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2009年11月

2009年11月29日 (日)

ECの制裁金算定方法

インテルが5月に10億ユーロ超の制裁金を課せられたりして何かと話題の欧州委員会の制裁金ですが、どうすればこんなに高額の制裁金になるのかと感じる方も多いことでしょう。そこで欧州委員会の制裁金算定方法を簡単にまとめておきます。

まず、日本ではカルテルと私的独占とで課徴金の算定方法や算定率が異なりますが、ECでは違反類型にかかわらず算定方法は同一です。

そこで、実例も豊富でイメージしやすいカルテルの場合を念頭に置いて説明します。

【設例】

ある日本企業(A社)が欧州である商品(「対象商品」)を販売していたとします。直近事業年度の対象商品の欧州での売上は1億ユーロでした。

A社は1998年7月から2006年12月までの8年6ヶ月の間カルテルに参加していたとします。

【計算方法】

ECの制裁金ガイドラインによると、制裁金の計算方法は、以下の5つのステップからなります。

① 欧州経済地域(EEA)内での違反対象商品の直近事業年度の年間売上高を算定、

② ①の売上高に、重大性に応じた係数(最大30%)を乗じる、

③ ②の金額に違反継続年数を乗じる、

④ ③に「エントリーフィー」(年間売上の15~25%)を加算

⑤ ④の金額(「基本額」)を調整(例:繰り返し違反者は倍増)

「エントリーフィー」というのはちょっと分かりにくいですが、カルテル等の違反行為に加わった(エントリーした)ことだけで(違反年数にかかわらず)課される金額です。

【あてはめ】

そこで上記設例の制裁金の額を計算してみます。

まず、A社の対象商品の欧州での売上は1億ユーロでしたので、①は1億ユーロとなります。

次に重大性に応じた係数を、ここでは仮に最大の30%とすると、②の金額は1億ユーロ×30%=3000万ユーロとなります(あくまで売上を0.3倍するのであって、1.3倍するのではないので念のため注意して下さい)。

次に継続年数は8年6ヶ月なので②の金額を8.5倍して、③の金額は、3000万ユーロ×8.5=2億5500万ユーロとなります(なお、乗じる年数は半年単位で切り上げられます)。

次に、これにエントリーフィー(ここでは年間売上の20%としておきます)として、1億ユーロ×20%=2000万ユーロを加算します。そこで④の段階の金額は、2億5500万ユーロ+2000万ユーロ=2億7500万ユーロ(基本額)となります。

最後に、この2億7500万ユーロの基本額に調整がなされます。調整がなされなければ、制裁金の額は基本額のまま2億7500万ユーロとなります。

以上を踏まえて欧州での制裁金がこれほど多額になる原因を考えると、最大30%という算定率(②)もさることながら、制裁金算定期間に制限が無いことが大きな原因であろうと考えられます。日本が課徴金算定期間を3年間に限定しているのと対照的です。

なお、欧州委員会の競争法担当委員が代わり前任のクルーズ氏の厳罰主義が維持されるか注目する向きもありますが、日本のような公取に裁量の一切ない課徴金とは異なるとはいえ、欧州の制裁金も基本的にガイドラインに従って算定されているのですから、ガイドラインが変わらない限り担当委員が代わったからといって制裁金の額が急に低くなることは考えにくいと思われます。

2009年11月27日 (金)

親子関係(企業結合集団)の判定時期

平成21年改正で企業結合の届出の要否が企業結合集団単位で判断されることになりました。

そこで、「企業結合集団」(=親子関係)の判定時期はいつなのか、という問題が生じます。

これは一見細かい問題のようでありながら、実務的には大問題になりえます。

公取のパブコメ回答によると、この親子関係は「企業結合行為の実施の直前を基準とすることが原則となります」とされています。

しかし実際問題として、企業結合集団における支配関係(親子関係)は実質基準で判断されることもあり、日々変わりうるものです。

さらに、親子関係の判定時期が企業結合を計画している時点と企業結合行為の実施直前で異なるために当事会社に思わぬ形で「親会社」が出現してしまった場合には、その親会社が支配している会社のみならず、その親会社を支配している会社(の究極親会社)まで遡って、全グループの国内売上高合計額を算定しなければならないことになります。

これは、場合によっては実務上大変な労力を要する作業になるかもしれません。とくに国際的な企業で世界中にグループ会社があるような場合には、手のつけようが無くなるかもしれません。

上記回答に対するパブコメも、「直近に入手可能な通期決算書(有価証券報告書、事業報告書等)の数字を基準とすればよいのか」との質問に対して、公取が明確に「ノー」と答えているものです。

確かに、法律の趣旨を素朴に捉えれば、公取の回答がもっとも素直なのかも知れません。私も正面切ってこういう質問のされ方をすれば、このような答え方をせざるを得ないかもしれません。

しかし以上のような問題があることも踏まえ、公取には柔軟な運用をお願いしたいところです。パブコメ回答でも「原則として」といっているので、例外を広く認める形でお願いしたいと思います。

2009年11月23日 (月)

親子会社・兄弟会社間の三社合併と独禁法の届出

平成21年改正法ではグループ会社間の企業結合は全て届出不要となったので来年からは問題とならないのですが、現行法では以下のような場合届出を要するのか明らかでないという場合がありました。

ある会社(A社)の100%子会社2社(B社とC社)があり、C社の100%子会社(D社)があったとして、B社とD社を消滅会社、C社を存続会社とする3社間での吸収合併をするとします(なお届出の資産要件は満たすものとします)。

この場合、現行法15条2項の規定により届出免除となるのでしょうか。

まず、独禁法の届出が3社以上の合併をも念頭に置いていることは、15条2項で「他のいずれか一の会社に係る総資産合計額・・・」という表現を用いていることからも明らかです(「他の」会社が2以上ある場合を考えているからこそ、「他の会社に係る」といわず「他の会社のいずれか一の会社に係る」と言っているのです)。

15条2項1号は、親子会社間の合併について届出を免除するものです。

15条2項2号は、兄弟会社間の合併について届出を免除するものです。

では、本設例のように、兄弟会社間の合併(B社とC社)と親子会社間の合併(C社とD社)を同時に行う場合、届出は免除されるのでしょうか。

15条2項の文言を厳密に解釈すれば、B,C,D社3社の合併は、兄弟会社間の合併(B社とC社の合併)の要素があるため1号には該当せず、親子会社間の合併(C社とD社)の要素があるため2号にも該当しない、ということになりそうです。

しかし、これはあまりにも形式的な文言解釈というべきでしょう。本設例の場合は、1号と2号を合わせて読んで、届出免除になると解すべきです。

3社以上の合併を念頭に置きながら親子会社と兄弟会社間の3社同時合併の場合の届出を免除する明示の規定を置かなかったことは、厳しく言えば立法の不備ですが、平成21年改正でグループ会社間の合併は一律届出不要となったためこのようなことで悩まなくとも良くなったことは喜ぶべきことでしょう。

2009年11月22日 (日)

シェア5割未満のカルテルは適法か。

米国の独禁法では、カルテルは当然違法(per se illegal)であると考えられています。

これに対して日本の独禁法では、カルテルも当然違法というわけではなく、競争の実質的制限がなければならないとされています。つまり、競争者間で価格を合意しても「競争の実質的制限」がなければ違法にはなりません。

これは、不当な取引制限の定義規定である2条6項に競争の実質的制限が必要であると明記されていることから、動かしようのない事実です。

実際の公取の審決例でも、違法とされたカルテルは全て概ねシェア5割以上のものばかりです。

しかも、カルテル参加者のシェアが5割程度しかないと、カルテルのアウトサイダーは生産余力がなくて競争圧力にならないといった事情を認定するのが公取の実務であることからすると、カルテル参加者のシェアが5割程度であってもアウトサイダーに供給余力があれば「競争の実質的制限」がない、ということを前提としていると考えられます。

それでは、シェア5割未満のカルテルは適法といってしまっていいのでしょうか。

実際には、そのように考えるのはかなり危険です。よくよく聞いてみると、もっと狭い市場が画定されたり、アウトサイダーがカルテル参加者から技術供与を受けていたりして競争圧力にならないかもしれないからです。しかも、シェアなんていうのは時とともに変わるものですから、今年の参加者のシェアが4割くらいでも来年には6割になっているかもしれません。

そもそもカルテルをして値段をつり上げようとするのは、それが成功すると見込んでやっているのであって、まったく価格をつり上げることができない(吊り上げたらシェアを失ってしまう)ような場合には、カルテルをやるはずがありません。つまり、カルテルをやっていること自体が競争の実質的制限の証拠になりかねないのです。

というわけで、やはり競争者間の価格の合意というのはシェア5割未満であっても危ないと言わざるを得ません。

しかし、実際には価格をつり上げる以外の理由で価格協定や市場分割をしていることもあります。とくにそのような協定が、シェアの小さい者同士でなされている場合には、価格を吊り上げる以外の理由ではないかと考えてみるべきでしょう。

例えば、ある外国会社X社の外国株式と外国株預託証券は投資対象としてみれば同じはずですが、外国株式を取り扱うA社と外国株預託証券を取り扱うB社が同じ投資家に両者を売り込むと投資家を混乱させるという理由から、異なる顧客セグメントに販売活動をするよう協定したとします。これは形式的には市場分割ですが、競争の実質的制限は生じないことが多いと思われます(似たような投資商品はX社株式以外にもいくらでもありますので)。

一応の目安としては、通常のカルテルではシェアが低いために救われることはまれだが、何らかの特別な事情で(場合によってはやむにやまれぬ事情で)値段や市場分割をしている場合には「競争の実質的制限」が本当に生じているかどうかを注意してみた方がよいと思います。

2009年11月21日 (土)

「世界市場」の画定と国内市場を保護することの関係

独禁法上の市場画定は製品市場と地理的市場で画定するのが習わしになっています。

地理的市場については、「全国」と画定されたりもっと狭い都道府県で画定されたりしますが、「世界市場」という画定の仕方をすることもあります。

「世界市場」といわれると何となく「世界の市場で競争が行われているんだなぁ」という、分かったような分からないような気分になるのですが、これは一体どういうことを意味しているのでしょうか。

とくに、独禁法は国内の競争を保護することを目的とすることから、「世界市場」と市場画定された場合に、日本以外の競争を保護することになるのではないか、という疑問が起こりはしないでしょうか。

この疑問を噛み砕いて説明すると以下のとおりです。

まず、日本の独禁法の保護法益は日本の国内の競争です。通常の買う競争では、日本の需要者を保護することと言い換えることができます。これは、「世界市場」と画定される事案であっても動かし難い事実です。

では地理的市場が「世界市場」と画定されるというのはどういうことでしょうか。

まず、供給者側に目を向けると、供給者が競争の対象となっている商品を世界中で供給している、ということです。

独禁法の保護法益は国内の競争保護なのになぜこのように「世界での供給」に目を向けるのかというと、世界中で同種の商品の供給が行われているという場合には、日本での供給だけをみていては競争の実態を正しく把握することができないからです。

例えば、仮に日本でシェアの高いメーカーがあっても、それを良いことに価格をつり上げて独占利潤を得ようとすれば、ただちに海外の商品が日本に流れてくるでしょう(実際には、様々な参入障壁があって難しいかも知れませんが)。

このような供給側の実態を「地理的市場は世界市場である」と表現しているのです。

それから、需要者側に目を向ければ、需要者側が世界中を買い回る、という場合もあるでしょう。

ただ実際には、供給者側が世界中で供給競争をしている場合を「世界市場が画定される」と呼ぶと考えて差し支えありません。なぜなら、確かに需要者側が世界中を買い回る場合も「世界市場が画定される」といっておかしくないのですが、そういう場合はほとんど供給者側が世界中で供給しているので供給者側だけみて「世界市場」といって大過ないからです。

ただ、買う側も世界中で買い回ることがあるという実態には重要な意味があります。なぜなら、今日では企業はコストや安定供給等を考えて同じ商品を世界中で調達していることが多いからです。

このように需要者側が世界中で買い回っているために「世界市場」が画定されるという事案において「世界市場」ということにどういう意味があるのかというと、国内の価格が上がっても需要者は海外で購入できるので供給側の市場支配力がない、ということを言いたいのです。

独禁法の世界には、このような分かったような分からないような表現がよく出てきますが(例えば、市場とは競争の場であるといいますが、「場」ってなんやねん、と思いませんか?)、その意味するところを良く理解すること、つまりは自分の言葉で説明できることが大事だと思います。

専門家が専門的な言葉をつかって門外漢を煙に巻いたつもりが、実はその「専門家」もよく理解していなかった、という笑い話にもなりかねません。独禁法の専門家でない人たちにも納得のいく説明をできることが、独禁法の専門家の使命でもあると考えています。

2009年11月19日 (木)

中国独禁法:インベブ・アンハイザーブッシュ買収(2008年)について

2008年11月に、中国の当局が、ベルギーのビール大手インベブによる米国ビール大手のアンハイザーブッシュ(バドワイザーなどで有名)の買収を条件付で認めた、という事案がありました。

「ベルギーの会社がアメリカの会社を買収する場合にも中国の独禁法が適用されるの?」と疑問に思われる方もあるかも知れませんが、自国にある程度の売上がある限り他国の企業間の買収にも当該自国の独禁法の適用がある、というのが世界の独禁法の解釈の趨勢ですので、中国の独禁法が適用されたこと自体はとくに問題はありません。

この事件の面白いところは、当局が付けた買収の条件にあります。

中国の当局(合併を審査するのは商務部(英語の略称はMOFCOMで、「モフコム」と呼びます)は、

・アンハイザーブッシュはその保有する青島ビールの持株比率(27%)を増やさない、

・インベブはその保有する珠江ビールの持株比率(約29%)を増やさない、

・インベブは中国大手の酒造メーカー2社に出資しない、

等というものでした。

これらは、将来における行為について条件を付けた点に特徴がある、と捉える向きもありますが、将来の行為を制限する条件は日本の公取でも付けますので(例えば、コスト・ベースでの原材料供給を将来にわたって義務づけるなど)、単に将来の行為である点が特徴的であるというのはやや不正確です。

この条件の特徴は、一言で言えば、この条件を付けることで本件買収の反競争的効果が軽減されるという関係(因果関係)が無い、ということです。

企業結合に条件を付ける場合、その条件をつけることによって違法な反競争的効果が無くなる、という因果関係があるのが通常です。

というより、そのような因果関係がなければならないと考えるべきです。

同じような問題は、排除措置命令としてどのような内容の命令を出すことができるか、という場合も問題になります。

日本の独禁法では「(独禁法の各規定に)違反する行為を排除するために必要な措置を命ずることができる」とされています(独禁法17条の2)。

これは排除措置命令の名を借りればどのような内容でも命令できるということではなくて、違法な行為を「排除するために必要な措置」しか命じられない、という意味です。

確かに、「絶対に必要」という強い必要性までは要しないですが、措置を命じることで違法状態がより除去される、という程度の因果関係は必要です。

同様に、買収の届出手続において条件を付ける場合にも、「このまま買収を認めれば違法だけれども○○の条件を付ければ違法でなくなる」という因果関係が必要なはずです。

もちろんどんな法律でもその国の立法機関が定めた以上法的拘束力を持つわけなので、「中国法の解釈では、付ける条件と違法状態の除去の間に因果関係は要らないのだ」というのもあり得るのかもしれません。

しかし、中国独禁法29条では、

「国務院独占禁止執行機関は、禁止されない企業結合に対して、当該企業結合が競争に対して及ぼす消極的な影響を軽減するための制限的な条件を付加する決定を行うことができる。」

とされています(公取仮訳)。

この文言によれば、当該企業結合が「競争に対して及ぼす消極的な影響」があることがまず大前提で、かかる影響を「軽減するため」の条件であること、言い換えれば、条件を付けることで影響が軽減されるという因果関係が必要である、と解釈するのが当然だと思います。

ところが本件買収では、インベブによるアンハイザーブッシュの買収自体に、そもそも違法性は認定されていません。したがって、付されたいくつかの条件が違法状態を「軽減するため」という要件も満たすはずがありません(そもそも買収は適法なのですから)。

このように、たいした根拠もなく文言からかけ離れた運用を当局がしてしまうところに、中国独禁法の不気味さがあるように思われます。

2009年11月17日 (火)

審判制度の廃止について

政府が独禁法の審判制度の廃止を決めたそうです。

大変喜ばしいことだと思います。

審判で排除措置命令をひっくり返すのは至難の業だというのが多分多くの実務家の率直な感想で、被疑企業の弁護士は審判をやりながら実はその後の裁判所を見据えている(かといって実質的証拠法則があるので審判をいい加減にやることもできない)というのが実態だったのではないでしょうか。

最終的には裁判所で争えるから良いではないか、という議論もあり得ますが、人間の心理というのは微妙なもので、たたき台的なもの(審判)が一応あると、どうしても心理的にバイアスがかかって、最終的な結論(裁判)もそれに引っ張られてしまうということは、否定しがたい事実であろうと思います。まして、裁判官に独禁法の知識が乏しければ、審判に大いに引っ張られるであろうと想像されます。

また公取は専門性を根拠に審判制度の存続を訴えていましたが、別に企業側の弁護士でなくとも「専門性」の主張には説得力がないと感じるでしょう。私的独占や企業結合ならまだしも、談合の審判なんて通常の刑事事件の事実認定と大して変わりません。

企業結合の審査についても、例えば日本の事前相談の公表事例とECの異議告知書(Statement of Objection)を比べてみれば、ECの方がはるかに緻密に、かつ経済学的知見に基づいて分析していることが分かります。別の言い方をすれば、ECの異議告知書は経済学の知識がないとその考え方を理解するのが困難ですが、日本の事前相談の公表事例は別に経済学の知識がなくても一応は理解できます。

審判制度の廃止に伴って裁判官の専門性を高めるための措置も取られるということで、これも大変結構なことです。これからは、先入観のない公平な裁判所の前で、独禁法弁護士と公取が対当に議論を戦わせることで、日本の独禁法の議論そのものがより高度なものに発展していくことが期待できるように思います。

2009年11月13日 (金)

再販売価格の「拘束」

再販売価格拘束について以下のような質問を繰り返し受けたことがあります。

メーカーがある商品を卸売店を通じて小売店に販売しているとします。

ところが最近は小売店の力が強くなってきたので、卸売店が小売店と交渉すると交渉負けしてしまうことがあります。

そこで卸売店は、自分よりは価格交渉力の強いであろうメーカーに小売店と直接価格交渉をして欲しいと考えます。

この場合卸売店としては、自分のマージンさえ確保できれば小売店に卸す値段はいくらでも良いのです。

メーカーとしても、卸売店が小売店に高く売れなければ商品を卸売店に高く買い取ってもらえないわけですから、メーカー自らが小売店と直接交渉した方が値段が高くできると考えれば、自ら交渉するインセンティブがあるわけです。

しかしこれを形式的に眺めると、メーカーが卸売店の小売店に対する再販売価格を自ら決定しているので再販売価格拘束ではないか、と思えてくるわけです。

再販売価格拘束は原則違法などといわれるため、なおさらやっかいです。

しかしこのような事例を再販売価格拘束で独禁法上違法とするのはどう考えても通常の感覚に反します。ではどう説明すればよいのでしょうか。

そもそも再販売価格拘束が違法とされる本質的な根拠は、再販売価格の拘束を受ける者(ここでは卸売店)の間での競争が停止されることによって(ここでは、小売店への卸売価格が均一化されることによって)、拘束を受ける者が供給者となる市場での競争が阻害されるからです。

拘束を受ける者の価格決定の自由を害するからという理由も挙げられますが(流通ガイドラインにもそのような記載があります)、本質的な理由ではありません。

そこで本件のような場合をもう一度眺めてみると、メーカーが小売店(ヤマダ電機のような大規模小売店をイメージすると分かり易いでしょう)と個別に交渉をして価格を決定しているような場合は、卸売店相互間での競争が停止されているわけではなく、むしろ小売店の交渉力により卸売店を供給者とする市場で実質的には活発な競争がなされているといえるでしょう。

ですので、公正競争阻害性がないと言えることが多いと思われますし、更に言えば、メーカーが卸売店の再販売価格を「拘束」していると言えない場合も多いように思われます。

「拘束」の典型的なイメージは、値下げしたいと考えている卸売店に何かと圧力をかけて(あるいはリベートなどの便益を与えて)一定の価格を守らせる、というものです。

本件では、卸売店はむしろメーカーが代わりに交渉をしてくれることを望んでいるのですから、「拘束」とはいえないのではないかと思います。

競争への悪影響の程度の点からすれば、多くの卸売店が喜んで従っている方が、より強固な競争停止を招き(卸売店相互間に意思の連絡がないだけで経済的効果としてはほとんど卸売店間のカルテルに等しい)、むしろ弊害が大きいとすらいえるので、卸売店が喜んで従っていれば「拘束」に当たらないと割り切るのは若干勇気がいるのですが、そこはやはり「拘束」という文言を重視して、少なくとも1社は渋々拘束に応じていた(本当は値下げしたいと思っていた)ことが必要、と解しておきます(ただ、平成21年改正の課徴金との関係では、喜んで従っていた卸売店に対する売上も算定基礎になりますが)。

ただ実際の取引はいろいろ微妙な場合があり、例えば卸売店が小売店から値引きを要求されたため卸売店がさらにメーカーに値引きを要求した場合に、もしメーカーが卸売店に「そんな安い値段で卸されたら困る。もう1回交渉してこい」といったら、再販売価格の「拘束」のにおいがします。

なお流通取引慣行ガイドラインには、再販売価格拘束に当たらない場合として、

「メーカーと小売業者・・・との間で直接価格について交渉し、納入価格が決定される取引において、卸売業者に対し、その価格で当該小売業者・・・に納入するよう指示する場合であって、当該卸売業者が物流及び代金回収の責任を負い、その履行に対する手数料を受けることとなっている場合など、実質的にみてメーカーが販売していると認められる場合」

という例が委託販売の例とともに挙げられていますが、ここまできっちりと実質的にメーカー自身が販売していると認められる場合で無い場合も多いので、悩ましいわけです。

しかし再販売価格拘束が違法になる理屈が分かっていれば、形式的には違反になりそうな場合でも実質的には違反にならないであろうということが理解できると思います。

2009年11月12日 (木)

排除型私的独占ガイドライン(最終版)

排除型私的独占ガイドラインの最終版が10月28日に公表されました。

ガイドライン案と比べると、本文の記載が注に落ちたりその逆だったりというような体裁上の修正が大半で、大きな内容の変更は無いようですが、いくつか気が付いた点を記しておきます。

まず、違反類型の呼び名が、

「コスト割れ供給」→「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」

「リベートの供与」→「排他的リベートの供与」

と変わりました。「コスト割れ供給」というのはカジュアル過ぎる、「リベートの供与」とすると一般にリベートが悪いような印象を持たれかねない、という理由でしょうか。

次に実質的な内容の変更としては、コスト割れ販売のところで、「平均回避可能費用」を

「行為者が商品の追加供給をやめた場合に生じなくなる商品固有の固定費及び変動費を合算した費用を追加供給量で除することによって得られる商品一単位当たりの費用」

と定義し、概念的には平均回避可能費用を下回る場合には経済合理性がないとの記載が追加されました。ガイドライン案では「これは平均回避可能費用のことなんだろうなぁ」と公取の意図を読み取るしかなかったのですが、ガイドラインにおける平均回避可能費用の位置付けがはっきりしました。

さらにコスト割れ販売に関して、総費用を下回っても「商品を供給しなければ発生しない費用」(≒平均回避可能費用)以上であれば原則として違反とならないことが明記されました。

略奪的廉売のコスト基準は総費用なのか、平均可変費用なのか、平均回避可能費用なのか、あるいは限界費用なのか(それぞれの費用が何を意味するのか、またなぜそれが略奪的廉売のコスト基準となるのか、については後日整理したいと思っています)、については諸外国でも議論のあるところですが、日本のガイドラインでは、

①価格>総費用 → 常に適法

②総費用>価格>平均回避可能費用 → 原則適法

③平均回避可能費用>価格 → 原則違法

と整理されたことになります。

このこと自体は問題ないのですが、問題は、ガイドラインでは②の例外的に違法となる場合として、

「当該商品の供給が長期間かつ大量におこなわれているなどの特段の事情が認められ(る)」

場合としています。

しかし、この記述では具体的にどういう場合が違法になるのか今ひとつよく分かりません。「短期間よりは長期間のほうが違法になる可能性が高いだろう」、「少量よりは大量のほうが違法になる可能性が高いだろう」という漠然としたことは言えても、なぜ例外が認められるのかという考え方を示さないと、どの辺からが違法になるのかという物差しとして機能しないように思われます。

「商品を供給しなければ発生しない費用」をどう考えるのかにもよりますが、回避可能費用以上でも略奪的廉売となる場合(裏返せば、回避可能費用が極めて低い場合)として、商品供給のための(しばしば多額の)初期投資が既に済んでいて追加費用がほとんどかからない、例えばパソコンのソフトウェアのような場合が考えられます(追加費用はCDロム代と箱代くらいしかかからない)。

ECや米国でも略奪的廉売に関するガイドラインや報告書が出ているのですから、後発の公取はこれらの議論も参考にして、どういう場合が例外に当たるのかをもう少し具体的に示した方が良いと思います。

なお、どうでも良いことですが、目次をみると第3の2の(2)だけ、「ア」「イ」「ウ」・・・のレベルまで目次に上がっています(他の項目では(1)(2)(3)・・・のレベル止まり)。きっと統一し忘れたのでしょうね。

2009年11月11日 (水)

独禁法規則改正案等パブコメ

平成21年独禁法改正に伴う規則等とパブリックコメントの結果が10月28日に公取のホームページで公開されました。いくつか目にとまった点を記しておきます。

企業結合届出規則案では、連結財務諸表規則5条1項但し書きにより非連結子会社とされる子会社(支配が一時的な子会社、連結に含めることで利害関係人の判断を著しく誤らせる恐れのある子会社)の売上高も「国内売上高」に含まれていましたが、確定版では、これらの非連結子会社の売上は国内売上に含まれないことになりました(「考え方」p1)。

同じく届出規則改正案では、株式の事前届出が困難として届出が免除される場合として「金銭の信託」が規定されていましたが、確定版では、金銭と有価証券を包括的に信託する信託契約(包括信託)も届出免除とすべく、「金銭又は有価証券の信託」が免除対象であると明記されました(p1)。

課徴金算定の基礎である売上から控除される割戻金の範囲として、施行令では「書面によって明らかな契約があった」割戻金に限ると規定されていますが、パブコメ回答では、「契約を証する書面があるのと同じであるとみられる場合」(メールなど)にも、割戻金の控除が認められるとの公取の見解が示されました(p7)。良い意味で思い切った解釈だと思います。

投資組合については何をもって「国内売上」とするのかとの質問に対して、「投資収益を国内売上高とする方向で考えていますが、今後、必要に応じて、Q&A等で考え方を明らかにしてまいります」という公取の見解が示されました(p9)。銀行・保険会社については経常収益、証券会社については営業収益とすることが規則で明記されていますが、規則で明記せずに「投資収益」を「売上」であると解釈するのは、文言解釈としてはやや疑問に思います。

「国内売上高の原則となる考え方は、商品又は役務の需要者の所在地によって国内売上高であるか海外売上高であるかを配分するというものです」という考え方が記されました(p9)。独禁法の域外適用に関するいわゆる需要者所在地国説の発想ですね。「実体に応じて適切に判断してまいります・・・」とかいうような紋切り型の回答ばかりでなく、こういう基本的な考え方を示すのは大変好ましいことだと思います。

合併と会社分割に伴って(会社財産の一部として)株式取得が生じる場合には合併・分割届出書に当該株式取得について記載すれば別途株式取得の届出は不要なのだから事業譲渡の場合にも同様の扱いにして欲しいとの質問に対して、事業譲渡(=「事事業又は事業上の固定資産」の譲渡)は株式の取得とは別個の行為なので事業譲渡とは別に株式取得自体を届け出るべき、と回答されています(p10)。形式的に考えれば確かにそのとおりなのですが、合併や分割と決定的な差はなく、実質的な理由になっていないように思われます。

企業結合集団の範囲を判断するための役員等の割合の算定基準時について、「企業結合行為の実施の直前を基準とすることが原則となります」とされています(p14)。例えば株式取得の契約の時点では企業結合集団に含まれてもクロージング時点でそのような関係が解消されていれば企業結合集団に含まれないということになりそうですが、あくまで「原則」なので、例外もあるということでしょうか。逆に、例えばA社がB社にC社株式を譲渡しようとする場合、株式譲渡契約時点ではA社とB社が同じ企業結合集団に属さなくとも、クロージング時に同じ企業結合集団に属していれば、届出不要となる、ということになりそうです。

議決権保有割合が取得直前まで確定しない場合株式取得の届出書をどう書けばよいのかとの質問に対して、取得が見込まれる最も大きな割合を記載すればよいとされています(p17)。

リニエンシーの共同申請について、共同申請と単独申請を同時に行うことは認められないとされています(p21)。その代わり、法7条の2第15項の通知(今の実務では「10項通知」と呼んでいるもの)を受ける前までは、共同報告者の一部が撤回して残りを単独(あるいは共同)申請として生かすことができる、とされています(p22)。理屈としてもっともですし、こういうのが事前に明らかになっているのは有り難いです。

パブコメをみていると、なるほどこういう問題もあるのだなと気づかされますね。

2009年11月 9日 (月)

死荷重(しかじゅう:dead weight loss)について

アメリカの独禁法の教科書の最初の方には、カルテルはなぜいけないのかを説明するために、たいてい死荷重(しかじゅう:dead weight loss)についての説明があります。

最近では日本の教科書でも死荷重についての説明がしてあるものが出てきました(金井編「独占禁止法」など)。

しかしこの死荷重というやつ、教科書に書いてある簡単なグラフをみても今ひとつピンと来ません。

というのは、これらの説明が理解できるためにはミクロ経済学を学ぶと見えてくる以下のような前提を理解しておく必要があるからです。

第1に、ミクロ経済学では「余剰」(surplus)が多ければ多いほど望ましい、と考えます。余剰には消費者余剰(consumer surplus)と生産者余剰(producer surplus)があります。

この余剰というのは、「(買主が)もっと高い値段を払って買っても良いと思ったが、より安く買えた」(消費者余剰の場合)、あるいは「(売主が)もっと安い値段で売っても良いと思ったが、より高い値段で売れた」(生産者余剰の場合)に生じるものであると考えます。

例えば、りんご1個に100円払っても良いと思っていた消費者が80円で買えれば、差額20円が消費者余剰となります。このような余剰を市場全体で足し合わせたものが消費者余剰になります。生産者余剰はこの反対です。

第2に、いわれてみれば当たり前のことですが、消費者がある商品に対して払っても良いと思っている価格(留保価格(reservation price)といいます)よりも市場での価格が高いと、その消費者はその商品を買いません。つまり、消費者余剰はゼロです。留保価格よりも市場価格が高くても、べつに消費者余剰がマイナスになるわけではありません。

第3に、生産者は限界費用と限界収入の等しくなるところで生産量を決定します(「価格を決定する」と言っても良いのですが、生産量を決定すると考えた方が経済学では何かとしっくりきます)。このことを理解するには、限界費用と限界収入という概念を理解しておく必要があります。

需要曲線と供給曲線が交わるところで価格と数量が決定されると理解していると、死荷重は理解できません。

第4に、独禁法に教科書に書かれているグラフは話を簡単にするために簡略化されており、それが却って理解を妨げています(円周率を3と教えるようなものです)。

例えば金井編「独占禁止法」(第2版補正版)p6のグラフでは需要曲線が直線になっていますが、本当の市場では通常そのようなことはありません。中途半端な「限界収入の傾きは需要曲線の2倍」と書いてあったりするのですが、それは需要曲線が直線であるからです(詳しくはミクロ経済学の教科書をご覧下さい。ヒントは、限界収入は総収入(=数量×価格)を数量で微分すれば出ます)。

さらに、限界費用も直線でかかれることが多いですが、これも本当の市場では余り起こりません。

第5に、死荷重の説明のグラフは全消費者に対して同一価格で販売されることを前提にしており、交渉によって価格が決まることや価格差別はないことを前提にしています。

以上のように、死荷重の説明の図は簡単な図のように見えて実はいろいろな前提があります。

ですので、死荷重の説明のグラフをみて、その説明を読んでも理解できない人は、理解できなくて当然ですので安心して下さい(笑)。簡単なグラフを眺めて悩んでいてもきっと理解できません。やはり、ミクロ経済学の教科書から読むことが、回り道のようで実は早道だと思います。

2009年11月 4日 (水)

NTT東日本FTTH事件について考える

NTT東日本FTTH事件という事件があります(東京高裁平成21年5月29日)。

事案を一言で言えば、NTT東が光ファイバーサービスを始めた当時、ライバル他社に対して課していた自社光ファイバー網への接続料(ライバル各社はNTTの光ファイバー回線を使わせてもらってエンドユーザーにサービスを提供していた)よりも安いユーザー料金を設定していたことが、私的独占であるとされたものです。

東京高裁は、「接続料金を下回るようなユーザー料金を設定されては、合理的な競争者は市場に参入できない」として私的独占の成立を認めました。

こういう判断はいかにも法律家的だと思います。「仕入価格(=接続料)より小売価格(=ユーザー料金)のほうが安いなんて普通の競争ではありえない」という発想です。「仕入価格」と「小売価格」という、はっきり数字で出て大小が比較できる、というものに、法律家は説得力を感じるのです。

しかし、ことはそれ程単純ではないと思います。

光ファイバー網のような莫大な初期投資がかかるサービスの場合、短期的には赤字であるのはむしろ当然で、長期的に利益が出ればよいと考えて競争者は市場に参入するのではないでしょうか。

別の言い方をすれば、こういうサービスにおいては、短期的に赤字になることを嫌う企業はもともと市場に参入するはずがない(あるいは参入すべきでない)、長期的な視点に立って投資できる企業のみが参入できる市場である、ということです。

さらに別の見方をすれば、ライバルにしてみれば自ら光ファイバー網を敷いてサービスを提供しようとしたら、NTTに接続料を払った場合とは比べものにならないくらいの赤字を被ったはずです。それと比べれば割高な接続料は、「まだまし」といえます。

経済学を学んでいると、こういう発想が自然に出てきます。少なくとも、「仕入価格が小売価格より高いのは通常の競争ではない」というような、単純に大小の比較で結論が出るような問題ではないことは容易に理解できます。

それから、独禁法の場合にやっかいなのは、訴訟で争う当事者と真の意味での被害者が異なることが多いことです。

NTT東日本の事件は公取の審決取消訴訟ですから、公取という公益の代表者が訴訟当事者であるわけですが、それでも主張の重点は、どうしても「ライバルが排除されてしまう」という「NTT対そのライバル」という構図になってしまいます。

しかし、独禁法において真に問題とすべきはユーザーの利益です。にもかかわらず、裁判所、あるいは法律家というのは、利益衡量で妥当な結論を導く発想が強いので、紛争の当事者間の利益衡量に走りがちであり、紛争の当事者でない者の利益を考えることが苦手です。

これに対して経済学の発想は、社会全体の消費者厚生がいかなる場合に最大化するか、という発想であり、紛争の当事者の利害関係はむしろ副次的な問題です。

こういう経済学的な発想が裁判所にあれば、違った結論が出たのではないかと思います。

2009年11月 3日 (火)

優越的地位の濫用に対する課徴金

平成21年独禁法改正で優越的地位の濫用に課徴金が課されることになりましたが、課徴金が課される他の不公正な取引方法と、課徴金の算定基準が微妙に異なります。

つまり、優越的地位濫用以外については、「当該違反行為において当該事業者が供給した・・・商品又は役務」という書き方であり、課徴金対象売上が違反行為において供給された商品であるとされています。

例えば、不当廉売の場合だと廉売をした商品と同じ種類の商品(例えばガソリンスタンドならガソリン)は課徴金の対象になりますが、廉売した商品と関係のない商品(例えば同じガソリンスタンドが売るバッテリー)は課徴金の対象ではありません。常識的な結論ですね。

ところが、優越的地位濫用の場合は、課徴金対象売上が違反行為において供給された(あるいは供給を受けた)商品に限定されていません。

例えば、コンビニ業界では加盟店が売上の一定額(例えば40%)をロイヤリティとして本部に支払うのが一般的ですが、あるコンビニ本部が加盟店に対して弁当の値引き販売を禁止したことが優越的地位の濫用であるとされたとします。

この場合、課徴金の対象になるのは全商品の売上に40%を掛けたロイヤリティ全額であり、弁当の売上に対するロイヤリティだけではありません。

このように、優越的地位濫用においてだけ「違反行為において供給された商品」という基準を採用していないのは、優越的地位濫用は商品ごとになされるのではなく、当事者の地位の優劣に基づいてなされるからなのでしょう。

そのため、優越的地位濫用においては、取引の相手方の違反者に対する取引依存性をいちいち認定する必要があります。

以上のように、優越的地位濫用とそれ以外の不公正な取引方法では、課徴金の考え方が違うことがわかります。

しかし、弁当の値引きを禁じただけで全商品の売上に対するロイヤリティを基準に課徴金を課すというのは、素朴な感覚からはやや外れているように思います。実際にそういう例がこれから出てくるかも知れません。

そもそも、優越的地位の濫用という多様な違反類型において売上の1%という一律の課徴金を課すことが合理的だったのか、例えば、値引きを強要した場合には当該値引き額とかその1.5倍とか、人を派遣させた場合にはその人件費相当額とかその1.5倍とか、違法性の程度の実態に即した算定方法を考えた方が良かったのではないでしょうか。

2009年11月 2日 (月)

シカゴ学派について

アメリカの独禁法の学会には「シカゴ学派」という一派があります。

村上政博先生の著書に「~シカゴ学派の勝利~」というインプレッシブなサブタイトルがついたものがあるせいか、独禁法を専門としない人でもシカゴ学派という名前は聞いたことがある人が多いようです。

ではシカゴ学派とはどのようなものなのでしょうか。

シカゴ学派にもいろいろな考えがあって一括りにできないという向きも一部にあるようですが、細かい議論は実務でのアドバイスには不要です。

一言で言えば、独禁法の文脈で出てくるシカゴ学派というのは、単純なミクロ経済学のモデルをそのまま独禁法にあてはめて解釈する考え方です。

それによってどういうことが起きるかというと、排他的取引などの垂直的制限はほとんど合法になります。A社が小売店と排他的契約を結んでB社が排除されたとしても、小売店レベルに新規参入が速やかに起こるので、排他的取引によりB社が排除されることはないと考えるからです。あるいは、B社がA社より有利な条件を小売店に提示すれば、小売店はB社との取引を選択するので、競争が阻害されることはないからです。

また略奪的価格設定が違法になることはほとんど考えられない、とシカゴ学派はいいます。略奪的価格設定によって競争者が排除されても、略奪価格設定者が値段を上げたとたんに新規参入が生じるし、略奪価格設定者はライバルが市場から退出するまでライバルの何倍もの損失を被り続けなければならないからです。

抱き合わせも違法になることはほとんどないと考えます。アメリカでは抱き合わせが違法となる理由は市場支配力のある商品(主たる商品)の市場支配力を従たる商品市場に及ぼすことであると考えられていますが、主たる商品の市場で市場支配力を十分発揮している企業はそれ以上に従たる商品市場で市場支配力を発揮することはできない、と考えるからです。

価格差別は、一般的には効率性を増進するものであり、問題とすべきではないといいます。全需要者に同じ価格を提示しなければならない場合よりも、高い値段を払いたい需要者には高く、安い値段しか払わない需要者には安く売った方が、産出量は増えるからです。

シカゴ学派の背景にある考えは、市場への参入は速やかに生じるはずである、あるいは仮に速やかに参入が生じなくとも政府が介入するよりはましな結果が生じる、という、市場の機能に対する厚い信頼です。

また、独禁法の保護法益は消費者厚生(consumer welfare)だけであり、中小企業の保護などを考慮してはいけない、といいます。

シカゴ学派はミクロ経済学の完全競争モデルをそのまま使って解釈論を展開するので常識からかけはなれた結論になることも少なくないのですが、学ぶところも大変多いです。少なくとも、独禁法上問題とされている行為がなぜ問題なのかを非常にすっきりと理解させてくれますし、現実の事案の評価に当たっても、シカゴ学派は一方の極端を示すことで、明確な物差しを提供してくれます。

カルテルなどは誰がどう考えても違法なので、カルテルが違法であるというアドバイスをするのに独禁法の専門家である必要はありませんが、上でいくつか挙げた微妙な例が違法か適法かを判断する際の基準として、シカゴ学派の考え方を知ることは今でも不可欠だと思います。

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