米国のガン・ジャンピングの事案(US v. Smithfield Foods & Premium Standard Farms)
今年の1月21日、米国でいわゆるガン・ジャンピングのケースが出ました(United States
v. Smithfield Foods, Inc. and Premium Standard Farms, LLC)。
http://www.justice.gov/atr/cases/smith2.htm
http://www.justice.gov/atr/public/press_releases/2010/254357.htm
ガン・ジャンピングというのは、日本語(和製英語?)でいえば「フライング」のことです。銃声よりも前に飛び出すイメージですね。独禁法の世界では、企業結合の待機期間中に、形式的には企業結合しないまでも実質的には企業結合したかのような行為(情報交換や意思決定権限の委譲など)をすることを意味するようです。
個人的には、こういう業界の人にしか分からない、しかも意味のはっきりしない言葉は好みではないのですが、司法省の訴状にも、
"This conduct, called "gun jumping" is prohibited by Section 7A."
というように使われているので、アメリカでは市民権を得ている用語なのでしょう。
このケースは、全米最大の豚肉製造業者であるSmithfield Foods, Inc.(「スミス社」)が、同業のPremium Standard Farms, LLC (「プレミアム社」)を買収した事案です。企業結合の待機期間満了前に、スミス社がプレミアム社の事業活動に対する支配権を実質的に握ってしまったことが、待機義務に違反する、とされたもので、両社に90万ドルの制裁金が課されました。
具体的には、プレミアム社がその豚肉処理能力の1%に満たないような豚肉調達契約についてまでスミス社の同意を求めていたことなど、プレミアム社の通常の業務の範囲内の行為にまで、自ら判断することを放棄してスミス社の同意を得ていたことが、問題とされました。
M&Aをするときは、買収の契約を締結してから実行までの間にターゲットの会社に好き勝手なことをされると困るので、いわゆるコベナンツでいろいろ縛りをかけるのが通常ですが、ターゲットの通常の業務の範囲のことにまで買収者が口を出すと、独禁法上の待機義務違反とされることがある、ということなのでしょう。
しかし当事者の立場に立つと、これは悩ましい問題です。もう買収されようとしているターゲットが、仮にクローズ前だからといって、合併契約まで調印した後に、本気で買収者と競争しようとするでしょうか(例えば買収者の顧客を奪いに行ったりするでしょうか)。そんなことはないと思います。
このように、買収の契約を締結した段階で、あるいはもっと早く、買収の交渉に入っただけで、独立の競争単位として競争するのは、案外難しいと想像されます。
かといって、買収交渉をやっている間にターゲットに好きなようにされたのでは、買収者としては困ってしまいます。
またこのケースは、ターゲットの原材料調達行為という、価格やアウトプットに直結する事業上の意思決定を買収者が支配していたということなので、競争法上放っておけない行為だということが素直に腑に落ちるのですが、ではどの辺りまでの行為のコントロールなら大丈夫か、はっきりしません。
M&Aではコベナンツでターゲットを縛るのが一般的と上に書きましたが、それでは、一定額以上の融資を受けることを買収者の承認にかからしめるのはどうでしょうか。一定以上の設備投資ではどうでしょうか。融資も設備投資も生産のための重要な投入要素である点で原材料の仕入と本質的には違わないような気もします。
このように色々と考えると、今回のケースの限界が広がるとM&A実務に与える影響というのも結構大きなものになりそうです。
さて、このケースでもう一つ注意すべきは、あくまで待機義務違反という手続上の義務違反が問われたということで、実質的な競争制限効果とは無関係ということです。つまり、シェアが極めて低い会社同士の合併であっても、届出基準を満たす限り、今回のような違反に問われるということです。
さらに、ガンジャンピングの問題はアメリカ企業だけの問題ではないということです。日本企業同士の合併でも、アメリカに一定以上の売上があればHSR法の届出が必要ですし、そうすると、当然、ガンジャンピングの規制がかかってきます。
最後に、スミス社のケースはHSR法の届出をしたのが2006年10月、司法省が民事制裁金を求めて訴訟提起したのが2010年1月と、3年以上も前の違反が問題にされています。
災難は忘れた頃にやってきます(笑)。国際カルテルでも、日米欧の処理が終わって、忘れた頃にブラジルから調査が入ったり、なんてことがあります。独禁法違反は、いつまでも気が抜けません。
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面白かったです。
ガンジャンピング!
投稿: 深田萌絵 | 2016年6月 2日 (木) 19時39分