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Слава Україні! (ウクライナに栄光あれ!)

Ua

2024年4月21日 (日)

公正取引に米国反トラスト法コンプライアンスについて寄稿しました。

公正取引882号(2024年4月号)の、「企業におけるコンプライアンス」という特集に、

「米国反トラスト法におけるコンプライアンス・プログラム ~アップル電子書籍カルテル事件モニター報告書の検討を通じて~」

という論文を寄稿しました。

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原稿執筆依頼は米国反トラスト法のコンプライアンスについて書いて欲しいということだったので、「公取委のコンプライアンス・ガイド(「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド-カルテル・談合への対応を中心として-」)が出たので特集を組むんだろうなぁ」と思いを巡らしながら、どういう切り口で書こうかいろいろと考えたのですが、「米国」という括りでテーマを絞るのがなかなか大変でした。

理論的にも、実務的にも、(日本でもEUでもなく)「米国」独自のコンプライアンスというものがあるわけではありません。

もちろん、競争法の実体法や手続法は各国違うのですが、では米国についてロビンソン・パットマン法について書くのも何か違うなと思いました。

米国の特色を出すなら、リニエンシーや秘匿特権などの手続面に絞って書くということも考えましたが、たぶんこの特集でそれは期待されていないだろうなぁと考えました。

論文の冒頭サマリーにも、

「競争法遵守プログラムに、国による本質的な違いはない。あるのはトリビア的な違いに過ぎず、本誌において主題的に論じるに値しない。そこで本稿では、米国企業による米国反トラスト法遵守プログラムの具体例を示すべく、電子書籍カルテル事件の連邦地裁判決によりアップルに設置が命じられた社外モニターがその報告書で明らかにした同社の反トラスト法遵守プログラム(社外モニターの提言を含む。)の内容を紹介することにする。」

と、率直に書きました。

というわけで今回は、米国企業の反トラスト法コンプライアンスプログラムの詳細が明らかにされている希有な例ということで、アップルの電子書籍事件社外モニター報告書に依拠して、同社のコンプライアンスプログラムの内容を紹介することにしたわけです。

今回、4通のモニター報告書を読んでみましたが、これがなかなか面白いです。

(ちなみにこの社外モニターについては当時、報酬が高すぎるとアップルが裁判所に解任を求め、モニターの最初の2週間の報酬が138,432ドル(!)だったと報じられたり、なかなか曰く付きではあります。)

とくに、モニターとアップル代理人との間のやりとりが、コンプライアンスプログラムとして何をどこまですべきなのかについて、立場によってさまざまな考え方がありうることを示していて、大変興味深かったです。

読まれた方は、報告書を要約しただけなのかとがっかりされるかも知れませんが、全部で500頁近くある4通の報告書を要約するのはけっこう大変でしたし、参考になりそうなところはだいたい拾ったつもりですから、じっくり読んでいただければそれなりに参考になることがあるのではないかと思います。

これを読んで興味を持たれた方はぜひ、報告書の原文も参照していただければと思います。

報告書原文に当たりやすいように、論文には報告書のページ数を逐一記載しておきました。

それから、引用するにも文字数がきつかったり(ギリギリ詰めて6頁に収めました)、ボツにしたりしたので、論文には引用しませんでしたが、執筆過程で参考になった文献を以下に挙げておきます。

最初に、American Bar Associationの、

『Antitrust Compliance: Perspectives and Resources for Corporate Counselors, Second Edition』

は、プログラムの作り方など大変実務的で、日本企業にも参考になることが多かったです。

理論的な整理としては、『The Oxford Handbook of Strategy Implementation』の第7章の、

Sokol, Antitrust Compliance

が、大変詳細かつ網羅的に反トラスト法コンプライアンスを整理しており、とても参考になりました。

この論文もそうですが、アメリカの(というか、英語の)論文を読むと、そもそも企業にコストをかけてコンプライアンスプログラムを導入させることの合理性にまで遡って議論がなされていて、判で押したように「コンプライアンスプログラムは大事!」と叫ぶのより、よほど理知的な議論がなされていて、たとえばコストベネフィットを考えずリニエンシーや確約制度を景表法に導入してしまう日本の現状と比べて、彼我の議論の厚みの差を感じました。

米国企業の反トラスト法プログラムの具体例については、

Howard Bergman and D. Daniel Sokol, The Air Cargo Cartel: Lessons for Compliance

が、エアカーゴ事件の実例を内部者の証言を交えつつ詳細に紹介していて、とても貴重な資料だと思いました。

今回の論文執筆にも参考にしようかと一瞬考えましたが、検討対象がルフトハンザで米国企業ではなかったので(笑)、やめました。

同じくSokol教授の、

CARTELS, CORPORATE COMPLIANCE, AND WHAT PRACTITIONERS REALLY THINK ABOUT ENFORCEMENT

は、反トラスト法弁護士に反トラスト法の執行についてどう思うかをアンケートで尋ねた結果をまとめたもので、「へぇ~、こんな研究手法もあるんだ」と感心するとともに、実務家の本音が垣間見られて興味深かったです。

あとは、公取委ガイドにも引用されている、

OECD, "Competition Compliance Programmes"(2021)

が、なかなかよくまとまっていました。

公取委ガイドを読んでしっくりこなかったところをこちらで確認すると腑に落ちたりします(苦笑)。

2024年4月15日 (月)

ABA Antitrust Spring Meeting 2024 に行ってきました。

先週4月10日(火)から12日(金)にワシントンDCで行われたAmerican Bar AssociationのAntitrust Spring Meetingに行ってきました。

今回一番印象深かったのは3日目のAntitrust Markets Critical to Decocracyというセッションでした。

パネリストは、

ミシガン大学のDaniel Crane教授と、

私も反トラスト法を教わったNew York UniversityのHarry First教授と、

元FTC委員(共和党)のChristine Wilson氏と、

Columbia Center of Sustainable Investmentsという機関のDenise Hearn氏

で(モデレーターはHenry Su氏)した。

Crane教授は、「Antimonopoly and American Democracy」という書籍の編者でもあられます。

内容は、民主主義のためには市場が競争的であることがいかに重要かを説くものでした。

米国反トラスト法も、それを受け継いだ日本の独禁法も、社会の民主化を目指すことを目的の1つにしていたということはよく言われることですが、それを戦後ドイツ(Crane教授)と日本(First教授)の歴史の裏付けに基づき説得力のある議論を展開し、それでいながら、もちろん競争法のできることには限界があることを認め、実に迫力に満ちたセッションでした。

Hearn氏(女性)は、比較的お若い方でしたが、さまざまな文献からのフレーズを議論の中で縦横無尽に、かつ極めて的確に引用され、実によく勉強されていて、頭のよい方だと思いました。

出る前からこのセッションは外せないと思っていたのですが(First教授が出ることは事前発表されておらず、当日その場で知りました)、実に、期待を上回るものでした。

最後のQ&Aで質問者の1人が「自分が出たセッションの中でこのセッションが最高だった。」と激賞されていましたが、全くそのとおりで、私の中では、今回のみならず、これまで出てきたSpring Meetingのすべての中で最高でした。

(それに比べると、本来ハイライトであるはずのEnforcers' Roundtableは、いまいちでした😖)

やっぱりこういうのは本を読むだけではなく、生の議論を聞くに限ります。

自分の仕事がどれくらい世の中の役に立っているのかは誰しも気になるところではないかと思います。

最近はbull shit job(クソどうでもいい仕事)という言葉がはやっていて、さすがに独禁法弁護士が「クソどうでもいい仕事」とは思いませんが、それでも、過去の経験を切り売りするような仕事に果たしてどれだけの社会的意味があるのか、それはお金は生んでも価値を生んでいないのではないか(まさに「クソどうでもいい仕事」のように)、など疑問を感じることは時々あります。

そう考えると、自分のやっている競争法という仕事が、民主主義に貢献できるかもしれないと実感できたことは、私にとって大きなモチベーションとなりました。

とくに最近は巨大デジタルプラットフォームやAIの規制が競争法では大きなテーマで、今回のSpring Meetingでも多くのセッションで取り上げられていましたが、経済的な厚生という狭い価値ではなく民主主義という大きな価値にかかわるものであると考えると、日本のプラットフォーム規制法も、またぜんぜん違った見え方がするのではないでしょうか。

経済法をまじめにやると経済学を勉強しないといけなかったり、景表法の不実証広告規制をまじめにやると統計学を勉強しないといけなかったりと、やらないといけないことが増えるのは大変であるとともに楽しくもあるのですが、今回あらたに、民主主義と競争法が私の勉強のテーマに加わりました。

あともう1つ面白かったのが、初日の、DO NON-COMPETES CAUSE MORE HARM THAN GOOD? というセッションでした。

このセッションでは、経済学者のEvan P. STARR氏(University of Maryland, Robert H. Smith School of Business)が、競業避止義務がいかに競争に悪影響を与えるかを、ご自身のものを含め数々の実証研究を引きながら、実に説得的に論じられていたのが印象的でした。

そのほかのパネリストはみなロイヤーで、競業避止義務は必要な場合もあるので合理の原則にすべきだとか、実際、競業避止義務がないことで困ったケースがあったというエピソードばかりで、やっぱり法律家ってどこの国でもこの程度のことしか言えないんだなぁと感じ、逆にあらためて、経済法における経済学のツールとしての有用性、強力さに感銘を受けました。

経済学の強力さは、何も計量経済学のようなデータの問題だけではなくて、今回のStarr氏の反論の中心も、

①競業避止義務がった場合となかった場合で給与が上がったとか下がったとか言っても無意味であり、causationとcorelationを混同してはいけない、

②比べるべきは、秘密保持義務と目的外利用禁止義務があって競業避止義務はない場合と、競業避止義務がある場合、なのであり、競業避止義務がある場合とない場合を比べても意味がない、

という、実に理路整然としたものでした。

これを聞いて思い出したのが、かつてとある勉強会でクレジットカードの手数料の議論をしていたときに、ある弁護士さんが、

「自分はクレジットカードのポイントでファーストクラスにアップグレードしたりして大きなメリットを得ているので、多少手数料が高くても気にならないし、こういうサービスがなくなるならむしろ手数料の規制には反対だ。」

というような発言をされていたことでした。

私は、これを聞いて、「ああこの人分かってないかぁ」と思いました。

というのは、理屈の上では、手数料が高い現状と、低い(あるいは、ない)場合(but for)を比べないといけないんですね。

そして、数々の経済学の研究が指摘するのは、手数料が高いために小売価格が高止まりしているのではないか、という点なわけです。

つまり、カードでポイントをたくさん稼いでいる人も、実は、but forの状態に比べて高い価格でたくさん買い物をすることで、ポイント原資以上を負担しているのではないか、ということなのです。

少なくともご自身はそうであっても、このようにbut forを想定して、世の中で損をする人と得をする人のどちらが多いのか、を考えないといけないわけです。

でも、これがふつうの法律家の限界なのでしょうね。

競業避止義務については、かつて読んだ「Against Intellectual Monopoly」という本に、退職後の競業避止義務がイノベーションにとっていかに有害であるか、ということが書いてありました。

同書では、シリコンバレーがあれだけ栄えたのは競業避止義務が州法で禁止されているからだ、ということでした。

それ以来、私は競業避止義務に批判的なのですが、今回のセッションはそれに経済学的な裏付けがあるということがわかり、その意味でも実に有益でした。

それから、ウクライナ支持の私はいつも黄色と青のウクライナカラーのネクタイをしているのですが、Enforcers' Roundtableのときにウクライナ人の女性の弁護士が、それをみて声をかけてくれて、実に嬉しかったです。

がんばれ、ウクライナ!

2024年3月15日 (金)

『はじめて学ぶ景品表示法』(オレンジ本)の期間限定表示に関する解説の疑問

掲題の書籍のp66に、ハピリィに対する措置命令(3914)の解説の一部として、

「期間限定表示については、表示と実際のものとの間に乖離が生じるのは、表示された『期間限定』の期間が終了した後である。」

という記述があります。

でも、これはかなり問題のある解説だと思います。

結論からいえば、表示と実際の乖離は、「期間限定」の期間中に既に生じています。

例えば、同書で解説されているハピリィの事件では、通常38,700円のところが、

「対象期間:6月1日(月)~7月31日(金)」

に限って19,800円になる、と表示されていましたが、ここでの「表示」の意味をかみ砕いていうと、

5月31日以前(の最近相当期間)は38,700円であったけれど、6月1日から7月31日までに限って19,800円になり、8月1日以降は再び38,700円になる

という意味になるところ、「実際のもの」は、

5月31日以前(の最近相当期間)も19,800円であったし、6月1日から7月31日までも19,800円であったし、8月1日以降も19,800円であった

ということになり、上記「表示」の意味のうち、期間前(過去の実績)と期間後(将来の予定)の価格について、表示期間中(6月1日~7月31日)に、既に表示と実際の乖離が生じています。

決して、「『期間限定』の期間が終了した後」にだけ、乖離が生じているわけではありません。

また、もし同書のように考えると、不当表示の期間中には表示と実際の不一致が生じていないことになり、そもそも不当表示ではないということになりかねません。

この点は、「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示に対する執行方針」ではきちんと整理されていて、同指針第2(「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示について消費者庁が景品表示法を適用する際の考慮事項等」)の1(「景品表示法上の考え方」)では、

「事業者が自己の供給する商品等について、将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示を行うと、

当該表示を見た一般消費者は、通常、

比較対照価格とされた将来の販売価格に十分な根拠がある

すなわち、

セール期間経過後に、当該商品等が比較対照価格とされた価格で販売されることが予定されており、かつ、その予定のとおり販売されることが確実である

と認識すると考えられる。

したがって、事業者が、比較対照価格とされた将来の販売価格で販売する確実な予定を有していないにもかかわらず、

当該価格を比較対照価格とする二重価格表示を行うと、

このような消費者の認識と齟齬が生じ、景品表示法に違反する有利誤認表示となるおそれがある。」

とされています。

ここでは、表示の意味(=消費者の認識)は、「将来は確実に比較対照価格で販売される」ということであるのに、実際は、そのような確実な計画は(表示期間中において)なかった、という齟齬があるために有利誤認表示になるのだ、という考え方で一貫しています。

期間限定の期間後に表示どおりの価格で販売しなかった事実は、

「事業者が、・・・将来の販売価格で販売できない特段の事情が存在しないにもかかわらず、当該将来の販売価格で販売していない場合・・・には、通常、合理的かつ確実に実施される販売計画を有していなかったことが推認される」(第2,2⑴)

という形で、期間限定の期間後に表示どおりの比較対照価格で販売していなかったことは、表示期間中に「合理的かつ確実に実施される販売計画を有していなかったこと」の推認材料である、と位置付けることを明らかにしています。

つまり、どこまでも、不当表示は期間限定表示であり、不当表示期間は期間限定表示をした期間です。

当たり前です。

同書の解説はこの指針にも真っ向から反しており、ちょっと筆が滑ったというレベルではすまないのではないかと思います。

2024年3月14日 (木)

『はじめて学ぶ景品表示法』(オレンジ本)の有利誤認表示に関する解説の疑問

掲題書籍の61頁に、有利誤認表示(景表法5条2号)の解説として、

「『取引の相手方に著しく有利』というのは、取引条件自体は事実であっても『あなただけ』などと特定の相手方にだけ提供されるお得な条件であるかのように表示しているが、実際には、全員に対して同じ条件であった場合などを規制するためのものである。」

という記述があります。

でも、これはすごく誤解を招くのではないでしょうか。

これをぼーっと読むと、「取引の相手方」というのは実は「特定の相手方」という意味であり、「あなただけ」というのだけが有利誤認表示に該当すると勘違いされそうな気がします。

特に、同書が想定する、景表法を「はじめて学ぶ」読者にとってはそうだと思いますし、何を隠そう私も初めて読んだときはびっくりしました。

確かに、注意深く読むと、

「・・・場合など

と、「など」が入っているので、「あなただけ」は例示に過ぎない、ということが読み取れます。

でも、いくら例示で挙げるにしても、一般的な解説における例示はできるだけ典型例とすべきであって、「あなただけ」なんていうのは典型例でも何でもないと思います。

それに、文章の読みやすさという点からいえば、例示を表す「など」の前の部分(例示部分)は、短ければ短いほど誤解を招かなくていいです。

(「当該」の後ろが短ければ短いほど誤解を招かないのと同じです。)

ところが上記引用部分では、

「『取引の相手方に著しく有利』というのは、取引条件自体は事実であっても『あなただけ』などと特定の相手方にだけ提供されるお得な条件であるかのように表示しているが、実際には、全員に対して同じ条件であった場合などを規制するためのものである。」

のうち、実に、

「取引条件自体は事実であっても『あなただけ』などと特定の相手方にだけ提供されるお得な条件であるかのように表示しているが、実際には、全員に対して同じ条件であった場合」

が全部例示ということになって、たいへん読みにくいです。

しかも、上記解説部分は、「など」より前の例示部分を例示なので論理的には無意味と考えて削ると、

「『取引の相手方に著しく有利』というのは、・・・を規制するためのものである。」

となり、論理的には何も言っていないことになりかねません。

(「・・・」の部分を、「何らかの場合」と置き換えてみて下さい。)

さらに、有利誤認表示には、

①表示された取引条件自体が実際の取引条件と異なる場合と、

②表示された取引条件自体(例、価格5,000円)は実際の取引条件(5,000円)と一致するけれども、取引条件の有利さを基礎付ける事実(例、通常1万円のところ、今だけ5,000円)が実際(例、いつも5,000円)と異なる場合、

の2とおりがありますが、上記解説では①が想定されていない(∵「取引条件自体は事実であっても」とあるため)と読まれかねません。

ほかにも、同書の有利誤認表示の解説はやや疑問な(見方によっては、おもしろい)ことを言っていて、同じくp61には、

「『取引条件』〔注・景表法5条2号〕とは、商品または役務の内容以外のものを指す。」

と解説されています。

でも、「取引条件」と条文にはっきり書いてあるのに、「商品または役務の内容以外のもの」と読み替えるのは、さすがに無理ではないでしょうか。

優良誤認で商品の内容をカバーし、有利誤認で商品の内容以外のものをカバーすることで、不当表示をもれなくカバーしたい、という気持ちはわかりますが、条文の文言を無視するのはやりすぎだと思います。

それから、同じく61頁にで、「著しく有利である」というのを「ものすごくお得である」と言い換えています。

大事なので正確に引用すると、

「『著しく有利である』(ものすごくお得である)」

とあり、5条2号の文言を引用しつつ直後に括弧で「ものすごくお得である」と書いてあります。

この部分は「著しく有利」自体の解説の部分ではなくて、「価格その他の取引条件」に関する解説の一部なので、きっと筆が滑ったのでしょう。

けれども、こういう書き方をされては、例示でも典型例でもなくて、定義あるいは言い換えであると言わざるを得ません。

とすると、「ものすごくお得である」とは言えないくらいの、多少お得であるというくらいの表示なら、有利誤認には該当しないと誤解されかねません。

実際私も、「『著しく』に該当しないので不当表示にならないと言えませんかね?」というご相談をよく受けますが、事実と異なるけれど「著しく」に当たらないので大丈夫、と答えたことはほとんどありません。

消費者庁の方が書かれた書籍だけに、「『ものすごくお得である』とまでは誤認させていないので不当表示ではない」という主張が事業者側から出てこないか、ちょっと心配になります。

2024年3月13日 (水)

不実証広告ガイドラインの商品役務とは無関係の学術文献に関する記述とその担当官解説の疑問

不実証広告ガイドラインの第3(「「合理的な根拠」の判断基準」)の2(「提出資料が客観的に実証された内容のものであること」)の⑵(「専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献」)のアでは、

「ア 当該商品・サービス

又は

表示された効果、性能

に関連する分野を専門として実務、研究、調査等を行う専門家、専門家団体又は専門機関(以下「専門家等」という。)による

見解

又は

学術文献

を表示の裏付けとなる根拠として提出する場合、

その見解又は学術文献は、次のいずれかであれば、客観的に実証されたものと認められる。

① 専門家等が、

専門的知見に基づいて

当該商品・サービス表示された効果、性能について

客観的に評価した見解又は学術文献であって、

当該専門分野において一般的に認められているもの

② 専門家等が、

当該商品・サービスとは関わりなく

表示された効果、性能について

客観的に評価した

見解

又は

学術文献

であって、

当該専門分野において一般的に認められているもの」

とされています。

しかし、②は、何を言っているのか、今ひとつよく分かりません。

②は、①が「当該商品・サービス表示された効果、性能について 」、つまり、対象商品役務効果性能に関する見解や学術文献であることであることとの対比であることからすると、あるいは、「当該商品・サービスとは関わりなく」とされていることからすると、これをぼーっと読むと、②は商品とは無関係に効果性能に関して評価した見解や学術文献でも合理的根拠資料と認められる、と言っているように見えます。

たとえば、あるサプリメントが「ビタミンDはコロナに効く」と表示した場合、そのサプリメント自体のコロナ予防効果についての学術文献ではなく、そのサプリメントとは無関係の、ビタミンD一般のコロナ予防効果に関する論文が、②にあたりそうに読めます。

でもそうすると、山田養蜂場の事件(2022年9月9日措置命令)が、合理的根拠ありになりかねず、それはさすがにまずいでしょう。

そこで、①と②の文章をもう一度きちんと読んでみましょう。

①は、ここでの関心をもとに要約すれば、

当該商品効果について評価した学術文献

ということなので(いわば商品そのものを評価した学術文献)、まあ合理的根拠資料となるだろうなと納得できます(そんなものが世の中に存在するのかはさておき)。

これに対して、②は要約すると、

当該商品とは関わりなく、表示された効果について評価した文献

となり、ここで「表示された効果」というのが出てきます。

「表示された効果」というのは、言葉を補うと、「当該商品の広告で表示された効果」という意味でしょう。

たとえば、「コロナに効く!」という広告をするビタミンD入りサプリの場合なら、「当該商品の広告で表示された効果」というのは、「コロナに効く」という「効果」であり、合理的根拠資料と認められる学術論文とは、ビタミンDにコロナに効くという効果があるという学術論文、ということになります。

というわけで、文章をきちんと読んでも前述と同じ、受け容れがたい結論になってしまいます。

どうすればいいのでしょうか。

この点に関して、立案担当者解説(公正取引638号7頁)では、

「②の場合について、

提出された見解又は学術文献が

当該専門分野において一般的に認められているものであるとしても、

当該見解又は学術文献において客観的な評価の対象となった効果、性能が、

当該商品・サービスの効果・性能とは異なるものであるというケースが想定される。

この場合には、当該見解又は学術文献は、

当該商品・サービスの効果、性能について客観的に実証された内容のものとは認められないことはいうまでもない。」

とされています。

大事なところだけ要約しつつ言葉を補うと、

②の学術文献において客観的な評価の対象となった効果が、

当該商品の効果とは異なるものであるというケースでは、

当該学術文献は、〔合理的根拠資料〕とは認められない

となります。

しかし、これまた何が言いたいのか、私にはよくわかりません。

たとえば、ここでの「効果」を「コロナ予防効果」としてみましょう。

すると、上記の担当官解説要約は、

②の学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果が、

当該商品のコロナ予防効果とは異なるものであるというケースでは、

当該学術文献は、〔合理的根拠資料〕とは認められない

となります。

でも、

学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果

と、

当該商品のコロナ予防効果

が、

「異なる」

というのが、何を言っているのか、私には理解できません。

「学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果」も、「当該商品のコロナ予防効果」も、同じ「コロナ予防効果」なのではないでしょうか? (少なくとも担当官解説を論理的に読む限り)

もっと言えば、「②の学術文献」というのは、

「② 専門家等が、

当該商品・サービスとは関わりなく

表示された効果、性能について

客観的に評価した・・・学術文献〔以下省略〕」

であり、これを上記担当官解説要約に代入(かつ一部加工)すると、

専門家等が、当該サプリとは関わりなくコロナ予防効果について客観的に評価した学術文献において

客観的な評価の対象となったコロナ予防効果が、

当該商品のコロナ予防効果とは異なるものである場合、

当該学術文献は合理的根拠資料とは認められない

となります。

ここで、

「コロナ予防効果」≠「コロナ予防効果」

という式は論理的に成り立たない(矛盾)のではないか、というのが上述したところですが、これを何とか成り立たせようとするならば、「コロナ予防効果」と「コロナ予防効果」を比べるのではなく、

「学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果

「当該商品のコロナ予防効果

とを比べた上で、上記担当官解説は、

「学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果

「当該商品のコロナ予防効果

と異なる場合、つまり、

「学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果」≠「当該商品のコロナ予防効果

の場合には合理的根拠資料とは認めないと読むのだ、という読み方が考えられます。

しかし、こう読んでしまうのも問題です。

というのは、②の「学術文献」は、

「当該サプリとは関わりな〔い〕・・・学術文献」

ですから、そのような

「〔当該サプリとは関わりない〕学術文献において客観的な評価の対象となったコロナ予防効果」(たとえば、当該サプリとは直接関係ないけれど、当該サプリに含まれるところの、ビタミンD一般のコロナ予防効果)

が、

「当該サプリのコロナ予防効果

と異なるというのは、②からは(ほぼ)論理必然です(∵当該論文は当該サプリとは無関係なので)。

そうすると、担当官解説は、②から論理必然に導かれる命題が偽であることは「いうまでもない」といっていることになり、ひいては、②は常に偽である(矛盾)といっていることになるからです。

というわけで、担当官解説が正しいとするならば、②はほぼ空文である(ほぼ矛盾である)ということになりそうであり、実際、そのような結論が妥当だと思われます。

しかしそれでも、担当官解説が言っていることは理解不能です。

具体的には、

「当該見解又は学術文献において客観的な評価の対象となった効果、性能が、

当該商品・サービスの効果・性能とは異なるものであるというケース」

というのが、どのような「ケース」を「想定」しているのかがわかりません。

このケースにあてはまるものとして、たとえば、「当該見解又は学術文献において客観的な評価の対象となった効果、性能」というのが、亜鉛がコロナに効くとする学術文献であり、「当該商品」には亜鉛は含まれずビタミンDだけが含まれていた、というケースが、理屈の上ではありえます。

しかし、そんなケースが合理的根拠資料にならないのは当たり前すぎるくらい当たり前です。

そうすると、このような、亜鉛≠ビタミンDみたいなケースだけが合理的根拠資料にならないことが「いうまでもない」といわれても、「だからどうした」(So what?)という感じで、②を否定していることにはほとんどならないと思われます。

そうすると、担当官解説のいう、

「当該見解又は学術文献において客観的な評価の対象となった効果、性能が、

当該商品・サービスの効果・性能とは異なるものであるというケース」

としてほかにどのようなものが考えられるのかというと、当該学術文献が、男性を被験者としたところビタミンDがコロナに効くことがわかったという学術文献なのに、男女を問わず効くかのように表示した、というケースでしょうか。

しかし、それを言い出すと、学術文献ではイタリア人を被験者にしたのに、それをこの商品は日本人にも効くかのような表示をしたら不当表示になるといってしまっていいのか、という別の問題が出てくるように思います。

たぶん上記担当官解説が言いたいのは、仮にビタミンDにコロナが効くという学術文献があっても、それをもってビタミンDを含有するサプリがコロナに効くということにはならないのだ、ということなのだろうと思われますが、それを、

「当該見解又は学術文献において客観的な評価の対象となった効果、性能が、

当該商品・サービスの効果・性能とは異なるものであるというケース」

という形にまとめてしまったのが間違いだった(言いたいことと言ったことが噛み合っていない)、ということなのだろうと思います。

(そもそも、不実証広告ガイドラインが、合理的根拠と、表示と根拠の適切な対応という2段階に分けたことに問題の根っこがある(本来は表示に根拠があるかの1段階で判断すべき)のですが、この点についてはまた改めて論じたいと思います。)

しかも、

仮にビタミンDにコロナが効くという学術文献があっても、それをもってビタミンDを含有するサプリがコロナに効くということにはならないのだ

と言ってしまうと、②を正面から否定することになりかねません(私は否定してもいいと思いますし、消費者庁の実務では実際否定していますが)。

「性能」と「性能」を比べる論理構造なら、論理的には、結論は両者が同じか違うかの二択しかなく、上記担当官解説の、

「効果・・・が・・・効果とは異なる」

という記述はまさにそのような論理構造になっているわけですが、そのような論理構造に乗せて説明しようとしたのがそもそも間違いだった、ということなのだろうと思います。

あるいは、「異なる」という言葉にいろいろな意味を込めようとしすぎなのだと思います。

というわけで、②は担当官解説ですら上手く説明できていないし、②が合理的根拠資料になる場合が想定できないので、無視するほかない(①で行くしかない)と思います。

②に依拠して広告した事業者が不当表示で措置命令を受けて取消訴訟で争って、「だってガイドラインでも②はOKっていっているじゃないか。」と主張しても、おそらく裁判所には無視されるだけだと思われます。

2024年2月23日 (金)

キャンペーンを繰り返した場合の課徴金について(ファクトリージャパン)

カラダファクトリーの屋号で整体サロンを経営するファクトリージャパンに対して、2020年3月18日に、392万円の課徴金支払いを命じる課徴金納付命令が出ています。

この事件は、いわゆるキャンペーンの繰り返しに対して措置命令が出ていた事件ですが、キャンペーンの繰り返しをした場合の課徴金額算定という観点からは、ちょっと興味深い内容になっています。

すなわち、命令書を読むと、

①2018年1月1日から2月28日までの間に、”今なら通常8,964円が3,980円”といった趣旨の表示をした行為

②2018年3月1日から4月30日までの間に、同様の表示をした行為

が、課徴金の対象になっています。

そして、同じく命令書では、

①の行為の期間中の売上額は62,714,800円、課徴金額は1,880,000円

②の行為の期間中の売上額は68,311,900円、課徴金額は2,040,000円

と認定されています。

ここでまず気になるのが、どうして課徴金の対象になったのが①と②の行為だけなのか、ということです。

というのは、措置命令では、これ以外にも、2016年6月あたりから連続して、同じようなキャンペーンの繰り返し行為を何回も続けていたことが認定されていたからです。

どうしてそれらの行為が課徴金の対象にならず、上記①②だけが対象になったのかを想像してみると、おそらく、①②の行為以外は売上額が課徴金の裾切額である5,000万円に届かなかったからではないか、と思われます。

というのは、①②の期間の売上は、いずれも6,000万円台で、そうすると、この整体サロンの1カ月間の売上は3,000万円少々だったのではないか、ということがうかがわれるからです。

つまり、1か月ごとにキャンペーンをさんざん繰り返していた時期は、1か月の売上が5,000万円に届かなかったので課徴金の対象にならず、上記①②の行為だけは2か月単位のキャンペーンの表示だったので売上額が裾切額を超えてしまった、ということのようです。

この課徴金納付命令の考え方だと、さんざん繰り返していた時期の違反行為は課徴金の対象にならず、たった1回繰り返した行為だけが対象になるということになり、いかにもバランスが悪いような気がします。

何より、同じキャンペーンを繰り返す場合には1回のキャンペーン中の売上額が5,000万円を超えないようにキャンペーン期間を短めに設定しておけば何回繰り返しても課徴金は免れる、ということになってしまい、なんだかなぁ、という感じがします。

でも、課徴金は法律の規定に従って形式的に算定されるものなので、仕方ありません。

このような結論になる前提として、キャンペーンの繰り返しをした場合には、毎回の表示は別の表示行為だ、ということが当然の前提になっています。

なぜそうなるのかというと、キャンペーンの期間が異なるからです。

上記①では、「1月1日から2月28日まで」となっており、上記②では「3月1日から4月30日まで」となっているので、①②は異なる期間に提供される異なる役務だ、ということです。

この考え方は、課徴金ガイドライン(「不当景品類及び不当表示防止法第8条(課徴金納付命令の基本的要件)に関する考え方」)にも表れていて、同ガイドライン第4、2⑴では、

「(1) 全国(又は特定地域)において供給する商品又は役務であっても、

具体的な表示の内容や実際に優良・有利誤認表示をした地域といった事情から、

一部の地域や店舗において供給した当該商品又は役務が「課徴金対象行為に係る商品又は役務」となることがある。」

とされていて、そこでの「想定例」として、

「② 事業者Bが、自ら東京都内で運営する10 店舗において振り袖bを一般消費者に販売しているところ、

平成30 年9月1日から同年11 月30 日までの間、東京都内で配布したチラシにおいて、

当該振り袖について

○○店、××店、△△店限定セール実施!通常価格50 万円がセール価格20 万円!」(○○店、××店、△△店は東京都内にある店舗)等

と記載することにより、

あたかも、実売価格が「通常価格」と記載した価格に比して安いかのように表示をしていたものの、

実際には、「通常価格」と記載した価格は、事業者Bが任意に設定した架空の価格であって、○○店、××店、△△店において販売された実績のないものであった事案」

という例では、

「事業者Bの課徴金対象行為に係る商品は、事業者Bが東京都内の○○店、××店、△△店において販売する当該振り袖となる。」

とされています。

つまり、表示自体で店舗を限定していれば、当該店舗での売上だけが課徴金の対象になる、ということです。

ガイドライン本文の、

「(1) 全国(又は特定地域)において供給する商品又は役務であっても、

具体的な表示の内容・・・から、

一部の地域や店舗において供給した当該商品又は役務が「課徴金対象行為に係る商品又は役務」となることがある。」

のほうでいえば、

「(1) 常時供給する役務であっても、

表示されている役務提供期間・・・から、

一部の期間において供給した当該役務が「課徴金対象行為に係る商品又は役務」となることがある。」

ということになる、ということでしょう。

つまり、

①の表示は「2018年1月1日から2月28日までの間」の役務が対象になっているのでその期間に提供された役務だけが課徴金対象役務であり、

②の表示は「2018年3月1日から4月30日までの間」の役務が対象になっているのでその期間に提供された役務だけが課徴金対象役務である、

ということです。

同じキャンペーンの繰り返しでも、表示としては別々で、行為としても別々だ、ということですね。

ほかにもこの課徴金納付命令はいろいろと興味深くて、この命令では、②の行為のあと、2018年5月1日から31日までの間キャンペーンが行われていたことをもってして、②の行為にも課徴金がかかっています。

(ちなみに、2018年5月1日から31日もキャンペーンを行っていたということは、宣伝もしないでキャンペーンをすることはあり得ないですから、当然、5月1日から31日も同様の表示をしていたはずですが、それは違反行為にはなっていません。きっと、キャンペーンを延長せず5月31日で終わったからでしょう。措置命令を見ても、6月はキャンペーンがなかったようです。ですが、7月と8月には、1か月ずつキャンペーンを行っていたようです。)

つまり、1回の延長でも課徴金がかかる、ということです。

(①の行為は、2回延長されていることになります。)

さらに、前記のとおり1回のキャンペーン中の売上が裾切額未満なら課徴金がかからないことの裏返し(?)として、1回あたりのキャンペーン期間を長く設定すると、延長した場合には、その期間全体の売上に課徴金がかかってきます。

たとえば、キャンペーン期間を6か月とすると、これを繰り返したら、6か月分の売上に丸々課徴金がかかってくる、ということになります。

さらに、本件では延長は1か月でしたが、1か月でなければ課徴金がかからないという理由はありません。

したがって、たとえば、1日だけ延長しても、課徴金がかかるおそれがあります。

なので、最悪の場合、キャンペーン期間を6か月に設定していて、何かの手違いで1日だけキャンペーン価格で商品役務を提供してしまったりすると、6か月の売上に丸々課徴金がかかる、ということになります。

(もちろん、それくらいの手違いは、消費者庁も大目に見てくれるとは思いますが。)

考えられる反論として、

「1日延びたくらいでは、キャンペーン期間中に購入した人も、それほど損をしたとは思わないのではないか」

とか、

「特に6か月のキャンペーンの最初のほうに購入した人は、1日延びたって何も感じないのではないか」

とか、いろいろ考えられますが、不当表示に当たらないとはなかなか言いにくいように思います。

ただし、本当に「何かの手違いで」間違って1日延長してしまっただけなら、そもそも不当表示にはあたらない、という理屈も充分ありうると思われます。

というのは、ある意味で当然のことなのですが、キャンペーンの繰り返しの場合でも、違反になる表示は、その違反行為の時点で違反であることが確定するのであり、現に繰り返した時点ではじめて違反になるのではないからです。

このことは、将来価格ガイドライン(「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示に対する執行方針」)にも表れていて、同ガイドライン第2の1では、

「事業者が自己の供給する商品等について、将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示を行うと、

当該表示を見た一般消費者は、通常、

比較対照価格とされた将来の販売価格に十分な根拠がある

すなわち、

セール期間経過後に、当該商品等が比較対照価格とされた価格で販売されることが予定されており、かつ、その予定のとおり販売されることが確実である

と認識すると考えられる。

したがって、事業者が、比較対照価格とされた将来の販売価格で販売する確実な予定を有していないにもかかわらず、

当該価格を比較対照価格とする二重価格表示を行うと、

このような消費者の認識と齟齬が生じ、

景品表示法に違反する有利誤認表示となるおそれがある。」

とされています。

つまり、表示の時点で、キャンペーン終了後には表示していた将来価格で販売する「確実な予定」があったかどうかが問題なわけです。

実際に、表示していた将来価格で販売したかどうかは、あくまで、そのような「確実な予定」の存在(または不存在)を立証する間接事実でしかありません。

この理屈は、将来価格の二重価格表示だけではなく、広くキャンペーンの繰り返しにも当てはまると考えられます。

ちなみに、この事件については公正取引843号に担当官解説がありますが、以上で述べたようなことはなにも書いてありません。

せっかく興味深い論点がてんこ盛りで、こんなに面白い事件だったのですから、もっといろいろ書いたら良かったのに、と思います。

2024年2月 1日 (木)

手形で下請代金を支払う場合の割引料の上乗せについて(続々・パートナーシップ構築宣言の落とし穴)

下請振興基準第4、4⑶では、

「⑶ 約束手形・・・により下請代金を支払う場合には、

当該手形等の現金化に係る割引料等のコストについて、下請事業者の負担とすることのないよう

当該コストを勘案した下請代金の額を、親事業者及び下請事業者双方で十分に協議して決定するものとする。

当該協議を行う際、親事業者及び下請事業者双方が、手形等の現金化に係る割引料等のコストについて具体的に検討できるよう、

親事業者は、

〔①〕支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額並びに

〔②〕支払期日に手形等により支払う場合の下請代金の額及び

〔③〕当該手形等の現金化に係る割引料等のコスト

を示すものとする。」

とされています。

つまり、下請代金を手形で支払う場合には、割引料を下請事業者に負担させることは許されず、割引料相当額を手形券面額に上乗せしなさい、ということです。

例えば、100万円の発注をする場合、もし100万円の手形を割り引くのに5万円の割引料がかかるとすると、手形で支払う場合には105万円の手形を振り出さないといけない、ということです。

特に、パートナーシップ構築宣言をしている企業は振興基準を守る義務がありますから、そのようにしましょう。

そして、振興基準のこの部分に対する実質的な解説に該当するのが、中小企業庁ウェブサイトの

FAQ『下請代金の支払手段について』

です。

同FAQのQ4では、

「Q4:親事業者は、割引料等のコストを勘案した下請代金の額を協議する際、

〔①〕現金により支払う場合の下請代金の額等を示す必要があるとのことですが、

いつ、どのように示せばよいのか教えてください。」

との質問に対して、

「下請事業者と支払手段や下請代金の額を協議するに当たって、

例えば下請事業者に見積依頼を行う際に、〔②〕手形等により支払う場合の額に加えて、

〔①〕現金により支払う場合の額や

〔③〕手形等の現金化にかかる割引料等のコストの額

についても合わせて報告するよう求めて、

その報告に基づいて親事業者から下請事業者に対し現金により支払う場合の額等を示すことが考えられます。」

と回答されています。

つまり、下請事業者に決めさせるのが1つの方法だ、というわけです。

例えば、下請事業者が、

①現金で支払う場合の見積額は、100万円

②手形で支払う場合の見積額は、105万円

③割引料は、5万円

と報告してきたら、②=①+③ですから、わかりやすいでしょう。

Q7で言及されている中企庁の「手形で下請代金を支払う場合の注文書の書式例」でも、

「代金(円)」(=手形の券面額〔②〕)

の欄に、

「うち割引料相当分(円)」〔③〕

と記載することを想定しており、上記の例では、

「代金(円) 105万円」

「うち割引料相当分(円) 5万円」

と記載することになると思われます。

ですが、もし、下請事業者が、

①現金で支払う場合の見積額は、100万円

②手形で支払う場合の見積額は、103万円

③割引料は、5万円

と報告してきたら、どうすればいいのでしょうか。

手形の金額は、見積書どおり、103万円とすればよいのでしょうか。

それとも、現金の見積額に割引料5万円を足した、105万円としなければならないのでしょうか。

この点については、振興基準の考え方は、あくまで、

「手形等の現金化に係る割引料等のコストについて、下請事業者の負担とすることのないよう

にしなければならない、ということなので、割引料5万円は親事業者が負担なければならず、手形金額は105万円とするのが正しいと考えられます。

「下請事業者が手形の場合103万円でいいといっているのに105万円支払うなんておかしいじゃないか」という意見もあるかもしれませんが、振興基準は法律でもガイドラインでもなく、下請事業者保護のための基準ですから、それでよいのです。

パートナーシップ構築宣言をしている企業は、自ら進んで宣言しているのですから自業自得であり、やはり、それでよいのです。

ただし、下請事業者に現金払いの場合の金額や割引料を報告させるというQ4の考え方はあくまで一例に過ぎず、ほかの方法がないわけではありません。

実際、Q5では、

「Q5:下請事業者の割引料等のコストについては把握していませんが、その場合はどのように対応したらよいか教えてください。」

という質問に対して、

「一例として、実際に下請事業者が近時に割引をした場合の割引料等(率)の実績等を聞くなどした上で、

一般に合理的と考えられる割引料等を協議し、

手形等により支払う場合は、当該割引料等を勘案し下請代金の額を協議することが考えられます。」

と回答されています。

つまり、当事者で協議して「一般に合理的と考えられる割引料」を合意すればいい、ということです。

なお念のためですが、親事業者は、

「〔①〕支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額」

を示さなければならないとされていますが、これを示したからといって、本当に現金で支払わなければならないわけではありません。

発注書に支払方法は手形と書いてあれば、あくまで手形で支払えばよいのです。

この点、Q7では、「〔①〕支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額」を発注書に記載することが勧められていますが、もし記載したとしても、現金で支払わなければならないわけではありません。

Q7の回答でも、

「手形等により支払う下請代金の額に併記する・・・場合は、下請事業者に、支払期日に支払われる下請代金の支払手段が手形等であることが明確に伝わるように記載する必要があります。」

とされており、仮に現金払いの場合の金額を発注書に書いても、支払方法が手形であると発注書に明記されていれば(支払方法は3条書面の必要的記載事項です。下請法3条)、手形で支払えばよいことがわかります。

では、手形で支払うにもかかわらず示される「〔①〕支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額」というのは一体何なのか、といえば、下請事業者に割引料を負担させていないかどうかを判断するため、あるいは、下請事業者が手形払いによる不利益を判断できるための、参考に過ぎない、ということです。

1つ、この「〔①〕支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額」に法的な意味があるとすれば、下請事業者が現金払いを希望してそれに応じる場合には、この①の金額で支払っても減額にはならない、という点です。

このことは、Q9で、

「Q9:手形により下請代金を支払うに当たり、現金により支払う場合の下請代金の額も発注書面に記載していた場合は、下請事業者の希望による現金払への変更において、発注書面に記載していた現金により支払う場合の下請代金の額を支払うことは下請法上問題となるのでしょうか。」

という質問に対して、

「手形により下請代金を支払うに当たり、あらかじめ親事業者が下請事業者と十分協議して合意の上で定めた(1)現金により支払う場合の下請代金の額、(2)手形により支払う場合の下請代金の額、(3)当該手形の現金化にかかる割引料相当分を発注書面に記載していた場合は、下請事業者の希望により現金で支払う際に、当該発注書面に記載した現金により支払う場合の下請代金の額を支払うことは下請法の「減額」に該当しません。」

と回答されていることからわかります。

これに対して、もし3条書面に「〔①〕支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額」を記載しなかった場合にはどうなるのかというと、Q9の回答後半では、

「なお、発注書面において、手形により支払う場合の下請代金の額しか記載していないなど、

現金により支払う場合の下請代金の額及び当該手形の現金化にかかる割引料相当分もあらかじめ合意の上定めていたとは認められない場合には、

下請事業者の希望により一時的に現金で支払う際に、自社の短期調達金利相当額を超える額を差し引くことは下請法の「減額」に該当します。」

と回答されています。

つまり、

3条書面に現金払いの場合の下請代金額が記載されていなくても、あらかじめ現金払いの場合の下請代金額と割引料相当額が合意されていれば、かかる合意に従った現金払いの金額を支払えば減額にはならず、

かかる合意がなければ、発注者の短期調達金利相当額の範囲内で差し引くのは減額にならない、

ということです。

逆に言うと、3条書面に現金払いの場合の下請代金額を書くメリットは、下請事業者の希望で現金払いに切り替える場合に、発注者の短期調達金利相当額を超えて差し引いてもよいという点にある、といえます。

こういう大事なことをFAQですましてしまうのはいかがなものかと思いますが、令和3年3月31日の通達(「下請代金の支払手段について」下請法テキスト資料8)は通達に過ぎないので法的拘束力はなく、振興基準はたんなる基準であって法的拘束力はなく、パートナーシップ構築宣言をして自ら振興基準に縛られることを選択した発注者は自業自得なのですから、やはり問題ない、ということなのだろうと思います。

2024年1月21日 (日)

スタートアップガイドラインに対するいくつかの疑問

「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(令和4年3月31日)に対するいくつかの疑問点を指摘しておきます。

まず、事例29(28頁)では、

「〔スタートアップである〕c社は、

連携事業者との協業において、

営業秘密である販売先の情報を提供させられたが、

連携事業者は、情報を一切開示しなかった。」

というのが、濫用にあたりうるとされています。

これが、なぜ濫用になるのでしょう? 不思議です。

まず、「営業秘密」であるからというだけでこれを開示させるのが濫用だとすると、協業に必要な営業秘密の開示も求められなくなり、協業が成り立ちません。

事例29には、この肝心の、協業のための必要性についての記述がまったくありません。

むしろ、協業に必要ない営業秘密なら、それだけで(=連携事業者が開示するか否かにかかわらず)濫用にあたる可能性が濃厚ですから、協業に必要な営業秘密であることを前提にしていると読むのが自然でしょう。

でもそうすると、「自分は出したのに相手は出さないのはずるい」という、"対等の精神"だけが濫用の根拠になり、根拠として弱すぎます。

ちなみにその直前の一般論の部分(p27)では、

「取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、

顧客情報が事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、

その対価がスタートアップへの当該顧客情報に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、

取引の相手方であるスタートアップに対し、

顧客情報の無償提供等を要請する場合であって、

当該スタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、

優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。」

とされています。

これもちょっと回りくどくてわかりにくいですが、要するに、

必要不可欠な営業秘密なら開示を求められるけれど、正当な対価の支払いが必要

ということのようです。

これと併せて読むと、事例29は、この「正当な対価」が、連携事業者から開示される情報である、という趣旨であるようにも読めます(はっきりしませんが)。

でも、典型例であるべきこの種の事例に、情報と情報の価値の対等性というような、ほとんど立証不可能な例を持ってくるのは、いかがなものでしょう?

いずれにせよ、この手の事例は事例を読んだだけで納得感があることが大切であり、その前の一般論と併せ読んでもモヤモヤが残るというのは、ガイドラインとしてよろしくないと思います。

次に、「⑶ 損害賠償責任の一方的負担」について、31頁では、

「取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、

損害賠償責任が事業連携においてスタートアップが負うべきものであって、

その損害賠償責任に応じたリスクがスタートアップへの支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、

取引の相手方であるスタートアップに対し、

事業連携の成果に基づく商品・役務の損害賠償責任の一方的な負担を要請する場合であって、

当該スタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。」

とされていますが、それに続いて記載されている違反事例である事例34では、

「〔スタートアップの〕h社は、

連携事業者から、

h社が開発し、連携事業者に納品したシステムを搭載している製品に不具合があった場合には、

当該システムに起因するか否かにかかわらず

製品の損害賠償責任は全てh社にあり、連携事業者は責任を一切負わないと一方的に取り決められた。」

とされていて、一般論と事例が噛み合っていません。

つまり、事例34では、事業連携の成果であるシステムとは関係のないものに基づく損害賠償責任までスタートアップに負わせるというかなり無茶苦茶なものであり、濫用と言われても仕方ありません。

ですが一般論のほうは、スタートアップが負うべき責任を一方的にスタートアップに負わせることが濫用になる、といっており、これを濫用というのはかなり無理があります。

どうしてこんな食い違いが生じてしまったのか、不思議でなりません。

論理的には、事例はあくまで事例であり、おそらく一般論のほうが優先するのでしょう。

そうすると、ガイドラインは連携企業にとって厳しすぎると言わざるを得ません。

その厳しさを裏付けているのが、それに続く事例36で、そこでは、

「〔スタートアップの〕j社は、

連携事業者から

取引金額の数倍から数十倍の損害賠償責任を負わされた。」

というのが濫用にあたりうるとされています。

でも、損害が取引額の数倍から数十倍になることなんて、いくらでもありうるでしょう。

相手がスタートアップだというだけの理由で、それを請求したら濫用だというのは、あまりに乱暴です。

(実損害の数倍とかなら、公序良俗違反でしょうけれど。)

公取委は、もうちょっと民法の常識を勉強した方がいいと思います。

2023年12月28日 (木)

過去に取引をした者を対象に⾏う企画に関する消費者庁Q&A10番に対する疑問(旧13番)

消費者庁ウェブサイトの景品類Q&Aの10番(「過去に取引をした者を対象に⾏う企画」)では、

「Q10 当店では「お客様感謝デー」として、昨年1年間に、当店で合計10万円以上購⼊してくれた顧客を対象に、抽選で景品を提供する企画を実施しようと考えています。この場合、取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。

なお、当店で通常販売している商品等のうち最も安いものは100円です。」

との設問に対して、

「A 取引を条件としない場合であっても、経済上の利益の提供が、取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるときは、「取引に付随」する提供に当たります。

過去に取引をしたことのある顧客に対して景品類を提供する場合は、原則として、景品企画を告知した後の取引につながる蓋然性が⾼いことから、取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるものとして、告知をした後に発⽣し得る今後の取引に付随する提供にあたると認められます。

したがって、取引の価額は、景品企画を告知した後に発⽣し得る通常の取引のうち最低のものとなり、過去の購⼊額を取引の価額とすることはできません。

本件は、このお店で通常販売している商品等のうち最も安いものが100円ですので、取引の価額は100円となります。

(参照)

「景品類等の指定の告⽰の運⽤基準について」(昭和52年事務局⻑通達第7号)1(2)、4

「『懸賞による景品類の提供に関する事項の制限』の運⽤基準」(平成24年消費者庁⻑官通達第1号)5(1)

「『⼀般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限』の運⽤基準について」(昭和52年事務局⻑通達第6号)1(2)」

との回答がなされています。

ですが、私はこの回答は取引附随性の認定を誤っており、間違いだと思います。

これは、改訂前の旧13番と比べてみるとよくわかります。

旧13番では、

「Q13 昨年1年間に,当店で10万円分以上の商品を購入してくれたお客様を対象として,今後の取引を期待して「お客様感謝デー」を実施し,来店してくれたお客様にもれなく景品を提供する旨をダイレクトメールで告知しようと考えています。

この場合,取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。」

との設問に対して、

「A 既存の顧客に対して景品類を提供する場合の取引の価額については,原則として,当該企画が,同企画を告知した後の取引を期待して行われるものであると認められることから,取引の価額は,当該企画を告知した後に発生する通常の取引のうち最低のものということになり,過去の購入額を取引の価額とすることはできません。  

御質問のケースは,来店を条件として景品類を提供するものと認められますので,取引の価額は100円又は当該店舗において通常行われる取引の価額のうち最低のものとなり,提供できる景品類の価額は取引の価額に応じたものとなります。

(参照)
「景品類等の指定の告示の運用基準」(昭和52年事務局長通達第7号)1(2)」

との回答がなされていました。

つまり、旧13番の企画は、来店を条件とするものであることが明示されており、だからこそ、告知後の取引との取引附随性が認められる、という理屈でした。

これに対して、現10番の企画は、どこにも来店を条件とするとは書かれていません。

(「お客様感謝デー」という響きがスーパーの企画っぽくって、来店を匂わせないではないですが、最近はネットショップの「お客様感謝デー」もふつうにあるでしょうし、書いてないものはないものだと扱うのが当然でしょう。)

なので、現10番においては、取引附随性が認められる要素がありません。

現10番の回答では、それでも取引附随性が認められる理由として、

「過去に取引をしたことのある顧客に対して景品類を提供する場合は、

原則として、景品企画を告知した後の取引につながる蓋然性が⾼いことから、

取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるものとして、

告知をした後に発⽣し得る今後の取引に付随する提供にあたると認められます。」

という説明がなされていますが、この手の企画で「取引につながる蓋然性が高い」などとは到底言えないと思われます。

もしこの手の企画で「取引につながる蓋然性が高い」といえるなら、そんな楽な商売はありません。

もう少しちゃんと説明しますと、「取引につながる蓋然性」を議論する場合には、その経済上の利益(≒景品)の提供があることによって、提供がない場合に比べてどれくらい取引の蓋然性が上がるのかを考えないといけません。

この点、10番の回答は、「過去に取引をしたことのある顧客」であることによる、将来の取引をする蓋然性と、景品を提供することによる、将来の取引をする蓋然性とを、混同しています。

例えば、去年このお店で10万円以上の買物をした人が1000人いたとして、そのうち、この企画がなくても今年このお店で何らかの買物をするであろう人が600人いるとします。

(なお、イメージとしては、スポーツジムのような継続的取引ではなく、単発(かつ複数)の取引を念頭におくほうが、分析にノイズが入らなくてよいと思います。)

このような場合に、景品が「取引につながる蓋然性が高い」といえるためには、当該企画がなければ取引をしなかったであろう400人のうちの相当数(=「蓋然性が高い」と評価できるほどの数)が、取引をするといえなければなりません。

しかし、実際には、この手の企画で囲い込める(10万円以上の取引をしてくれる)顧客の数は、400人のうち1割(=40人)でもいれば大成功、といったところが相場ではないかと思われます。

(1円以上10万円未満の取引をする人は、分析が複雑になるので無視します。それでも、問題の本質には関係ないでしょう。)

というのは、400人の人が10万円の取引をしてくれるとしたら、粗利が5割として、2000万円の増益になるからです。

Q10の企画は抽選(懸賞)ですから、ふつうは賞品をもらえない人のほうが多いはずであり、なおさら顧客を囲い込む効果は小さいと思われます。

(懸賞か総付かで取引附随性の解釈が変わるわけではないので、この点は問題の本質ではありませんが。)

もし3割(=120人)もいたら、ほとんど奇蹟でしょう。

なぜそのように言えるのかというと、どんなに高額の景品をもらっても、400人の大半は、(懸賞であれ総付であれ)「もらい逃げ」をするのが合理的なはずだからです。

(なので、この手の企画では、景品の額も総付ではそんなに高額にはならないか、懸賞なら当選確率が低くなるか、のいずれかでしょう。)

まして、Q10の企画は懸賞が前提ですから、外れた人はなおさら、企画を理由に取引を続ける理由がありません。

当たった人だって、当たったことを恩義に感じて取引を継続するという殊勝な(あるいは、効用を最大化しないという意味で不合理な)人でもないかぎり、企画ゆえに取引を継続するということはないはずです。

「今回こういう企画があったのだから、来年も同じ企画があるだろう。」と期待して取引を継続するということは、理屈の上ではなくはないですが(それでも、そんな人は400人中2割もいないでしょうが)、Q10ではそのような同種企画の常態化をうかがわせる事情はありませんので、そのような常態化はないという前提で分析すべきでしょう。

このように、1000人の顧客のうち40人(=400人×0.1)にも満たない(それでも企画としては異例の大成功)人が、この企画ゆえに取引をしたに過ぎないのを、「取引につながる蓋然性が高い」と評価するのは、どう考えてもおかしいですし、定義告示運用基準の他の取引附随性の例(ラベルでの告知、入店者、取引勧誘)と比べても、まったく異質です。

ラベルで抽選企画の告知をした場合(定義告示4⑵ア)、その企画に参加したい人は、ふつうはその商品を買うでしょう(企画の内容をメモだけして買わない人は、少数派でしょう)。

購入するとクイズへの解答が容易になる場合(定義告示4⑵イ)も、応募するなら、がんばってクイズの解答を調べるより、その商品を買ってしまったほうが早いと考える人のほうが多数でしょう。

入店者(定義告示4⑵ウ)についても、お店まで来ない人に比べれば、購入する確率はぐっと上がるでしょう。

取引の勧誘(たんなる広告を超える積極的な勧誘)にあたって提供する場合(定義告示4⑶)も、勧誘を伴わない場合に比べれば、商品購入の可能性は相当上がると思われます。

少なくとも、景品をもらい逃げ(勧誘を受けて、景品だけもらって、商品は買わない)する罪悪感は、Q10の場合に比べれば、はるかに高く、景品をもらった人のかなりの割合が購入するでしょう。(もちろん、景品ももらわないし、商品も買わない、という人が一番多いのでしょうけれど。)

もしQ10のようなレベルで「取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われる」ものとして取引附随性が認められてしまうと、取引誘引性以外に取引附随性を要求した意味がなくなります。

どうも最近の消費者庁は、取引誘引性と取引附随性を混同しているフシがあり、困ったものです。

もちろん、今まで取引をしたことがない人に対して同様の企画をした場合に比べれば、去年取引をした人に対してしたほうが、「取引につながる蓋然性が(相対的に)高い」とは言えるかも知れません。

例えば、今まで取引をしたことのない人1000人に同様の企画を行っても、今年10万円以上の取引をしてくれる人は10人もいない(よって、既存顧客に絞った場合の40人と比べてかなり少ない)かもしれません。

しかし、このように「アットランダムにやれば10人のところ、既存顧客に絞ったので40人に増えたのだから、『取引につながる蓋然性が高い』と言えるのだ」という理屈は、前述のとおり、完全に誤りです。

(10番の回答は、このような誤りを犯している可能性が濃厚です。)

百歩譲って取引附随性を認めるとしても、取引の価額が100円となる根拠が全く不明です。

このようなケースにおける取引の価額については、懸賞運用基準やそれが準用する総付運用基準には規定がありません。

なので、この100円というのは、完全に、旧13番の来店者の場合に引きずられただけだと考えざるを得ません。

あるいは、取引を条件とするけれども額は問わない場合の取引の価額は原則100円(総付の場合、総付運用基準1⑵)なのに、Q10のように取引を条件としない(Q10の立場ですら、蓋然性が高いだけ)場合の取引の価額が100円だというのも、いかにもバランスが悪いです。

そこで、運用基準にはないけれどいくらと考えるのが妥当か、かなり無理矢理考えてみると、過去10万円以上の取引をした人を対象にしているのですから、「また10万円の取引をしたら来年も同じような懸賞があるかも。」と期待するということで、せめて10万円でしょう。

10万円購入しないと参加できない企画で、なぜ100円の取引が誘引されるのか、理解できません。

あるいは、懸賞運用基準5⑴で準用する総付運用基準1⑴の、

「(1) 購入者を対象とし、購入額に応じて景品類を提供する場合は、当該購入額を「取引の価額」とする。」

における「購入者」を、過去の購入者も含むと無理矢理読み替えて(換骨奪胎して)、10万円だ、というのなら、まだ条文の根拠はあるといえなくもありません(そんな読み替えをしても過去の取引に取引附随性が生じるわけはないので、いずれにせよかなり無理矢理ですが)。

というわけで、10番は誤りですから、実務上は無視して差し支えないと思われます。

2023年12月18日 (月)

ふるさと納税のポイント還元に景品規制は適用されるか(2023年12月8日付朝日新聞デジタル記事について)

2023年12月8日付の朝日新聞デジタルに、

ポイント、⾦券…ふるさと納税、「おまけ」乱発 寄付なら許される︖

という有料記事があり、その中で寄附額の30%ものポイント還元をする大手ふるさと納税仲介サイトのキャンペーンが景表法の20%までという総付規制の上限に違反するのではないか、という問題が指摘されています。

そして、寄附は「取引」にあたらないので景表法に違反しないと考えているという仲介サイトのコメントが紹介された後、

「⼀⽅、景表法を所管する消費者庁の⾒⽅は異なる。

担当者は「個々のケースを⾒ないといけない」としたうえで「寄付額を取引価額として考え、ポイントなどの付与は寄付の2割以下を基準とするという考え⽅は⼗分ありうる」と話し、規制対象にもなりうるとの⾒⽅を⽰した。」

という消費者庁担当者のコメントが紹介されています。

しかし、この消費者庁担当者の考え方は、明らかに間違いです。

理由を一言で言えば、無償行為である寄附は「取引」(景表法2条3項)に該当しないからです。(百歩譲って無償行為も「取引」に当たるという前提に立っても、今度は返礼品は「商品」(景表法2条3項)に該当しなくなり、かつ、ふるさと納税において「商品」にあたりそうなものはほかにないので、いずれにせよポイントは景品類には該当しません。)

つまり、「景品類」は、景表法2条3項で、

 この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。」

というように定義されています。

そして、景表法には、「取引」(景表法2条3項)という用語自体の定義ははありませんが、定義告示3⑵では、

「(2) 販売のほか、賃貸、交換等も、「取引」に含まれる。」

とされています。

ここで挙げられている「販売」「賃貸」「交換」はいずれも有償の取引(取引の対象商品役務と消費者が支払う金員等が対価関係にある取引)であることから、景表法2条3項の「取引」も有償取引に限られると考えられます。

また、「取引」という言葉の通常の意味としても、「取引」は有償取引に限られるというべきです。

たとえば、内閣法制局法令用語研究会『法律用語辞典』では、「取引」は、

「商人間又は商人と一般人との間において営利目的で行われる売買行為。実質的な意味での商行為と同義に用いられることが多い。例、『不当な対価をもって取引すること』(独禁2⑨2)」

と定義されており、有償行為に限られています。

広辞苑でも、「取引」は、

「①商人と商人、または商人と顧客との間の売買行為」

と説明されています。

それでももしふるさと納税が「取引」に該当すると考えられるとすれば、寄附額と返礼品が対価関係にある、という解釈が成り立つ場合でしょう。

しかし、寄附額と返礼品とは対価関係にはありません。

これは、一般人の素朴な感覚としてもそうですし、ふるさと納税制度の制度設計に照らしてもそうです。

すなわち、ふるさと納税制度は、そのふるさと納税額(寄附額)が寄附金控除として一定の限度で所得税・個人住民税から全額控除されることが法律上明確に定められています(地方税法37条の2第1項、同法314条の7第1項)。

当然、一般消費者もふるさと納税の寄附は(寄附金控除を受けられる)寄附であると十分に理解してふるさと納税制度を利用していると考えられます。

(もし寄附金控除を受けられないなら、いくら返礼品がもらえても、ふるさと納税なんてする人はいないでしょう。もしいるとしたら、本当にその自治体に自腹を切って寄附をしたいという人くらいでしょう。)

また、ふるさと納税の返礼品は一時所得に該当するとされていることも、ふるさと納税額は返礼品の対価ではないことを傍証しているものと言えます(「『ふるさと納税』を支出した者が地方公共団体から謝礼を受けた場合の課税関係」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/02/37.htm)。

つまり、もし寄附額と返礼品が対価関係にあるなら、例えば1万円の寄附をして3000円相当の返礼品をもらったときに、3000円分が所得になるはずがありません。

もちろん、世の中には様々な寄附があり得ますので、ものによっては、返礼品と寄附が対価関係にあることもあるかもしれませんが、ふるさと納税の場合には、上述のとおり税法上制度化されていることにより、寄附と返戻金は対価関係にないことが明らかです。

また、朝日新聞の記事は仲介サイトが提供するポイント等をテーマにしているので、実は景品規制の観点からは一ひねり入った事例なのですが、もっと単純な、自治体自体がポイント還元をしたら景品類にあたるのか、という事例を考えてみると、消費者庁担当者の考え方がおかしいことがより一層はっきりします。

まず、「取引」は有償のものに限るという前述の通説的見解を前提にすると、ポイントが景品類に該当するためには、本体商品(景品が誘引しようとする取引の対象商品)は返礼品だ、ということになります。

つまり、1万円の寄附をして2000円相当の返礼品をもらうのは、1万円の寄附をして2000円相当の返礼品を購入したのと同じだ(取引価額は1万円)と考えるわけです。

そうすると、そのような場合に、自治体が寄附額の3割の3000円をポイント還元(その自治体内で使えるポイントでも、ペイペイの残高でも、auペイの残高でも、なんでもいい)したら、それは、3000円の値引以外の何物でもありません。

つまり、本来1万円出して「購入」すべき返礼品を7000円で購入できた、ということです。

なので、3000円のポイントはたんなる値引であって、景品類にはなりません。

もし、「7000円しか払っていないのに2000円相当の返礼品をもらえるのは不当な寄附の誘引だ」と考えたくなる人がいたとしたら、それは、ふるさと納税の返礼品が寄附額の3割までに制限されていること(の潜脱)と、景品類による消費者の合理的選択の阻害とを混同しています。

つまり、景品類がなぜ消費者の合理的選択を阻害するのかと言えば、本来の取引の内容ではないからです。

ですが、値引は、本来の取引の内容である対価を減額するものです。

なので、ポイント還元(=値引)の結果、取引の魅力が増して寄附が誘引されたとしても、それは、本体取引とは別の(取引附随性のある経済上の利益の提供としての)景品類による誘引とは、まったく別物です。

そして、自治体自体が提供するポイント還元が(ふるさと納税制度の返戻金の上限に違反するかはさておき)値引であって景品類ではないとすると、仲介サイトが提供するポイント還元も、値引にしかなりようがありません。

というのは、仲介サイトが提供するポイント還元が景品類に該当するためには、

①仲介サイトが、商品(返礼品)の供給主体であり(商品供給主体性。自治体との共同供給も可)、かつ、

②仲介サイトが、ポイントの提供主体であり(景品類提供主体性。自治体との共同提供も可)、かつ、

③ポイントが返礼品の取引に附随したものであること(取引附随性)、

が必要です。

しかし、仲介サイトが返礼品の供給主体だ、というのは、(無償行為も取引だというほど無茶ではないですが)かなり無理があると思います。

(なお、ECサイトの商品供給主体性については緑本第6版に解説がありますが、その問題点は以前「オンラインモールの商品供給主体性についての緑本第6版の解説について」という記事で指摘したとおりです。名前が「仲介サイト」というだけで、不動産仲介業者と同じように考えるのは無理があります。)

やはり、返礼品を供給しているのは自治体だというべきでしょう。

さらに、仮に仲介サイトの商品供給主体性が認められるとすると、仲介サイトが提供するポイントは、自己の供給する商品の対価の減額ということになり、やはり値引となります。

つまり、どう転んでも、仲介サイトの提供するポイントは、景品類にはなりません。

以上は、ふるさと納税は寄附額による返礼品の購入だという、それ自体かなり無理のある(それでも、取引は有償取引に限るという通説的見解に立つ限りはポイント還元が景品類だといえる可能性のある)解釈を採り、やはり景品類にはならないという結論を導いたのですが、次に、ふるさと納税は無償の寄附だ、それでも「取引」に当たるのだ、と考えた場合には、以下のように考えられます。

ここでも、自治体自身がポイント還元をする、仲介サイトがからまない、単純なケースを考えてみましょう。

例えば、ある自治体が、1万円の寄附者に対して、3000円の返礼品を贈っていたとします。

さらにその自治体が、3000円の返礼品に加えて、4000円のポイント還元をしたとします。

もしここで、4000円のポイント還元を、1万円の寄附という「取引」に附随した景品類だと考えるとすると、3000円の返礼品も、1万円の寄附という「取引」に附随した景品類だと考えざるを得ないでしょう。

というのは、ここでは1万円の寄附と3000円の返礼品との間に対価関係はない(寄附は無償行為である)ということを前提にしているので、そうであるならば、3000円の返礼品が本体取引で4000円のポイント還元がそれに附随した景品類だ、というような主従関係を観念することができないからです。

さらにいうならば、もし取引に無償行為も含まれることを前提に景品類該当性が判断され、1万円の寄附が1万円の取引だと考えるのであれば、1万円の寄附に対して3000円の返礼品を供給することは、総付の2割の制限を超えてしまい、返礼品自体が景表法違反だ、ということになってしまいます。

でも、さすがに消費者庁担当者も、そのようには考えていないでしょう。

ということは、もし「取引」に無償行為も含まれ、寄附額と返礼品に対価関係がないという前提に立つと、4000円のポイント還元は、単に寄附額1万円のうち4000円をバックしているだけ(値引とすら言わない?)、ということになります。

そんなものが景品類に該当するはずがありません。

さらに言えば、無償行為も取引だという前提なら、そもそも返礼品は寄附とは対価関係になく、そうすると、景品類の定義の、

「この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。」(景表法2条3項)

における、「自己の供給する商品」(商品供給主体性)の要件を満たさないので、やはりポイント還元は景品類には該当しないことになります。

以上を踏まえ、ふるさと納税は無償の寄附で、それでも「取引」に当たるのだ、という前提で、自治体が1万円の寄附者に対して3000円の返礼品を提供し、仲介サイトが4000円のポイントを提供する、という場合を考えると、やはり仲介サイトの4000円のポイントは、「景品類」には該当しません。

理由は自治体がポイントを提供する場合とほぼ同じなので繰り返しませんが、ここでも、対価関係を否定する以上、「商品」の要件を満たさないことは動かしようがないと思います。

ふるさと納税という、政治的なものもふくめいろいろと分析のノイズ(税金が仲介サイトの手数料やポイント原資になっているのではないか、など)が多い制度ではなく、単純な寄附を考えてみれば、分析はより明晰になります。

例えば、ある博物館が、クラウドファンディングで、1万円寄附した人に、3000円相当の返礼品を提供したとします。

(さらにイメージをふくらませるために、3000円相当の返礼品をその博物館は1000円で調達できるので9000円が手元に残り、充分ハッピーだ、と想定しましょう。)

もし、このクラウドファンディングが「取引」にあたるというだけで、返礼品(=景品類)が2割を超えるので景表法違反になるのだとしたら、世の中のクラウドファンディングはかなり困ってしまうはずです。

そして、ふるさと納税に対する3割のポイント還元が景表法違反だというなら、クラウドファンディングで3割の返礼品を提供するのも景表法違反だと言わないと辻褄が合いません。

消費者庁の担当者がそこまで考えて発言しているのか、はなはだ疑問です。

以上より、朝日新聞の記事にもかかわらず、仲介業者のみなさんは、景品規制を気にする必要はないと思います。

万が一消費者庁から注意を受けたら、以上を参考に反論してみて下さい。(どうせ、措置命令はありえませんし。)

私の経験では、公取委や消費者庁に質問して間違った回答がなされるということは、それほど珍しいことではありません(一部には、聞き方が悪かったのではないかと疑われるケースもありますが)。

この朝日新聞での消費者庁担当者のコメントは、そのようなことが実際にあるという例として、企業法務に関わる方々の記憶と記録に長くとどめておかれるべき価値のあるものでしょう。

さらに、役所の見解を批判的に検討する姿勢も大切です。

そして、役所に聞いて納得できなかったら、コストをかけてでも専門家に確認してみるべきでしょう。

今回のように、かなり露骨で単純な役所の間違いというのでなくても、たとえば、専門家に相談したら、役所に質問したときに大事な前提事実を伝えていなかったことがわかった、というようなことは起こりえます。

そのコストをかけるのがいやだという人は、役所の言うことに唯々諾々と従うしかないでしょう。

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