排除措置命令の海外への送達
独禁法の書類の送達については民訴法の規定が準用されるので(独禁法70条の17)、排除措置命令の送達(独禁法49条2項)を外国所在の企業に向けて行う場合には民訴法108条の外国送達に関する規定が準用されます。
民訴法108条では、2つの方法を定めています。
1つめは、送達先の外国のしかるべき役所(条文上「管轄官庁」と呼ばれています。裁判所に限りません)に対して依頼する方法です。送達を行うのは外国の役所です。
2つめは、送達先の外国に駐在している日本の大使・公使・領事に依頼する方法です。送達を行うのは日本の大使・公使・領事です(大使・公使は忙しいためか、普通は領事が行うようです)。
ここで少し注意しておくべきは、民訴法108条がこれら2つの送達方法を定めている意味は、民訴法108条があるおかげでこれらの方法が日本の国内法上適法になる、ということです。
つまり、民訴法108条がなければ外国への送達には国内法上の根拠が無いことになり、もし外国への送達を何らかの方法で行っても不適法であって送達の効力が認められないことになります。外国政府がそのような送達を受け入れるかどうかという問題(この問題は送達条約等が受け持っており、後ほど説明します)とはまったく別の問題です。
独禁法70条の17が民訴法108条を準用している意味も同様であり、その意味するところは、民訴法108条の手続に従った送達方法による限り日本の独禁法上適法な送達として効力が認められる、ということです。
ですので、例えばフェデックスで排除措置命令を送っても、民訴法108条の要件を満たさないので送達の効力は認められません。
しかし、理屈の上では、独禁法に外国送達についての規定を置いて、「外国への送達はフェデックスで行う」と定めておけば、日本の独禁法上は有効な送達となり得ます(国際礼譲を定めた憲法98条2項に反して違憲だという議論はあるでしょうが、別に違憲とまでいうことはないと思います。現に外国の競争当局からは日本に命令書らしきものが国際郵便で届くことがありますし、日本だけ憲法論を持ち出して謙抑的になることもないでしょう)。
さて、民訴法108条では以上の2つの送達方法に優劣はありませんが、独禁法上の排除措置命令の送達はどちらの手続で行われるのでしょうか。
これは断然、民訴法108条後段の方法(日本の領事等が行う送達)です。
なぜなら、民訴法108条前段の方法は、外国のお役所にやってもらうので、連絡とか根回しが何かと面倒ですし、いつまでにやってくれるのかも分かりませんが、日本の領事にやってもらうならそういう面倒は少ないし、日本の役人なのでコントロールも効くからです。
ただ民訴法108条後段の方法(日本の領事等による送達)の場合でも相手国の同意が必要であると民訴法上は解されているようであり(「コンメンタール民事訴訟法Ⅱ」p410。その意味するところは、相手国の同意なくなされた領事送達は日本の民訴法上不適法である、ということです。民訴条約上または送達条約上相手国の同意を要するのかとは別の問題です)、恐らく公取委も同様の見解であろうと思われます。
そしてここでの相手国の同意は、条約に基づく場合もあれば個別同意による場合もあります。
そして、民訴法上の送達であれば、民訴条約の加盟国は同条約6条1項3号、同条2項後段、送達条約の加盟国は同条約8条、アメリカは日米領事条約17条(1)(e)(ⅰ)、イギリスは日英領事条約25条に基づいて、それぞれ送達に同意しているので、個別の同意なく民訴法108条後段の方法による送達(日本の領事等による送達)を行えるわけです。
しかし、独禁法の排除措置命令のような行政庁の命令書の送達が民訴条約、送達条約の対象になると考えて良いのかは問題です。いずれの条約も、民事または商事の文書の送達を対象にすると明記してあるからです。行政法は民事・商事法か、という問題です(なお、刑事法は明らかに民訴条約、送達条約の範囲外です)。
この点を以前調べたときは、結局、締約国の解釈次第で、行政法を民商事法の一部と考える法体系の国では行政上の文書の送達も認めるのだ、ということでした(出典は忘れてしまいました)。
日本は行政法を民商事法とは別物と考える発想が強いので、もし送達条約の締結国が同国政府の命令書を送達条約に基づいて日本国内で領事送達を行いたいといってきたら、「行政上の命令書は送達条約の範囲外だ」といって拒否するのだと思われます。
いずれにせよ、相手国の個別の同意を得た上で排除措置命令の送達をすれば、独禁法70条の17により独禁法上は有効な送達ということになるので、民訴条約や送達条約の対象に排除措置命令が含まれる(と相手国で解されているか否)か否かを考えるまでもなく、個別の同意を得てしまえばよいのです。
相手国の個別の同意が得られたとして、次は具体的にいかなる方法で民訴法108条後段の送達(領事による送達)をするのかが問題です。
例えば、相手国での普通郵便で送って送達することは出来るのでしょうか。
ここでも、日本の国内法の送達の要件を満たすのか、という問題と(民訴法の守備範囲)、相手国がどのような方法に同意するのかという問題(民訴条約・送達条約の守備範囲)とを分けて考える必要があります。
外国で民訴法108条後段の送達を行う場合の手続は最高裁通達が定めており、次の5つのパターンがあります。
①外国に駐在する日本の外交官・領事館に嘱託する(「領事送達」といいます。民訴法108条後段の送達ですね)
②「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(1965年11月15日。通称「送達条約」)に基づき、外国のしかるべき当局に対して依頼する方法。同条約では「しかるべき当局」を「中央当局」と呼んでいるので、この方法は「中央当局送達」と呼ばれます(「中央当局」という呼び名は重要ではありません。「中央当局送達といえば送達条約に基づく送達なんだな」くらいに考えて下さい)。もちろん、送達条約に加盟している国に対してのみ可能です。
③「民事訴訟手続に関する条約」(1954年3月1日。通称「民訴条約」)に基づき、外国のしかるべき当局に対して依頼する方法。「しかるべき当局」は民訴条約上、「指定当局」と呼ばれるので、この方法は「指定当局送達」と呼ばれます。ここでも「指定当局送達といえば民訴条約に基づく送達なんだな」くらいに考えて下さい。
④民訴条約に基づき、外国に駐在する日本の大使からその外国の外務省に要請する方法(民訴条約では「外交上の経路による送達」と規定されているものですが、最高裁の通達で、日本の大使から当該外国の外務省へ依頼するというルートにしているわけです)。
⑤送達先の外国の裁判所に依頼する方法。「管轄裁判所送達」
しかし、公取委は裁判所ではなく最高裁の通達の拘束力は公取委には及ばないので、独禁法70条の17に基づいて排除措置命令を送達する場合には上記最高裁の通達は適用されないことになります。
そこで公取委が排除措置命令を外国に送達する場合には独禁法70条の17で認められた方法であればいかなる方法によっても良いということになります。
この点、独禁法70条の17が準用する民訴法108条では具体的にどのような方法で送達するか(どのような方法で送達すれば日本法上有効な送達となるか)については規定されていませんが、コンメンタール民事訴訟法Ⅱのp411によれば、民訴法108条後段の方法(領事等が送達する方法)による場合には、
「わが国の法律によって送達するが、送達実施機関たる執行官等がいないことを考えると、送達に関する規定に準じ、適当な方法で送達を実施すべきものと解するほかない」
とされています。
「適当な方法」って何やねんって感じですが(笑)、実際には、名宛人企業の担当者を領事官に呼び出して交付する方法を採っているようです。領事官が自ら相手方企業に赴いて交付するのは主権侵害の観点から憚られるし(相手国が同意していれば構わない気はしますが)、領事館から(相手国の郵便制度に乗せて)郵便で送達しても「わが国の法律によって送達」したことにならないので独禁法上無効な送達ではないか、との疑義があるためではないか、と思われます。
ちなみに、以上の方法で送達できなかった場合には、最後の手段として公示送達もあります(独禁法70条の18)。