死荷重(しかじゅう:dead weight loss)について
アメリカの独禁法の教科書の最初の方には、カルテルはなぜいけないのかを説明するために、たいてい死荷重(しかじゅう:dead weight loss)についての説明があります。
最近では日本の教科書でも死荷重についての説明がしてあるものが出てきました(金井編「独占禁止法」など)。
しかしこの死荷重というやつ、教科書に書いてある簡単なグラフをみても今ひとつピンと来ません。
というのは、これらの説明が理解できるためにはミクロ経済学を学ぶと見えてくる以下のような前提を理解しておく必要があるからです。
第1に、ミクロ経済学では「余剰」(surplus)が多ければ多いほど望ましい、と考えます。余剰には消費者余剰(consumer surplus)と生産者余剰(producer surplus)があります。
この余剰というのは、「(買主が)もっと高い値段を払って買っても良いと思ったが、より安く買えた」(消費者余剰の場合)、あるいは「(売主が)もっと安い値段で売っても良いと思ったが、より高い値段で売れた」(生産者余剰の場合)に生じるものであると考えます。
例えば、りんご1個に100円払っても良いと思っていた消費者が80円で買えれば、差額20円が消費者余剰となります。このような余剰を市場全体で足し合わせたものが消費者余剰になります。生産者余剰はこの反対です。
第2に、いわれてみれば当たり前のことですが、消費者がある商品に対して払っても良いと思っている価格(留保価格(reservation price)といいます)よりも市場での価格が高いと、その消費者はその商品を買いません。つまり、消費者余剰はゼロです。留保価格よりも市場価格が高くても、べつに消費者余剰がマイナスになるわけではありません。
第3に、生産者は限界費用と限界収入の等しくなるところで生産量を決定します(「価格を決定する」と言っても良いのですが、生産量を決定すると考えた方が経済学では何かとしっくりきます)。このことを理解するには、限界費用と限界収入という概念を理解しておく必要があります。
需要曲線と供給曲線が交わるところで価格と数量が決定されると理解していると、死荷重は理解できません。
第4に、独禁法に教科書に書かれているグラフは話を簡単にするために簡略化されており、それが却って理解を妨げています(円周率を3と教えるようなものです)。
例えば金井編「独占禁止法」(第2版補正版)p6のグラフでは需要曲線が直線になっていますが、本当の市場では通常そのようなことはありません。中途半端な「限界収入の傾きは需要曲線の2倍」と書いてあったりするのですが、それは需要曲線が直線であるからです(詳しくはミクロ経済学の教科書をご覧下さい。ヒントは、限界収入は総収入(=数量×価格)を数量で微分すれば出ます)。
さらに、限界費用も直線でかかれることが多いですが、これも本当の市場では余り起こりません。
第5に、死荷重の説明のグラフは全消費者に対して同一価格で販売されることを前提にしており、交渉によって価格が決まることや価格差別はないことを前提にしています。
以上のように、死荷重の説明の図は簡単な図のように見えて実はいろいろな前提があります。
ですので、死荷重の説明のグラフをみて、その説明を読んでも理解できない人は、理解できなくて当然ですので安心して下さい(笑)。簡単なグラフを眺めて悩んでいてもきっと理解できません。やはり、ミクロ経済学の教科書から読むことが、回り道のようで実は早道だと思います。
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