【お知らせ】日比谷総合法律事務所に移籍しました

わたくし、このたび大江橋法律事務所を退所し、2018年1月1日付で、日比谷総合法律事務所に移籍しました。

国内外の独禁法実務において、このキラ星のように輝く事務所の猛者たちに、仲間として迎えてもらえたことを心から嬉しく思います。

これからも、日本の独禁法実務の発展と社会正義の実現のために努力してまいりますので、一層のご支援よろしくお願いいたします。

2018年1月 8日 (月)

企業結合における市場支配力の意味

企業結合の案件でお客さんに独禁法の説明をするときに、
「企業結合で市場支配力が生じて価格が引き上げられるときに独禁法上問題になるのですよ」
ということを簡単に説明することが多いです。
 
ただ、「市場支配力」という、経済学や独禁法をやらない人にはよくわからないはず(だけど、なんとなくわかったような気にさせる)用語を使ってしまうところに、自分でもごまかしがあるような気がしています。
 
そこで、わたしが「市場支配力」という言葉を使って説明しているときに、実は頭の中ではどのようなことをイメージしながら説明しているのかを、少し説明してみたいと思います。
まず、わたしが「市場支配力」という言葉を使う場合、オーソドックスな経済学での「市場支配力」をイメージしています。
 
それは何かと一言でいえば、市場支配力のある供給者の直面する需要曲線は右下がりである、ということです。
 
つまり、供給量を減らす(横軸に沿って左に移動する)ことで価格を引き上げることができる力が市場支配力です。
 
さらに付け加えれば、市場支配力の意味はこれ(右下がりの需要曲線)しかありえないのであって、そのほかの力、たとえば、相手方に思うがままの契約条件をのませることができる力とかではけっしてない、ということも大事だと思います。
 
このことだけでも経済学をまったくしらないと理解しにくいところなのですが、さらに付け加えると、このような市場支配力があるかどうかは供給者(企業結合なら合併後の合併当事者)に価格を引き上げるつもりがあるかどうかとは、まったく関係がありません。
 
当事者に価格を引き上げるつもりがなくても、引き上げることが利益の最大化になるのであれば引き上げるだろう、というのが経済学の基本的な発想です。
 
つまり、プレイヤーはあくまであたえられた需要(関数)に消極的に対応するだけの存在にすぎない、と考えられているのです。
 
この、「消極的に対応するだけの存在であること」というのは、法律だけをやっていると、ちょっとピンとこないかもしれませんが、市場支配力の意味を誤解しないために重要な点だと思います。
 
(ビジネスをやっている方からすると、価格設定というのは事業運営のキモであり、消極的に対応しているだけなんていうのはとんでもないことかもしれませんが、経済学的な発想としてはこういうことになります。)
 
したがって、たとえば企業結合の問題解消措置として合併当事者が、「合併後も価格は引き上げません」と約束しても、基本的には何の意味もありません。
 
以前、JALとJASの合併の時に運賃を引き上げないことを当事者が約束したのを公取委が受け入れて合併が認められたことがありましたが、このような約束はほんらい無意味です。
(実際、当事者は原油価格の高騰を理由に、間もなく運賃を上げました。)
 
これについては、以前わたしがモデレーターをつとめた国際会議にパネリストとして出席していただいた公取委の企業結合課のF氏(とても信頼できる方です)が、
「値上げしない約束については、当事者が言ったので発表文に載っているだけで、合併の是非の考慮要素にはしていない」
と断言されていて、非常に納得しました。
 
とくに関東周辺の経済法の研究者の方々の中には、正田先生の影響なのか、独禁法の本質は力の行使だと考えている方々がかなりいらっしゃるように感じますが(これに対して関西では京大の川濱先生をはじめ経済学的な発想が強い方が多いように思います)、そういう「力」と、私がイメージする(経済学的な)「市場支配力」は、相当意味が異なります。
 
どちらが正しいかは立場の違いですからどちらでもいいのかもしれませんが、少なくとも実務でぶれない判断をするためには、市場支配力(一定の取引分野における競争を実質的に制限できる地位)は、経済学的に理解しておいたほうがよいと考えています。
 
このように、独禁法をすっきり理解するためには、どうしても経済学が必要なんですね。
依頼者との会議で需要曲線のグラフを書きながら説明したらふつうはドン引きされるので(笑)、まずそのような説明はすることがありませんが、私の頭の中では需要関数(と、多くの場合費用関数)が引かれています。
 
それをいかに経済学の用語を使わずに、しかも、正確性を失わないように、かつ、その事案に照らして納得感が高い説明をするかに、いつも気を砕いています。
 
「たくさん独禁法の文献を読んだけどどうもすっきりしない」「かなり独禁法を理解したつもりだけれど専門家と議論すると勝つ自信がない」という弁護士の方で、さらに上を目指したい方は、ちょっと法律はお休みにして、経済学を学んでみることをおすすめします。
 
独学だと基本的な(=抽象的な)概念をなかなか理解できなかったり、思わぬところで誤解することもあるのですが(昨年末の公正取引協会での小田切先生のゼミではそのことを何度も痛感させられました)、それでも、独禁法実務に役立つ程度の比較的ゆるい厳密さを身につけるためには、独学でも十分役に立つと思っています。

2017年12月26日 (火)

 【お知らせ】『ビジネス法務』2月号にAIとカルテルについての記事を寄稿しました

『ビジネス法務』2月号の

「特別企画 AIで変わる法規制」

という特集の中で、

「デジタル・カルテルが問う『合意』要件」

という記事を寄稿させていただきました。

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いわゆるデジタル・カルテルについては、世間の耳目を惹くためか、何も目新しい問題がないのにさも目新しいかのように「煽る」感じの論考が一部にみられ、わたしはそういうのが性に合わないので、この記事では、冷静かつ簡潔に、AIとカルテルの問題をまとめてみたつもりです。

ご興味のある方はご一読いただけるとうれしいです。

少しつけ加えさせていただくなら、デジタルカルテルの難しさは、これに対して過剰な規制をすると、むしろ独禁法の目的の正反対の方向に向かってしまいかねないところではないか、と考えています。

(これはなにも「デジタル」なカルテルにかぎりませんが。)

たとえば道路交通法は、単純にいえば、交通事故をなくすのが目的です。

なので、交通違反を取り締まる警察は、ホンネのところでは、自動車なんて運転してほしくないと考えているかもしれません。

警察は、物流の円滑化や国民の移動の便宜をはかることを使命にする役所ではないからです。

なので、交通事故を減らすことと国民の移動の便宜をはかることのバランスをとるという発想がなく、たとえば高速道路の最高速度引き上げにしても、警察が役所としての使命に基づいてやっているというより、政治家なり、国土交通省なり、外からの圧力で行っているのであり、その際の判断基準はあくまで「交通事故が増えないか」ということです。

(以上は説明の便宜のためにかなり単純化していおり、いわば物の譬えのたぐいであることをご了承ください。)

これに対して公正取引委員会の指名は公正かつ自由な競争を確保することです。

それなのに、合意とはいえない協調行動をあまりきびしく取り締まると、かえって企業を委縮させて競争をさまたげてしまい、公取自らの目的に反することになりかねないのです。

というように、本質的に競争当局というのは、目的ははっきりしているけれどそのための最善の策がはっきりしない、というところに、その権限行使の難しさがあるように思われます。

もちろん、他の役所でも、自らの目的のための最適解がはっきりしないことはあるでしょう。

でも、公取のように、たとえその目的が公正かつ自由な競争の確保の一点にかぎられると考えた場合ですら、何をすれば最善なのかわからない(良かれと思ってやったことが、かえって行政目的自体に反することがある)、という問題に頻繁に出くわす役所もめずらしいのではないかと思います。

このように、デジタルカルテルという視点からながめると、公取委というのは、なんといいますか、超然としている(べき?)というか、他の役所のように「省益」というものを観念しにくい役所のように思います。

役所でもロビーストでもそうですが、使命が決まっている(外から与えられている)のって、頭を使わなくていいから楽ですよね。

極論すれば、一つの方向にめいいっぱい振れていけば、あとは、他の利害関係人からの対抗力で、落ち着くところに落ち着く、という態度が許されるからです。

公取はそうはいきません。

あんまり独禁法の規制強化ばかりいっていると、かえって自らの存在意義を否定しかねないからです。

デジタルカルテルの規制も、一つ間違うと、イノベーションを阻害しかねないわけです。

と、いろいろ考えると、競争当局というのもいろいろ大変だなぁ、と思います。

余談が続いたうえにさらに余談ですが、以前読んだ

Jerry Kaplan, Artificial Intelligence

という本に、Artificial Intelligence(人工知能)というのはネーミングが秀逸(あるいは問題の元凶?)だったのであって、もし、

symbolic processing (記号処理)

とか

analytical computing (分析的コンピュータ処理)

とか呼んでたら、今のようなヒートアップした議論にはならなかっただろうし、もし飛行機をArtificial Bird(人工鳥)と呼んでいたら、(人工知能と人間との関係についての議論の混乱と同じように)飛行機と鳥との関係の議論が混乱したかもしれない、ということが書いてあって、なるほどなあと思いました。

言葉が妄想を生むという好例です。

2017年12月10日 (日)

「予想を上回る注文をいただいています」という表示

機能性表示食品について措置命令が出たことで注目された葛の花由来イソフラボンですが、この事件では地味ですがもう一つ重要な判断が示されています(2017年11月7日措置命令)。

違反者の一つのCDグローバルに対する命令で、

「CDグローバルは、本件商品を一般消費者に販売するに当たり・・・

自社ウェブサイトにおいて、

「先日販売を開始しました『葛の花イソフラボン青汁』につきまして、弊社の予想を大きく上回るご注文を頂いており、生産が間に合わない状態が続いております。」

と記載するなど・・・表示することにより、

あたかも、本件商品の販売数量に関する具体的な予想を立て、当該予想販売数量を上回るほどの相当程度多数の注文を受けているかのように示す表示をしていた」

けれど、

「実際には、具体的な数値予想を立てておらず、前記(ア)記載の表示期間中における注文数は僅少であった」

というのが、優良誤認表示とされているのです。

つまり、

「予想を大きく上回るご注文を頂いています」

というような表示をする場合には、具体的な数値予想を立てないとそれだけで不当表示になる、ということです。

これはかなり実務的にインパクトがあるのではないでしょうか。

というのは、こういう広告は、なんとなく「ノリ」で書いていて、まじめに数値目標まで立てていないことのほうが多いように思われるからです。

予想もしてないのに予想を超えたというのは不当表示だと言われればそのとおりなので、反論のしようもないですが、今までは、これくらいの誇張は広告として許される範囲内だと考えていた事業者も多いのではないでしょうか。

こういうのがダメだとなると、

「大変ご好評をいただいています」

というのも、きちんと好評を得ていることの根拠を示せないといけないでしょうし、

「絶賛発売中」

というのも、絶賛されていることの根拠を示せないといけないでしょう。

「ご好評」も「絶賛」も、顧客からの評価だととられる表現だからです。

ほかには、

「若い女性に人気」

というのもよく見かけるコピーですが、ひょっとすると、購入者に占める女性の数のデータを年齢別に取っておくようにいわれかねないような気がします。

(まあ「絶賛発売中」くらいは、世の中であまりにありふれているので、措置命令まではいかないんじゃないかという気がしますが。)

これに対して、似ていますが、食品で、

「絶品〇〇」

なんていうのは、事業者が絶品だと自信を持っているという主観的評価ととられる表現なので、「絶品」であることの根拠をしめせとかは、さすがに言われないでしょう。

もちろん、

「予想を超えた」

と、「予想」という言葉を広告で使ったからダメで、そう書かなかったらOKだったというわけではなく、たんに品薄であることを強調するのも、実際に品薄でなかったのなら、不当表示になるのでしょう。

この事件でたんに「予想」という言葉を使ってたのでそれに引っ掛けて命令を出すのが手堅いと思われたから、こういう命令の出し方になったのでしょう。

これを、「言葉尻をとらえて」などと非難しても始まりません。

くれぐれも、言葉尻をとらえられない広告をこころがけましょう。

あとこの命令もそうですが、最近、売上のような調べればすぐわかることについても不実証広告規制を使うことが続いていますね。

不実証広告規制ガイドラインでは商品の性能や効果に関する優良誤認表示だけに同規制が適用されるかのような書きぶりだったので、消費者庁の運用が大きくかわったといえます。

2017年11月27日 (月)

複数の懸賞企画が競合する場合の景品総額

同一の取引について複数の懸賞企画が競合する場合の「懸賞に係る取引の価額」については、懸賞運用基準5(2)が、

「(2) 同一の取引に附随して二以上の懸賞による景品類提供が行われる場合については、次による。

ア 同一の事業者が行う場合は、別々の企画によるときであっても、これらを合算した額の景品類を提供したことになる。

イ 他の事業者と共同して行う場合は、別々の企画によるときであっても、それぞれ、共同した事業者がこれらの額を合算した額の景品類を提供したことになる。

ウ 他の事業者と共同しないで、その懸賞の当選者に対して更に懸賞によつて景品類を追加した場合は、追加した事業者がこれらを合算した額の景品類を提供したことになる。」

と定めています。

しかし、運用基準5項の表題は

「告示2号〔=景品類の最高額の制限〕の『懸賞に係る取引の価額』について」

となっているので、論理的には、景品総額の制限(懸賞告示3号)については何も述べていないことになりそうです。

しかし、ひとまず表題は無視して、5(2)の

「・・・合算した額の景品類を提供したことになる。」

という表現だけを取り出せば、この部分は最高額だけでなく総額についても合算して制限の範囲内でなければならない趣旨だ、と読むことができるように思います。

そして、それが結論としても妥当でしょう。

しょせん、運用基準は運用基準にすぎないので、一部に論理的なもれがあってもとやかくいう必要はない(解釈で補う場合に越えるべきハードルは何もない)のかもしれませんが、法令並みに論理的な美しさを重視するなら、5(2)は、今の5項ではなく、告示3項に関する運用基準7項あたりに置くのがよかったのでしょう。

論理的にきれいに整理されていないと、「総額については合算しなくてもいいのか?」といった疑問がわくかもしれません。

2017年11月26日 (日)

ダイレクトメールでの来店者への景品提供と、緑本の売場を分ける対応について

総付告示運用基準1(3)は、来店者へ景品を提供する場合の取引の価額を原則100円とすると述べたあと、

「〔来店者に景品を提供する〕場合において、

特定の種類の商品又は役務についてダイレクトメールを送り、

それに応じて来店した顧客に対して景品類を提供する等の方法によるため、

景品類提供に係る対象商品をその特定の種類の商品又は役務に限定していると認められるときは

その商品又は役務の価額を「取引の価額」として取り扱う。」

としています。

このことに関して、

大元編著『景品表示法〔第5版〕』(緑本)

の194頁では、懸賞の場合について上記運用基準(懸賞告示運用基準5(1)で準用)を淡々と説明したあと、

「もっとも、例えば、

家具類の展示即売会を行うに当たってダイレクトメールを送り、

来店者に景品類を提供する場合、

一般の売り場と展示会場を区別するなどの配慮をしない限り、

店舗への入店者一般を対象に景品類を提供しているものとして取り扱われる。」

と説明されています。

ですが、わたしにはこの部分が何をいいたいのか、よくわかりません。

説明の便宜上、一般の売り場と展示即売会場が、

①たんに仕切り一枚で仕切られているだけの場合と、

②数百メートル離れている場合

に分けて考えてみましょう(緑本が想定しているのは①なのでしょうけれど)。

そして、一般の売り場では3000円のいすが最低価額の商品で、展示即売会場では10万円のソファーが最低価額の商品だとしましょう。

第1. 仕切り一枚で仕切られている場合

この場合、ダイレクトメールを見てきた人は、最低でも10万円のソファーを見てきているので、懸賞による景品額は10万円まで出してよさそうな気がします。

これに対して、ふらっとその家具屋さんに立ち寄った人は、3000円のいすを買うかもしれないので、懸賞による景品の限度額は3000円の20倍で6万円となりそうです。

どうして売場を仕切るだけで、ふらっと立ち寄った人まで10万円の景品をだしてよいことになるのでしょう??

わたしは、売場を仕切っても、一般客に提供できる景品は6万円だと思います。

第2.数百メートル離れている場合

この場合、ダイレクトメールを見てきた人は、1.とおなじく、10万円までだしてよさそうです。

次に、ふらっと展示即売会場に立ち寄った人も、展示即売会場では10万円のソファーが最低ですから、やはり、10万円まで出してよさそうです。

ふらっと一般の売り場に立ち寄った人は、一般の売り場では懸賞はやってないので、何ももらえません。

・・・と考えると、緑本の

「一般の売り場と展示会場を区別する」

というのは、「第1」のように、同じお店の中を仕切るのでは足りなくて、ダイレクトメールをみてくる人と一般客が混じらないくらいに(=一般の売り場と展示即売会場が別の店舗といえるくらいに)離れていないといけない(第2の場合)、ということになりそうです。

しかし、そこまでしないと使えない例外なんて、実際には使えないと思います。

そんなこと(売場を仕切る)をするより、単純に、ダイレクトメールを持参した人にだけ懸賞への参加資格をあたえればすむ話ではないでしょうか?

緑本の書きぶりでは、下手をすると、ダイレクトメールを持参した人にだけ懸賞への参加資格をあたえたうえで、さらに売場を分けないと、誰に対しても6万円までの景品しか提供できない、とすら読めてしまいます。

売場をわけるとなぜ一般客にも10万円の景品を提供してよいのか、

あるいは、

売場をわけないとなぜダイレクトメールを見てきた客にも6万円の景品しか提供できないのか、

そのあたりのきちんとした理由の説明がないと、結論だけ「こうしなさい」といわれても、よくわかりません。

以前、消費者庁に電話で質問たときに、答えに納得いかなかったので理由を尋ねたところ、

「運用は、そうなってますので」

といわれたことがあります。

ドクターXの大門未知子が、

「私、失敗しないので」

というのは、決めゼリフとしてかっこいいですが、行政庁が、

「運用、そうなってますので」

というのは、あまりかっこうよくないと思います。

それはともかく、もし緑本のこの部分の説明の意味がわかる人がいたら、ぜひ教えてください。

きっと、具体的な質問があって、そのイメージを前提にすると、売場を分けたら解決できそうに思えたんだろうなぁと想像しますが、こういうルールは、いったん事案を抽象化したうえで、どれくらい普遍的になりたつ理屈なのかをよく考えないといけません。

それが法律家の思考というものでしょうし、わたしはどんな場合でも、そのように考えています。

景品規制では、告示であれ運用基準であれ、ホームページのQ&Aであれ、この抽象化というスクリーニングを通していないために、やたらと行き当たりばったりなルールが多いような気がします。

2017年11月20日 (月)

おとり広告告示運用基準の在庫一括管理に関する規定について

おとり広告告示運用基準では、

「高額な耐久財等について全店舗における販売数量が一括管理されており、全店舗における総販売数量に達するまではいずれの店舗においても取引する場合には、その旨の表示がなされていれば足りる〔おとり広告とはみなさない〕(運用基準第2-2(3))

とされています。

しかし、わたしはこれはおとり広告告示の解釈としておかしいと思います。

これにしたがうと、たとえば冷蔵庫などを他の店舗から取り寄せる体制が整っている場合でも、そのような体制をとっているという事実(「その旨」)を明示しなければならないことになってしまいます。

ですが、在庫の一括管理体制をとっている場合に、そのことをいちいち明示しなければ不当表示になるというのは、あきらかに行き過ぎです。

現にそのような体制がとられているのであれば、消費者には何の不利益もないし、社内でどんな体制をとっているかなんて消費者は関心ないし、ある意味営業秘密でもありうるわけですから、知らせる必要もありません。

もし違いがあるとすれば、冷蔵庫をその日のうちに持って帰りたいという顧客もいるじゃないか、ということかもしれませんが、そんな顧客はかなり少数派のはずです。

運用基準があえて、

「高額な耐久財等」

と例示しているのも、その場で自分が持ち帰ることがあまり考えられない、テレビとか冷蔵庫とか家具のようなものを想定しているのでしょう。

それに、「その日のうちに持って帰りたい客が持って帰れない」から、「おとり広告だ」というのは無茶です。

もし広告で「その日のうちにお持ち帰りできます!」と強調していたのに持ち帰れなかった場合には有利誤認表示になるかもしれませんが、それはおとり広告とは別の話です。

と、実質論をいろいろと述べてみましたが、それだけでは法解釈として心もとないので、おとり広告告示の文言をみてみましょう。

おとり広告告示では、

「一般消費者に商品を販売し、又は役務を提供することを業とする者が、

自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を除く。)に顧客を誘引する手段として行う

次の各号の一に掲げる表示

一 取引の申出に係る商品又は役務について、取引を行うための準備がなされていない場合その他実際には取引に応じることができない場合のその商品又は役務についての表示

二 取引の申出に係る商品又は役務の供給量が著しく限定されているにもかかわらず、その限定の内容が明瞭に記載されていない場合のその商品又は役務についての表示

三 取引の申出に係る商品又は役務の供給期間、供給の相手方又は顧客一人当たりの供給量が限定されているにもかかわらず、その限定の内容が明瞭に記載されていない場合のその商品又は役務についての表示

四 取引の申出に係る商品又は役務について、合理的理由がないのに取引の成立を妨げる行為が行われる場合その他実際には取引する意思がない場合のその商品又は役務についての表示」

が、おとり広告であると定義されています。

ぼーっとながめてみただけでも、在庫一括管理している場合は、「取引に応じることができない」(1号)とか、「供給量が著しく限定されている」(2号)とか、「取引の成立を妨げる行為」(4号)とかにはあたらなそうです。

3号の「供給期間」「相手方」「一人当たりの供給量」は、限定列挙なので、在庫一括管理はこれにもあたりようがありません。

というわけで、在庫一括管理に関する前記運用基準の記載は、告示にまったく根拠がありません。

さらに理論的に重要なのは、告示の柱書で、

「自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を除く。)に顧客を誘引する手段として行う」

ということが、おとり広告の要件になっていることです(手段性の要件)。

在庫一括管理の場合に、

「冷蔵庫を買いにきたお客さんに、冷蔵庫をあきらめさせて、テレビを買わせてやろう」

なんて考えているはずはないので、この手段性の要件は満たしません。

というわけで、運用基準を作った人は、告示の条文を読んでいなかったのではないか?と疑われます。

きっと、なんとなく筆が滑っちゃったんでしょうね。

あるいは、手段性の要件を忘れてしまって、その店に在庫が足りない場合がすべておとり広告になる、と勘違いしていたのかもしれません。

景表法関係の運用基準や当局の古い解説には、このような、「条文読んでない」というレベルのものがちらほらみられるので、注意が必要です。

行政というのは、条文を忠実に執行しようというだけではなくて、条文ではグレーなところでも、解釈や運用で(行政効率も含めた意味での)妥当な執行を実現していこうとすることが、ままあるように思われます。

もちろん、それが一概に悪いわけでもないと思います。

ですので、今回取り上げた運用基準も、条文を読んでないのではなくて、わかっていながら確信犯でやった、という可能性も、ないではありません。

でもやっぱり、在庫一括管理していること(店には在庫がないかもしれないこと)を積極的に表示させることで実現される行政目的なんて何もないと思われます。

なので、やっぱり、私は「条文読んでなかった」のではないか、とニラんでいます。

2017年11月19日 (日)

おとり広告の手段要件について

おとり広告告示では、おとり商品の供給量が著しく限定されている場合(運用基準では、予想販売量の半分にも満たない場合)など、おとり広告にあたる場合が4種類限定列挙されています。

若干注意を要するのは、これら4つの場合にあたれば必ずおとり広告にあたるのではなく、さらに、

「自己の供給する商品又は役務の取引・・・に顧客を誘引する手段として行う」

ということが、おとり広告の要件とされていることです。

これを、「手段性の要件」ということができると思います。

なので、自己が販売する別の商品に誘引する意図がなければ、おとり広告は成立しません。

たとえば、もともと1種類の商品しか販売していない事業者が、予想販売数の半分に満たない在庫しかないことを認識しながらその商品の広告をしたとしても、ほかに買わせる商品はないので、おとり広告にはあたらないことになります。

しかも、現行法はおとり広告は有利誤認にはあたらないという整理なので(だからこそ、5条3号の指定告示として指定されているわけです)、このようなおとり広告にあたらない広告を、有利誤認にあたるというのも、難しいんじゃないかと思います。

もちろん、お客さんに不満を持たれないためには、数が限定されていることを広告で明記するのが望ましいのでしょう(そうすると、もっとお客さんが殺到するかもしれず、なやましいところですが)。

ひとつ言えることは、もし商品が売り切れてしまって、お客さんが、

「これはおとり広告じゃないのか?」

と騒ぎ出したら(あるいは、消費者庁や国民生活センターにかけこまれたら)、「そうじゃありません」ということは、自信をもって(?)回答できます。

ただ、実際には、クレームをいうお客さんに理屈で反論すると火に油を注ぐし、売り切れになって不満を持たれるのは理解できるので、謝りたおすしかないのでしょうけれど。

少なくとも弁護士(あるいは法務部)として、このような事例がおとり広告にあたるというアドバイスをすることは、避けなければなりません。

単一商品の事業者の場合は、このように他の商品に誘引する意図がないことがあきらかなのでわかりやすいですが、複数商品を販売する事業者でも、理屈は同じです。

ということは、あまり「ついで買い」が想定されないような業種の場合には、広告を打った人気商品の在庫が十分でなかったために、結果的に品切れになったとしても、まさにその「おとり」商品を販売するために広告をしたのであって、お店に来た消費者に別の商品を買わせるつもりで広告したのではない、というのであれば、おとり広告にはあたらない、ということが十分にありそうです。

たとえば、アップルウォッチの広告をみてお店にきたお客さんが、品切れだからといって、かわりにiPhoneを買うのか?(あるいは、店員がiPhoneをすすめるのか)ということです。

このように考えてみると、この手段要件というのは案外盲点かもしれません。

2017年11月16日 (木)

原産国告示の構造

原産国告示は、1項が国産品、2項が外国産品、というように分けて規定されていますが、その内容は非常に似ているものの、少しだけ違います。

まず国産品についての1項は、

「1  国内で生産された商品についての次の各号の一に掲げる表示であつて、その商品が国内で生産されたものであることを一般消費者が判別することが困難であると認められるもの

一 外国の国名、地名、国旗、紋章その他これらに類するものの表示

二 外国の事業者又はデザイナーの氏名、名称又は商標の表示

三 文字による表示の全部又は主要部分が外国の文字で示されている表示」

が、不当表示だとしています。

これに対して外国産品についての2項は、

「2 外国で生産された商品についての次の各号の一に掲げる表示であつて、その商品がその原産国で生産されたものであることを一般消費者が判別することが困難であると認められるもの

一 その商品の原産国以外の国の国名、地名、国旗、紋章その他これらに類するものの表示

二 その商品の原産国以外の国の事業者又はデザイナーの氏名、名称又は商標の表示

三 文字による表示の全部又は主要部分が和文で示されている表示」

が不当表示だとしています。

どうして書き分ける必要があったのかと思うくらい似ていますが、ちがいは各項の3号です。

つまり国産品(1項)では、外国語(非日本語)かどうか基準になっていて、外国語であれば不当表示になりえます。

これに対して外国産品(2項)では、当該原産国(たとえば中国)の文字ではない文字(たとえばフランス語)で記載されている場合がすべて不当表示になりうるのではなく、たとえば中国産品に和文の文字表記をした場合にかぎって不当表示になりうる、ということになっています。

中国製ワインにフランス語の表記があって、フランス産ワインと誤解されそうな場合も不当表示にしてよさそうなものですが、そうはなっていません。

指定告示なので、明確さを優先したのでしょうか。

あるいは、文字で原産国に誤解が生じるのは、「国産品→外国語表記」、「外国産品→和文表記」の場合に限られるのだ、と割り切ったのかもしれません。

たとえば、外国産品についても、その国の文字以外を用いてはいけないということになると、フランス産ワインに英語表記をすることが不当表示になってしまいそうですが、英語は万国共通語になっていますので、それは行き過ぎでしょう。

だけどさすがに国産品として偽るために和文表記にしているものは取り締まらないといけないだろう、という発想なのでしょう。

とはいえ、各項の1号、2号とのバランスを考えると、なぜ2項の3号だけが甘いのか(外国間の文字の違いは不問に付すのか)、疑問が生じるかもしれません。

デザイナー名を別の国のものにしてもだめですが、ドイツとオーストリアのデザイナーとか、中国と台湾のデザイナーなんて、名前だけでは区別できなさそうです。

それでも指定告示は形式的なので、デザイナー(たとえばオーストリア人)が原産国(たとえばドイツ)の人ではない場合には、そのデザイナーの名前を表示すると、原産国(ドイツ産)がわかるように、積極的に表示しないといけないことになってしまうのです。

これが、1・2項後段の

「その商品が国内〔その原産国〕で生産されたものであることを一般消費者が判別することが困難であると認められるもの」

ということの意味です。

このように、原産国告示は、

①各号記載の表示は原則として不当表示

②①があれば、原産国を明記しなければならない、

という、二段ロケット方式になっているのです。

②が、積極的な義務付け規定になっているのがポイントです。

そもそもすべての商品について原産国を積極的に表記しなければならないという法律はありませんが、1・2項の1~3号の表示をする以上は、原産国を明記しないといけない、ということになるのです。

ただ、形式的には1~3号にあたる表示でも、そこから、原産国をまったく想起できないようなものなら、そもそも誤解は生じないので不当表示にも当たらないと解釈されています。

利部修二『商品の原産国表示の実務』

のp23で、国産品について、

「(ただし、国産品でありながら外国産品と紛らわしい表示がなされている商品に限られ、もともとそのような表示がなされていない国産品については、その旨の表示は何ら必要とならない)。」

とされています。

ちなみに1項と2号を仮にまとめて原産国を「A国」とでもすると、原産国告示は、

「A国で生産された商品についての次の各号の一に掲げる表示であつて、

その商品がA国で生産されたものであることを一般消費者が判別することが困難であると認められるもの

一 A国以外の国の国名、地名、国旗、紋章その他これらに類するものの表示

二 A国以外の国の事業者又はデザイナーの氏名、名称又は商標の表示

三 文字による表示の全部又は主要部分がA国以外の文字(ただし、A国が外国の場合は和文)で示されている表示」

となり、やはり書き分けた理由は3号しかなさそうです。

2017年11月10日 (金)

『米国反トラスト法実務講座』発刊のお知らせ

このたび、公正取引協会から、

『米国反トラスト法実務講座』

を出版させていただくことになりました。

はじめての単著です!

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以下、その概要です。

【発行日】2017年11月22日(水)

【ページ数】396ページ

【ISBN】978-4-87622-017-5

【価格】本体4,000円+税

もともとが公正取引での「反トラスト法実務講座」という連載をもとにしたものなので、意図としてはまさに講座(レクチャー)であり、実務的な観点から反トラスト法を全体的に学びたいという人むけなのですが、実はわたし自身この原稿を仕事の中で何度も参照したり、それをもとに原稿を加筆したりしてたので、実務の手引きとしても便利なのではないかと思います。

思い返すと、今の自分があるのも、連載をふくめ、この本を書く中でいろいろ調べたり考えたりしたことが大いに役に立っているように感じます。

そういった意味でも、今の自分の集大成のような本になったと思います。

書店で手に取って気に入った方は、ご購入いただけるとうれしいです。

2017年10月20日 (金)

【お知らせ】百選が出ました。

有斐閣から

『経済法判例・審決百選[第2版]』

が出ました。

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わたしは71番の「対面販売義務の公正競争阻害性」で、資生堂・花王事件について解説を書いております。

百選は以前、『英米法判例百選』にも解説を書かせていただいたのですが、司法試験受験生のころに百選で勉強していたころを思い返すと(当時経済法は受験科目ではありませんでしたが)、ずいぶんと時間もたったものだなと感慨深いものがあります。

百選という、基本的には学生さん向けの教材ではありますが、学説を整理しただけのありふれた解説ではなく、問題の本質がわかるように気を付けて書いたつもりです。

ご興味のある方はぜひ、ご一読ください。

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