株式取得の事前届出と取得の「意思決定を証するに足りる書面」
平成21年独禁法改正により株式取得が事前届出化されたことに伴い、届出書の添付書類についても
「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第9条から第16条までの規定による認可の申請、報告及び届出等に関する規則」(届出規則)
が改正されました。
そして、株式取得の届出書の添付書類の1つに、「株式の取得に関する契約書の写又は意思決定を証するに足りる書面」というのがあります(届出規則2条の6第2項1号)。
このうち、「株式の取得に関する契約書の写」の意味は明らかです。契約書を締結していれば、この契約書の写しを提出すればよいのです。
では、「株式取得に関する・・・意思決定を証するに足りる書面」というのは、どのようなものを指すのでしょうか。
まず、合併や分割などの場合と異なり、株式取得自体については、会社法上、取締役会の決議は要求されておりません。
ですので、株式取得の場合には取締役会決議がなされないこともあり得ます。
この点、公開買付をする場合には買付会社で取締役会決議をすることが通常でしょうし(ファンドが買付者ならそれに相当する機関決定)、公開買付ではないにしても(例えば非上場会社の株式取得)他社の支配権を取得して子会社化するような場合には、取締役会決議を経るのが通常でしょう。
しかし、例えば発行会社の19.99%の議決権を既に保有している会社がさらに0.02%取得するような場合には、会社法上取締役会決議を要しないのはもちろんのこと、実際にも、取締役会決議まではしないのではないかと思われます。
「株式取得に関する・・・意思決定を証するに足りる書面」というのは、このような場合にまで取締役会決議を要求する趣旨とは思われないので、あえて取締役会決議まではしないような場合には、意思決定権限を有する者(例えば代表取締役)による上申書でも、恐らく受理されるのではないかと思います。
若干脇道にそれますが、届出書の添付書類に「意思決定を証するに足りる書面」を要求する理由は、株式取得の届出が、取得会社が発行会社の「株式の取得をしようとする場合」(独禁法10条2項)になされるべきであるからと思われます。
つまり、株式取得を「しようと」していない場合には届出義務はなく、よって届出の要件を満たすか否かを確認するために、「意思決定を証するに足りる書面」が要求される、と考えられます。
最初この問題を考えたときは、意思決定を証する書面まで添付書類として要求する合理性はないのではないか(例えば、取締役会決定をしていなくても、時間の短縮のためにともかく届出だけは早くしておきたい場合とか)、と考えたのですが、法律の条文が「しようとする場合」となっている以上、規則に文句を言っても仕方なさそうです。
別の言い方をすると、取得会社が取得の意思決定をしてからクローズするまでに30日の待機期間を要することは法律が予定している、ということです。
しかし、このように規則に書かれた要件を盲信するのではなく、その規則は法律の委任の範囲内といえるのかを、論理的にチェックすることは重要だと思います。
例えば、合併の場合には合併契約書の写しが添付書類として要求されていますが(届出規則5条3項2号)、合併の届出の法律上の要件は、「合併をしようとする場合」(独禁法15条2項)であって、株式取得の場合と同じく、「しようとする場合」です。
したがって、株式取得の場合と同様に考えれば、「合併をしようとする場合」であれば届出は受理されて然るべきはずです。合併契約書がなければ「合併をしようとする場合」に該当しないというのは言い過ぎではないでしょうか(それなら、株式取得の場合も株式取得契約書の添付が必要なはずです)。
独禁法15条2項の届出要件は満たしているのに規則上の添付書類が存在しないから公取委が届出を受理しないとしたら、本末転倒でしょう。
以上のような点を踏まえてか、届出規則の文言はさておき、公取委でも契約書の案を添付すれば届出可能と解しているようです(公取委HPの「届出制度Q&A」(http://www.jftc.go.jp/ma/qa-3/qatodokede.html#keika)参照)。
ちなみに、改正前は合併契約が口頭による場合にはその内容を説明する文書でもよいとされていましたが、改正後はこの部分が削除されています。その理由はよくわかりません。おそらく、実務で口頭の合併契約というものが通常ありえないから削っただけだとは思いますが、会社法上要求されていない書面性を事実上独禁法で要求するのはいかがなものかと思います。たしかに見てくれは良くないですが、「口頭による場合は・・・」というのを残しておいた方が律儀で良かったのにと思います。
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