不当廉売ガイドライン案
平成21年改正法で不当廉売の一部が課徴金の対象となったことに伴い不当廉売ガイドライン(「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」)が改定されることになり改定案が出ましたので、いくつか気になった点を記します。
まず、改定案は、不当廉売規制の「目的」の一つが、廉売行為者自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるような廉売を規制することにある、と述べています。
これは欧米のas efficient competitor ruleを参考にしていると思われますが(日本にも同旨の裁判例がありますが)、これが「目的」というのはいかがなものでしょうか。不当な安売りとそうでない安売りを分ける物差しに過ぎないのであって、as efficient competitorを排除するのを禁止することが「目的」だと言われると、違和感があります。
例えば、市場の標準的な競争者より効率性において劣る競争者が、市場で少しでも長生きするために、自己と同等に(非?)効率的な競争者を排除することになる市場の標準的価格で売った場合、同等に効率的な競争者基準が違法適法の振り分けの「基準」に過ぎないなら、「そういう場合は基準には一応該当するけど問題にする必要はないよね」ということになりますが、同等に効率的な競争者基準が「目的」だというと、そのこと自体が自己目的化して、こういう場合も違法になりそうな気がします。
また、総原価を「著しく」下回るか否かの判定について、「廉売対象商品を供給しなければ発生しない費用」を回収できない場合には「著しく」であると推定する、とされています。
これは、略奪的廉売の基準としてavoidable cost(回避可能費用)基準を採用する欧米に倣ったものと思われます。
しかし、これって法律の条文の文言である「著しく」の解釈の範囲を超えているのではないでしょうか。
というのは、「著しく」下回っているかどうかというのは、日本語の意味として、下回っている程度(幅)の大きさを問題にしていると考えられるからです。
しかしガイドライン案の説明はそうではありません。
例えば、総販売原価が1000円、そのうち「商品を供給しなければ発生しない費用」が999円だったとします。この場合、998円で売る行為が、総販売原価(1000円)を2円しか下回っていません。これを総販売原価を「著しく」下回るものであるというのは、「著しく」という日本語の意味からして大いに違和感があります。
つまり、回避可能費用基準を取ろうという結論が先にあって、条文の文言を書き直すような内容のガイドラインになっているのです。
回避可能費用基準を採用するのは正しいと思うので結論として異論はないのですが、略奪的廉売の背景にある費用基準についての議論を知らない人がこのガイドラインを読んだら、どうしてこういう解釈になるのか納得できないのではないでしょうか。
もう一つ難癖をつけると(笑)、「廉売対象商品を供給しなければ発生しない費用」を短くして「可変的性質を持つ費用」と読んでいますが、定義と内容が噛み合っていません。素直に「回避可能費用」と呼んだ方が良いのではないでしょうか。
「可変的性質を持つ費用」というと可変費用(variable cost)をイメージしますが、avoidable cost とvariable costは微妙に違います。具体的には、追加的な生産をするために新たな設備投資(生産量には直接関わらない固定費となります)が必要な場合、かかる設備投資は追加的な生産をしなければ避けられたので回避可能費用であることは明らかですが、(追加的な生産に比例的に生じる)可変費用かというと、そうではありません。つまり、回避可能費用基準では固定費か変動費かを区別する必要がありませんが、変動費基準だと、まさに変動費と固定費の区別が大いに問題になります。
ガイドライン案が「回避可能費用」という用語を用いていないのは一般への分かりやすさを優先したせいかもしれませんが、むしろ素人にも玄人にも分かりにくくなっているように思います。
それからガイドライン案は、①「商品を供給しなければ発生しない費用」を、②「可変的性質を持つ費用」と呼び、「可変的性質を持つ」かどうかは、③商品の供給と「密接な関連性を有する費用か」という観点から決める、としています。
しかし、これは規範として出来が悪いです。究極的な基準(①)を判定するのに用いられる要素(③)のほうが、①より漠然としているからです。
つまり①のほうが、「あれなければこれなし」という形で、言葉の上ではむしろ明確です。ところがそれを判定するのに③「密接な関連性」というよくわからない基準を持ち出すのは、理解に苦しみます。また論理的にも変です。
それから、広告宣伝費も「可変的性質を持つ費用」の例としてあげられていますが、ちょっと驚きます。極めて例外的な場合にはそう考えても良い場合もあるかも知れませんが、もう少し汎用性のある例は無いものでしょうか。
以上、ガイドライン案の言葉尻を捉えていろいろ申しましたが、恐らく実務への影響はさしてない(現状追認である)と予想されます。
しかし一つだけ、実務に影響がありそうな点として、差別対価の成否の要件として、コスト割れであることを一切要求していないという点が挙げられます。
つまり、差別対価の判定において、「供給に要する費用と価格との関係」は判定の一要素に過ぎず、しかも「費用を価格が下回ること」ではなく両者の「関係」が判定要素の一つだと言っています。
これを文字通り読めば、費用を上回る価格でも差別対価は成立するし、一要素に過ぎないので全く考慮されないこともあり得るわけです。
この点は、今後実務がどのように動いていくのか注目です。
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