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2010年4月18日 (日)

「不当な取引制限」と「不公正な取引方法」

独禁法を勉強し始めたころに引っかかりがちなのが、「不当な取引制限」と「不公正な取引方法」の区別です。

両者の概念は全く異なるのですが、どちらにも「不当」、「不公正」という似たような言葉と、「取引」という同じ言葉が入っていて名前が紛らわしいので、案外苦労する人も多いのではないでしょうか。

これらは独禁法上定義された用語なので、字面(じづら)をいくら眺めても意味は見えてきません。法律の定義に従って、そいういうもんなんだなぁと納得するしかありません。

しかも、とくに「不当な取引制限」の定義のほうですが、法律上の定義自体も、定義から何かが見えてくるというより、さきに「こういうものが独禁法違反なんだ」という確固たるイメージがあって、それを抽象的な文言で表現した、という感じの定義なので、余り良い定義ではないので始末が悪いです。

ざっくり言えば、「不な取引制限」が、いわゆるカルテルや談合のことで、競争者間(いわば、ヨコの関係)で競争を制限する合意を意味します。

これに対して、「不公正な取引方法」は、基本的にはタテの関係(取引をする者相互の関係)についての違法類型で、法律と一般指定で具体的に規定されているものです。再販売価格維持や不当廉売、優越的地位濫用などが、これに該当します。

いずれも元々のネーミングがいまいちなので、良い覚え方というのも思いつきませんが、「不当な取引制限」のほうは、ライバル間の合意なので、ライバル間には普通「取引」はなく、ここで「制限」されるのは、違反当事者とその取引先との「取引」です。

「(不当な)取引制限」というのは、事業活動の制限、くらいの意味で、典型的には、お互いに価格や産出量に制限を設けることだ、というくらいにイメージして下さい。英語では、「unfair restraint of trade」といいます。

なぜ「不当な」取引制限であって、「不公正な」取引制限ではいけないのか、「不当」と「不公正」で意味は違うのか、と悩んでも仕方ありません。法律で定義された用語である以上、「不当な取引制限」という用語を丸暗記するしかありません。

これに対して、「不公正な取引方法」のほうは、取引当事者間に加えられる制限なので、「(不公正な)取引方法」にいう「取引とは、まさに取引当事者間の「取引」です。英語では、「unfair trade practice」といいます。なぜ「不公正(unfair)」であって「不当な(unreasonable)」ではないのか、と字面を眺めて悩んでも、やはり答えは出てきません。

ところで、不当な取引制限の定義は、門外漢にはかなり不親切です。

2条6項では、

「この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。」

と、細々とした例示列挙はあるものの、結局、「事業活動」の拘束であるかどうかが定義上のポイントなのですが、「事業活動」の定義は独禁法にはありません。

例えば、業界団体の会長選挙でライバル2社が協力して同じ候補者を押したら「事業活動」の拘束でしょうか。たぶん違うでしょう。

では、競争会社どおして、同じ時期に新株発行をすると市場でさばきにくくなるので時期をずらそうと合意した場合、「事業活動」の拘束でしょうか。新株発行のような資金調達も「事業活動」の一環といえそうですが、これを「不当な取引制限」に当たるという声も聞いたことがありません。なので、たぶん当たらないのでしょう。

では、私立大学同士で受験日程をずらすのは「事業活動」の拘束でしょうか。或いは、W大学の入学金の払込期限をK大学の合格発表の前の日に設定する(そのため、両方うかったらK大学に行くつもりの受験生も、K大学の合否が分かる前にW大学の入学金を払わざるを得なくなります)のは、「事業活動」の拘束でしょうか。いずれも、当たりそうに見えます。

・・・というように、不当な取引制限の定義だけを見ても、どのような行為が「不当な取引制限」に該当するのかは、実ははっきりしません。これは特に、非ハードコアカルテルと呼ばれるものについて顕著です。

つまり、文言上は、「事業活動」の拘束に該当するか否かで不当な取引制限か否かが決まるはずなのに、それでは決まらない、ということです。

一言で言えば、ここでの「事業活動」の拘束は、価格、数量、品質などに関わる拘束である、ということが、暗黙の前提になっているのです。

というのようなことは、独禁法を勉強してしばらくして分かってくるので、最初分からなくてもめげずに勉強して下さい。

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コメント

司法関連の翻訳をしているのですが、とてもためになる記事ですね!! ありがとうございます。お気に入りに登録して他の記事も読みたいと思います。ひとこと感謝を申しあげたくてコメントしました。

ありがとうございます。

独禁法の話題に限って取り上げていますが、内容は実はバラバラで、全ての方に全ての記事が役に立つわけでは到底ないのですが、一部の人にでも役に立つようにと心掛けています。

同様の趣旨から、より信頼性の高い記事や文献を当たったほうが良いような内容は取り上げないように心掛けております(むしろ信頼性の高い記事に辿り着く妨げになりますので)。

ですので、どのような形であれお役に立てるのはとても嬉しいことで、大変励みになります。

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