事業用の固定資産の「国内売上高」
事業譲渡(昔は「営業譲渡」と言ったもの)の場合に届出が必要なことは一般に理解されていますが、「事業上の固定資産の全部若しくは重要部分」の譲り受けについても、同様に届出が必要です(16条2項2号)。
さて、事業譲渡の対象である「事業」の場合には、当該事業に係る国内売上高というのも比較的イメージしやすいのですが、「事業上の固定資産」に「係る国内売上高」というのは、具体的には一体どのようなものを指すのでしょうか。
ここでの問題意識は、事業譲渡の対象となるような、いわゆる営業活動のために組織された有機的な財産の一体の場合には、その「事業」の売上というのは観念しやすいのですが、「事業上の固定資産」というのは要するに資産であって、資産に「係る国内売上」とはなんぞや、ということです。
実は16条2項2号は旧法と余り変更がない(売上が国内売上高に変わったくらい。あと金額も大きくなった)ので、旧法の解説からこの問題を探ってみます。
公取の鵜瀞(うのとろ)恵子氏が執筆した「合併・株式保有規制の解説」(別冊商事法務209号)p8には、「営業用の固定資産」について以下のように説明されています。
「・・・『営業用の固定資産』とは、営業のために継続使用され得る資産であって、建物、機械設備、車両等をいい、不動産に限らず動産も含まれる。固定資産は、有形固定資産と無形固定資産に分けられるが、例えば、建物であっても福利厚生施設であって営業にかかわらないものは、営業上の固定資産に該当しない。」
ここから分かるのは、固定資産でも「営業のため」使用されないものは届出の対象外、ということです。
では、届出の対象になる「営業のため」の固定資産であれば、常に、それに関する「国内売上」というのを観念出来るのでしょうか。
例えば、福利厚生のための建物は「営業のため」の固定資産でないということの反対解釈で、事務所として使っている建物は、「営業のため」の固定資産ということなのだろうと思います。
しかし、事務所用建物が「売上」を生むでしょうか?「建物」の「売上」って、何でしょうか?
例えば、カスタマーサービス用のコールセンターは「売上」を生まなさそうです。
これに対して、法律事務所の「事務所」は、売上を生んでいる、といえそうな気がちょっとします。
が、その場合も、売上を生んでいるのは中で働いている弁護士や事務員の人たちであって、建物ではないはずです。法律事務所が自社ビル(を持っているリッチな事務所はそうそうないですが)を引き払って賃貸物件に移転するときに、その法律事務所の前年度の売上が当該自社ビル「に係る国内売上」だ、というのは、常識にも文言にも反するように思います。
そうすると結局、事業上の固定資産が「国内売上」を生む場合というのは、工場丸ごと売るような場合しかないのではないでしょうか。
しかし、工場丸ごと売る場合には、むしろ事業譲渡に該当する場合が多いように思います。
工場の建物だけ売って機械や従業員は移らない、というのであれば、「建物が売上を生んでいるわけではない」という先ほどの問題がまた生じます。
建物と機械は売るが従業員は移らない、という場合は、当該工場の生産高を「建物+機械」の「国内売上」と観念しても良さそうですが、やはり、売上を生んでいるのは中で働いている人ではないのか(先ほどの法律事務所の場合と同じ)という疑問が生じます。
例を変えて特許権を譲渡する場合、その特許が稼いだライセンス料が「国内売上高」になるのでしょうか。それも何だかおかしいような気がします。
そうすると、言葉の意味の上では固定資産というのは建物、機械、車両等も含むとしても、それらに「係る国内売上高」が観念出来る場合というのは、ほとんど事業譲渡における事業に近いような、それ自体が売上を生んでいる場合だけではないか、という気がします。
以上はある意味で常識的な結論ですが、現行法では総資産の額が届出基準であるため売上を観念しなくても届出の要否を判断出来た場合もあった(なので上のような議論をする必要がなかった)のに対して、改正法ではすべて国内売上高一本に統一したことから、「資産に係る国内売上とはなんぞや」ということをかんがえないといけない場合が増えることになりそうです。
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