問題解消措置を履行しなかった場合の制裁
企業結合が一定の条件付きで認められる場合があり、そのような条件を問題解消措置と呼びますが、この問題解消措置を履行しなかった場合、どのようなことになるのでしょうか。
代表的な企業結合である株式取得の場合で説明します(合併などその他の場合も似たり寄ったりでしょう)。
また前提として、株式取得会社は事前相談を済ませており、事前相談で申し出た問題解消措置を株式取得報告書に記載しているとします。実務では通常のパターンですね。
まず、問題解消措置に違反した場合に刑罰の適用はあるでしょうか。
無いと考えられます。届出義務違反についての刑罰は独禁法91条の2第3号と4号に規定がありますが、3号は、「届出をせず」又は「虚偽の記載をした届出書を提出した」ことが要件になっていますが、問題解消措置を履行しなかっただけでは「届出をせず」とはいえないことは明らかです。問題解消措置の不履行も「虚偽の記載」というには文言上無理があるでしょう。
4号は、30日の待機期間内に株式を取得した場合の罰則なので、やはり関係ありません。問題解消措置が取られる場合でも、株式取得そのものは30日の待機期間経過後にするからです。
では、排除措置命令についてはどうでしょうか。
10条9項1号では、株式取得の報告書に記載された問題解消措置が一定の期限までに行われることとされている場合には、10条9項柱書の事前通知の期限が適用されない(つまり無期限になる)としています。
ただ、それでは余りに法的安定性を害するということで、10条10項で、問題解消措置の実施の期限から1年以内に事前通知をしないといけないとされています。
さて、問題解消措置の内容が、例えば、「株式取得後1年以内に、株式発行会社の○○の事業を譲渡する」というような場合には、排除措置命令の事前通知の期限は、当該問題解消措置の実施期限から1年後、つまりここでは、株式取得後2年以内ということになります。
また、株式取得の前に事業譲渡することを要求されることもあります。欧米でいう「アップフロント・バイヤー(up-front buyer)」ですね。この場合の事前通知の期限については、例えば、「株式取得前に○○の事業を譲渡する」というような場合には、株式取得の日が問題解消措置の実施期限ですから、事前通知の期限は株式取得の日から1年以内ということになります。
したがって、問題解消措置を履行しなかった場合にどうなるのか、という問いに答えるならば、「株式取得報告書に記載した期限までに問題解消措置を実施しなかった場合には、当該期限から1年以内に排除措置命令を受ける可能性がある」ということです。
このように、一定期限までに事業譲渡をするというような問題解消措置なら分かりやすいのですが、問題解消措置には、例えば、同業他社にコストベースでの製品引取権を付与する、というようなものもあります。
このような、いわゆる行動的措置が株式取得報告書に「重要な事項」(10条9項1号)として記載されている場合に、それを守らなかった場合、排除措置命令の事前通知はいつまで出せるのでしょうか。
10条9項1号の文言は、問題解消措置の履行には一定の期限があることを前提にしており、コストベースの引取権のような、当事会社がずーっと義務を負い続けるような場合を想定していないように読めます。
そのため、条文を形式的に読むと、「重要な事項が当該計画において行われることとされている期限までに行われなかった(こと)」という要件にそもそも該当しない(「期限」が無い)、というように解釈できそうです。その結果、原則に戻って、30日の待機期間内に事前通知を出す必要がある、と解釈できそうです。
しかし、それは余りにも形式的な解釈に過ぎるでしょう。
やはり、コストベースの引取権のような問題解消措置の場合には、文言的にはちょっと苦しいですが、コストベースの引取権に違反して商品の引渡を拒絶したときから1年以内に限り、事前通知を出せると解釈すべきでしょう。
行動的措置は株式取得会社がずーっと義務を負い続けるもの、つまり無期限の義務だと考えると、問題解消措置の履行の「期限」が無期限で、無期限なものから1年後もやはり無期限ですから(∞+1=∞)、事前通知も無期限に出せると解するのが論理的ではありますが、それも余りに据わりが悪いので、違反してから1年以内と解しておきます。根拠は10条9項と10項の類推適用でしょうか。
では次に、問題解消措置を履行しなかった場合に出すことのできる排除措置命令とは、どのような内容でしょうか。
問題解消措置の内容そのままの排除措置命令(例えば一部の事業の譲渡)を出すことができることは、問題ないでしょう。
では、問題解消措置の内容を明らかに超えるような排除措置命令も出せるのでしょうか。
届出の時に「問題解消措置を取れば株式取得を認める」というお墨付きを得たのですから、問題解消措置を取らなかったからと言ってそれを超えるような排除措置命令(例えば、問題解消措置はコストベースの引取権で、排除措置命令は事業譲渡)が認められるのは腑に落ちませんが、問題解消措置と同じ排除措置命令(あるいはそれ以下の排除措置命令)しか出せないという法律上の根拠は無いように思われます。
ですので、基本的には、問題解消措置よりも重たい排除措置命令も可能といわざるを得ないと思われます。あとは、その排除措置命令が、「10条1項・・・の規定に違反する行為を排除するために必要な措置」(17条の2)であるか否か、というところで争うのでしょう。
しかしよく考えてみると、17条の2の排除措置命令は、10条1項という、競争を制限する株式取得をしたという実体的な違反に対する排除措置命令なのですね。
ここで問題にしているのは、問題解消措置の不履行という、いわば届出手続上の違反行為です。
そして、問題解消措置を履行すれば「競争を実質的に制限することとなる」(10条1項)までには至らないとは言えても、問題解消措置を履行しなければ必ず「競争を実質的に制限することとなる」とは言えないと思われます。当事会社は、ギリギリのレベルの問題解消措置を申し出てもいいですが、安全策で、ちょっと重めの問題解消措置を盛り込む(それによって公取委の審査をスムーズに進める)、ということも十分あり得ると思われるからです。
とすると、結局、問題解消措置を履行しなかったからといって、直ちに排除措置命令を受けるわけではなく、公取委は「競争を実質的に制限することとなる」ことを立証しなければならない、ということになりそうです。
かつてJALとJASが統合する際に、条件として運賃を上げないと約束したのが、燃料の値上がりを理由にあっさりと破棄されたのを公取が黙認した、ということがありましたが、「運賃を上げるな」という排除措置命令は、法律上も当然には出せないのですね。
このように考えていくと、問題解消措置の不履行に対して制裁金を課せる欧州のような制度のほうが、当局にとっては使い勝手が良い、ということが分かります。将来の検討課題でしょう。
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