商品代替性の「定義」としての需要の交差弾力性
ミクロ経済学の教科書をみると、需要の交差弾力性という概念が紹介されていて、交差弾力性が正なら代替財で負なら補完財であるという説明がなされています。
しかし、これを法律家的発想で、「交差弾力性が相互に正の財を代替財というのだ」と、あたかも「交差弾力性が正」というのを代替財の定義であるかのように考えると間違いです。
まず「需要の交差弾力性」とは何かというと、ある商品Aの価格が1%上がったときに別の商品Bの需要が何%増える(減る)かを測定する指数です。
たんに「需要の弾力性」というと、需要の自己弾力性のことで、ある商品Aが1%値上がりしたら需要は何%減るか、を意味します。「交差」弾力性は、ある商品Aが値上がりしたら別の商品Bの需要はどうなるのかをみて、商品Aと商品Bの関係をみるのですね。
需要の交差弾力性を式で表すと、
(商品Aの価格に対する商品Bの需要の交差弾力性)={(商品Bの需要の増加)÷(商品Bの需要)}÷{(商品Aの価格の増加)÷(商品Aの価格)}
となります。
例えば、バター(商品A)の価格が100円から110円に値上がりしたときに、マーガリンの需要が1000キロから1050キロに増えたとすると(バターの値段が上がったのでマーガリンに乗り換える人がいるわけですね)、
(バターの価格に対するマーガリンの需要の交差弾力性)
={1050キロ-1000キロ)÷1000キロ}÷{(110円-100円)÷100円}
=(50キロ÷1000キロ)÷(10円÷100円)
=0.05÷0.1
=0.5
となり、0.5は正なので、バターとマーガリンは代替財である、と考えるのです。
なお、日本語では「需要の交差弾力性」ということが多いですが、英語ではcross-price elasticity of demand(需要の価格交差弾力性)といいまして、こちらのネーミングの方が、商品Aの価格が商品Bの需要にどう響くかという概念であることをよく表していると思います。
しかし、これもミクロ経済学の教科書に書いてあることなのですが、純粋な経済モデルの世界では需要の交差弾力性が正である2つの財を代替財と定義しても問題ないのですが、現実の世の中では、需要の交差弾力性が正であるからといって必ず代替財であるといえるわけではありません。
つまり、経済モデルの中では、バターの値段が上がったからマーガリンへの乗換えが起こったのだ、という因果の流れを当然の前提にしていますが、現実の世界では、需要の交差弾力性が正であっても、それは乗り換えが起こったからなのか、別の要因なのか、分からないことがあり得ます。
例えば、干ばつで小麦(商品A)の値段が上がったときに、同じく干ばつを原因としてスプリンクラー(商品B)の需要が増える、ということがあるかもしれません。しかし、小麦とスプリンクラーが代替財であると考える人はいません。
要するに、交差弾力性が正だと代替財であることが多いが例外もある(「交差弾力性が正」は代替財の定義ではない)ということです。
経済学はモデルの世界で議論をすることが多く、そのモデルの中できちんと説明できることが大事なので、この手の例外には比較的無頓着な気がしますが、法律の世界ではまず定義ありきで、定義に従って概念を整理し規範を定立し紛争を解決していくという発想なので、こういう例外は許せません。
同じような経済学と法学の感覚の違いは、排除型私的独占の違法性基準の一つとして唱えられている「短期利益犠牲テスト」にも見られるように思います。短期的な利益を犠牲にするような行為は経済合理性がないから他者の排除を目的にしているのだろう(だから違法だ)という基準です。
しかしこれも、短期利益を犠牲にしたからといって合理的な行為もあれば、短期利益を犠牲にしないでも他者排除が生じる場合もあります。
つまり「短期利益犠牲テスト」は一つの目安にはなるけれどこれを排除行為の定義とすることはできない、ということです(短期利益犠牲テストについては別の機会に取り上げたいと思います)。
法学と経済学、パラダイムが異なるとこれほどまでに議論がかみ合わないものだと感じる、一つの例でした。
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交叉弾力性は、需要関数を推定して算定するのが一般的なので、ご説明の
つまり、経済モデルの中では、バターの値段が上がったからマーガリンへの乗換えが起こったのだ、という因果の流れを当然の前提にしていますが、現実の世界では、需要の交差弾力性が正であっても、それは乗り換えが起こったからなのか、別の要因なのか、分からないことがあり得ます。
例えば、干ばつで小麦(商品A)の値段が上がったときに、同じく干ばつを原因としてスプリンクラー(商品B)の需要が増える、ということがあるかもしれません。しかし、小麦とスプリンクラーが代替財であると考える人はいません。
といった問題は起こらないように推定されるのが普通なので、ご記載されいている内容は、誤解に基づいていると思われます。
投稿: | 2010年2月22日 (月) 13時56分