が明言したことは、それなりに意味のあることといえるでしょう。

ただし、「あまり安く売られるとブランドイメージが崩れる」という理屈は通りません。独禁法は、価格競争を促進することが大きな目的の一つだからです。

(・・・と、いうのが一般的な考えでしょうが、正直、極端な安売りをされるとブランドイメージが壊れるということは、事実としては大いにあり得るわけで、単純に割り切っていいのか、個人的には少々疑問に感じています。少なくとも、安売りをしない小売店に対しては、「○○正規代理店」とか、「○○ certified」とか付けて、同じ商品でも安売り店のものとそうでないものとは違うのだ(イメージだけですが・・・)という雰囲気を醸し出し、安売りしない店のイメージまで損なわれること(=二次被害)を防ぐ、というような営業政策は、許されてもいいのではないかと考えています。)

次に、安売り防止の「目的」であるか否かが、違法か適法かの分かれ目になると述べられているようです。

独禁法の世界では、意図や目的は基本的に考慮すべきではないので、目的を重視するのは理屈の上では疑問に感じますが、「目的」を重視するという考え方を別の角度から捉えれば、ネット販売の禁止に価格維持の効果があってもそれだけでは違法にならず、さらに価格維持の「目的」が必要ということだとも捉えられます。

ネット販売は、リアルの店舗と比べると、価格の比較が容易であったり流通コストが安かったりするために、ネット販売を一律に禁止すると価格維持の効果がある程度生じるであろうと推測されますが、この会見の発言は、価格維持の「目的」が無いと違法にならないといっているようにみえます。

個人的には、理屈はともあれ、単に客観的な競争阻害効果のみならず、競争阻害の「目的」まで要求することで、メーカーの流通経路に対するコントロールが増すのは、結果的に結構なことだと考えています。独禁法で保護すべきは、まず何よりブランド間競争でだからです。

それから、競争阻害効果と、安全性等の要請を比較考量する、という考えが取られているのも注目されます。

競争阻害効果というのは端的に言えば値段が上がる(または維持される)ということなので、これと安全性等を比較考量するというのは、なかなか簡単ではありません。本来両者は単純に比べられないものだと思います。

本来比べようのないものを比べるのですから、当然、そこには判断者の主観が入ってくるわけで、独禁法の解釈が効率性だけでは割り切れない、そう言う意味で、独禁法も法律であるという、一つの例ではないでしょうか。

2010年5月16日 (日)

需要の弾力性と市場支配力との関係

ミクロ経済学の理論によると、企業の利益率(プライス・コスト・マージン)は当該企業が直面する需要の弾力性の逆数である、という、とてもシンプルな関係があります。

プライス・コスト・マージン:(p-c)/p

[pは価格、cは限界費用です。]

需要の弾力性:ε

とすると、

(p-c)/p=-1/ε ・・・(1)

ということです。

プライス・コスト・マージンは、企業が限界費用以上に価格を引き上げることのできる能力を表すので、独禁法上の市場支配力を計る物差しになります。

そのようなプライス・コスト・マージン(ラーナー・インデックスともいいます)が需要の弾力性の逆数であるということは、需要の弾力性さえ決まれば、企業の市場支配力の大きさがわかる、ということです。

(1)式から分かるように、価格の弾力性(の絶対値)が極めて大きい場合(|ε|≒∞)、つまり、価格を少しでも上げると需要が0になってしまう場合、プライス・コスト・マージンも0となります。よって、企業は市場支配力をまったく有しないことになります。

逆に、価格が完全に非弾力的な場合(|ε|=0)、プライスコストマージンは無限大となり、企業はいくらでも値段を上げることができる、つまり極めて大きい市場支配力を有することになります。

要するに(1)式は、値段を上げると一気に売上が落ちてしまう(弾力性が大きい)場合には、企業の市場支配力は小さい、ということを言っていることになります。常識的ですね。

もう一つ興味深いのは、プライスコストマージンが、需要の弾力性だけで決まる、ということです。

需要の弾力性は需要関数から導かれ、需要関数というのは要するに物の値段がいくらだったら需要者は何個買うか、ということなので、企業が市場支配力を有するか否かはお客様次第、ということになります。これは独占企業であっても中小企業であっても同じです。

しかし、企業結合など実際の事件処理で以上の議論を用いようとすると、まず需要関数を求めることからして簡単ではなく、求めたとしても誤差が非常に大きくて使い物にならないことも多いといえます。

また、以上の説明には実はいくつもの重要な前提があります。例えば需要関数はシフトしないことが前提になっています。しかし実際の事件では、支配的企業がライバル企業を市場から追い出して、支配的企業自身が直面する需要関数を右側にシフトさせる(=同じ値段でたくさん売れるようになる)ことのほうが、独禁法的な観点からは、より大きな問題であるといえます。

このように、経済学の理論が分かってもそれで実際の事件を解決できるかというと、「解決できる場合もあるし、解決できない(あるいは、誤差が大きくて間違いの結論を導く)場合もある」ということしか言えません。

また、経済学のモデルによって独禁法上の全ての問題が解決できるわけでもありません。

しかし、これから日本の独禁法でも経済学がますます流行るでしょうし、法律家としては、経済学者の議論に騙されないように、経済学の理屈を分かっておく必要があるのだと思います。

【補足:(1)式の導き方】(※詳しくはCarlton & Perloffの「Modern Industrial Organization」などの教科書を見ていただきたいのですが、雰囲気だけでもどうぞ)

企業の収入(r)は、

r=pq

と表されます。ただし、pはqの関数(p=p(q))とします。

そこで、限界収入(∂r/∂q)を求めるために両辺をqで偏微分すると、

∂r/∂q=∂(p・q)/∂q=(∂p/∂q)q+p=p((∂p/∂q)・(q/p)+1)

ここで需要の弾力性(ε)は、

ε=(∂q/q)/(∂p/p)=(∂q/∂p)・(p/q) 

と定義されるので、限界収入(∂r/∂q)は、εを使って、

∂r/∂q=p(1+1/ε)

と表されます。

利益を最大化するためには限界収入=限界費用なので、

∂r/∂q=c [ただし、cは限界費用]

∴ p(1+1/ε)=c 

⇔ (p-c)/p=-1/ε 

となります。■

2010年5月12日 (水)

「ブランド間競争」(inter-brand competition)という用語

独禁法の世界には昔から、「ブランド間競争」(inter-brand competition)、「ブランド内競争」(intra-brand competition)という言葉があります。

しかし、ここで言っている「ブランド」という言葉は、日常用語でイメージする「ブランド」というのとはかなり違います。

日常用語で「ブランド」といえば、グッチとかプラダとか、そういうのをイメージするでしょう。

新明解国語辞典によると、ブランドとは、「有名なデザイナーの制作品や銘柄」であるとされています。

これに対して独禁法で「ブランド間競争」という場合にイメージしているのは、例えばソニーとパナソニックという2つの「ブランド」が、薄型テレビの市場で競争している、というような競争です。つまり、異なるメーカー間の競争です。

これに対して「ブランド内競争」というのは、同じパナソニック製のプラズマテレビを販売する、ヤマダ電機とヨドバシカメラの競争のような、同じメーカーの製品の販売店間の競争です。

LVMHグループは、ルイ・ヴィトン、ロエベ、セリーヌといったブランドを傘下に擁しますが、独禁法でブランド間競争というときに、ルイ・ヴィトンとセリーヌの間の競争は念頭にありません。同じ資本ですから、どちらかというとブランド内競争です。

要するに、独禁法で言うところの「ブランド」とは、1つの競争単位の支配が及んでいる同種の商品役務の範囲、という程度の意味だと思います。

こういう、日常用語と違う意味で使う、しかも法律で定義されているわけでも無く、いわば慣用的に用いられている用語というのは、独禁法を門外漢にとってより取っつきにくいものにするので、あまりよろしくないのですが、定着してしまっているのでやむを得ない感があります。私もよく使いますし。

専門家としても、こういう用語は一般の常識とは違う意味で使っているということを意識しながら使うことが大切だと思います。

2010年5月11日 (火)

SSNIPの誤解

企業結合ガイドラインの市場画定の手法として、SSNIPテストというのがあります。

SSNIP(small but significant non-transitory increase in price)を日本語でいうと「小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引き上げ」(同ガイドライン)ということになりますが、同ガイドラインでは、SSNIPとは、

「通常、引上げの幅については5%から10%程度であり、期間については1年程度のものを指す・・・」

とされています。

この、「5%から10%」という数字を、競争の実質的制限に至る程度の値上げ幅を示すもの、あるいは、「5%から10%の値上げができないような企業結合は適法である」、と誤解されることがあるようですが、決してそうではありません(米国の水平企業結合ガイドラインには、その趣旨が明記されています)。

感覚的に言っても、合併しただけで価格を5%も上げることができるような合併は間違いなくアウトだと思います。

理屈の上でも、SSNIPテストで画定した市場を前提に、「5%から10%」の値上げが可能となる合併を許容すると、当該市場の全競争者が合併して(仮想的独占者ではなく本当の)独占企業が生まれるような場合でも、独禁法上適法ということになりかねず、論理的に破綻しているといわざるを得ません。

ですので、「SSNIPテストで5~10%の値上げが想定されているので、それ以下の値上げしかできないような合併は独禁法上認められる」というアドバイスをすると、明らかに間違いです。

では何%程度の値上げまでは許容されると考えるべきでしょうか。

企業結合は、「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」(独禁法10条1項など)に違法となります。

そして、「競争を実質的に制限する」とは、

「競争自体が減少して、特定の事業者・・・がその意思で、ある程度自由に、価格・・・を左右することによって、市場を支配することができる状態をもたらすこと」

であるといわれています(東宝新東宝事件判決。ガイドラインでも引用されています)。

そこで、何%の値上げまでなら許されるのか、という問いに対して、敢えて判例の文言解釈をすれば、上記判決が「ある程度」といっているのがどの程度なのか、がポイント、ということになりそうです。

しかし、企業結合の文脈では、企業結合自体の効果として、「企業結合なかりせばあり得なかった値上げ」が可能となる場合には、その値上げがたとえ僅かなものであっても、独禁法上その企業結合は違法である、と考えるべきでしょう。

また、実際の運用もそのようになされているのではないかと思われます。

あるいは、「ある程度」というのは、何%と数値で表せるようなものではなく、もっと質的なものなのだと考えるべきなのかも知れません。

では、SSNIPテストで用いる値上げ幅は、なぜ5%~10%なのでしょうか。

日本のガイドラインでは、この5%から10%という数値ですら、「あくまで目安であり、個々の事案ごとに検討されるものである」という、お決まりの留保文言が付いているので(それだったら、こういう場合は5%を用いてこういう場合は10%を用いるという例くらいは挙げるべきでしょう)、なぜ5%~10%なのか?という問いを真面目に考える気力が萎えますが、おそらく、この辺りが常識的な市場画定に結びつくから、ということなのでしょう(結論先取りですね)。

ただそう言いきってしまうと何の面白みもないので敢えて掘り下げますと(笑)、おそらくSSNIPテストは、需要者が反応するミニマムなレベルの値上げを探っているのだと思います。

つまり、1%くらいの値上げでは、需要者が有意に代替品に乗り換えないかもしれません。また一瞬値上げしただけでは、かなり大幅な値上げでも直ちには乗り換えないかもしれません。

そういうことを踏まえ、5%から10%、かつ1年程度、というあたりに落ち着いているのではないか、と推測します。

2010年5月10日 (月)

価格の内訳は問題か。

独禁法に関する経済学を勉強していて、法律と経済学の発想の違いに驚いたことがいくつかありますが、その1つが、「経済学では価格の内訳は気にしない」、ということです。

つまり、経済的に合理的な人は、トータルの商品に対してトータルで支払っても良い価格(留保価格)を決めるので、その内訳がどうであろうと気にすべきでない、ということです。

例えば、人気ソフトであるドラクエと不人気ソフトを抱き合わせる場合、消費者が、ドラクエには1万円払ってもいいけれど不人気ソフトには1円も払いたくない、とします。

この場合、ドラクエの店頭価格が5000円、不人気ソフトの店頭価格も5000円だとすると、両者抱き合わせても1万円です。

すると、消費者はもともとドラクエだけでも1万円支払って良いと思っていたのだから、抱き合わせで価格1万円になっても喜んで買うはずであり、店頭価格の内訳が「ドラクエ1万円、不人気ソフト0円」であろうが、「ドラクエ5000円、不人気ソフト5000円」であろうが、気にしないし、合理的な経済人は気にすべきでない、ということです。

こういう発想に従えば、消費者はトータルで1万円と評価して買っているのだから独禁法上問題とすべきではない、ということになりそうです。

さらに考えを進めると、ドラクエの抱き合わせの事件の本質も、不要なものを押しつけたということが問題なのではなくて、本来5000円のものを1万円で売りつけた、という点こそが本質なのではないか、という気がしてきますし、そうすると、不要品強要型(その本質は優越的地位濫用)の抱き合わせは、不当高価販売と同じ要件でのみ違法とすべき、ということになるように思われます。

つまり、「定価5000円のものを1万円で売ったことが、優越的地位の濫用が成立するほどの「不利益」(独禁法2条9項5号ハ)と言えるような場合にだけ、ドラクエ事件のような抱き合わせは違法にすべきではないか」、ということになりそうです。

しかし、以上の議論は、理屈は確かにその通りでも、心情的には納得できないものがあります。

以下の1つのシナリオを比べて下さい。

A.ドラクエ5000円、不人気ソフト5000円で抱き合わせされていた。

B.ドラクエ単独で1万円で売られていた。

合理的な経済人であれば、AもBも不当とは思わないでしょう(あるいは、同じ程度に不当と思うでしょう)。

でも心情的には、何となくAの抱き合わせのほうが納得いかない気がするのではないでしょうか。

それはなぜかと言えば、Aのほうが、不要品がくっついているだけに、何となくいかがわしい空気を醸し出しているからではないでしょうか。

しかし、Aを抱き合わせで違法にすると言うことは、Bを禁止するのと経済的には同等なはずです。別の言い方をすれば、Aを抱き合わせで違法とすることは、独禁法が定価以上での販売(B)を禁止しているようなものだ、ともいえそうです。

しかし、少なくとも法律家の議論としては、そのような議論は聞いたことがありません。

要するに、このくらい、経済学的な発想と法律の発想は違う、ということです。

しかし、経済的に合理的なものの見方から学べることも非常に多いです。時々、法律家としての自分の発想の方が、先入観に囚われていただけではないかと、はっとさせられることも多いです。

独禁法の合理的な解釈には、こういう、ちょっと冷めた経済学的な物の見方も必要だと考えています。

2010年5月 9日 (日)

インターネット販売の禁止と拘束条件付き取引

メーカーが小売店に対してインターネット販売を禁止することは、拘束条件付き取引(一般指定12項)に該当するのでしょうか。

この点、アップルがネット販売を停止したことに関する記事で、

「公取委は「一般論でいうと、メーカーが『このルートで売りたい』と販路を絞り込むことは問題にはならない」(取引企画課)と指摘」

した、と報じられています。

(産経新聞電子版 2010年4月27日 http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100427/biz1004271938043-n1.htm

この公取委取引企画課の指摘は、化粧品の対面販売について定めた資生堂事件(最高裁平成10年12月18日)が、

「メーカーや卸売業者が販売政策や販売方法について有する選択の自由は原則として尊重されるべきである・・・」

としているのと軌を一にするといえます。つまり、メーカーが「このルートで売りたい」というのは、まさに最高裁のいう「販売政策」や「販売方法」そのものであるので、「インターネットでは売りたくない」というメーカーの「選択の自由」は原則として尊重されるべきである、ということです。

ただ、「原則として」と言っている以上、常に例外があるわけで、もちろん問題はこの例外の方です。

資生堂事件最高裁判決は上記判示に続けて、

「(メーカーが)陳列方法を指示したりするなどの形態によって販売方法に関する制限を課することは、

①それが当該商品の販売のためにそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ、

②他の取引先に対しても同等の制限が課せられている限り、

それ自体としては公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれはな(い)」

と言っています。

つまり、①(それなりの合理性)と②(制限の同等性)の要件を満たす限り、独禁法違反ではない、ということです。

②(制限の同等性)の要件が要求されている理由はおそらく、特定の小売店にだけ制限を加えているような場合には安売り防止の目的であることが推認されるから、ということでしょう。

そうであるならば、「安売り防止の目的ではないこと」というのを要件にするのが筋というものでしょうが、②(制限の同等性)の要件のほうが客観的に明確ですし(それに対して安売り防止目的のほうはどうしても間接事実の積み上げによる立証になってしまう)、実務的には、こういう明確な要件のほうがありがたいです。幅のある読み方のできる判例は弁護士の余分な仕事(=企業の余分なコスト)を増やすだけです。

ただこの②の要件も、制限が一律であれば独禁法違反でなくなるということが一般的に言えるかというとそうでもなく、例えば再販売価格維持などは一律に行うのが最悪なわけです。そうすると、どうして販売方法の制限なら一律であればあるほど良いのに価格の制限なら一律であればあるほど悪いのか、という素朴な疑問が沸いてくるところではあります。

(蛇足ながら加えると、②の要件は、小売店間の平等権の保障といったような正義公平の問題とは関係がありません。)

問題は①(それなりの合理性)の要件の方です。

インターネット販売の禁止に「それなりの合理性」が認められる場合というのはどのような場合なのでしょうか。

判決は具体的な紛争を解決するためのものなので、あくまで当該事例を前提に読むべきです。文言をこねくり回して一般論化するのは慎重でなければなりません。

資生堂事件最高裁判例は、化粧品という女性のお肌に触れるものについて対面販売を義務づけることが問題になったものです。そのことを忘れてはいけません。

結局、ある商品のインターネット販売を禁止することに「それなりの合理性」があるか否かは、その商品の特性(安全性、安全性に対する需要者の知識、ブランドイメージの重要性など)に鑑みて、インターネット販売を禁止すること(=販売をリアルの店舗に限ること)に合理性があるか否かを、個別に考えていくしかないのでしょう。

実務家としては、現に起こっていることが独禁法違反か否かよりも(それも大事ですが)、今からやろうとしていることが独禁法違反に問われないようにする、あるいは違反のリスクを小さくするには何ができるかに興味があるわけですが、事の性質上、一般的にこうだとは言いにくいです。

小売店に対するインターネット販売禁止について1つだけ言っておくと、メーカー自身がインターネット販売をやっている場合には、「それなりの合理性」は認められにくい方向にはたらくと言わざるを得ないと思います。自分はいいけど他人はダメよ、という理屈は通りにくい、ということです。

もちろんそれに対する反論としては、「小売店に対して細かいところまで契約で縛ることは無理で、自社でネットで売る場合には細かいサイトのデザインやサポートセンターの従業員の教育など細部にわたって管理ができて、まさにそういった管理がこの商品のブランドイメージの保護には不可欠」といったようなことが言えれば完璧でしょう。最高裁が「それなり」といっているのですし、もっと緩やかな理屈でもよいかもしれません。

当然ですが、「自社サイトなら価格がコントロールできるので」という理由はダメです。

なお注意すべきは、①②の違法性阻却の要件は、公正競争阻害性がある(≒価格が維持されるおそれがある)ことが当然の前提になっているということです。そもそも価格維持のおそれがないのであれば、不公正な取引方法に該当するはずがありません。

また最高裁が、メーカーは原則として販売方法選択の自由を有すると言っている以上、価格維持のおそれがある拘束行為だからといってそれだけで公正競争阻害性が認められて独禁法違反になるわけではない、と考えられます。純粋に経済学的な議論だけでは、誰がどういう権利を持つべきかという価値判断の伴う問題は解決できないのですが、この辺りが、経済学がもつ限界でしょう。

・・・と、ここまで書いてきて改めて思うのですが、冒頭紹介した公取委取引課の発言は、販売方法の制限が違法とならないために① and ②(or 公正競争阻害性なし)を要求する資生堂事件最高裁判決よりも緩やか(適法の範囲が広い)に見えますね。

公取委発言は「販路」の問題で、資生堂最高裁判決は「販売方法」の問題だ、という区別は説得力がないように思います。

それとも、取引企画課発言の

「一般論でいうと」

というところに、

① and ② (or 公正競争阻害性なし)

を読み込むのでしょうか・・・

やはり、一担当官の発言を鵜呑みにしてはいけないということでしょうか(しかも、新聞記事では発言のニュアンスとかは分かりませんし)。実務的には、最高裁の判例に準拠しておくのが穏当でしょう。

2010年5月 7日 (金)

仕切価格は当然にそれ以上の再販売価格維持か?

メーカーが販売店に商品を販売する場合、あたりまえですが、その価格を決めないといけません。

しかし、たとえば商品の価格を1個100円と定めた場合、それが当然に100円以上の小売価格を指示する再販売価格維持とみなされる、ということがありうるのでしょうか。

常識的に考えるとそのようなことはなさそうですし、実際その通りなのですが、どうしてそういえるのかは、少し考えておく必要があると思います。

再販売価格維持は、明確に一定の再販売価格を合意した場合だけでなく、守った場合の利益で誘導したり、違反した場合の不利益で誘導したりする場合にも成立します。再販売価格維持を守った小売店には、メーカーからリベートを支払うような場合です。

そのようなリベートは、当該リベートがなければ小売店の経営が立ち行かなくなってしまうほど大きなものである必要は無く、小売店が再販売価格を守ろうというインセンティブを抱くに足りる程度であれば十分であると考えられます(あまりにリベートの額が少ないと、販売店は再販売価格を守るよりも値引きをして販売を増やし、利益を増やそうとするでしょう)。

そこで仕切価格(メーカーから小売店への販売価格)を100円と定めた場合、100円以下で売ると小売店は赤字になるので、必然的に、再販売価格を100円以上に誘導していることになるのではないか、というのがここでの問題意識です。

はっきりとこの点について述べた文献は見たことが無いのですが(あまりに当然のことなので裁判になることもなければ学者の先生の問題意識に上ることもないのでしょう)、やや関連するといえそうな記述として、ECの技術移転ガイドラインの再販売価格維持についての記述の中に、

「しかしながら、一定の最低額のロイヤリティを支払わなければならない義務をライセンシーに課すことは、それ自体としては、価格拘束には該当しない。」

というのがあります。

例えば、特許権のロイヤリティを商品1個につき100円とした場合、当然、ライセンシーは1個100円以上で売らないと赤字になるわけですが、これは価格拘束には該当しない、ということでしょう。

やはり、メーカーが販売店に1個100円で売るという行為自体をもって、小売価格(再販売価格)を100円以上にせよとの拘束である、というのは無理でしょう。

逆に言うと、「原価割れになるような小売価格では販売しないで下さいね」と念押ししたりすると、再販売価格維持になり得ます。

しかし、原価割れ販売は不当廉売として違法とされているので、このような念押し行為を再販売価格維持として違法とすることは、不当廉売との関係で緊張関係にあるともいえそうです。

不当廉売を防ぐために再販売価格維持をしていいのか、もっと一般的にいえば、違法行為(=不当廉売)を防ぐためにした独禁法違反の行為(=再販売価格維持)は違法性が阻却されるのか、という問題だといえます。

難しいところですが、不当廉売を防ぐために再販売価格維持をすることは、やはりできないと解釈すべきなのでしょう。

いろいろ理屈は考えられますが、独禁法違反を排除するのは公取委の排除措置命令や訴訟によるべきであって、独禁法違反に独禁法違反で対抗するのは自力救済のようなものでよろしくない、あるいは、不当廉売は他者を排除する程度にいたって初めて違法なので再販売価格維持によって原価割れ販売を一切封じるのは行き過ぎである、といったところでしょうか。

また上記の問題の応用バージョンとして、小売店がインターネットで販売する商品については店舗で販売する商品よりもメーカーが高い仕切り価格(メーカーから小売店への販売価格)をつける、というのもあります。

今回もだんだん話がそれてきました。またゆっくり考えてみたいと思います。

2010年5月 6日 (木)

下請法の域外適用

独禁法の世界では、海外で行われた行為に日本の独禁法が適用されるのか、という域外適用の問題がしばしば議論になります。

では下請法には域外適用はあるのでしょうか。

問題になる場面は、以下の2通りでしょう。

①日本所在の発注者が外国所在の企業に発注する場合

②外国所在の発注者が日本所在の企業に発注する場合

まず、①の場合(日本→外国)は下請法は適用されるでしょうか。

適用されないと考えるべきでしょう。

なぜなら、下請法の目的は、弱い下請業者を保護することにあるからです。外国の下請業者を日本の下請法で保護する必要は無いでしょう。

①のような場合が下請法違反に問われた例もありません。

以前、「下請法を余り厳しく執行すると発注者が海外に発注するようになって国内産業が空洞化してしまうので、下請法の執行はさじ加減が難しい」という発想が昔公取委内部にあった、という講演を聴いたことを書きましたが、その発想は、下請法が海外の下請業者への発注の場合にも適用されるという考えからは出てこないものでしょう(海外の下請業者に発注する場合にも下請法が適用されるなら、日本の下請業者に発注する場合にも海外の下請業者に発注する場合にも、同じように厳しく下請法を執行すれば、日本の産業が空洞化するはずもないので)。

つまり、公取委にも、海外の下請業者に発注した場合に下請法を適用するという発想は皆無であるといって良いと思います。

条文上の根拠は、残念ながらありません(笑)。

というより、域外適用の問題は条文から導かれるというより、理屈で導かれるものでしょう。

もちろん、条文ではっきりと「域外適用する」と書いてあれば適用されることが明らかですが、条文が沈黙している場合は理屈で判断するほかないと思います。

この点、独禁法の域外適用の理由付けについて、「独禁法の条文には違反行為を国内に限る条文が無いので、当然海外の行為にも適用されるのだ」というのを聞くことがありますが、間違いとは言えないものの、ちょっと乱暴というか、余り強い理由ではないと思います。

やはり、「日本の法律の効力は日本国内に及ぶのが原則だ」と考えておくのが穏当でしょう。そこから先は理屈の問題です。

では、②(外国→日本)の場合はどうでしょうか。

この点については、中小企業庁のホームページにQ&Aがあります。

Q13.海外法人との取引
A社(資本金900万円)は、海外のB社(メーカー)から部品の製造の外注を受けています。B社は、納品した後に、いつも当初の発注金額からの減額を求めてきますが、B社に対して下請代金法違反を問えないのでしょうか。

A.
外国の法律に基づき設立された企業が日本国内に在住する企業に発注した場合、この外国企業に対して下請代金法が適用されるかについては、外国で行われた行為又は外国に在住する企業に対して、自国の下請代金法を適用できるかという、「域外適用」の問題が生じます。

下請代金法の趣旨が日本の下請事業者の不利益を擁護しようとするものである以上、外国企業に対しても下請代金法を適用すべきという考え方もありますが、現時点においては、国は運用上、海外法人の取締まりを行っていません。」

とあります。

http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/shitauke/110/1_1.htm

というわけで、理屈の上では海外の発注者に対しても下請法が適用されることを否定はしないが運用上取締を行っていない、ということのようです。

(なお、回答の冒頭の、「外国の法律に基づき設立された企業が日本国内に在住する企業に発注した場合」というのは若干ミスリーディングです。外国の法律に基づき設立されたか否かは関係ありません。行為の場所あるいは事業の所在地が問題になることはあっても、設立準拠法は関係ないでしょう。上記回答も、それに続く部分を見ると、行為地または所在地を問題にする趣旨のようです。)

私は、②の場合には下請法が適用されると考えます。

理由は、上記Q&Aにもあるように、下請法は日本の下請業者を保護することを目的にする法律だからです。

しかも、下請業者が日本にいる以上、国際礼譲とかも気にする必要はないからです。日本に発注する以上、当然日本の法律の適用は覚悟しておきなさい、ということです。

それにもかかわらず運用上外国の発注者は取り締まっていないというのは、実際の取締の難しさということもありますが、余り日本政府が声高に下請法を海外でアピールすると、日本の下請の仕事が減ってしまう、という、①のところで述べたのと同じ発想があるのかもしれません。

さらには、外国企業に発注書面の交付という煩瑣な義務を負わせることの据わりの悪さ(もっと一般化すれば、企業の経済活動がグローバル化する中で下請法という極めてローカルな法律を適用することの据わりの悪さ)というものも、本音の部分であるのかもしれません。独禁法はわりと世界共通なので、こういう「据わりの悪さ」はありません。

しかし、日本の当局がこのようにホームページで堂々と「外国企業は取り締まりません」と書いて良いものでしょうか(「現時点においては」との留保付きですが)。むしろ、悪質な場合には積極的に取り締まるべきではないでしょうか。もうちょっと国の役割というものを考えて欲しいものです。

ところで、このような下請法の域外適用の問題を考えていくと、下請法の一般法である優越的地位の濫用規制についても同じような議論ができるのではないか、といえそうです。

つまり、一般的に独禁法は国内の競争を保護するのが目的だと言いますが、優越的地位の濫用は違います。濫用を受ける者を保護するのが目的です。

とすると、優越的地位濫用に限っては、売る競争であるか買う競争であるかにかかわらず、濫用の被害を受ける事業者が日本に所在する場合に限って日本の独禁法が適用される、ということになりそうです(なお、優越的地位濫用は、濫用者が競争事業者に比べて競争上有利な立場に立つことを問題にするのだ、という説に立つと、濫用の被害者が日本にいても優越的地位濫用が適用されないことになりそうですが、それは変でしょう。その意味でも、この説は間違っています)。

ただ、優越的地位の意味について取引必要性説(濫用の被害者が、濫用者と取引をせざるを得ないような場合に「優越的地位」有りとする考え)を取る実務を前提にすると、日本の企業が外国の企業と取引をせざるを得ないというような場合が今まではなかったから、海外企業に対して優越的地位濫用規制が発動されたことがない、ということなのでしょう。

でも国際化社会ですし、将来には、外国企業に優越的地位濫用規制が発動されてもおかしくないですし、むしろ外国企業に対しても国内企業と同等に執行するのが筋だと思います。

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2010年5月 5日 (水)

個人版リニエンシーの必要性

日本では、カルテルを実行した個人に対して刑罰が科されるにも関わらず、個人がリーニエンシー(課徴金減免制度)を利用できるようにはなっていません。

これが実務的にどいういう影響を持つかというと、カルテルを実行していた従業員個人(例えば営業担当者)が、カルテルはやっぱりいけないことだと悔い改めて公取委にカルテルの事実を申告しても、有利な取り扱いを受ける保証はない、ということです。

なので、カルテルを実行した従業員個人は、警察に自主をするしかないし、自主をしても起訴されないという保証は無い、ということになります。

どうしてこういうことになるのかというと、そもそも日本のリニエンシーは、「課徴金減免制度」と呼ばれていることからも分かるように、あくまで課徴金を減免する制度であるという仕組みになっています。

そして、課徴金を支払うのは、カルテルの違反事業者である会社になります。従業員個人ではありません。

そのため、リニエンシーを申請できるのは会社だけで、従業員はできない、ということになります。

しかも公取委の運用では、リニエンシーの申請は、例えば社長個人の意思でなされたものではなくて、会社としての意思表示である必要があることになっています。そのため、リニエンシーの申請をするためには取締役会決議を行ったりして、会社の意思表示であることを明確にするという手順が踏まれたりします。

そして、リニエンシーを申請した会社とその従業員の刑事罰については、公取委がリニエンシーで1位になった会社とその従業員については刑事告発しない方針を表明し、それによって間接的に、1位の会社とその従業員については刑事責任を問われない、ということになっています(さらに、告発不可分の原則のために他の違反者が告発された効力が1位になった会社にも及ぶのではないか、という疑義に対応するために、検察庁が国会で「公取委が1位の会社を告発しなかった趣旨は尊重する」という答弁をすることで対応しています)。

しかし、本当にそれでよいのでしょうか。

例えば、営業担当者が、カルテルはやめようと決意して会社に相談したところ、会社からもみ消されそうになった(なので会社としてのリニエンシー申請はしない)、という場合、その営業担当者はどうすればいいのでしょうか。

もし公取委に違反の事実を申告しても、リニエンシーの申請とは扱われません(リニエンシーの申請書の書式は違反事業者(つまり会社)が作成するような書式になっているので、営業担当者個人はそもそも申請書を書くことすらできず、リニエンシーっぽい外形を整えることもできません)。

そうすると、一般人による違反事実の報告という形になりますが、それだと何ら有利な扱いを受けられません。そんなことをするくらいなら、警察に自首したほうがよっぽどまし、ということになります。

しかし公取委に何も報告しないでいるとその個人が刑事告発されそうだし、もし刑事告発されたら、きっと検察庁は公取委の意思を「尊重」して起訴するでしょう。

なので、公取委と警察の両方に行こうか、ということになりますが、ではどちらから先に行こうか、と悩むことになります。

会社がリニエンシー申請する場合なら、断然、まずリニエンシーを申請すべきです。一刻を争いますから。

会社がリニエンシーを申請しない場合には、刑事告発されそうなくらい重い事件だったら、やっぱり警察に先に行くのでしょね。でも一般の方が警察に行くと言うのは心理的に負担が大きいですし、できれば警察には行きたくないと思うかもしれません。

では公取委に先に行くと、その情報が公取委から警察に伝わって、自首の要件(刑法42条)を満たさなくなるかもしれません(その辺は公取委がうまいこととりなしてくれるかもしれませんが)。

公取委に先に行って、「どうしましょうか?」と相談したら、公取委から「刑事事件にするほど重い事件じゃないから、警察に行く必要はないんじゃないかなぁ」とか言われて(あるいは弁護士に同じような相談をして同じようなアドバイスを受けて)警察に行かないでいたところ、実はものすごく重い事件だということが審査の過程で分かってきた、なんてことになると目も当てられません。

・・・というように、会社に違反を知らせたけどもみ消されそうになった従業員は、なかなか悩ましい立場におかれることになります。

ですので、やはり個人の資格で申請できる「個人版リニエンシー」があった方がよいと思います。

リニエンシーは法律上はあくまで課徴金を減免する制度なので、「個人版リニエンシー」は法律上の制度とすることは難しそうですが、公取委の刑事告発ガイドラインに書くという方法なら可能でしょう。

そもそも、個人の刑事免責を会社のリニエンシーの有無にかからしめること自体、合理的な理由はないのです。会社によるもみ消しにあったというような場合だと、従業員と会社の利害の対立は先鋭化します。

アメリカには法人のリニエンシーとは別に個人のリニエンシーがあるわけですし、日本でも作らない理由は無いと思いますが、いかがでしょうか。弁護士としても、その方が従業員に安心してアドバイスしやすいです。

2010年5月 4日 (火)

IPBA大会のプレゼンを終えて

本日無事、IPBAでのプレゼンが終わりました。

日本の独禁法についていろいろな国の人に知ってもらう、よい機会になったと思います。

他のスピーカーの話も興味深く、後でじっくり調べてみようと思いました。

いくつか以下に興味深かった点を記します。

中国では、単独行為がSAIC(非価格制限を担当)とNDRC(価格制限を担当)の2つに管轄が跨ってしまい得る点が問題(単独行為は価格と非価格両面の効果を持つことが多いので)。

アメリカではシャーマン法でカバーできない行為をFTC法5条でカバーしようという動きがある。また、反トラスト法に消費者保護の基準を適用する傾向がある(N-Data事件、インテル事件)。

シンガポールでは、反競争性の判断にあたり、消費者余剰よりも総余剰を重視する傾向がある。

このシンガポールの弁護士にはあとで聞きましたが、シンガポールの当局は経済学者が多くてシカゴ学派的発想の人が多いのと、シンガポールのような小さな経済で消費者余剰基準をとると企業が海外で戦えないから、という背景があるそうです。

日本でも総余剰基準を取ればキリンとサントリーのような合併が認められやすくなるでしょうし、経済学的な理屈では総余剰基準が正しく個人的には総余剰基準を採用すべきと考えていますが(消費者余剰基準だと、買い手独占(消費者余剰は増えることが多い)が違法であることの説明が難しいでしょう)、理屈をそのまま政策に採用している国があるというのは驚きでした。

ところで大会2日目に本大会のハイライト(?)ともいえるアル・ゴア氏のスピーチを聞いてきました。

生ゴアの迫力はすごいです。カリスマ性があります。これを聞くために来たとしても値打ちがあったかも。

最近問題になった温暖化の論文データ改ざんについても、「世界中のアカデミーが温暖化について意見は一致しており、温暖化の論文は何千何万ページもある中で、批判家は、たった2つのミステークをあげつらう」と、一刀両断でした。

こういう国際カンファレンスで独禁法の話を聞くと常々思うのですが、独禁法は各国当局が本当の意味で協力するインセンティブがある、まれな法律だとしみじみ思います。

例えば国際カルテルは世界中で協力する必要があるし、合併規制も各国で考え方がまちまちでは困ってしまいます。

でも刑法が各国で違っても「そんなもんだ」で終わりでしょう。

これからも日本の独禁法が世界標準に追いつくというレベルではなく、世界に貢献できるよう(ましてガラパゴス化などすることがないように)、微力ながら頑張っていこうと思います。

公取委は国際協力に慣れているので、案外、弁護士の取調べ立会い権が認められるのは、独禁法が日本法の数ある分野の中で最初だったりするかもしれません(というのは淡い期待でしょうか)。

2010年5月 2日 (日)

IPBA 2010 in Singapore

今、Inter-Pacific Bar Association ("IPBA")の大会に出席するためにシンガポールに来ています。

http://www.ipba2010.org/

IPBAというのは、アジアやオーストラリアを中心とした環太平洋の各国の弁護士の組織です。IBAやABAのアジア版というところでしょうか。

今回はゲスト・スピーカーにアメリカ元副大統領のアル・ゴア氏が招かれているそうです。

私は2日目(5月4日)に「Antitrust Enforcement Investigations: Recent Changes in Regions」というセッションでスピーカーを務めることになっております。

会場はMarina Bay Sands (http://www.marinabaysands.com/)というホテルに併設された会議場なのですが、このホテル、先週オープンしたばかりとのことで、周りにシンガポール人の観光客が溢れています(笑)。

一部まだ工事中なのはご愛嬌ですが、3つのタワーを繋いだ屋上に空中庭園とプールがあったりして、とにかくこれでもかっていうくらい、ゴージャスさをアピールする造りになっており、日本人の常識をちょっと超えた感じがします。

こういうのが好きな人には、きっとたまらないのでしょう(でも私は、客室の電灯のスイッチの場所が分からず苦労しました)。

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